第5章66話 Get over the Despair 6. 死闘・アトラクナクア -焦燥

*  *  *  *  *




「……ジュリエッタ、大丈夫かな……」


 ぽつりとありすが呟く。


”……そうだね……”


 ジュリエッタとアビゲイルに任せるしかないのはわかっているが、横から見ていてもかなり危うい戦いになってきたと私も思う。

 さっきジュリエッタの腕があっさりと切り飛ばされた時、私たちの位置からは何が起きたのかすぐにわかった。

 赤黒い光の壁――というにはあまりに薄いヴェールのようなものが伸び、それがジュリエッタの腕を切断したのだ。

 あれの正体は私にはわからないが、おそらくジュリエッタたちの攻撃を防御していたものを、攻撃へと転用したものなのだろう。

 更には糸で瓦礫やら鉄骨やらを鎧として身に纏い、生半可な攻撃じゃ本体へのダメージを与えることも難しくなっている。

 メタモルで疑似的な再生能力を持っているとは言っても、痛み自体は消えないはずだ。

 このまま何度もアレを喰らったらジュリエッタもそう長くは持たないだろう。


「わたしが、戦えたら……」


 自分が大物と戦えなくて悔しい、という意味ではなく――いや、まぁありすのことだからその意味もあるっちゃあるんだろうけどさ――言葉通り、ありすアリスが戦えていたらもっと楽に戦えていたはずなのにという意味だろう。

 アリスだけではない。ヴィヴィアンだってそうだ。

 桃香も口には出していないが、固唾をのんで戦いを見守っているのがわかる。

 もしアリスとヴィヴィアンが参加していたとしたら……攻撃面でアリス、更にヴィヴィアンの召喚獣が加わるため赤黒い光の壁による防御だろうが瓦礫の鎧だろうが、手数と火力で押し切ることが可能となる。

 さっきジュリエッタの腕を切断した攻撃にしても、ヴィヴィアンならば《イージスの楯》で防ぐことは出来るだろうし、仮に食らってしまったとしても《ナイチンゲール》による治療が行える。

 それに、二人が前に出れるということは、私もジュリエッタの近くに行くことが出来るということだ。アイテムホルダーでの自力回復よりも、私が回復した方が確実だし戦闘に集中することが出来るだろう――アイテムホルダーは便利だけど、アイテムを使うためには手で取り出すという(『ゲーム』的には本当に無駄な)ワンアクションが必要となってしまうのだ。それが致命的な隙となる可能性だってありうる。

 使い魔ユーザー側でアイテムを使えるということは、その隙を無くすことが出来るのだ。一進一退の拮抗した戦闘の最中にその隙を気にしないでもいいというのは大きいだろう。

 ……まぁ、今は何を言っても仕方ないんだけど……。




 戦いの方は更に激しさを増している。

 瓦礫の鎧を身に纏い、ユニットの身体を簡単に切断する攻撃を新たに使い始めたアトラクナクア……それでいて今まで通り槍や鎌の腕を振り回し、糸で瓦礫を投げつけて来る攻撃も仕掛けてくる。

 攻撃も防御も時が経つごとに激しさを増していると言っていいだろう。

 数で押してくる『嵐の支配者』とは異なり、単独であるというのにアレに匹敵するくらいの攻撃の苛烈さだ。

 ジュリエッタが前に出てアトラクナクアの注意を引き付けつつ、アビゲイルが後方から射撃を繰り返しているのだが……あまり効果があるとは言い難い。

 というのも、アビゲイルの攻撃は確かに強力ではあるものの、流石に魔法を使わずに瓦礫を吹き飛ばしてその下の本体へと攻撃を届かせることは出来ていないのだ。


 ジュリエッタの方はどうかというと、こちらも攻撃をかわし続けてはいるものの、次第に相手の手数に追い立てられているのがわかる。

 仮に攻撃をしようとしても、やっぱりジュリエッタの方も瓦礫ごと本体へと攻撃を加えられる手段が少ない。

 ジュリエッタとアビゲイルどちらにも言えることだが、瓦礫の鎧を吹き飛ばそうとして大技を使おうとしても、その時には赤黒い光の壁で防がれてしまう。

 ……せめて、後一人……誰かが攻撃に加わってくれれば相手の手数に惑わされずに戦えるのかもしれないけど……。


「……ありす、桃香」


 その一人であるジェーンが、霊装ブーメランを手に緊迫した声音で呼びかけて来る。


「ラビちゃんをしっかり抱きかかえてて……後、アタシから絶対に離れないで」

「ん……!」

「わ、わかりましたわ!」


 ジェーンはこの場を離れることが出来ない。

 なぜならば――


”……ヤバい、モンスターが来る……!!”


 私のレーダーにもモンスターの影が映り始めてきた。

 今いる女王の巣内部へとモンスターが入り出してきたということだ。

 この場に到達するまでそう時間はかからないだろう――私たちと違って壁を数に任せて突き破って進んでくるかもしれないし……。

 私とジェーンの言葉に、ありすたちも緊張で身を固くするのがわかる。

 ……いくら変身した後はモンスターの群れを薙ぎ払える実力があるとはいえ、変身していないのであれば無力な女子小学生に過ぎないのだ。


”ジェーン!”

「わかってる! 皆はアタシが絶対守ってみせる!

 だから……早く決着つけて、ジュリエッタ……!」


 今は祈るしかない……!




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 モンスターの大群が接近していることをジュリエッタもわかっていた。

 いざとなれば、ラビたちを連れて脱出することもやむを得ない、と思っていたジュリエッタは密かにメタモルを使ってモンスターの接近する音が聞こえるようにしていたのだ。

 それでなくとも、入り口の方で待機しているラビたちが騒がしくなってきたのだ。その様子からもモンスターの接近が間違いないだろうとわかる。


 ――逃げるのは……うん、やっぱりなし。


 迫ってくる敵の数ははっきりとはわからないが、今まで外で戦っていた時の比ではないことはわかる。

 余りに敵の蠢く数が多く、蟲のひしめき合う音が不快なのでメタモルを一旦打ち切り、アトラクナクアのみに集中する。

 いざという時に逃げようとしても、おそらく逃げ切るのは難しい数だろう――最悪、ありすと桃香を見捨ててラビだけ抱えて逃げるのであれば、ジュリエッタなら逃げ切れることは不可能ではない。

 だが、、とジュリエッタは心の中で自分自身に誓っている。


 ――殿様たちはジェーンに任せる。ジュリエッタは、あいつアトラクナクアを倒す……!


 以前、クラウザーのユニットとしてアリスたちと戦った時には、あまりジェーンのことを意識はしていなかった。

 ラビのユニットとなった後も特にジェーンと絡みがあったわけではないので、よく知らないというのが実情ではある。

 ただ、この『冥界』においてある程度の時間一緒に過ごしたことで、ジュリエッタの中のジェーンに対する評価はかなり上方修正された。

 超巨大ムカデやダイヤキャタピラのような大物でもない限り、ジェーンの魔法を巧く使えばある程度は耐えることが出来るだろう、とジュリエッタは思っている――幸いではあるが不可解なのは、迫りくるモンスターの『音』の中にそれらが混じっている気配がないことだが……。

 問題はジェーンへとジュリエッタが思った効率的な戦い方や魔法の使い方を伝える時間がなかったことだが……。


 ――殿様に任せる。


 ラビが近くにいれば何とかしてくれるだろう、とジュリエッタは割り切る。

 アドバイス自体が不要かもしれないが、何か気付いたことがあればラビが言ってくれるはずだ――なにせ『復讐相手』であるアンジェリカたちにもアドバイスをするくらいの『お人よし』なのだから……。

 と、そこまで考え、ジュリエッタはアンジェリカのことを思い出す。

 アンジェリカもこの『冥界』で出会った時には何かおかしなことになっていた。

 あれが彼女の本心だとは思いたくないし、そう思うことも出来なかったが、おそらくとても面倒なこと――《終極異態メガロマニア》となったジュリエッタの時や、今まさに目の前で戦っているアトラクナクアに取り込まれたミオのような……自分自身ではどうすることも出来ない、非常に厄介なことに巻き込まれているのだろうと思う。

 尤も、今この場でジュリエッタがどうにかしてあげることも出来ないし、そもそもアンジェリカがこの場にいないのだが……。


 ――アンジェリカのことも、ここで決着をつける……。

 ――でも今は、アトラクナクアに集中……!


 考えながらもジュリエッタは足を止めない。

 ……足を止めたら『死』が待っているからだ。

 ジュリエッタの進路をふさぐように瓦礫が飛び、更に【遮断者】の『絶対切断』攻撃が降り注ぐ。

 アビゲイルの方へと注意を寄せないようにするため、危険であってもジュリエッタは前に出ていく。

 瓦礫で進路をふさがれても気にせず、メタモルで乗り越え、あるいはライズで加速し、時には敢えて瓦礫を受けて【遮断者】をかわし続ける。


 ――もう一手、欲しい……!


 【遮断者】にさえ気を付けていれば、今はまだ何とかなる。幸いなことに【遮断者】には重撃の効果は乗らないらしく、見えない攻撃を受けることはない――そもそも【遮断者】は防御用のギフトだからだろう。

 他の攻撃に気を取られていない状態ならばかわすことはそう難しくはない。

 ただ、アトラクナクアの手数が多すぎる。

 鎌と槍の腕が二本ずつ、糸を操る腕が二本――しかも糸はおそらく無制限に出し続けることが出来るらしい――瓦礫で武装したため突き刺しの危険性はなくなったものの踏みつけ攻撃が怖い足が八本、今は特に脅威となっていないがサソリのような針を持った尻尾まである。

 この上、更に【遮断者】による『絶対切断』攻撃まであるのだ。

 防御面においても瓦礫の鎧は幾らでも修復可能であり、【遮断者】ももちろん元の防御用として使うことも出来る。

 紛れもなく、今まで戦ってきた相手の中でも限りなく『最強』と言えるだろう。

 現状を打破するためにはジュリエッタとアビゲイルの二人だけでは足りない。

 後一人でもいい……誰かアトラクナクアと戦えるユニットがいなければ、この先じり貧に陥る――ジュリエッタはそう考える。


 ジェーンはラビたちの周囲から離すことは出来ない。

 かといってモンスターの大群が押し寄せてきた時、ある程度は持ち堪えることは出来るだろうが、あくまで『ある程度』は、だ。

 ジェーンが耐えきれなくなった時がタイムリミットである。そしてそれはそう遠くない。

 果たしてそれまでにアトラクナクアを倒すことが出来るか……? いや、せめて倒せないまでもミオを救出して弱体化させることさえ出来れば……。


「……メタモル!」


 考えをいくら巡らせてもいい案は浮かばない。

 ない物ねだりをしても仕方がない、とジュリエッタは戦いに集中しようとする。




 ――そんな時だった。


「ブロウ《塵旋風》!」


 突如猛烈ながアトラクナクアを包み込む。

 どこにも『砂』などなかったのにも関わらず、舞い散る砂がアトラクナクアの視界を塞ぎ、嵐が動きを拘束しようとする。


<ぬうるぬなあ……【しゃったー】>


 周囲を取り囲む砂嵐を防ごうとアトラクナクアは【遮断者】を使い防御しようとする。

 だが、嵐の拘束と砂による『削り』は防げても砂嵐そのものが消えるわけではない。視界は相変わらず塞がれたままであった。


「……この魔法……」


 ジュリエッタは知っている――事『風』に関するものであれば、たとえその場に砂があろうとなかろうと自在に砂嵐を発生させることが出来る魔法……その使い手を。


「凛風!」

「ジュリエッタ! 師父、ジュリエッタたちある!!」


 ラビたちが来たのとは別の入口から、ついに凛風たちがやって来たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る