第5章42話 冥界のワルキューレたち(後編)

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




”……むぅ、ジェーンの反応が相変わらず見つからんな……”


 ■界の■王の襲撃からしばらく経った後、トンコツたち一行。

 凛風の受けたダメージ自体はグミで回復することは出来たものの、傷の回復が出来ない状態でいた。

 しかし、シフトで強化を行う際に肉体そのものを修復することが出来るということがわかったため、安全のため《4thギア》が使えるようになるまでモンスターから隠れていたのだ――再び■界の■王が現れるとも限らないため、離れた位置へと移動はしているが。

 その間もシャルロットによる《アルゴス》での捜索は続いていたが、成果は得られずじまいであった。

 ジェーンもアリス・ヴィヴィアンも、そして一緒にクエストに来たはずのラビたちも見つかっていない。

 姿を消したアンジェリカの行方も杳として知れないままだ。


”……ふむ、アンジェリカも無事ではいるようですが……”


 ヨームもアンジェリカのステータスは常に確認している。

 体力・魔力が増減はしている時もあるが、基本的には安全圏で推移していることはわかっている。

 リスポーンの心配は今のところはないようだ。だからと言って彼女が安全かどうかはわからないが……。


「木乃伊取りが木乃伊に……ですね」


 フォルテが一人呟く。

 アンジェリカ自身の責任ではないが、正にその通りの状況になってしまっている。


「……アンジェリカも助けないと……!」


 凛風はアンジェリカが攫われてしまったことについて責任を感じているようだ。

 ■王の戦闘力は今の凛風たちをはるかに凌駕している。決して凛風一人の責任というわけではないが……。


”当然です。まだ彼女の問題は解決していません――解決する前に、こんな中途半端な形で終わるわけにはいきません”


 確固たる意志を秘めてヨームも頷く。

 アンジェリカ自身に纏わる問題――ラビにも協力を依頼した内容について、未だに解決はしていないのだ。

 状況によってはアンジェリカをユニットから解除すると言ったヨームではあるが、それはあくまで『最終手段』だと認識している。

 まだ結果は出ていない。

 結果が出ていないうちから諦めるということはしないのだ。


「……あれ?」

”どうした、シャロ?”


 その時、《アルゴス》で広範囲を確認していたシャルロットが何かを見つけた。


「その……私たちの知り合いではないですけど、他のユニットらしき人たちを見つけました」

”む? どこらへんだ?”


 このクエスト、説明文が読めないという特異なクエストではあるが少なくともCOOP可能なのは間違いない(そうでなければラビとトンコツたちが一緒にクエストに来ることが出来ない)。

 ならば他にもユニットがいるというのはおかしな話ではない。

 問題は、そちらと協力できるか否か、という点だ。

 現状トンコツたちはかなり追い詰められている状況にあると言っていい。

 まともに戦うことが出来るのが凛風だけなのだ。■王と再度遭遇したとして勝ち目は全くないし、他のモンスターの大群に襲われたとしても凛風一人では守り切るのは難しい。

 ラビと合流できれば事情を知っている者同士話は早いのだが、今のところどこにいるかはわからない。

 であれば、他のユニットと協力できれば随分と助かるのだが……。


「えーっと……結構離れた位置ですね……それに、うーん? 別の階層――多分、私たちがいるところより二つくらい下の階層みたいです」

”むぅ……どうする、ヨーム?”

”そうですね……”


 ここに留まり続けていてもおそらく得られるものはそう多くない。

 シャルロットの《アルゴス》で時間をかけてジェーンたちを探すというのも手だが、時間がかかればかかるほどジェーンたちの生存の確率は下がっていくだろう――今まだ生き残れているという方が奇跡的だとさえ思えてくる。

 移動するというのはありと言えばありだ。《アルゴス》は自力で移動することも出来るがスピードは遅い。だが、シャルロットが移動してばら撒いていけば監視範囲はかなりのスピードで広がっていくだろう。

 反面、移動するということはモンスターの攻撃にさらされる危険性が高まるということを意味している。

 前述の通り今の戦力は凛風一人だ。移動中に大群に襲われたら一溜まりもない。


「……師父。ここはもうワタシたちも動くべきだと思うアル」

「そうですね……虎穴に入らずんば虎子を得ず、かと」


 凛風とフォルテはとにかく動くべきだと主張する。

 この場に留まることと移動することのメリット・デメリットをそれぞれ天秤にかけて、移動する方が良いと判断しているのだ。


”ふむ……確かにそうですね”

”ああ。俺もここはもう動いてしまった方がいいと思う。シャロの《アルゴス》の監視だって絶対ってわけじゃねぇ。見落としだってないわけじゃないし、レーダーでの探索もしておくべきだろう”


 《アルゴス》は広範囲を見ることが出来るが、あくまでこれはシャルロットの視覚を拡張していることと変わりはないのだ。

 例えばジェーンたちが上手く物陰に隠れていたりする場合、《アルゴス》で見落とす可能性もありうる。

 トンコツの言う通り、レーダーの範囲内にいればユニットは確実に見つけることが出来る。

 ジェーンとアンジェリカを探すにしても、《アルゴス》に頼り切るのではなくレーダーでも探してみた方が効率は良くなるだろう。


”リスクはあるが、それなりに価値はありそう、ですね……。

 よろしい。トンコツ氏、シャルロット君の見つけたユニットへの接触を試みましょう”

”ああ、そうするか。もし危険そうなヤツなら……ま、その時は逃げるとしようぜ”

”ええ。協力できることを祈りましょう”


 こうしてトンコツたちも行方不明のジェーンとアンジェリカを探すため、『冥界』の奥深くへと侵攻することとなる。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「……あたし……。……ここ、は……?」


 ミオが目を覚ました時、自分がどこにいるのかがわからなかった。

 いつの間にか意識を失っていたらしい。

 彼女が覚えているのは、XC-10に連れ去られるところまでだったが――


「目が覚めたか」

「……っ!?」


 ミオが状況を把握するよりも早く、彼女へと声を掛ける存在があった。

 聞き覚えのない声――酷く冷たい人間味の感じられない低い女性の声だ。

 声の主の方へと向きながら起き上がろうとする――そこでミオは自分が床ではなくベッドのようなものに寝かされていたことに気が付く。尤も、土や木を謎の粘液で固めたものであって、ベッドという程上等なものではなく台座のようなものなのだが。

 起き上がろうとするが、身体が自由に動かない。首を傾けるのが精いっぱいだ。


「XC-10から報告は聞いていたが、なるほど……実に興味深い」


 声の主が台座に横たわるミオへと近づく。


「あ、なたは……?」


 ボサボサの髪に白衣を着た女性――クエスト内にいること自体が場違いな姿をしたそのユニットに、ミオは見覚えがない。元より、他のユニット自体を見たことがないのだが……。

 女性――『ドクター・フー』はミオの問いかけには答えず、興味深いといいつつまるで関心がないかのような詰まらなそうな表情のまま、横たわるミオを観察している。


「ふむ、想定を超えた長時間の接触がアバター自体に変異を起こしたように見えるな。

 なるほど? これは我がパトロンの想定外だな。意図的にこの状態を作れるか……? いや、これはあくまでこのアバターが持つギフトによる例外と考えた方が……」

「あ、あの……」


 一人でぶつぶつと何事かを呟き続けるフーに対して、ミオはどうすればいいのかわからず戸惑う。

 体が自由に動かないし、今いる場所がクエスト内――未だ『冥界』の内部だというのは確実なので安心できる状況ではないのは確実だが、目の前にいるドクター・フーが敵なのか味方なのかが全くわからない。

 幸いなのは、【遮断者シャッター】を解除しているというのに、ミオの体内から蟲が発生する気配がないことか。XC-10に連れ去られる間に激痛で気を失ったしまったので、その間に体が食い破られたのかどうかを心配していたのだが、今のところ動かない以外に体におかしいところはない。


「……使い魔とのリンクは――まだ途切れていないか。ふん、まだ諦めていないと見える」

「バトーが……? じゃあ……」


 アビゲイルたちはまだミオを助けようとしているのか――そのことに対して嬉しさ半分、不安半分と言ったところか。

 自分を助けようとしてくれるのは嬉しいが、そうすることでアビゲイルに危険が及んでしまう……そのことが不安なのだ。


「リンクが切れていれば、パトロンの思惑に乗ってもよかったが……切れていないのであれば、まぁ仕方ない。実験を始めるとしようか」


 ぞくり、と背筋が震える。


 ――このひと……あたしのことを全く見ていない……!


 視線の話ではない。ドクター・フーの眼は確かにミオのことを見てはいる。

 ただし、その視線は……決してミオのことを対等の人間としては見ていない。

 ミオ本人が見たことはないが、まるで漫画に出て来る『悪の科学者』が実験体を見るかのような……ミオを個人として見るのではなく、素材としてしか認識していないような、そんな目だと感じたのだ。


「さぁもういいぞ、はキミのものだ――冥界の女王


 ドクター・フーが天井を見上げてそう囁くと――


「っ……な、なに……!?」


 めり、めり……と何かが軋むような音を立て、天井がゆく。

 そこでミオはようやく気付いた。

 今まで天井だと思っていたものは天井ではない――それは巨大な『繭』だということに。

 その繭を内側から食い破り、何かが現れようとしている。


「う、ぁ……」


 繭の裂け目から現れたものを見て、ミオは絶句する。

 それは――正しく『冥界の女王』……この異形のクエストの支配者の姿であった。

 爛々と赤く光る六つの眼が、繭の中からじっとミオのことを見つめているのがわかる。


 ――これは――あたしたちの想像を遥かに超えている……!


 モンスター図鑑など見なくてもわかる。

 このモンスターは、今までのものとは格が違う。

 魔獣やら冥獣やらの区切りでは収まることはない――敢えて言うのであれば、アトラクナクアの名が示す通りの『邪神』だ。

 図鑑に記されるモンスターレベルがどうこうという話ではない。

 そんな『ゲームの都合』をあざ笑うかのような、圧倒的で、そして悍ましい、絶望的な力をそのモンスターは放っている。

 それが、ミオにはなぜかわかる――わかってしまう。


《NNR@N?N@T$R@N?N/K@T/, T#T/K/T/M/N//NNR@》


 ミオの頭の中に響く声――先程『取引』をした声と同じだ。

 その声を聞いてミオは悟った。




 ――全て、無駄なことだった。




 あの場でアビゲイルたちを逃がすことに何のためらいもなかったのも。

 全て……全て、アトラクナクアがひっくり返せるからだ。

 譬えどれだけ戦力を結集しようとも、アトラクナクアがそのことごとくを文字通り虫けらのように蹂躙することができるから。

 だから、あの場でアビゲイルを逃がしたところで何の影響もない――そう、アトラクナクアは考えていたのだ。


《N?R@S$/S//NNR@N@NNT/N?N@T#T/K/T/M/N/N?N@K@T/N/K$T/N?T/M/T$/M/K@T/N/K@R@M/T/S$N@((({{{K$N@S//N?N/M/T/T$/M/T$NNR@R@N@M/R@T/K@R@T?K$N/M?T/K@N@T#R@N?R@M/R@T#T/K@T/T?N/K/T/K@N@N?/M?T/T?NNR@N@》


 そして、自分ミオはそのための『パーツ』なのだ。

 より強く、完全な肉体を得るために必要な部品――なぜ自分が選ばれたのかはわからないが、ミオは理解した。


 ――だめ……アビー、バトー……もうあたしのことは放って逃げて……!!


 アビゲイルたちを逃がしたのは間違いではない。

 けれど、彼女たちは恐らく退くことはない。その気持ちは嬉しく思う。

 ……逃げずに立ち向かうその先に、どうすることもできない絶望が立ち塞がることなど予想もせずに……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 真の冥界の女王アトラクナクアの出現により、『冥界』を巡る全ての戦いは終息へと向かって行く。

 未だその脅威を知らぬ魔法少女ワルキューレたちは冥界を彷徨い、妖蟲ヴァイスとの戦いを続ける。

 『ゲーム』の理を超えた冥界の戦い……その結末は――

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