第5章50話 『冥界』攻略作戦会議

*  *  *  *  *




 化物蜂三姉妹を倒した後、私たちは更に四つの巣を潰していた。

 中には化物蜂に匹敵するような強敵もいたが、それでもジュリエッタに勝てない相手ではない。

 それなりに魔力を消費はしたもののいずれも撃破してきた。


”……これで大体一周した、かな?”


 『巻貝』の周囲を巡るようにして移動してきたが、潰した巣は合計で……えっと八個くらい? 小規模な巣と呼べるかどうか微妙なのも合わせると全部で二十個くらいかな。

 目に見えて敵の襲撃の頻度は下がってきている。流石に巣の近くに行くとまだまだモンスターは出て来るんだけど、移動中に出て来る頻度は大分低い。


「多分。見覚えがある場所に戻って来た」


 ぐるりと『巻貝』の周囲を一周してきたらしい。

 レーダーの表示するマップも、行ったことのある個所は地形も表示されるようになるのでそれがわかる。

 ジュリエッタの言う通り、周囲の景色も前に見た記憶がある――まぁこのクエスト、大体どこに行っても似たような景色なので勘違いという可能性もゼロじゃないのが不安になるところだけど。


”ありす、桃香……二人とも大丈夫?”


 私は二人に運んでもらっているし、元々なぜか体力だけは人間だった時よりもある。

 長時間移動しっぱなしでも全然平気なんだけど、ありすたちは今は変身も出来ない状態だ。かなりの距離を歩いているし、疲れているだろう。


「ん……ちょっと疲れた、けど平気」

「わたくしも、だ、大丈夫ですわ……」

”……どうしよう。少し休憩していった方がいいかな……”


 二人とも平気とは言っているけど、明らかに疲労しているのがわかる。

 どこか安全な場所があれば二人をそこに置いて行って……ってのも考えなくもないが、正直それはやりたくない。安全な場所なんてなさそうだというのもあるけど、変身できない状態の二人と離れるのはリスクしかない。

 でもずっと歩きっぱなしなのは拙い。更に言うなら、二人は私たちが来る前からずっとクエストで戦いっぱなしだったのだ、想像以上に疲労しているのは間違いないだろう。


「殿様、この辺の建物の中なら休めそう」


 周囲には建物の残骸があちこちにあるが、身を隠せるような場所は少ない――大体が崩れていたり、モンスターの巣になっていたりしていたからだ。

 しかし、あちこちの巣を潰して回った成果があったか、ジュリエッタの言うようにこの辺にはモンスターの姿はない。レーダーにも映っていないから少なくとも見える範囲にはいないことは確実だ。

 幸い、屋根も壁も残っている建物が近くにあったので私たちはそこへと入って一度休憩することにした。

 ありすたちだけではなく、ジュリエッタもクエストに来てからずっと戦いっぱなしだ。休息をとることは無駄ではないだろう。


”わかった。ありす、桃香、ちょっと休憩しよう”

「ん、でも……」


 ジェーンのことが心配なのだろう。ありすたちは少し躊躇う素振りを見せたが、


”いざという時に疲れて動けませんでした、じゃ話にならないからね。

 それに、一先ず一周したことだし今後の方針についても腰を落ち着けて話したい”

「……わかりましたわ」


 ただ休憩するわけではない。

 『巻貝』の周囲にあるモンスターの巣はおそらく大体潰せたとは思う――流石に別階層の巣までは潰せてないとは思うけど――し、ジェーンを探すにしろトンコツたちとの合流を目指すにしろ、そろそろ『巻貝』本体へと行くことを考える必要がある。

 私たちは建物内にモンスターがいないことを確認し、そこでしばし休憩と話し合いをすることにした。




 さて、これから『巻貝』へと向かってみるわけだけど、問題となるのは超巨大ムカデの存在だ。

 アレをどうにかしない限り安全に『巻貝』へと向かうことは出来ないだろう。

 ……アレのことを考えると、はぐれたっきりのバトーたちのことも気になる。彼女? たちも『巻貝』を目指していたとしたら、また襲われているかもしれない。

 さっきまで『巻貝』の周囲を巡っていた限りでは襲って来なかったけど、今後出てこないとも限らないし……というか高確率で襲ってくると思う。


「んー……多分、誰かが襲われている間なら無事に通れると思う」

”う、でもそれはちょっと難しいかな……”


 ありすの意見としては、いくら巨大だと言っても頭は結局一つしかない。

 だからどこかで暴れている間は簡単に通り抜けることが可能なはずだとのことだ。確かに私もそれは思う。

 でも、じゃあ誰かが囮になるかと言われても……現状は無理だ。

 ありすたちも変身できるのであれば、誰かが魔法を使って逃げ回りながらムカデを引き付けておいて、その隙に……という手も使えないことはないんだけど。

 今私たちにはジュリエッタしかいないわけだし、それは不可能だ。ジュリエッタが囮になったとしても、変身できないありすと桃香だけで『巻貝』に辿り着いたところで意味はないだろう。


「では、何とか倒すしかないのではないでしょうか?」

「……ジュリエッタ一人じゃ、難しい、かも」

「むー……」


 倒すというのもちょっと今は難しい。

 やろうと思えば出来ないことはないだろうけど、おそらくジュリエッタが全力を使い果たしてしまう。

 私たちの目的は別に超巨大ムカデを倒すことではないのだ。ありすたちの『痣』を消す方法も探さなければならないし、それにはきっと何者かとの戦闘は避けられない。

 ジュリエッタが動けなくなってしまう事態だけは避けなければならないだろう。


”うーん……”


 他の人の安全確保という面から考えると、倒してしまった方がいいんだろうけど……。

 なかなかいい案が思い浮かばない。

 トンコツたちの居場所がすぐにわかればいいんだけど、それも出来ないし……相変わらず向こうから私たちを見つけた様子もないし……。

 さっきまでの移動中襲って来なかったことに賭けてみるか……? うーん、でももし襲われたらありすと桃香が危ないか。


「……そういえば、ラビさんたちが助けに来てくれた時、なんでモンスターの真似してたの?」

”え? ああ、あの時か……”


 囚われたありすたちを助けるために芋虫の巣へと突入した時、確かにジュリエッタは四本腕カマキリにディスガイズで化けていた。

 あれは別に桃香を驚かせるためだけにやっていたわけではない。

 ……って、そうか!


”そうだよ、ジュリエッタ! ディスガイズを使って行けばいいんだ!”

「……確かに」


 うわぁ、何でこんなことに気付かなかったんだろう!

 ジュリエッタの変装魔法ディスガイズだが、ライズやメタモルと比べるとかなり印象の薄い魔法に思えるけど、実際にはかなりスゴイ魔法なのだ。

 なにせこの魔法、化けた対象そのものになるのだから。具体的に言うと、私たち使い魔のレーダーも化けたものと誤認識させてしまう。例えばモンスターに化けたのであればレーダーに反応するし、ユニットに化けたら自分のユニットならレーダーに映ってしまうという具合に。

 で、モンスターに化けた場合の話だけど、レーダーに映るようになるだけでなく、モンスター側でも『仲間』と認識するようになるみたいなのだ。同種のモンスターでも共食いするようなのは別だけど、大抵のモンスターは化けたジュリエッタを味方と認識する。密林遺跡でのテスカトリポカ戦がいい例だろう。

 欠点としては、あくまで見た目だけを真似するのであってモンスターの能力は一切使えないこと――四本腕カマキリに化けたとしても腕の『鎌』は別に切れ味が良かったりはしないのだ。

 後は戦闘力がほぼ無くなるということ。ライズとか別の魔法を使った瞬間にディスガイズは効果が切れてしまう。


「何か別の蟲に化けていけば、ムカデも見逃してくれるかもしれない」

”うん、ありすたちを助けた時から考えると、その可能性は高いね”

「ん、やっぱり……」


 ありすはジュリエッタがディスガイズを使っていた理由を予想していたようだ。

 というか、私たちが忘れててどうするんだっていう話だけど……。


”それじゃあ、ジュリエッタがディスガイズで変装して、私たちは……その背中に乗っかっていく感じかな?”

「……出来れば体の中に隠れられればいいけど、難しい……」

”だよねぇ。背中に乗せるか、それとも……お腹の下に隠れてもらうか、かな?”


 蜘蛛とかみたいな足の高い蟲に化けて、その下に潜ってしまえば上からは見えないだろうし安全かなぁとも思ったけど。あんまり変わらないかな? 目で見て判断しているのかどうかもわからないし。


「殿様、出来れば『ムカデ』型のモンスターに化けたい」

「ん、同じ種類のモンスターなら……迷彩は完璧……」

「うぅぅ……いやですわぁ……」


 桃香には可哀想だけどこればかりは我慢してもらわなければならない。

 ……私だって我慢しているんだから……。


”……そういえば、色々な蟲に遭遇したけど、ムカデタイプって見たことないね”


 あの超巨大ムカデくらいかな。


「……ムカデは昆虫じゃないから?」


 今まで散々一括りに『蟲』とか呼んでたけど、ジュリエッタの言う通りムカデは厳密には蟲――『昆虫』ではない、正しくは節足動物である。

 まぁそれを言ったら蜘蛛だのサソリだのもそうなんだけど。後は……まぁ芋虫もなのかな? あんまり詳しくないからそっちまでは知らないけど。

 ともあれ、数々のモンスターとこのクエスト内で遭遇して来たけど、ムカデ型は他に見たことないのは確かなのだ。

 それに何か深い意味があるのかどうかはわからない。


「むー、ちょっとだけ、探してみていい? 見つからなかったら諦めるから」

”……わかった、あまり時間はかけられないから、少しだけね”


 出来れば同じ系統の蟲に化けていた方が見逃されやすいだろうとも思うし、探すだけ探してみよう。

 芋虫の巣では全然別の蟲でも平気だったんだけど、ムカデがそうとは限らないしね。


「殿様たちはここに隠れてて。ジュリエッタが一人で探しに行く」

”一人で大丈夫?”

「うん、ジュリエッタは平気。殿様たちの方が心配」


 そりゃごもっとも。

 かと言ってついていっても何も出来ることはないし……ここは比較的安全そうだしなぁ。

 私たちの不安をわかっているのだろう、ジュリエッタがメタモルを使い大量の糸――途中で吸収したアラクニドの能力だ――を指先から出し、私たちの隠れている建物の周囲に張り巡らせる。


「外から何かが入り込もうとしてもこれでわかる……もし床から何か出てきたら、糸を千切って逃げて……糸に触ったら、ジュリエッタがわかるから」


 おお、便利だ。

 異変があったらすぐにジュリエッタがライズを使ってでも駆けつけてきてくれるってわけか。


「そんなに時間はかけないから……じゃ、行ってきます」


 そう言い残してジュリエッタは外へと出て行った。

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