第5章44話 Damsel in distress(後編)

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 今更ながら、ありすたちの吊るされている場所は拙いながらも『部屋』となっている。

 四方は糸の壁で塞がれ、天井もいかなる構造化は不明だが存在する。ありすたちは天井から吊るされている状態となる――吊るされつつ、壁面にくっつけられている状態がより正しいか。

 その部屋へと侵入してきたカマキリは、薄暗くても見えているのだろう、真っ直ぐにありすと桃香を見据えていた。


「……っ!」


 習性ですぐさま臨戦態勢に入ろうとするありすだったが、今はなぜか魔力も回復せずに変身することも出来ない。

 ただ睨みつけることしかできないが、それでも無抵抗のまま敗北することだけは彼女のプライドが許さないようだ。

 カマキリはありす、そして桃香の順に様子を眺め――


「い、いやぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ゆっくりと近づいてくるカマキリに桃香の恐怖が爆発した。

 ――無理もない。変身できるのであればいざ知らず、変身できないばかりか今は糸で拘束され逃げることすら出来ない状態だ。

 むしろ、この状態で泣き叫ぶことのないありすの方がおかしいのだ。

 カマキリは声に反応したのか桃香の方へと歩みを進める。


「うわぁぁぁぁぁん!? やだやだやだぁぁぁぁぁっ!! わたくしなんて美味しくないですわぁぁぁぁぁっ!」


 ジタバタともがくものの糸の拘束から逃れることは出来ない。

 ……それでもありすの方に標的を向けようとしないところは称賛すべき点であろうか。

 近づいてきたカマキリは桃香の眼の前で四本の腕を大きく広げ――


「きしゃー」


 と間の抜けた声で威嚇する。


”……はいはい、ジュリエッタ。悪ふざけはここまでにして”


 ため息交じりにそんな声が聞こえてくる。

 男か女かよくわからない、心の中に直接響いてくるその声に、桃香も、そしてありすも聞き覚えがあった。


「……わかった。ディスガイズ、解除」


 カマキリがそう応えると同時に、ぼわんと漫画のような煙がカマキリから噴き出て……。


「あ、あ……?」

「ん、ラビさん、ジュリエッタ……待ってた」


 煙が消えた後には小さな幼女――ジュリエッタと、その頭の上に乗っかったラビの姿があった。




*  *  *  *  *




 やっと……やっとありすたちを見つけることが出来た……。

 一度レーダーで捉えた後、超巨大ムカデを振り切るのに時間がかかってしまった――私たちの予想通り、あのムカデは『巻貝』の周囲の結構広い範囲が縄張りのようで、かなりしつこく私たちを追いかけてきた。

 なので仕方なく一旦『巻貝』から離れるように移動してた分、時間を喰ってしまったのだ。

 その間にありすたちの反応が消えた時は焦ったが、反応のあったと思しき地点に辿り着いた時にその理由はわかった。


”ジュリエッタ、とにかく二人をまず助けてあげて”

「うん」


 壁面に張り付けられているありすと桃香をまずは助けてあげないと。

 そして速いところここから抜け出さないと拙いことになりそうだ。

 というのも、今私たちがいる場所は建物内――虫の作った『巣』の中のようなのだ。

 ありすたちの反応が一瞬途絶えたのも、この建物内に連れ込まれたからだと思われる。

 ただ、アラクニドの巣のような土とかで作った『塔』とは違い、糸を複雑に組み合わせたテントのような巣に思える。巣というより、繭――いやさなぎみたいな感じかも。中身は空っぽだけど……。


「……ふぅ……」

「た、助かりましたわ……」


 ジュリエッタが二人を拘束する糸を切り裂いて解放。

 ……良かった、どちらも大怪我をしたりはしていないみたいだ。


”はぁ……ほんとによかった……”


 安心したら力が抜けてきちゃった……まだ油断できる状況じゃないけど、今だけは少し安心させて欲しい。

 それにしても――


”二人が捕まるなんて、よっぽど強いモンスターがいたんだね……”


 気になる点はそこだ。

 体力を削り切らないで捕まえるというのも不可解だけど、削り切らないにしろ二人を行動不能に追い込むことが出来るモンスターがいるとは驚きだ。

 『嵐の支配者』レベルの相手だったらわからないでもないんだけど……。


「んー、ぴかぴかの芋虫にやられた」

”ぴかぴかの芋虫……? XC-10、かな……?”

「名前はわからないけど……」

「その芋虫ですが、吐き出す糸がどうも魔力を封印する効果を持っていたようでして……」


 なるほど、それで魔法を封じられて負けてしまったということかな。

 ……厄介な相手だな。アリスにしろヴィヴィアンにしろ、使う魔法を糸で防ぐことも出来るってことか。アビゲイルたちが苦戦したというのもわかる話だ。

 で、多分その糸に捕まると魔法少女本体の方の魔力も封じられて、変身が解けてしまうというあたりかな。理不尽な能力だ……。


”まぁ何にしろ二人を見つけることが出来て良かったよ。

 ――で? なんで二人はクエストにいるの?”


 さて、ここからはお説教の時間だ。

 私の言葉に二人が気まずそうに目を反らす。

 ……心当たり、ありかー。


”んー? 何を隠しているのかなー?”


 私だって本気で怒っているわけじゃないよ? というのをアピールするためにわざと軽く突っ込んでみる。

 ……いや、確かに物凄い心配はしたものの、怒っているってわけではないんだけど。


「ん……その……」

「えーっと……ですね……」


 まるで隠していたいたずらを見つけられた子供のように二人はもじもじとしていたが、やがて諦めたように、


「「……ごめんなさい」」


 二人して素直に頭を下げる。


”うん、わかった。で? 一体何が原因なの、この状況?”


 くどくどとやらかしたことを怒るつもりは毛頭ない。

 私は『原因』が知りたいのだ。


「ん、と……実は――」


 観念したのだろうありすが正直に昨日の昼間に起こった出来事について告白する。

 ……むぅ、あれだけ子供だけで行っちゃダメって言ったのに……。


”……んもー、ダメって言ったでしょ”

「ん、ごめんなさい……」

”次からは大人に『行っちゃダメ』って言われたところには近づかないこと、いいね?”

「はい……」

”『ゲーム』関連だったから後から助けに来ることも出来たけど、本当に変質者とかが相手だったら間に合わないかもしれないんだからね”

「うん……」


 いかん、結局くどくどとお説教してしまった。

 でも一言くらいは言っておかないとね。

 それはともかく――


”ま、次からは気を付けるってことで。

 ――んで、二人の話を聞く限りだと……やっぱりジェーン――美々香もここに来ている可能性が高いってことだよね”


 現実世界で彼女も意識を失っていたし、クエストに来ているのは間違いない。トンコツもこのクエストに来ることを言ってたし、その点は疑う必要はないだろう。


”ジェーンには会えてない……んだよね?”


 この場で一緒に捕まっていない、ということは多分そうなんだろうとは思う。

 一度合流したけど離れ離れになったという可能性もありえるけど。

 だが私の言葉に二人は揃って頷く。


「ん、ジェーンには一度も会えてない……」

「そうですわね。わたくしとありすさんは比較的早くに合流できたのですが……」

”うーん、そっか……”


 ジェーンの安否が確認できないのがもどかしい。トンコツだったらジェーンのステータスを確認することは出来るんだろうけど、そもそもトンコツとも合流出来てないしなぁ……。

 あまり考えたくないけど、実は既にジェーンは倒されていてそれを知ったトンコツたちが撤退した、という可能性もなくはない。

 むしろジェーンが既にやられているのであれば、戦闘力に乏しいトンコツたちはさっさと撤退しておいてもらいたいというのが本音ではある――問題は私とトンコツがお互いに状況を知り合う術がないというところなんだけど……。

 ……考えていても仕方ない。私たちが次に取るべき行動は――


”……よし。とにかくここを脱出して、トンコツたちと合流できないか考えてみよう”


 結局そうなる。

 最悪、このクエストを私たちでクリアしてしまうか……? そうすれば彼らも『リーブ』を使うなりして脱出することが出来るだろう。


”それじゃ、二人を回復してここから出よう。その後は……どこに向かうかなぁ”


 ちなみに今までここで呑気に会話していたのは油断していたからではない。

 ありすたちのいる場所に辿り着く前に、レーダーに反応していたモンスターを片っ端からジュリエッタが片づけていたためである。

 増援が来ないとも限らないけど、ある程度の時間は安全を確保できるだろうと思っていたのだけど、全くその後モンスターが出てこないということは思った以上の効果はあったのかもしれない。

 とにかく二人にキャンディを与えて魔力を回復、変身して三人で突き進んでいけば何とかなるだろう。

 不安なのはアリスたちを捕まえるほどの力を持つXC-10――ダイヤモンドキャタピラとか、あの超巨大ムカデみたいなボスクラスのモンスターか。そちらの対処は……出てから考えよう。

 で、二人にキャンディを与えたわけだけど……。


「……あれ? 変身、できない……?」

「な、なんでですの……!?」


 確かに魔力は回復させたはずなんだけど……。

 と、不審に思い二人のステータスを確認してみて気が付いた。


”……!? 二人の魔力が、もうゼロになってる……!?”


 フルに回復させたわけではなかったとは言え、何の魔法も使っていないのに魔力がゼロになるなんて……そんなことありえるのか?


「殿様、もう一回」

”う、うん”


 今度はありすにだけ魔力を少し回復させるキャンディを与えてみる。

 それと同時にステータスを常に確認するようにしていると――


”あ、魔力が一瞬で減っていく……!?”


 キャンディを与えた瞬間には確かに魔力は回復するのだが、次の瞬間には物凄い勢いで魔力が減っていきあっという間にゼロになってしまうのを私は見た。

 これは……どういうことなんだ? XC-10に捕まった時は魔力を封じる糸が原因だったんだろうけど、今は二人とも糸に捕まっているわけではない。


「……ありす、桃香。ちょっと見せて」

「ん」

「は、はい……」


 何かに気付いたのか、ジュリエッタが二人に近づき――


「……殿様、これ……」

”ん? 何かあった?”


 ジュリエッタに言われて覗いてみると、桃香の首の後ろに何やら見慣れない痣があるのがわかった。

 それはまるで足を広げた蜘蛛の形のようにも見える。

 ありすの首も確認してみると、やはり同じような蜘蛛の形の痣があった。


「これが原因、かも」

”……そうだね……”


 少なくとも現実世界の二人にはこんな痣はない。髪の長いありすはともかく、桃香にこんな痣があったらすぐに気が付くはずだ。

 となると、この痣は二人が捕まっている間につけられたものだと考えられる。


「……殿様、アビゲイルが言ってた、ミオの状態……」

”――ああ……!”


 私も思い出した。

 確かバトーのユニットの片割れ、ミオも一度XC-10に捕まったと言っていた。

 そしてクエストを跨って継続してダメージを受ける状態になっていたと……それを解除する方法を探して、XC-10と再度戦おうとしていたんだっけ。

 ミオは変身出来ていたから、あちらは体力が削られていたのかもしれない。ありすと桃香は魔力が削られて行く……というわけかな。


”……なんてこった……”


 これは、トンコツたちと合流してクエスト脱出、というわけにはいかなくなってしまった、ということか……。


「ん? どういうこと?」


 ありすたちにはまだバトーたちのことは話していない。私たちが何について驚いているのかわかっていないのであろう。

 まだモンスターが来る気配はないし、簡単にバトーたちについて説明する。


「あ、赤ちゃんじゃなかった……」


 なぜかほっとした様子の桃香。……赤ちゃんってなんだ?

 一方でありすの方は渋い表情で何事か考えている。


「殿様、どうするの?」

”……どうしよう……?”


 これがミオの陥っている状況と同じだとすると、私たちは問題が解決するまでこのクエストから出るわけにはいかない――バトーのようにポータブルゲートを持っていないので、クエスト失敗で終了してしまうためだ。再び同じクエストが出て来るとも限らない。


「……ここのボスを倒す」


 ありすはそう言う。


”ボスを? 芋虫の方じゃなくて?”

「ん」


 そう思う根拠はなんだろうか?

 痣を付けたのはXC-10の方だと思うし、普通に考えたらそちらを倒せばいいように思えるけど……。


「痣、蜘蛛の形なんでしょ?」

「うん。蜘蛛っぽく見える」

「じゃあ、ここのボスは多分蜘蛛型のモンスター……芋虫じゃない……」

”……あー、確かにそうかも……”


 未だにこのクエストのボスが何なのかはわからないけど、ありすの推測は否定する要素がない。

 むしろ、正しいような気がしてくる。XC-10はボス(暫定蜘蛛型)の手下であって、ありすたちにボスの形をした痣を付けたということか。

 ……この痣に何の意味があるのかはわからないけど、とりあえず今の私たちにとって良い物でないことだけは確かだ。


”ボスを倒さない限り、痣も取れない可能性が高いってわけか……”


 もしかしたらXC-10を倒せば取れるかもしれないけど――ボスへと挑む過程できっと相手にすることになるんじゃないだろうか。

 そう考えれば、ありすの言う通りボスの撃破を目指していった方がいいかもしれない。さっきも考えた通り、ボスさえ倒せればトンコツたちも安全に脱出――あるいはジェーンの捜索を行うことが出来るようになるかもしれないし。


「決まった?」

”そうだね――よし、ジェーンとトンコツたちを探しつつ、このクエストのボスを目指してみよう”


 ――問題は、ありすと桃香が変身できない状態でボスに勝てるかどうか、なんだけどね……。

 ボスの位置を探してみること自体は無駄にはならないだろう。トンコツ、ヨーム、バトーとわかっている限りで他にも参加している使い魔はいる。

 全員の力を合わせれば倒せるかもしれないし。




 そして私たちは一つの目標を達成し、更なる戦いへと身を投じることとなるのだった。

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