第5章68話 Get over the Despair 8. 死闘・アトラクナクア -悪夢顕現
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――まだモンスターが来るまで時間があったはず……!?
背後から胸を貫かれ、体力が限界ギリギリのところまで削られつつも、ジュリエッタは冷静に状況を把握しようとした。
彼女の予想――『音』を聞いてモンスターとの距離を測っていた結果だが――によれば、モンスターがこの部屋までやってくるにはもう少し時間がかかるはずであった。
なので背後から何者かに攻撃される恐れはなく、アトラクナクアに集中できるはずだったのだが……。
――ドクター・フー……じゃない……。
ドクター・フーがアトラクナクアの劣勢を見て参加してくるという可能性もあった。
しかしドクター・フーは動いていない。相変わらず部屋の隅で、詰まらなそうな表情でタバコをふかしているだけだ。
アトラクナクア自身の攻撃でもない。糸を使って鉄骨を投げ飛ばそうとしても、《雷獣形態》の電撃を緩めることなく放っているため糸を出した端から燃え尽きていくはずだ。
――
時間にして一秒も満たないうちにジュリエッタは思考し、そう結論付けた。
「……メタモル」
その『何か』が一撃で終わってくれる保証はない。
不意打ちでかなりの体力が削られてしまっているため続けて攻撃を受けたらジュリエッタはリスポーン待ちになってしまうだろう。
すぐさまメタモルで全身をスライム化し、その場から逃れる――アトラクナクアへの攻撃も中断してしまうことになるが、仕方ない。
「凛風、一旦下がるわよ!
……凛風!?」
離れた位置から状況を見ていたアビゲイルが指示を飛ばすが、様子がおかしい。
背後からの予想外の攻撃を受けたのはジュリエッタだけではないようだ。
「……!? おまえ、は……?」
スライム化を解除し、ジュリエッタは自分を後ろから襲ってきたものを見た。
そこにいたのは――『蟲人間』としか表現できない存在であった。
大きさは大人の男性程、全身は黒光りする甲冑……のように見える甲殻で覆われている。やや細身ではあるが、甲殻の下にはみっしりと『肉』が詰まっているのがわかる。
顔は蟲のそれである。『カミキリムシ』がベースなのだろうか、口元からは二本のハサミがまるで牙のように生えており、頭部からは二本の長い触覚が伸びている。
だが、最も特徴的なのは……手に持った『得物』だ。
「まさか……!?」
右手にはまるで鎌のように湾曲した『剣』のようなものを、左手には『あの忌まわしき甲虫』の背を思わせるような、黒い『楯』のようなものを持っている。
蟲の剣士とでも言うべきその姿を見た瞬間、ジュリエッタはあるものを連想し――そんなわけがない、と自分の考えを否定しようとする。
だが……。
「……《ペルセウス》……!」
姿かたちは大分変わってはいるものの、ジュリエッタの直感は
その直感に従えば――なぜありすと桃香がモンスターに捕まりつつも、無事に済んでいたのか……その理由がわかってしまった。
――二人の魔力を吸収した……!!
ありえないことでも起こりうる、それがこの『ゲーム』だ。
とはいえ、事前にアトラクナクアがミオの魔法やギフトを使えるということを知らなければ、俄かに信じることは出来なかったかもしれない。
信じがたいことではあるが、そう考えなければまるで虚空から現れたかのような蟲人間の出現に説明が付けられない。
「……アビゲイル、凛風!」
もしジュリエッタの直感が正しければ、《ペルセウス》だけではない。
ヴィヴィアンの魔法は、魔力が続きさえすれば何体でも同時に召喚獣を呼び出すことが出来るのだから。
自分に向かってくる《ペルセウス》の剣をかわしつつ、アビゲイルたちの方を見ると――
「……あれは、《ヘラクレス》と《ヒュドラ》……!?」
アビゲイルの方には、『カブトムシ』がベースとなっているであろう巨大な蟲人間――おそらくは《ヘラクレス》が、凛風の方には蛇ではなく幾つもの頭を持った巨大な『ミミズ』の怪物と化した《ヒュドラ》がそれぞれ出現していた。
<う、う、おー……あー、あー>
「ちっ……!?」
三人がそれぞれアトラクナクアの召喚した化物――召喚獣ならぬ召喚
《山颪》だけは凛風が必死に《ヒュドラ》の攻撃を回避しつつも解除していなかったが、こちらは【遮断者】によって防がれてしまっている。
ジュリエッタの電撃は途切れたし、アビゲイルも《ヘラクレス》に応戦するのがやっとの状態だ。
自由を取り戻したアトラクナクアは体の調子を確かめるように腕や頭を動かしながら、まるで発声練習をするかのような声を上げている。
ぶぢゅる、ぶぢゅる
と、水音のような何かを潰すような音が響く。
音の発生源は――アトラクナクアの腰、女体を模した上半身と蜘蛛の身体を繋ぐ部分からだ。
そこから青緑色の気色悪い体液が零れ落ち……ずるり、と上半身と下半身が分離する。
<めざめ>
アトラクナクアがそう呟くと共に背中が大きく裂け、そこから極彩色の翅が生える。
分離された下半身は力なく地面へと崩れ落ち、替わりに上半身の下部からは昆虫の胴体のようなものが生えている。先端は鋭い針ではなくハサミムシのような『鋏』がついている。
生えたばかりの翅を使い、アトラクナクアは空中へと浮かび上がる。
<あー、あー……うん>
空中から地上を睥睨する。
八つの眼球が忙しなく動き、《ペルセウス》たちと戦っているジュリエッタたち、そして入口付近で固まり身を守っているありすたちを見る。
そして――にんまりと
<あー、あ、あなたたち、は、まほーつかい、ですか? まほーおいしいですもっとくわせろください>
蟲の羽音のような、耳障りな甲高い声でアトラクナクアはそう言うと、六本の腕を大きく広げ――
<かさね《ごだん》、こーる《めておくらすたー》>
――それは、ジュリエッタたちにとっての死刑宣告に他ならなかった。
警告の声も、悲鳴も、そしてアトラクナクア自身が呼び出した召喚蟲さえも、何もかもを巻き込んだ大爆発が女王の間そのものを吹き飛ばしていった……。
* * * * *
……いくら何でも無茶苦茶すぎる……!!
「み、皆大丈夫!?」
こちら側へとようやく合流できたシャルロットの《プリズムカーテン》と合わせて、崩れ落ちていく建物の残骸から私たちを守ってくれたジェーンが聞いてくる。
……全く、再会を喜ぶ時間もありゃしない!
”わ、私たちは大丈夫……ジェーンは!?”
「アタシも平気だよ! でも……これ、ヤバいよ……」
全面的に同意だ。
何がヤバいって、アトラクナクアが強すぎるというのもそうなんだけど、さっきの攻撃――信じがたいことにアトラクナクアがアリスとヴィヴィアンの魔法を使ったのだ――で女王の間どころか、女王の巣自体が崩壊していっているのだ。
天井なんかもうなくなっているし、壁もほとんどが崩れている。こちらは防御魔法とジェーンが迎撃してくれたことで無傷で済んではいるが、ことはそれだけでは済まない。
”ラビ、ヨーム、来るぞ!”
トンコツたちも状況はわかっているのだろう、すぐさま警告を飛ばす。
そう、何が一番拙いかというと、邪魔な壁や天井が無くなったことでこちらへとゆっくりと進んできていたモンスターの群れが一気にやってきてしまうようになったということだ。
何割かは崩れた瓦礫に埋もれて減ったみたいだけど、それでも十分すぎるほどの数が迫ってきている。
加えてアトラクナクア本体は未だ健在という……。
……どうすればいいんだ、これ……?
流石に私も『絶望』の二文字しか頭に思い浮かばない。
「来た!」
――考えている時間も、絶望に浸っていられる時間もないか。
”トンコツ、ジェーンの回復をお願い! シャロちゃんは防御を、フォルテは二人の援護を!”
”おう、わかってる!”
「……承知いたしました」
このままジュリエッタたちがアトラクナクアを倒すまで粘るにしろ、一度撤退――クエストからではなくこの場からだ――して仕切り直しを計るにしろ、まずは迫りくるモンスターの群れを何とかしなければならない。
ジェーンが基本的には戦い、シャルロットとフォルテが援護……これで何とか乗り切るしかない。
後は――
”ジュリエッタは……大丈夫、まだ体力は残ってる!”
けれど……姿が見えない。
アリスの《
少し離れていた位置にいた私たちには直撃こそしなかったものの、それでもかなりの爆風と瓦礫に襲われた。どちらもジェーンたちがいたおかげで、ありすたちに直接被害が行くことはなかったけど……。
でもジュリエッタたちの方はほぼ直撃だ。三人とも崩れてきた瓦礫に埋もれてしまっているのか、姿が見えない。
ヨームが凛風のステータスを確認できるものの、バトーたちについては全くわからない……。下手をすると今の一撃で……というのもありえる。
「このっ! 近づいてくんな!」
そうこうしている内に、ついにモンスターが私たちの元へと到達してしまった。
崩れた瓦礫を乗り越えてやってきたのは、四本腕のカマキリ型が10体、芋虫型やカブトムシ型、その他大勢が……数えるのもばからしくなるほど……。
更には穴の開いた天井からは蜂型やら蠅型やらの飛行型が次々と侵入してくる。
……持ち堪えることすら難しいか、これは……?
ジェーンが前に立ちカマキリ型へと応戦、シャルロットとフォルテがそれぞれ後ろから芋虫型やらを迎撃しているが、数が多すぎる。
<あー……ごはん、ごはん>
敵も味方もないのか、アトラクナクアが部屋へと侵入してきた飛行型を捕まえてはぐちゃぐちゃと気味の悪い咀嚼音を立てながら貪り食らう。
これで敵の数が減る、なんて喜ぶことは出来ない。アトラクナクアが食べる数よりも相手の数の方が圧倒的に多い――ほとんどの蟲は仲間が食われて行くことなど気にもせず、私たちの方へと向かって来ようとする。
……畜生、ちょっとはドクター・フーの方に向かって行ってくれてもいいじゃないか……!
「……ラビさん……」
私を抱きしめるありすの腕の力が強まる。
何を考えているのかはわかる。
――ありすと桃香に付けられていた蜘蛛の痣……あれはきっと、二人の魔力をアトラクナクアへと送るためのものだったのだ。
どういう理屈かはわからないが、二人から吸い上げた魔力をアトラクナクアが吸収、魔法の力を使えるようになったのだろう。
二人が捕まっていなければ――魔力を取られることもなければ、さっきジュリエッタたちが三人で立ち向かった時点でアトラクナクアを倒すことは出来たかもしれない。
もちろん二人を責めることなんて出来ない。責められるわけがない……。
「ライズ――《
蟲たちが迫ろうとした時、比較的私たちの近くからその声が聞こえてきた。
瓦礫の山を吹き飛ばし、五尾の狐が躍り出ると共に蟲たちを次々と切り裂いていく。
良かった、ジュリエッタが復活したようだ。
手持ちのアイテムを使ったのだろう、体力も魔力も回復はしている。
”ジュリエッタ!”
もはや逃げることも難しいかもしれない。
こうなったら私もジュリエッタの傍について、回復を引き受けた方がいいのかもしれない――そう思って声を掛けたものの、ジュリエッタはこちらには全く反応せず、私たちを庇うように前に立ち蟲たちを迎撃する。
……一瞬だけ、ちらりとこちらを向くと、
「大丈夫……ジュリエッタが、絶対守る!」
そう私たちに向かって宣言――再度蟲たちへと攻撃を開始する。
<お、あー、おー……えさよこしやがれです>
復活したジュリエッタへとアトラクナクアが視線を向けると、飛んでくる蟲たちには目もくれず――
<こーる……《あんたれす》>
燃え盛る巨星を放ってきた……!!
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