第5章65話 Get over the Despair 5. 死闘・アトラクナクア -絶対切断

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ――確かに【遮断者】は強力な能力だ。一対一での戦いであれば、ほぼ一方的に相手を完封できる能力だと言える。

 ただし、それは相手が何も対抗策を考えることが出来なければ、という話だ。


「メタモル《剣獣形態ソーディオン》」


 先程【遮断者シャッター】で防がれたのはジュリエッタの方だった。

 脅威度という点では体の内部から食い荒らす《喰神形態》の方が上だとアトラクナクアは判断したのだろう。

 だが攻撃を防がれたというのを気にすることもなく、アビゲイルの《レイダーシューティング》が命中したのを横目に、すぐさま次の足へと切り込む。

 《剣獣形態》――その名の示す通り、両手両足だけでなく体の至るところから鋭い刃を生やした、正しく『獣の姿をした剣』となった姿だ。

 触れるだけで相手を切り裂く刃となったジュリエッタが、《アクセラレーション》で加速しアトラクナクアの周囲を旋回、滅多切りにする。


「ほんっと、色々と出来る魔法ねぇ……ま、私も負けてないつもりだけど!」


 素早い動きでアトラクナクアを翻弄しつつ更にダメージを蓄積させていくジュリエッタに、アビゲイルは賛辞を贈る。

 汎用性という点では、ジュリエッタのメタモルとライズは群を抜いていると言えるだろう。

 尤も、彼女自身の言葉通り、アビゲイルの魔法も劣ったものではない。

 こちらもジュリエッタに追従するように次々と弾丸を装填、援護射撃を繰り返す。

 アトラクナクアも重撃を織り交ぜつつ反撃をしようとするが……。


「遅い!」

トロい!」


 一度『流れ』に乗った二人の猛攻についていくことが出来ない。

 確かに生命力は高い。巨体故にちょっとやそっとの攻撃では碌なダメージにはならないし、蜘蛛の姿をしている癖に甲虫のような硬い外皮を持っているため防御力もある。

 普通ならば絶望する以外にない相手であろう。

 ……


「メタモル!」

「シューティングアーツ――《バーストショット》!!」


 だが、今アトラクナクアに立ち向かっているのは普通の魔法少女ユニットではなかった。

 ジュリエッタの竜巻触手がアトラクナクアの胴体――蜘蛛の背中部分に向けて叩きつけられるのと同時に、アビゲイルの一点集中射撃が二本目の足へと突き刺さる。

 次第に二人のスピードにアトラクナクアはついていけなくなり、【遮断者】での防御も間に合わなくなってきていた。

 戦闘能力に長けており、かつ本人の性質――『才』も戦いに向いている、アリスと同様の根っからの『戦士』タイプの魔法少女なのだ。

 最初の攻防では未知の能力によって二人を翻弄することが出来たものの、一度見せてしまってはもう終わりだ。

 対処方法を見出した二人にとっては、どうとでもなる程度の話だ。

 みるみる内にダメージが蓄積され、ついには右側の足の内三本が切り飛ばされる。


”やった!”


 流石に片側の足が半分以上なくてはアトラクナクアの巨体を支えることは出来ない。

 アトラクナクアが地面へと崩れ落ち、立ち上がれなくなったのを見てバトーが歓喜の声を上げる。

 これでもう動きを封じたも同然……後は振り回される鎌と槍の腕と瓦礫の投げつけに注意しつつ、胴体部分を破壊してミオを救出するだけだ。




「――ふ。甘い、な」




 そんなバトーの内心を見透かしたかのように、離れた位置で戦いを見守っていたドクター・フーが呟く。


<にぬがらおぬのらあ!>


 咆哮と共に無数の瓦礫をアトラクナクアの方へと引き寄せようとする。

 纏わりつくジュリエッタたちを潰そうとしているのか――しかし、その程度の攻撃はたとえ重撃を使っていなくてももはやジュリエッタたちには通用しない。

 飛んでくる瓦礫をかわし、あるいは結んでいる糸を断ち切り攻撃を防ぎつつも、動けなくなったアトラクナクア本体への攻撃の手を緩めることはない。


”……え?”


 最初に異変に気付いたのは、バトーであった。


”拙いわ! あいつの動きを止めないと……!”

「? どういうことよ、バトー!?」


 銃弾を放ちつつ聞き返すアビゲイルだったが、返答を待つよりも早く答えはわかった。

 片側の足の半分以上を失い、動くことの出来なくなったはずのアトラクナクアがのだ。


「こ、こいつ……っ!? 瓦礫を使って――っての!?」


 失われた足が元に戻ったわけではない。

 アトラクナクアの糸で結びつけられた瓦礫や鉄骨が、新しい足となってアトラクナクアの身体を支えていたのだ。

 それだけではない。更に全身に瓦礫を引き寄せ、まるで『鎧』を身に纏うかのように全身を武装する。


「……むー、これは、面倒……!」


 ジュリエッタも事態を察し顔を顰める。

 折角へし折った足が義足とは言え元に戻っただけではない。

 瓦礫の鎧を身に纏ったことにより、【遮断者】を使わなくてもジュリエッタたちの攻撃を防ぐことが出来るようになってしまったのだ。

 言うまでもなく鎧部分はアトラクナクア本体とは無関係だ。いくら攻撃を仕掛けたとしても、アトラクナクア自身の体力を削ることにはならない。


「くっそ! またふりだしに戻っちゃったってわけか……!」


 動きを封じ、後はひたすら削っていくだけかと思いきや、失った身体も瓦礫を組み合わせることにより不足なく動かすことが出来る。

 ただ、アビゲイルの言うように『ふりだしに戻った』わけではない。より事態は悪化している。

 瓦礫の鎧によって防御面は【遮断者】を使わずとも上がっていると言えるし、何よりも――


<……【しゃったー】……>


 鎧を身に纏われたくらいで怯むジュリエッタではない。攻撃をし続けて鎧を破壊――糸で新しい瓦礫を結び付けて修復するよりも早く本体へと攻撃を仕掛ければいい、と判断しすぐさま攻撃を再開しようとしていた。

 そんなジュリエッタに対して、アトラクナクアは【遮断者】を使う。


 ――大丈夫、こっちの攻撃が効かなくてもアビゲイルの方が通る。


 右腕を竜巻触手へと変えて瓦礫の鎧ごと吹き飛ばそうとしていたジュリエッタだったが、冷静にそう判断する。

 鎧を身に纏っても別にやること自体に変わりはない。少々相手が頑丈になった程度の認識であった。

 そして、ジュリエッタとアビゲイルの攻撃力であれば瓦礫の鎧もそこまで大きな障害とはなりえないとも思っていた。

 どちらか一方が【遮断者】で防がれること前提で、同時に攻撃し続けていればいい――はずだった。


「――がっ……!?」


 突如衝撃を受け、ジュリエッタは吹き飛び地面へと落下した。

 高所からの落下の衝撃によるダメージは大きかったが、それ以上に大きかったのは……。


「う、ぐぅぅぅぅっ!! なんで……!?」


 竜巻触手へと変えていたはずの右腕が

 ダメージはそちらの方が大きい。

 吹き飛ばしだけならばわかる――アトラクナクアと最初に対峙した時のように、糸を使って投げ飛ばす攻撃をしたのであれば。

 だがメタモルで変化させた右腕自体が無くなっていることについてはわからない。

 たとえ【遮断者】を使って防いだのだとしても、こうはならない。

 なぜなら、ジュリエッタの右腕は【遮断者】との激突によって弾かれたり砕かれたりしたのではなく、腕の付け根から綺麗にからだ。


「メタ、モル……!」


 グミで体力を回復させつつメタモルで失った右腕を再生させる。痛み自体はまだ残っているが、大分マシにはなっていた。


<【しゃったー】>

「……っ!?」


 ジュリエッタもアビゲイルも攻撃を仕掛けてはいない。

 にも関わらずアトラクナクアが【遮断者】を使用する。

 その理由を考えず、咄嗟にジュリエッタは横へと跳ぶ。

 次の瞬間、先程までジュリエッタのいた地面が大きく縦に裂ける。

 熱も、衝撃も、爆音も何もなく――まるで最初から裂け目があったかのように、地面が真っ二つに裂けたのだ。


「……まさか……」


 痛みを堪えつつ、立ち止まることなく移動しながらジュリエッタはあることに気が付く。

 こちらの攻撃を防ぐわけでもないのに【遮断者】を使った理由――ありえない程鋭利な切断面を見せつつも、切断箇所以外に全く影響を及ぼしていないという謎の攻撃……。

 現実にそのようなことが出来るかどうかはわからないが、ジュリエッタには思いつく点があった。


「……【遮断者】を使……?」


 【遮断者】がいかにして攻撃を防いでいるのか、その理屈まではわからない。

 だが、発動すればあらゆる攻撃を防げるという点から考えると、おそらくは空間そのものを隔離するなりして防いでいるのではないか、とジュリエッタは推測した。

 もしその空間遮断を攻撃に転用したとすれば……?

 誰かに対して使用するのではなく、ある一面の空間に対して【遮断者】を使用したとすれば、このようなことが起こるのではないだろうか。


「……本当に、厄介……!」


 【遮断者】を本来の防御ではなく攻撃として使う――それはすなわち、範囲内にある空間そのものを遮断する『絶対切断』となるのだ。

 推測が正しいかはともかく、そうとしか思えない現象が起きているのだ。防御不能の『絶対切断』攻撃が来ると思っておいた方がいいだろう。

 そしてこれにより更に厄介なことが発生する。


「アビゲイル! お前は離れていろ!」


 『絶対切断』によって手足が切り落とされたとしても、ジュリエッタであれば体力が残ってさえいればメタモルで修復することは可能だ。

 しかしアビゲイルはそういうわけにはいかない。

 彼女の全ての能力を知っているわけではないが――特にギフトに関しては未だに謎だ――メタモルのような肉体変化でダメージを誤魔化すことも、ヴィヴィアンの《ナイチンゲール》のような回復専門の能力を持っているとは考えにくい。

 となると、もしアビゲイルが手足を失うことになれば、それは致命的なダメージとなる。体力が残っていたとしても、戦闘力の大半を失うことを意味するのだ。

 二人掛かりでなければ【遮断者】を防御に使われた時点で『詰み』だ。

 それを避けるためにもジュリエッタはアビゲイルたちに警告をする。


「っ、で、でも……それじゃあんたが……」


 ジュリエッタの言っていることはわかっているのだろう。それでもアビゲイルは逡巡する様子を見せる。

 確かに離れていればアトラクナクアに狙われる可能性は少ないし、仮に【遮断者】で攻撃されたとしても回避する余裕はあるだろう。

 だがそうなると攻撃がジュリエッタに集中することになってしまう。アイテムによる回復が可能な限りは切断されても修復は出来るだろうが、痛みを感じなくなるわけではないのだ。


「……大丈夫、ジュリエッタ……こんなのに負けない……っ!」


 それでもジュリエッタは恐れなど微塵も見せず、アトラクナクアを睨みつける。

 ジュリエッタの視線を受けて、アトラクナクアもまたジュリエッタへと視線を向ける。

 『冥界』を巡る戦いの最終幕――アトラクナクア戦の第3ラウンドにして最終ラウンドはまだ始まったばかりであった……。

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