第5章46話 妖蜂乱舞(後編)
<ほほほほほ、新しいお肉ですわ中姉様!>
<あはははは、小さくて食べ応えがなさそうと思ったら大きくなりましたわ、大姉様!>
<うふふふふ、食べちゃいましょう食べちゃいましょう、肉団子にして食べちゃいましょう小姉様!>
<違いますわ大姉様、『ハンバーグ』って言うんですって! ねぇ中姉様?>
<そうよそうよ、『ハンバーグ』よ! あら? 『ハンバーグ』を教えてくれた子はどうしたんだっけ、大姉様?>
<さぁ? 食べちゃったんじゃなかったかしら、ねぇ小姉様?>
<さっき一匹逃がしちゃったから、今度こそ捕まえないと。ねぇ中姉様>
<そうそう。お肉一匹逃しちゃったものね、大姉様>
<えぇえぇ、お肉は幾らあっても足りないものね、小姉様>
「……」
ジュリエッタを前に三匹の蜂は悍ましいことを口走っている。
小・中・大の蜂の三姉妹――多分、それぞれがミツバチ、アシナガバチ、クマバチ……の化物だろうか。名前の通りの体格をしている。
三姉妹も地上へと降り、他の小蜂と共にジュリエッタを食らおうと襲い掛かって来る。
――でも、こいつらが襲おうとしているのは、怪物などものともしない、逆に怪物を喰らう『
「――
ぞっとするほど冷たい声で
次の瞬間、
ッパァンッ!!
と何かが弾ける音が辺りに響き渡る。
蟲たちがその音の正体を悟った時にはもう遅かった。
やつらが気付いた時、ジュリエッタは最初の位置からユニットの子たちを挟んで反対側の壁まで一瞬で移動していた。
――すれ違いざまに無数の蜂を一撃で葬りながら。
<あはははは、速い速い!>
<うふふふふ、困ったわねぇ、小姉様? ……小姉様?>
人語を話していても感情のようなものは存在しないのか、ケタケタと不快な笑い声をあげる蜂たちだが、流石に異変に気付いたようだ。
小姉様と呼ばれていたミツバチが元であろう他よりも一回り小さな蜂の姿が消えていた。
そして、ジュリエッタのすぐそばの壁にはまるでペンキをぶちまけたような汚い跡が残っている。
その跡は――小姉様が壁に叩きつけられ、正に虫けらのように潰されたものだ。
……あの一瞬、すれ違うと同時に尻尾がまるで刃のように変化して小蜂を切り裂き、そして降りてきていた小姉様へと体当たり――壁へと叩きつけて潰したのだ。
「次は、おまえだ」
一撃で終わらせるジュリエッタではない。
残る二匹の蜂――他の蜂はすれ違いの一瞬で全滅させている――へとジュリエッタは向かう。
<うふふふふ>
ジュリエッタの突進は次は大姉様――三匹の中では最も体格のいいクマバチへと向けられていた。
大姉様は見た目からして一番パワーがあるのだろう、ジュリエッタの体当たりを真正面から受け止め、そして次には自分の方が八つ裂きにすると確信したのだろう笑みを浮かべる。
だが、そこまでだった。
<うふ、ふふっ……ふぐっ>
体当たりを受け止めた後、ジュリエッタの長く伸びた五本の尻尾の先端が鋭い『槍』と化し大姉様へと次々と突き刺さってゆく。
それでもまだ体格の良さを活かして耐えようとしていたが、突き刺さった尻尾が体内で更に変化――体の内部から大姉様を引き裂く。
「後、一匹」
一瞬でバラバラの肉塊と化した大姉様の死骸を放り捨て、残る最後の一匹へと狙いを定める。
<あ、あはっ>
……本来ならばありすたちが戦った時のように、こいつらは三匹一組で空中から連続攻撃を仕掛けてくるのだろう。
そうなったとしたらいくらジュリエッタでも苦戦は免れなかったはずだ。
だが、そうはならなかった。
相手が得意な攻撃を繰り出してくる前に、速攻で相手を潰す――いや、今回の場合は相手が本気になる前に叩き潰したと言った方が正解かも。
ともあれ、化物蜂たちは成す術もなく残り一匹まで追い込まれてしまった。もうどうすることも出来ないだろう。
<ひっ……>
中姉様が自らの不利を悟り逃げ出そうと背を向ける。
――ことですら遅かった。
<??>
中姉様の視界には奇妙なものが写ったことだろう。
中姉様が逃げようと振り返った瞬間にジュリエッタが小姉様を潰した時同様に飛び掛かり、一瞬で首をもぎ取ったのだ。
もぎ取った首をジュリエッタがかみ砕き、残った胴体も地面に落下……しばらくはバタバタともがいていたが、やがてそちらも完全に動きを止める。
「メタモル――《
化物蜂三匹と小蜂の群れを壊滅させたジュリエッタだがまだ止まらない。
更にもう一度メタモルを使い変化――大きさはいつものジュリエッタなのだが、霊装も肌も何もかもが黒一色に染まった姿となる。
まるで影絵のようだ。顔に被った狐のお面だけが白く浮かび上がっているように見える。
彼女の狙いは……化物蜂たちの巣だ。
「喰らいつくせ、グラトニー!」
ジュリエッタが叫ぶと共に、彼女の身体から無数の黒い鳥……いや『蝙蝠』が放たれる。
それらは蜂の巣に殺到し、瞬く間に巣を喰いつくしていった……。
『
……もしあれを生き物に対して使ったとしたら、相手は生きたままグラトニーに貪り食われるということになると思う。
残虐すぎる攻撃だけど、幸いと言っていいのか【捕食者】はモンスター相手にしか効果がない。対ユニット戦で使うことはないということか。
時間にしてほんの数十秒……化物蜂たちとの戦いを含めても数分も経たないうちに、ジュリエッタは相手を壊滅させたのだった……。
* * * * *
巣の中には蜂の幼虫とかがまだ残っていたらしい。
そちらもグラトニーで全て駆逐している。
巣の中には捕らえられた子はいなかったようだ――既に手遅れになっていたとしても、私たちにはどうしようもない……。
後は外で蜂に襲われていた子たちだけど……。
”……これは……もう……”
合計で四人のユニットの子たちがいたが、全員が生きてはいたもののもはや虫の息であった。
生きたまま蜂に食われて行く痛みと恐怖は想像すら出来ない。
「殿様、この子たち、楽にしてあげたい」
”っ、それは……”
ジュリエッタの言っていることの意味はわかる。
もしこの場にヴィヴィアンがいれば、《ナイチンゲール》でこの子たちを癒してあげることは出来ただろう。
けど今は『痣』のせいで魔力が回復せず、桃香は変身することが出来ない状態だ。《ナイチンゲール》は使うことが出来ない。
仮に私のユニットにしたところで、体力だけは回復させられるが傷までは治せない。そもそも、私のユニット枠は後一人分しか空いてない。
だからジュリエッタが言っている『楽にする』とは――つまり……。
「……殿様がダメって言っても、ジュリエッタはやる」
私が迷うのを見て、きっぱりとジュリエッタは言った。
元よりこの場で
私の返答を待たず、ジュリエッタは倒れた子の一人に近寄ると――
「……すぐ楽になる。痛くないから。
――メタモル」
指先をメタモルで鋭い針へと変え、それを首筋に突き刺す。
一瞬だけちくりとしたのだろう顔を歪めるが、すぐに刺された子は目を閉じ――やがてその姿が消えて行った。
【捕食者】で吸収したモンスターの能力から様々な『毒』を混ぜたものを使ったのだろう。ユニットに変身してもいない状態だったので何の抵抗もなく残り体力を削り切りとどめを刺していく。
”……ごめんね”
ジュリエッタにとどめを刺させることになってしまったことと、この子たちを助けられなかったこと。その両方に私は謝罪する。
……謝罪したって何にもならないことなんてわかっている。ただの私の自己満足に過ぎない。
それでも、謝らずにはいられない――傲慢かもしれないけど、私たちがもっと早くに駆けつけることが出来ていたなら……『ゲーム』そのものをクリアして終わらせることが出来ていたなら……。
「終わった」
最後の一人に針を刺し、消滅を確認したジュリエッタが相変わらずの無表情のまま呟いた。
いや、どこか物憂げな表情にも見える。
かつてプリンさんを倒してそのユニット諸共ゲームオーバーに追い込んだことのあるジュリエッタだけど、その時とはまるで状況が違う。
助けられるものなら助けてあげたかったろう。
”……ごめんね、ジュリエッタ”
「? 殿様が謝ること、じゃない……」
”ううん、君に全部押し付けちゃって、本当にごめん……”
私にあの状況を解決できる能力があれば……と思う。もちろん、どう考えてもどうすることも出来ない状況だったんだけどさ……。
ジュリエッタはふるふると首を振る。
「……こういう汚れ仕事は、全部ジュリエッタがやる……から、別に、いい……」
”いや! これからはこういうことにならないようにしないと……!”
防げるものは防がないと……。
ジュリエッタに甘えてはいられない――もちろん、ありすたちに同じこともさせたくない。
「……うん。じゃあ、急いで他の巣も潰していこ」
”……そうだね”
トンコツたち以外にどれだけのチームがこのクエストに参加しているのかはわからない。
さっきの子たちの使い魔の姿は見えなかったけど……もしかしたらユニットより先にモンスターに倒されてしまっていたのかもしれない。
他にいるかもしれないし、もしかしたら私たちの後に来た人たちが捕まってしまうかもしれないのだ。
ありすたちの『痣』を消すためにボスを目指すのが今のところの目的だけど、トンコツたちや他の人たちの安全のためにも潰せる巣は潰していった方がいいだろう。
”そういえば、さっきの蜂が『逃げられた』って言ってたのが気になるね”
「……もしかしたら、ジェーンかもしれない」
”かもしれないね。さっきの子たちの中にはいなかったみたいだし、無事に逃げれているといいんだけど……”
彼女の場合、真正面から化物蜂三匹を同時に相手にするのは辛いけど、
私の方から探す手段がないから心配だけど……無事でいることを祈ろう。
”うん、良し。うじうじ悩むのはやめにしよう。ジュリエッタ、ありすたちを連れて出来る限り巣を叩き潰そう”
「わかった。巣を潰しながら他の人、探す。後、ボスのところへの道を探す」
”そうだね。じゃ、行こうか”
これ以上悩んでいても仕方ない。
私たちは先を急ぐこととした。
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