第5章40話 ミオ 5. 囚われの巫女
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あの時――『冥界の女王を撃破』というクエストに挑んだあたしたちは、たった一匹のモンスターに敗北した。
XC-10という名の、まるで宝石のように輝く見た目だけは綺麗な芋虫……。
あたしたちに油断がなかったとは言えない。
鎧芋虫、モンスター図鑑上では『リビングアーマー』と名付けられている大型の芋虫モンスターの亜種のようなものにしか見えないし、ダイヤモンドみたいにキラキラと光る甲殻以外に特に変わった点はないモンスターだった。
だからあたしとアビーの二人なら勝てる……そう思ってしまったのだ。
でも、結局あたしたちは負けた。
アビーの魔法の銃弾も、あたしの剣も、何もかもがあいつには通じなかった。
他に現れた無数の蟲型モンスターとは明らかにレベルが違う……かつて戦ったレベル5のモンスターよりも更に強いんじゃないかと思う。
不思議だったのは、負けたあたしたちは体力を全て削られることもなく――囚われたということだった。
「くっ……ミオ!! 待ってて、必ず助けるから!!」
あたしのギフト【
XC-10の糸で動きを封じられたあたしはそのまま連れ去られ……そこから先の記憶がない。
次にあたしが目を覚ましたのは、アビーに助けられた後のことだった。
アビーに助けてもらえた時、あたしは心の底から安堵した。
モンスターから解放されたことが――じゃない。
……これでまたアビーと一緒にいることが出来る。その事実に……。
この時、あたしは気づいた。
最初は苦手だと思っていたアビーだけど……いつの間にか、彼女のことが『好き』になっていたんだなぁ、と。
…………いやいや!? あたし、女なんだけど!? アビーだって見た目は完全に女の子だし……。
で、でも、この気持ちは…………。
とにもかくにも、XC-10を倒すのは現時点では難しいと判断したあたしたちは、バトーが持っていたポータブルゲートを使ってクエストから脱出した。
このクエストの攻略を完全に放棄してしまうというのも手だったのだけど、「負けたままじゃいられないわ!」とアビーが闘志を燃やしていたためだ。気持ちはわかるけど……。
幸いだったのはあたしたちはメンバーも二人だけだし、ジェムにかなり余裕はあったということ。
それと、他の人と比べたことないからよくわからないんだけど、それなりに強いモンスターが出現するクエストに挑める程度の実力はあったので、ステータスアップのために必要なジェムを集めるのは楽だったということかな。
……最悪、XC-10へのリベンジは諦めてしまうというのもありだとは思う。アビーがやる気だし、敢えて口には出さなかったけど……。
でも、あたしたちは知ることになる。
どうしてXC-10はあたしを倒さずに捕らえたのか。
アビーがあたしを助けて脱出するのを見逃したのか。
”……信じられないわ……こんなモンスターがいるなんて……”
熱龍退治のクエストは失敗となってしまった。
あたしの身体を食い破って現れた蟲――XC-10の幼虫たち……。
それらは全てアビーが倒してくれた。あたしも体力が残っていたためリスポーンせずに済んだんだけど……。
マイルームに戻った後にバトーが色々と調べてくれてわかったことは、あたしの身体に異常が起こっているということ。
”今のミオの身体の中にモンスターがいるわけじゃない、それは確かよ”
「じゃあ、もうクエストに行っても大丈夫ってこと?」
”いえ……ちょっと信じられないけど、ミオの身体――アバターが何者かにハックされているみたいなの”
ハック……ハッキングのことかな? 他人のコンピュータを乗っ取ったり壊したりするのは正しくはクラッキングって言うらしいんだけど……いや、それは別にいいか。
バトーが言うには、あたし――ミオの身体を形作っているアバターに対して、外部から何かしらの働きかけがされている形跡があるらしい。
普段……例えばマイルームにいる時なんかは大人しくしているけれど、ひとたびクエストへと赴けば外部から『指令』が飛んできてアバター内部から蟲を発生させるようになっているんだとか。
「……何それ。そんなモンスター、ありえるの?」
”あ、あたしも知らないわよ……。というか、アバターに手を加えるなんて……ありえないわ。
何だかよくわからないけど、とにかく今あたしの身に起きていることはありえないこと、らしいのはわかる。そのありえないことが起こっているわけだけど……。
……正直、吐きたい気分だった。
バトー曰くあたしの身体の中に蟲がいるわけではない、とは言うけれど――『女』としては最悪の気分だ。
「……どうすればいい? どうすればミオを助けられる?」
真剣な表情でバトーに尋ねるアビー。
あたしのために彼女は――
”……危険だけど、あのXC-10がミオを攫って何かをしたんだとしたら……”
あたしのことを――アビーはあたしの本体のことを知らないけど、バトーは当然あたしが正真正銘の女だということを知っている――気遣ってか、言葉を濁しつつバトーが言う。
”あのモンスターを倒せば、あるいは……”
「……やっぱりそうなるわよね……」
ただ気になるのは、XC-10はあのクエストのボスではなかったはずだ。だから、もしかしたらXC-10だけではなくクエスト自体をクリアする必要もあるかもしれない。
……流石にアビー一人ではいくら何でも無理がある。もっとステータスを上げていけば何とかなるかもしれないけど、それには膨大な時間が必要となるだろう。
「大丈夫、任せてミオ! 絶対に私がミオを助けてみせるから」
そう言ってアビーは不安など一切見せずに笑顔を見せてくれるのだった。
その後はXC-10打倒のためにステータスを上げる。そのためのジェムを稼ぐ――そして時折例のクエスト……あたしたちはクエストボス名から『冥界』と名付けたあの不気味なフィールドへと挑み、ジェムを稼ぎつつXC-10の捜索を行う……ということを繰り返していた。
アビー一人で戦うのは無理がある。何か出来ることはないか? とあたしとバトーも考えていた。
で、結果としてあたしの【遮断者】を使えば『冥界』からの指令――あたしの内部に蟲を発生させている謎の何かを遮断できることがわかった。
まぁおかげであたしもクエストに行くことは出来るようにはなったんだけど、戦力としてはあまり期待できなくなってしまっている。
あたしたちは、基本的にはあたしが【遮断者】による防御を行いつつ前衛に立ち、アビーが後方から強力な銃撃を行う、というスタイルだ。
【遮断者】で身を守っている現状、あたしは他のことに【遮断者】を使うことは出来ない。
また、【遮断者】の融通が利かないところだけど、相手の攻撃を遮断している間はあたしからも攻撃を通すことは出来なくなってしまうのだ。これはまぁ仕方ない面もあるけれど……。
それでも
「今度こそ、絶対に――!!」
幾度目の挑戦になるだろうか、新たな霊装『シルバリオン』を手に入れ、更に以前よりも成長したあたしたちは再び『冥界』へと向かって行った……。
今度こそ決着をつける。そう決意して――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
XC-10を含む芋虫の群れに襲われ、
このままだとアビーまであたしと同じ目に遭わされてしまうかもしれない……。
――
さっきからあたしの頭の中に声が聞こえてくる。
はっきりと何を言っているのかはわからないけど、それがあたしを呼ぶ声だというのは何となくだけどわかる。
あの建物の大蜘蛛の死骸を見た時から――ううん、本当はこの『冥界』に足を踏み入れた時からずっと聞こえていたのかもしれない。
声の正体はわからないし、それが決して良いものではないという気はしている。
けれども、この窮地を脱するには――アビーを守るためには、この声に頼らざるを得ない。
《T?T/R/T/N?R@K@N/S$T/K$/K@R@N?N/M/T/T?T/N/, T$NNR@R@N@M/R@M/N//NNR@》
《T?R@M/R@M?N/, T?R@M/R@N/M/R@K@N/, T?R@M/R@K@N/N?T/S$T/((({{{T?N@K?/K@/T#R@T$NNR@R@N@K$/K@R@T?T/T?N/S/T/T?N/M/T/T?T/N/》
――もし、あたしが素直に
正確な言葉はわからない――けど何を言っているのかがなぜかわかる。でも、多分この声はあたしに『来い』と言っているのだろう。
だから……アビーたちを守るためにあたしは取引を持ち掛けた。圧倒的にこちらが不利な状況での取引に応じてくれるかはわからないけど……。
声の主が微かに笑う気配がした。
《((({{{N/N/S//T?NNR@N@. K@T/S/T/T?N/, T?R@M/R@M?R@M/R@K@T/K@N/K/T/M/T/R@M?R@M?N@N?T/K@K@/N?N@S$N@K@R@N/N@M/R@S//T/S$/K?T/NNR@N@T?NNT/K$T/T?N/M?T/T?/M/K/T/》
――その言葉、守ってよ……?
声の主をどこまで信用できるかは不明だ。
でも、それに縋るしかない……。
あたしと声の主が『取引』をしたのと同時に、徐々に包囲の輪を狭めてきていた芋虫たちの動きが止まる。
「……これは……?」
迎え撃とうとしていたアビーが戸惑いの声をあげる。
……ごめんね、アビー。
「アビー、バトー……あたしは大丈夫だから。
だから――逃げて」
そう言うと返答を待たずにあたしは立ち上がり、蟲の群れの中へと歩いていく。
蟲たちは攻撃するでもなく道を開け――その先にはXC-10がいた。
「ミオ、何を……!?」
あたしを止めようとアビーが立ち上がるが、それと同時に芋虫たちが一斉に糸を吐き出しあたしたちの間を分断してくる。
……良かった、どうやら『取引』は間違いではなかった。アビーたちを直接攻撃する様子はないみたいだ。
うん、これならきっと大丈夫。
モンスターを信用するってのもちょっと怖いけど、少なくともこのXC-10と謎の声は大丈夫だ。
なぜなら、こいつらの目的はあたしたちを倒すことじゃない――
一体あたしを確保して何をするつもりなのか、それはわからない。
……決して『良いこと』ではないのはわかっている。
でも――それでもこのまま抵抗を続けていたらアビーたちの身も危ないのだ。
それなら、今まともに戦うことの出来ないあたしがこの身を投げ捨ててでもアビーたちを逃がすしかない。これが最良の選択なんだ……。
「【
あたしは自分自身を『冥界からの指令』から守る【遮断者】を解除、替わりにアビーたちを守るために展開しなおす。
……きっと、彼女たちは素直に逃げることはしないだろう。それに、XC-10はともかく他の蟲たちがどう動くかわからない。念には念を入れておかないと。
「う、ぐっ……」
「ミオ! くっ、何で……!?」
あたしの体内で蟲が発生し始めた――内臓をひっかきまわされるような激痛……もう何度も経験してはいるけど、一生慣れることはないだろう痛みと悍ましい感覚……。
今はそれに意思の力で耐えるしかない。
アビーが駆けつけようとするけど、【遮断者】に阻まれている。
【遮断者】の効果は一度発動すると解除するまで消えない。これで少なくともあたしの意識が消えないうちは――あるいは体力が尽きてリスポーン待ちにならない限りは、アビーたちは絶対に安全だ。
「さ、さぁ……早くあたしを連れて行きなさい……!」
苦しさを耐えながらあたしは精一杯の虚勢を張ってXC-10を睨みつける。
《((({{{》
言葉はない。だが、何となく雰囲気でXC-10もあたしの覚悟を察したことは伝わった。
XC-10があたしに向けて口を開き、その口から『糸』が――キラキラと輝く、
……最初に負けた時はこの糸に掴まってしまったことが原因だったんだっけ。あの時はあたしが前に出ていたからアビーは逃れることは出来たんだけど。
――堪えなきゃ……!
吐き出してしまいそうな痛みを、必死で堪える。
あたしを連れてXC-10たちがこの場を去るまで――アビーたちの安全が確保されるまで……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ミオがXC-10たちに攫われていくところを、アビゲイルたちはただ見ていることしか出来なかった。
【遮断者】の効果は絶対だ。
周囲の芋虫たちに襲われない代わりに、アビゲイルたちも【遮断者】の範囲から出ることが出来ず、また攻撃を【遮断者】の範囲外へとすることも出来ない。
「……ちくしょう……」
既に辺りにモンスターの姿はない。
アビゲイルたちの知るところではないが、ミオのした『取引』を忠実にモンスターは守ったのだ。
やがて【遮断者】の効果が消える。
……ミオの意識が失われたのだ。
”アビー……”
ミオの体力が残っていることはバトーが確認済みだ。
つまり、ミオはなぜか連れ去られたにも関わらず、まだ無事だということだ。
「ちくしょう!!」
今にも泣きだしそうな――けれども同時に怒りを含んだ表情でアビゲイルは叫び、地面に拳を叩きつける。
――念願のXC-10との再戦は、まともに戦うことも出来ずにアビゲイルたちの完全敗北で終わったのだった。
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