第5章41話 冥界のワルキューレたち(前編)
* * * * *
「ライズ《アクセラレーション》」
ジュリエッタが魔法を使って加速――ジャンプしてすれ違いざまに敵モンスターの首を力尽くでもぎ取る。
敵モンスター……四本腕の巨大カマキリの巨体が揺らぎ、倒れるが……。
”ジュリエッタ! まだ来る!”
「わかってる」
崩れ落ちるカマキリの胴体――というかお尻から、真っ黒な紐のような別の蟲が勢いよく飛び出し、ジュリエッタへと突き刺さろうとする。
ハリガネムシ、だろうか。別のモンスターの体内に寄生するタイプのモンスターか……こちらもレーダーでは全然見えない厄介なタイプだ。
だが既にこのモンスターも倒したことがある。パターンはわかっていた。
ジュリエッタは冷静に飛び掛かってくるハリガネムシの攻撃をかわすと共に相手の首を掴むと、
「メタモル!」
その手を火龍の口へと変えて一気に焼き尽くす。
ハリガネムシは炎に対する耐性はあまりないのか、まだカマキリの体内に残っている分も含めてあっさりと燃え尽きていった……。
私たちはアリスたちの居場所を探して広大なステージを駆け巡っていた。
アリスたちの魔力は相変わらずゼロのまま……ただし、なぜか体力については増減していない。
ということは、まだ二人は無事だということになる――はずだ。
パニックに陥りかけていた私だったが、ジュリエッタがいてくれたおかげで何とか平静を取り戻せている、と思う……。
『殿様、体力が残っているなら大丈夫のはず。ゲージが残っているかよく見ておいて。二人は……ジュリエッタが見つける』
ジュリエッタが冷静でいてくれなかったらどうなっていたことか……情けない。
そうだ、私が焦ってパニックになってしまっていたら助けられるものも助けられない。
二人が置かれている状況は全くわからないけど、今は体力の残量を注意して見ながら――もしゼロになったらすぐにリスポーンできるように――探すしかない。
とにかく私たちは当初の目的通り、『巻貝』型の謎の建造物を目指しながらアリスたちを探している。
「むー……敵が段々増えてきた……」
”そうだね。これはやっぱり『巻貝』が敵の本拠地――なのかもしれない”
「多分そう」
最初から割と敵の数は多かったけど、今は更に増えている。
ひっきりなしに襲い掛かってくるのもそうなんだけど、出現してくるモンスターが前よりも強力なものが増えているのだ。
今しがたジュリエッタが倒した四本腕のカマキリも、前に出てきたやつより一回りほど大きくなっており、しかも倒すとハリガネムシが追い打ちをかけてくるというようになっている。
他にも芋虫は防御力が上がっていたり糸だけでなく『酸』を吐き出してきたりするし……明らかに強くなっていると思う。
これが『巻貝』に近づくごとにどんどん敵が強化されているのだとすると、やはりあの『巻貝』に何かがあるのは間違いないだろう。
……問題はアリスたちが『巻貝』の近くにいるのかどうか、ってところなんだけどね……こればかりはレーダーに反応がない限りわからない。
とにかく進むしかない。それ以外にこの状況を打破する方法はないのだから。
”それにしても、結構な時間が経つけど誰とも合流できないね……”
XS-01GB――超巨大ムカデに襲われた時にはぐれてしまったバトーたちともそれほど距離は離れていないと思っていたけど合流できていない。そう簡単にやられたとは思えないから、もしかしたら別の階層にいるのかもしれない。
気になるのはトンコツたちとも合流できていないことだ。
《アルゴス》をばら撒いてあちこち見てくれているとは思うし、合流までそう時間はかからないだろうと思っていたのだけれど……このステージ、とにかく無茶苦茶広いし敵も多い。進むに進めない状況なのかもしれない……だからと言って居場所もわからないし、アリスたちを探す方が優先なのは変わりないけど。
あとは……アンジェリカか……。
状況を整理しよう。
①アリス、ヴィヴィアン、そしてジェーンの捜索
ジェーンについては私からは体力ゲージ等が見えないので無事なのかどうかわからない。
彼女は便利な魔法は持っているものの、戦闘力という点ではアリスたちにはまだまだ及ばないし単独でいるとしたらかなり危険だ。こちらも早く見つけてあげたいけど……レーダーでわからないんだよなぁ……。
だからとにかくまずはアリスとヴィヴィアンを見つける。それが私たちの最優先目標だ。
②トンコツ、ヨームと合流
結構長いことこのクエストにいる気がしているが、このクエスト……モンスターの強さがちょっとおかしい。
ジュリエッタであれば普通に蹴散らせるレベルではあるんだけど、それでもここらのモンスターが単独で討伐対象となっても不思議ではない程度の強さはあるのだ。それが大群で押し寄せてくるのだ、トンコツたちではかなり厳しい。特にトンコツとヨームが合流出来ていないとすると、トンコツにはシャルロットしかいないのだ――逃げ続けることは可能かもしれないが、敵の物量が今までのクエストとはけた違いだしいつまでも逃げていられるかはわからない。
一刻も早く合流しなければとは思うんだけど、現状私の方から彼らを探す術がない。向こうに見つけてもらうのを待つしかない状況だ。
心配ではあるけど、優先順位としてはアリスたちよりも下がる。
③このクエストのフィールドの調査
アリスたちを探す過程で大分達成できそうだけど、やたらと広いこのクエストのフィールドを出来るだけ調査しておきたい。
特に撤退する場合にゲートまでたどり着くためのルートを確保したいかな。まぁ最悪、『
④クエストボスを倒す
これは必要に応じて、かな……。最悪、クエスト失敗になってしまっても構わない。アリスたちの安全の方が優先だ。
⑤バトーと合流
トンコツたちと同じだ。けど、こちらに関してはジュリエッタとほぼ同レベルと思われる戦闘力を持つアビゲイルもいるし、彼――彼女? らはこのクエストに何度も足を運んでいるとのことだったし、私たちが心配する必要はないかもしれない。
合流できたら心強いことは確かだけれど、向こうにも向こうの目的があるようだったし、最後まで一緒に行動できるかどうかもわからないしね。
⑥アンジェリカの捜索
……これが正直一番よくわからない事態だ。
超巨大ムカデと一緒に襲い掛かって来たアンジェリカの様子は明らかにおかしかった。
今振り返って考えてみると、アレは『ジュリエッタを倒すチャンス』だと思って襲い掛かって来たようには思えない。
かといって、じゃあ一体なんだったのかと言われてもわからないし……。
この調子だと再びアンジェリカと会えたとしても、また問答無用で襲い掛かってこられる可能性が高い。
彼女についてはバトーともまず話してみたいし、優先順位はかなり下がると思っていいだろう。
……こうして並べてみると状況はかなりマズいのだとわかる。
どれも私たちが能動的に解決に動けるような問題ではない――④のクエストボスについては『巻貝』に行けば何かわかるかもしれないが、ジュリエッタ単独で勝てるかという問題はある。
うん、やっぱり優先順位に変更はない。とにかくアリスたちを見つけるのが一番だ。
”ちなみに、ジュリエッタ……道って覚えてる?”
途中の超巨大ムカデの襲来でちょっとあやふやになってしまったところはあるけど、大体のところは自分で覚えているつもりだけど。
「うん、大丈夫。ゲートは――あっち」
あっさりとジュリエッタはゲートのあるであろう方角を指さす。
……方向感覚は男性と女性だと男性の方が優れているって聞いたことあるけど、
私が覚えている方向と大体あっていることにちょっと安心した。
”オッケー。私も道順忘れないようにしているつもりだけど、念のためジュリエッタも覚えておいて欲しいな”
「わかった。任せて」
本当に頼りになるなぁ……ジュリエッタ一人に大分負担をかけちゃって申し訳ないけど……密林遺跡での前科があるだけに自分自身が信じ切れない……。
いかん、私がサポート役なのにその役目すらユニットの子に押し付けちゃうのは……私も頑張らないと……。
”ん……? この反応――アリスたち!!”
「む……殿様、気を付けて!」
その時、私とジュリエッタが同時にそれぞれ違うことに気が付く。
レーダーの隅にモンスターとは違う反応があった。モンスター以外でこのレーダーでわかるのは自分のユニットの反応に他ならない。つまり、アリスたちが見つかったということだ。
が、ジュリエッタは違うことに気が付いたようだ。
――何だ? 何かが這いずるような音が聞こえるような……?
「殿様、どっち行けばいい!?」
”あっち!”
ジュリエッタにアリスたちの反応の方向を教えると、移動力強化のライズを重ねかけして一直線に走り出す。
それと同時に、地面が大きく揺れ――
”うわ!? また来た!!”
私たちがいた地面を突き破って再びあの超巨大ムカデが出現した。
なるほど、ジュリエッタは『音』か何かでこいつの接近に気付いたというわけか。
”相手している暇はないね……このまま走り抜けちゃおう!”
「うん」
向こうは巨体の割に素早い。しかも、障害物を物ともせずに突き進んでくる。
とはいえジュリエッタもスピードはかなりのものだ。それに加えてライズを魔力を惜しむことなく使い続け、こちらも障害物を気にせずに突き進む。
このまま逃げ切れるか……?
最悪、アリスたちの近くで迎え撃つ必要も出て来るかもしれない……。
アリスたちの反応は『巻貝』のある方向とはずれている。
『巻貝』を中心にして見てみると、私たちのいる方向が時計の6時だとすると……3時と4時の間くらいの方向だろうか。『巻貝』を挟んで反対側というわけではないのは幸いと言えるか――レーダーはそこまでの範囲は探知できないけど。
ともあれ、ようやくアリスたちの手がかりを見つけたのだ。このまま突き進むだけだ!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ミオがXC-10に連れ去られてしばらく経った後、【
「……バトー、ミオはどっちへ攫われたの!?」
ひとしきり怒鳴り、泣きわめき、自分の無力さを嘆いたアビゲイルだったが、今は平静を取り戻しているようだ。
まだミオは生きている――それがわかっていれば十分だ。
生きているのであれば、今度こそ必ず助け出す。それだけの話である――彼女にとっては。
”途中からレーダーの範囲外まで行っちゃったみたいだけど、大体わかるわ”
アビゲイルがまだ戦意を失っていないのであれば、全力でサポートするだけだ。バトーはそう思っている。
ミオが連れ去られて行った方向は途中までは追えている。
途中で方向転換している可能性もゼロではないが、少なくとも何の指針もなく進むよりはマシではある。
「おっけ。それじゃ、ミオを助けに行くわよ」
”そうね。……アビー、本当にいいの?”
「え? 何が?」
バトーの問いかけの意味がわからず不思議そうな顔でアビゲイルは首を傾げる。
彼女のその表情と態度を見て、バトーは苦笑いで応える。
”いえ――愚問だったわね。
いいわ、行きましょう、アビー。今度こそ……必ずミオを助けるわ!”
「当然! ……あ、道すがら、さっきあんたが気付いたこと、話して頂戴ね!」
”う、覚えてたか……まぁ全部は無理だけど、話せる限りは話すわよ……”
きっと、ミオを助けるためのヒントにはならないでしょうけどね――その呟きはバトーの心の中に押しとどめておいて。
「で、どっち行けばいいの?」
”やっぱりと言うべきか何と言うか……あの『巻貝』の方向、ね”
「ふーん……てことは、やっぱりあの『巻貝』には何かある、ってことかしらね。具体的には――多分、敵のボスとか」
確証はないが、何となくアビゲイルはそんな予感がしていた。
そして、結局のところミオを助けるためにはこのクエスト自体をクリア――すなわち、クエストの討伐対象である『冥界の女王』を撃破する必要があるのだろうということも……。
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