第5章49話 迷走アンジェリカ

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 トンコツたちの一行は、一先ず移動をしながら互いの持っている情報について交換を行った。

 その結果わかったことは――あまり多くはない。


”そうか、ラビたちも今どこにいるのかわからないのか……”


 トンコツたちとバトー、その両方と面識があるのはラビなのだが、アンジェリカと超巨大ムカデの襲撃以来どこにいるのかはわからない。

 冷静になって考えるとバトーはトンコツたちの特徴をラビから聞いていたことを思い出した。今更ではあるが。


”いなくなったユニットの子もまだあたしたちも見つけてはいないわねぇ”

”そうか……俺たちの方も、お前さんが探しているユニットもモンスターも会っていないな”


 お互いに探し人がいるものの、見つけていない状態だということはわかった。


”だが、ついでだ。こっちでも探してみよう”

”ええ、お願い。大体の方向はわかっているんだけど、レーダーの範囲外に行った後に移動しているとも限らないからね……”


 シャルロットにミオの特徴を伝え、見つけたら教えるように伝えておく。

 ……ただし可能性としては低いだろう。


”アンジェリカの状態については実に興味深いことを教えて貰ったよ、ありがとう”

”どういたしまして。まぁこっちにもわからないことだらけなんだけどね……”

”いや、バトーの読んだっつー日記の内容はかなり役に立つ――っつーか、まぁ俺たちがどんだけ絶望的な状況なのかわかっちまったが……何も知らないよりはマシだ”


 情報交換において、バトーはミオの状態と教会で知りえた知識を二人に伝えていた。

 どちらもミオの状態については心当たりはないし解決方法もわからなかったようだが、日記の内容についてはバトーと同じ結論に至ったようだ。


「バトー、そろそろ行かない?」


 手短に情報交換を済ませたためそこまで時間は経っていないが、それでも10分以上は使っている。

 アビゲイルは早くミオを助けに行きたいのだろう。


”……そうね。悪いけど、あたしたち急いでいるの”


 バトーとてミオを助けに行きたい気持ちには変わりない。

 互いの知りえることについては共有できたし、これ以上悠長に話をしている必要もないだろう。


”そのことだが、バトー。俺たちも同行していいか?”

”え? そりゃ、戦力が増えてくれるのはありがたいけど……”


 突然のトンコツたちの申し出にバトーは首を傾げる。

 彼らもジェーンを探す必要があるのだ。バトーたちと一緒に行動しても見つけられるかどうかはわからない。


”捜索に関しては俺のところのシャロの魔法で何とか出来る。ただなぁ、俺たち、今そこまで戦闘力がねぇんだわ”

”お恥ずかしい話ですが、凛風一人しか戦闘要員がいないので、このクエスト――貴女の言葉を借りるなら『冥界』を進むには少々心もとなくてね”

”ああ、なるほど、そういうことね……”


 運よくバトーと合流は出来たものの、今後も上手く行くとは限らない。

 《4thギア》までシフトした凛風であれば大抵のモンスターならば蹴散らせるだろうが、数を頼みに襲い掛かってこられると防ぎきれないこともありうる。

 もう一人、戦力が増えてくれれば道中は各段に安全になるだろうとトンコツたちは思っているのだ。

 そしてこの申し出自体はバトーたちにとっても損はない。

 遠距離攻撃主体のアビゲイルをカバーする上で、凛風の戦闘力はかなり魅力的だ。


”…………わかった。でも、あたしたちはミオを探さなきゃいけないから、最後まであんたたちと一緒にいれるとは限らないわよ?”

”ああ、それでいい。俺たちの方もジェーンの手がかりを見つけたらそっちを優先するだろうしな”

”問題はアンジェリカですが……バトー氏の話を聞く限り、今のところどうすることも出来なさそうですし、シャルロット君に監視していてもらうしかなさそうですね”


 シャルロットは先程アンジェリカを遠くへと飛ばす前に《アルゴス》をアンジェリカの服へと忍ばせていたのだ。

 そうすれば離れた位置にいても《アルゴス》を通じて位置を把握することが出来るようになる。

 現状、アンジェリカを正気に戻す方法の手がかりがない――原因であろう■界の■王を倒せば戻る可能性はあるが、■王自体がどこにいるのかわからないし、出現したとしても倒せる可能性は低い。

 こちらは今のところは様子見しておくしかないだろう、というのがヨームの出した結論だ。

 アンジェリカの話題になったところで凛風は憂鬱そうな表情をしたが、すぐに切り替え無理矢理明るい声を出そうとする。


「それじゃ、決まりアルね!

 えーっと、アビゲイル……?」

「ん、何?」

「ワタシが前に出て皆を守るアルから、アビゲイルは援護をよろしく頼むアル! ミオを助けるためにも魔力は温存しておきたいアルよね?」

「……そうね。わかった。助かるわ」


 段階を上げない限りは魔力消費の不要な凛風は、ブロウを使わなければ一切の魔力消費なしで戦うことが出来る。

 そしてアビゲイルは燃費の低い魔法だけを使って凛風の後ろから敵を撃っていればいいのだ。悪くないコンビネーションだと思いなおす。


”オッケー。それじゃ、行きましょう!”


 バトーの言葉に全員が頷き、少し急いで移動を開始する。

 向かうは『巻貝』――ラビたちも向かっているであろう、冥界の中心である。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




『くっ……アンジェリカ、ごめんアル!』


 凛風がブロウを放つと共に言ったその言葉を、アンジェリカはしっかりと聞いていた。


 ――謝らないで、凛風さん……こうするのがきっと一番良かったはずだから……。


 不可思議な力によって自分の意思で体を動かすことが出来なくなっていただけでなく、今に至るまでの記憶すらアンジェリカには残っていない。

 何かに操られている――というのとも少し違う。身体を乗っ取られたというのが一番正しい見方であろう。

 アンジェリカ自身にはどうすることも出来ず、また外に助けを求めることも出来ない状態だ。

 だから、凛風の魔法によって無理矢理遠くへと飛ばす、というのがこの場面では一番有効な対処法であろうとアンジェリカも考える。


 ――強制命令のおかげ、かな……。


 体はまだ動かせないものの、意識だけは覚醒している。

 おそらくはブロウの直前にヨームが使った強制命令のおかげだろう、『アンジェリカ』というアバターの動きそのものを停止させたことにより体を乗っ取っていた『何か』の影響が薄れ、アンジェリカ自身の意識が覚醒したのだと推測される。

 もっとも、その推測が正しいのだとしたらアンジェリカの意識が戻っている時間はそう長くはない。

 強制命令は使い魔側で解除することも出来るが、放っておけばそのうち解除されてしまうからだ。強制命令が解除されれば、再びアンジェリカの意識は何者かに封じられてしまうことになるだろう。

 だからその短い時間にアンジェリカは必死になって考える。

 自分に何が出来るか、自分はを。




 ……しかし、何もわからない。

 経験とは残酷なものだ。

 いかに時間があろうと、いかにチャンスがあろうとも、積まれていない経験からは何も導き出せない。

 アンジェリカが今まで怠惰に過ごしていたことが原因ではない――仕方のないことだ、なぜならアンジェリカの本体は■■■■の■■なのだから。

 、アンジェリカは別のことを考える。


 ――ジュリエッタ……


 自分自身の中から答えを出すことが出来ない問題ならば、他に頼れる人を頼ればいい。

 この土壇場になってアンジェリカが脳裏に思い浮かべるのは、一緒に戦ってきた凛風たちではないし、以前同じ使い魔のユニットだったヒルダでもない。

 ここ数週間の間、ずっと刃をかわし続け、そしてアンジェリカを鍛えてくれたジュリエッタのことを思う。

 なぜならば、ジュリエッタこそが、アンジェリカの知る限りだから。

 この絶望的な状況を覆すために必要なのは、圧倒的な強さだ。

 アンジェリカ自身にその強さはまだない。

 けれど、一緒に過ごしてきたジュリエッタの考えは何となくわかるようになってきた。

 それならジュリエッタの思考を今真似トレースして、窮地を脱する方法を考えるしかない。


 ――……ああ、ダメ……もう時間が…………私の意識が……。


「……まだだ、まだ足りぬ」


 頭の中で声が響いてくる。

 聞いているだけで背筋が震えてくる、負の感情を凝縮した、この世の全てを呪うまるで怨霊のような声だ。

 この声がアンジェリカの肉体を乗っ取っている張本人なのである。


「お前の憎しみを燃やせ……仇を討て……それがお前の望みなのだろう……?」


 ――ちがう……私は、こんなことがしたかったんじゃ……!


 確かにプリンとヒルダをゲームオーバーに追い込んだジュリエッタは『仇』だ。そんな彼女を倒したい、彼女に勝ちたいと願ったからヨームにお願いして戦いの場を設けてもらった。

 しかし、それは決して『憎しみ』だけが理由ではなかった――はずだ。

 何も憎んでいないと言えば嘘になる。けれど、憎しみだけが理由では決してない。

 必死に否定するアンジェリカをあざ笑うかのように声は続ける。


「お前と我は同じよ。憎き仇敵を滅ぼすことのみを考え、憎悪の炎で全てを焼き尽くす『復讐者』だ」


 『復讐者』――奇しくもアンジェリカの持つギフトと同じ名だ。

 声の主もまた何かへの復讐に囚われているのだろうか……?


「我は二度同じ失敗は繰り返さぬ。そのために選んだだ――しかし、まだか。

 ならば、よりつよく、よりはやく、より鋭く――全ての眷属を統べるに相応しい『王』の肉体に造り変えるのみだ」


 ごり、ごり、と自分の身体が内側から軋む音が聞こえてくる。

 痛みはない――が、それが逆に恐ろしい。

 自分でも気づかないうちに、自分の身体が造り替えられていくのが恐ろしい。

 それでも悲鳴を上げることすら出来ない。

 もはや、自分の身体なのに動かすことすら出来ないのだ。


 ――ジュリエッタ、私は…………どうすれば………………


 肉体が造り替えられ、薄れゆく意識の中、アンジェリカは最後の最後まで必死に考え続けていた……。

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