第5章48話 アビゲイルvsアンジェリカ

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「ジュリエッタ……ジュリエッタァァァァァァァッ!!!」

「ああ、もう! 痴話げんかは本人とやりなさいよ!!」


 最初に出会った時と同様、問答無用で襲い掛かって来るアンジェリカに対して、アビゲイルは必死で応戦する。

 戦闘力ではアビゲイルの方が数段上のはずではあるが、退くことを知らずいくらダメージを受けても平気で前へと出て来るアンジェリカに押され気味となってしまっている。


”何なの、この子……アビーの攻撃は当たっているはずなのに、全然怯む様子もないなんて……!?”


 アビゲイルの背中にしがみつきつつ様子を見ていたバトーは、アンジェリカの不自然な動きを信じられないといった面持ちで見ている。

 彼女の言う通り、アビゲイルの攻撃は確実にアンジェリカへと命中している。

 最初は動きを止めるために足を穿ち、次には武器を手放させようと腕を狙い、最後には胴体を狙って弾丸を撃ち込んでいる。

 何発かはかわしたり防いだりはしていたものの、完全には防ぐことは出来ていない。

 だが、なぜかアンジェリカは止まらない。


「ちくしょうっ! 何か最初に撃った場所も何か治ってない!?」

”ええ! アイテムでの回復……とも違うけど、回復系の魔法でも持ってるのかしら!?”


 確かに命中したことを示す銃創は、いつの間にか消えていた。

 体力回復のグミを使ったとしても傷跡は治らないはずなのだ。明らかにこれはおかしい。

 ――おかしいことはわかっているが、だからと言ってどうすることも出来ない。


「こんなことしてる場合じゃないのに……!」


 まだモンスターともこの後戦う必要があるだろう。今ここでアンジェリカに対して全力を出し切ってしまうわけにもいかない。

 かといって全力を出さずに倒せる相手とも思えないし、最初に遭遇した時のラビたちの様子からして何も考えずに倒してしまっていいとも思えない。

 シルバリオンを呼び出して振り切ってしまうのも一つの手ではあるが、大人しく振り切れるかどうかもわからない。


「どうにかして動きを止めるしかないか……なら、リローデッド《凝固弾セメント》!」


 魔法の銃弾を装填する。

 装填したのは命中と同時に破裂し、触れたものを『固める』効果をもつ物質をばら撒く非殺傷・拘束用の弾丸だ。

 もちろんこれが普通の銃弾なら非殺傷になるわけがないのだが、アビゲイルの魔法で作った弾丸ならばそれも可能となる。


「止まりなさい!」


 アンジェリカの動きは速いが単調だ。

 コンセントレーションを使うまでもなく動きを見切ったアビゲイルが、両手両足に一発ずつ、そして胴体に向けて二発、《凝固弾》を放つ。

 命中と同時に白い泡のようなものがアンジェリカの身体を覆い、そして一瞬で固まり動きを封じる。

 だが、


「……メルティ!」


 アンジェリカが自身の魔法――あらゆる魔法を融かす『メルティ』を使用すると、《凝固弾》はドロドロに溶けていってしまう。


「うげっ、何その魔法!?」

”ほんっと面倒な子ね!”


 魔法による拘束はおそらく無意味だ、と二人は気づく。

 魔法以外による拘束ならばメルティも効果を及ぼすことはないだろうが、残念ながらアビゲイルたちにその手段はない――ミオがいれば【遮断者シャッター】で封じ込めるということも可能だが、当然今は不可能だ。

 攻撃してもなぜかダメ、魔法の銃弾での拘束も出来ない……最初に思った以上に拙い事態であることにアビゲイルたちは気づく。

 戦っても負けるとは思えないが、相手を倒せるとも思えない。そして戦いが長引けば長引くほど、アビゲイルたちは追い詰められていくだろうことは目に見えている。


”……まさか、この子……”


 戦い続ける中でバトーは一つの疑問を持ちはじめていた。

 それは、


”……この子、もしかしてミオとは違う方向でアバターをハックされているんじゃ……!?”

「ああ、クソっ、その可能性ありえるわね!」


 アンジェリカもミオと同様、モンスターからアバターへと何らかの干渉を受けているのではないか、ということだ。

 具体的にどう干渉を受けているのかまではわからない――推測できるのは『狂暴な攻撃性』と『肉体の修復能力』の二つだ――が、ミオという前例があることからありえない話ではない、とバトーは思う。

 そもそもこの『ゲーム』では、ユニットの性格や意思までは変えることは出来ないのだ。だから、元の性格が気弱で好戦的ではないのであれば、ユニットに変身した後でもそれは同じだ。違うように見えるのは発言する内容が変わっているだけにすぎない。

 だから、例えば『攻撃力を上げる代わりに理性を失う【狂戦士化の魔法】』のようなものは存在しえない。相手を操作するタイプの魔法はあっても、相手の意思を捻じ曲げて命令を聞かせるようなことはできない。実装されるかもしれないが、少なくとも現段階の『ゲーム』ではそうした魔法は未実装のはずなのだ。

 それなのにアンジェリカは――バトーたちは元々のアンジェリカは知らないが――明らかにおかしい状態に陥っている。

 考えられる可能性は、実はアンジェリカが元々だったか、『ゲーム』の理を超えた何かによって操られているか、どちらかだ。

 そしてバトーたちは『妖蟲ヴァイス』という本来ならばありえない存在が現れていることを知っている。ミオのようにアバターに直接干渉する術を持つ妖蟲がXC-10のほかにいても不自然ではないだろう。


「どうする、バトー!? このままじゃ……!」


 時間も魔力も無駄に浪費してしまう一方だ。

 最悪なのは、このまま戦闘を続けて万が一にもアビゲイルが敗北してしまうことである。乱入対戦がなぜかデフォルトでオンになっているこのクエストでユニットがいなくなるということは、使い魔が即ゲームオーバーになるということにほぼ等しい。

 そうなったらミオを助けることが出来なくなってしまう。それだけは絶対に避けなければならない。


”……いちかばちか、シルバリオンで引き離してみるしかない、かしらね……”

「むぅ……それしかないか……!」


 いつまでも追いかけられたら、とも思うがやってみなければわからない。

 接近してくるアンジェリカを銃撃で牽制しつつ距離を空け、シルバリオンを呼び出そうとするアビゲイルだったが、その時であった。


強制命令フォースコマンド――アンジェリカ、停止しなさい!”


 突如響き渡った声――その声に従い、アンジェリカが鎌を振りかざしたまま動きを止める。


”凛風、今です! アンジェリカを遠くへ!”

「くっ……アンジェリカ、ごめんアル! 絶対後で助けるアルからな! ブロウ――《竜巻》!」


 続けて現れたチャイナドレスを着た少女――凛風の魔法が発動、身動きの取れないアンジェリカを竜巻が巻き上げ、彼女の小柄な体を遥か遠くへと吹き飛ばしていった。


”シャロ、《アルゴス》は?”

「は、はい、大丈夫です。アンジェリカちゃんにこっそりとくっつけておきました」

”よし……ならしばらくは放置していても問題ないだろう。

 ……で、あんたたち、大丈夫か?”


 次々と現れる見覚えのないユニットと使い魔に一瞬だけ警戒するアビゲイルだったが、


”……あら? もしかしてメルクリウスにハデス……?”

”馬鹿野郎、そっちの名前で呼ぶな!”

”おっと、失礼。アビー、大丈夫、この子たちは敵じゃないわ――敵じゃないわよね?”

”ふむ、現状では敵ではない、と私は思っているがね”


 どうやら敵ではないらしい、とアビゲイルも警戒を解く。尤も、周囲にモンスターが現れないかどうかだけは油断なく警戒しつつだが。


「師父、知り合いアルか?」

”そうだね……一応顔見知りではあるか”

”まさかここでお前さんに会うとは思ってなかったぜ……通信してもなしのつぶてだし、てっきりもうやられちまってたのかと思ってたが……”

”ああ、ごめんなさいね。ちょっと事情があって、あたし、ソロで行くことにしてたのよ”

「……ヨーム、皆さん。ここで立ち話しているのは危険かと思われます。状況説明は移動しながらではいかがでしょうか」


 旧知の中であろうバトー、トンコツ、ヨームの三人をフォルテの一言が止める。

 バトーにはピンと来ないようだが、トンコツたちは彼女の言葉を軽んじることはない。


”そうだな。よし、移動しながら情報交換と行こうぜ。こっちにも聞きたいことがいっぱいあるんだ”

”……ええ、いいわよ。あたしからも聞きたいことあるしね。アビー、悪いけどちょっとだけ時間ちょうだい”

「…………仕方ないわね、わかったわ」


 ミオの元へと急ぎたいという気持ちはわかるが、ここで味方となりそうな他のユニットと出会えたことは大きい。

 アビゲイルは内心の焦りを堪えながら、バトーの言葉に頷くのであった。

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