第5章47話 『禁忌外来種』

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「えーっと、バトーの話をまとめると……」


 XC-10に攫われたミオを追う道すがら、アビゲイルは教会地下でバトーが気付いたことについて問いただしていた。

 『ゲーム』のプレイヤーとしてユニットに対して話してはならないこともあり、バトーの口は重かったが……それでも何とか幾つか話せることを選んで正直にバトーは話をしたのだ。


「まず、このクエストに出て来るモンスターは、普通なら出て来るはずのない危険度の高いモンスターってことね?

 それってレベルが高いからまだ出てこない、ってのとは違うの?」

”そうねぇ……あたしが知らないだけでもしかして事情が変わったのかもしれないけど、あの日記に書かれた内容が本当だとすると、まず間違いなくどんなレベルだろうと出てこないモンスターだと思うわ”

「うーん……? あ、没モンスターみたいなもん?」

”あー……そうね、あんたにわかりやすく説明するなら、そんな感じかしらね”


 実際に出現しているのだから『没』モンスターではないのだろうが、もっともわかりやすい説明はそれか、とバトーは否定はしない。

 出現しているからこそ、バトーは驚いているのだから。


「で、没になった理由としては、あまりに危険だからってことだけど……具体的にどう危険なわけ?」

”そこが説明しづらいところなのよねぇ……”


 XC-10を始めとした冥界に出現するモンスター、その存在について触れることは『ゲーム』の禁則事項に触れてしまうのだ。

 たとえ自らのユニットからの信頼を失いかねないことだとしても、禁則事項については絶対に話してはならない。

 それは『ゲーム』の運営から言われているから――だけではない。

 である、という理由が一番大きい。

 この点については、おそらくプレイヤーの性格にもよるだろう。クラウザーのようにユニットのことを顧みないプレイヤーであれば、必要となれば禁則事項にも触れることは躊躇わないかもしれない。

 だがバトーはそうではない。


 ――やっぱり、は話しちゃいけないことだわ……何とか話さずに納得させないと……。


 おそらくアビゲイルもこの場にいないミオも、どうしても話してはいけないということを説明すれば納得はしてくれるだろう――普段であれば。多少の不信感は持たれてしまうかもしれないが。

 けれども『とにかく話せない』と頭ごなしに言ってしまうことは、今は悪手だということはバトーにもわかる。

 状況が状況だ。ミオが攫われ、その攫ったモンスターに問題があるとわかっているのだ、全部は話せなくともある程度の説明をしなければアビゲイルは素直に言うことを聞いてはくれないだろう。


”……そうね……アビー、『特定外来生物』って知ってる?”

「んーん、なにそれ?」


 ――まぁ、知らなくても不思議はないか。


 気を取り直しバトーは続ける。


”えっとね、簡単に言うと……他所から入り込んで、元々その土地に住んでいる生き物を追い出しちゃう生き物のことね”

「んー、害虫とかそんな感じ?」

”そうそう。あんたの国でも、外国から入って来た虫だの魚だののせいで、どんどん数を減らしている生き物っているでしょ?”

「あ! いるいる! パパとママが言ってたわ。数が少なくなって、学校でメダカ飼えなくなっちゃったって」


 『特定外来生物』の詳細は知らずとも、全くの無関係ではない。ニュース等で話題に上ることもあるし、アビゲイルが今自分で言ったように昔はいたが今は数を減らしてしまった生物などもいる。


”この冥界にいる蟲たち――あの日記では『妖蟲ヴァイス』って名前らしいんだけど、要するに妖蟲たちがそれに当たるってわけ。元からいる生き物を追い出してしまうくらい、面倒で迷惑な蟲なのよ”


 実際のところは『追い出す』どころの話ではなく、生態系そのものを破壊してしまうような被害を与えるのだが、そこまではバトーも触れなかった。アビゲイルが理解できればそれでいいからだ。


「ふーん、それがあの芋虫とかってことか。でも、それだけで何で『詰み』になるわけ? 倒せないわけでもないでしょ?」

”そうね。実際、この手の『特定外来生物』って他にも『ゲーム』に登場しているのよ。あたしたちはまだ遭遇したことないけど、モンスター図鑑では『冥獣』って分類されているタイプがそうね”


 以前、ラビがテスカトリポカと遭遇した際に『冥獣とは何か』について考察していたが、その内容は概ね正しいことだった。


”それで何でこのクエストのモンスターは別なのかって言うと……変な話だけど、『ゲーム』に出て来る冥獣については適切にコントロールがされているものばかりなのよ。害ではあるんだけど、きちんと駆除が出来ていたり数の調整は可能とかそんな感じね”

「じゃあ、妖蟲はそうではないってことね?」

”そういうことになるわね。日記に書かれている妖蟲のスペックを見る限りでは、こいつらは全く管理されていない……あたしたちが『禁忌外来種タブー』と分類している生物の中でも、限りなく最悪に近い種だと思うわ”

「うーん……まぁ何となくわかったわ。あれでしょ? モンスター型の宇宙人が地球にやってきて人間を襲いまくる映画とか――そんな感じのモンスターってわけね」


 バトーの説明を聞いてアビゲイルなりに理解はしたようだ。

 だがまだわからないことは残っている。


「じゃあさ、そんなやつが何で出て来るクエストがあるの? バグ?」

”そこなのよね……さっぱりわからないのは……”


 この疑問についてはバトーも答えはもたない。

 最も疑わしいのがアビゲイルも挙げたように、『ゲーム』自体に何かしらの不具合バグがありそれが原因で本来出現しないモンスターが出て来るようになった、というものだろう。


”まぁ確かにバグって可能性はありえるけど……”


 しばらく前にも対戦機能について重大なバグがあることがわかり、改修が行われたことを知っている。

 それ以外にも実は細々としたアップデートは度々行われているのだ――プレイヤーに通知されているものもあるし、されていないものもあるが。

 バトーはこの『ゲーム』がだということは知っている。

 故にバグで想定外の事態が起きる可能性があることも承知している――バトーは知らないが、以前ジュリエッタが《終極異態メガロマニア》により生命の危機に陥ったのも、考えようによってはバグによる想定外のことだったのかもしれない。

 しかし――


”…………あたしの考えすぎだったらいいんだけど……っていうのが引っかかるのよねぇ。偶然そういうことが出来るっていうことだってありえるかもしれないけど……”


 ユニットのアバターについてはバトーもそこまで詳しい仕組みを知っているわけではない。

 しかし、ダメージを与える等の『ゲーム』としての仕組みを超えた干渉を妖蟲は行っているとしか思えない。

 そんなことが出来るモンスターが果たして生まれるのだろうか、とバトーは訝っているのだ。

 更にその上、そのモンスターが跋扈する地がクエストの舞台となるとは……。


 ――もしかして、『罠』……? でも、誰が何のために……?


 妖蟲を生み出したのも、妖蟲をこの地にばら撒いたのも、そしてこのクエストを作ったのも何者かの『罠』である可能性はある。

 だがわからないのは、何のためにそんなことをするのか? だ。

 考えられる線としては『冥界』にプレイヤーたちを誘い込んでゲームオーバーにさせるということだが、現実的にありえるかと聞かれると『考えはするけど実行は多分しない』とバトーは思う。

 なぜならば非効率すぎるからだ。

 プレイヤーが倒れればゲームオーバーにはなるものの、実際にそこまで追い込むのはなかなか難しい。対戦のように逃げ場を失う状態であれば可能だが、クエストの、しかも対モンスター戦という状況では脱出アイテムリーブを使うだけで簡単に逃げられてしまうからだ。

 ただ、ユニットに関しては可能性はある――現にミオがクエストを跨ってダメージを受ける状態に陥ってしまっているのだから。

 それでもユニットは自由に解除することが可能だ。解除して新しいユニットを得ることは容易なのだ。


”……ダメね、考えてもわからないわ”


 冥界の謎についてはこれ以上は考えてもわからないだろうとバトーは思考を打ち切る。

 謎を解いたところでミオを助けられるわけでもない。


”話が少し逸れたけど、禁忌外来種自体が厄介な強さなのよね。で、ここの妖蟲たちもやっぱりそうで、日記によれば色んな生き物を取り込んでどんどん強くなっていくみたいなの。

 あたしが『詰み』って言ったのは、時間をかければかけるほど妖蟲は強くなっていってしまうってわけ。そうなると、ミオに掛けられた妖蟲の『呪い』を解くのもどんどん難しくなっていくわ”

「……そういうことね。私たちがジェム稼いでステータス上げるよりも、妖蟲が強くなる方が先ってことか……」


 普通のゲームであれば、最初に定められた強さから変わることは普通はありえない。

 プレイヤーのレベルが上がるごとに登場するモンスターの強さも上がっていくゲームも存在はするが、その場合であっても敵の強さというのは予め設定された以上になることはない。

 妖蟲に関してはその限りではないということだ。進化のスピードがどの程度であるかにもよるが、ユニットの成長では追い付けないほどのスピードで成長していくとすると、バトーの言うように『詰み』となるだろう。


「今回が最後のチャンス、かもしれないってわけね」

”……そうね”


 XC-10にしろ他の蟲にしろ、今ならばまだ倒すことは不可能ではない。苦戦は免れないであろうが、絶対に勝てない相手ではないのだ。

 ここで撤退して再度ユニットを成長させてから再戦――というのは難しい。

 次に冥界へと挑んだ時に敵が今より更に強く、アビゲイルたちよりも強くなってしまっている可能性が非常に高い。

 一度相手との差が開いてしまったら、妖蟲たちに限って言えば二度と追い付くことが出来なくなってしまうだろう。そうなれば、今ここでミオを取り戻すことが出来ても根本的な問題の解決が出来ないままになってしまうので、やはり『詰み』となるだろう。

 アビゲイルの言う通り、今回が最後のチャンスであると思った方がよい。


「話は大体わかったわ。このままだと私たちがヤバいってこともね!

 ところでバトー、何か妙じゃない?」

”何が……?”


 ミオを追って『巻貝』の方向を目指していた彼女たちだったが、追跡を始めてそれなりの時間が経過している。


「……モンスター、全然襲って来ないわよね……?」

”そういえばそうね……あのムカデも来るんじゃないかって覚悟してたけど……”

「方向は合ってるわよね? ……うーん?」


 敵の攻撃が少ないというのであればそれはそれでありがたいが、全くモンスターが現れないというのは不気味だ。

 『巻貝』の方向へと向かっているが、実は『巻貝』はモンスターにとって別に何の価値もない場所だというのだろうか。仮にそうだとしてもミオが連れ去られたのがそちらの方向のためアビゲイルたちに選択肢はないのだが。


”どうする? やっぱり一度上の階層に移動しましょうか?”


 XC-10に襲われた時からずっとアビゲイルたちは最下層を移動している。

 進行方向は間違ってはいないとは思うが、障害物も多く迂回せざるを得ない時もあり、少々不安に思ってきたところだ。

 上へと昇るのは大幅な回り道をしなければならない――かつどこか昇る場所を探す必要もあるというリスクはあるが、少なくとも最下層よりは見晴らしは良くモンスターも襲ってくるにしてもあまり隠れる場所はないため不意打ちを受ける可能性は低くなる。また、障害物も最下層よりは少ないため移動はしやすい。

 このまま最下層を進んでいる場合だと、今はモンスターはいないものの教会の時のように突然囲まれるなどの恐れはある。


「……悩ましいわね。上へ昇る時間をかけるのと、このまま下を進んで行くのと……どっちも時間かかりそうなのよね」

”そうねぇ。じゃあ、やっぱり簡単に登れる場所を見つけ次第昇るってことで、とりあえずはこのまま行きましょうか”

「うん、おっけ。そうしましょ」


 二人とも口には出さなかったが、上に昇ることについてはもう一点リスクがある。

 それは『巻貝』に辿り着いた時に下に降りる必要があるかもしれない、ということだ。もしそうなると移動にかかる時間が更に増えることとなる――階層間の床を魔法で壊すことは可能だが、それには莫大な魔力が必要となる。

 XC-10たち強敵との戦闘に備えて、できるだけ魔力は温存しておきたいところである。特にアビゲイルの切り札であるシルバリオンとシューティングアーツは他の魔法に比べて燃費が非常に悪い。

 そうした事情も踏まえた上で二人はこのまま進むことを選択する。今のところはモンスターも襲って来ないから、という事情もあるが……。


「……バトー!」

”ええ、わかってる!”


 更に進んで行く二人が互いに異変に気付く。

 レーダーには映っていないものの、『何か』が近くに潜んでいる――そんな気配を感じたのだ。


”……ユニット、かしら”

「多分ね。レーダーに映らないって不便ね」


 油断なく銃を構え、いつでも戦闘できる態勢へとアビゲイルは移る。

 二人は何となく察した。周囲にモンスターがいない原因は、おそらくこの謎のユニットが倒していたせいもあるのだろう、と。


「……時間が惜しいわ、バトー、もし戦闘になったらごめんね」

”仕方ないわね……”


 ラビたちのように話が通じる相手ばかりではないだろう、とはわかっている。

 一応呼びかけてみてダメなようなら戦闘せざるをえない、そう思いながらアビゲイルは大きく息を吸い込み――


「私たちは戦うつもりはないわ! 隠れている人、出てきてちょうだい!!」


 と素直に呼びかけてしまう。

 右手に銃は持っているものの、銃口は下に向けてすぐに撃つことはないとアピールをしてはいるが。


「……出てこない、わね」

”むぅ、面倒ねぇ……こっちの様子を見てるだけならいいんだけど……”


 相手がアビゲイルたちを敵か味方か判断がつかずに様子見をしているだけ、というのであればあまり問題はない。アビゲイルたちは別に積極的に他のユニットと関わりたいわけではないので、さっさと先へと進むだけだ――背後からの攻撃だけは注意する必要はあるが。

 問題なのは相手が不意打ちを狙っている場合だ。そして、どちらなのかアビゲイルたちからは判断することが出来ない。


「えぇい、時間がもったない!

 襲って来ないっていうんならこっちからも手出ししないわ! 私たちは先へ進むから邪魔しないで!」


 後者であれば言っても意味がないだろうが、アビゲイルたちには時間がない。一刻も早くミオを助けに向かいたいので、先へと進むことを優先する。

 待つことほんの数秒――アビゲイルたちの進行方向にある建物の残骸の中から、一つの小さな影が姿を現す。

 その姿に、アビゲイルたちは見覚えがあった。


「……よりによってこいつか……!?」

”くっ、マズいわね……!”


 体格に見合わない巨大な大鎌を携え、赤ずきんを被った少女――アンジェリカが再びアビゲイルたちの前へと現れたのだった。

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