第5章39話 ミオ 4. XC-10

◇  ◇  ◇  ◇  ◇




「『鋼鉄のガンマン』アビゲイルよ!」


 ――彼女の第一印象は、あたしとは合いそうにないな、だった。

 見た目通りいかにもな明るいノリといい、自信に満ち溢れた言動に態度……全部が全部あたしとは正反対だったからだ。

 大体『鋼鉄のガンマン』って一体何さ。


「……え? 『アイゼン』ってそういう意味じゃないの? バトーがそう言ってけど」


 不思議そうに首を傾げるアビゲイル。

 もしかして本体の方の名前が『あいぜん』――愛染だろうか?――なのかな? 苗字なのか下の名前なのかは知らないけど、どっちにしろ珍しい名前だと思う。

 あたしたちの今いるバトーのマイルームでは常に変身後の姿となっている。あたし一人だった時にはそうではなかったが、バトーが新しいユニットをスカウトしたと言ってきた時にあたしがそうするようにお願いしたのだ。


 ――だって、本当のあたしは見せたくないから……。


 バトーはもちろん本当のあたしの姿を知っている。けど、他の人に見られたくない。

 ……特に、このいかにも『陽キャ』といった感じのアビゲイルには……。

 馬鹿にされるとかそういう恐れもある。

 けど――


「……えへへ」

「……何を笑ってるんですか?」


 あたしの――の姿を見てにこにこと嬉しそうにアビゲイルが笑顔を浮かべる。

 馬鹿にしているような笑顔ではないけど……人の顔を見て笑顔を浮かべられるのは、ちょっと慣れていないせいもあってか余りいい気分はしない。


「ううん、可愛い子で良かったなーって」

「――かっ……!?」


 いきなり何てことを言うんだろう。

 予想外のアビゲイルの言葉にあたしの声が上擦る。

 ……バトーはバトーで『うふふ』と意味深に笑っているだけだし……。


「……御世辞は結構です、アビゲイル」

「えー? お世辞なんかじゃないわよー。可愛いわよ、ミオ」


 どこまで本気なのかさっぱりわからない。

 笑顔のままあたしの顔を覗き込んでくる彼女から逃げるように顔を背ける。

 何か、まるで『ミオ』じゃない、本当のあたしの顔を見られるように思えて恥ずかしかったのだ。


「……ねぇバトー、私……嫌われちゃった?」


 悲しそうな顔で――演技とかではなく本気っぽく見える――しょんぼりとしたアビゲイルが問いかける。

 い、いや別にいきなり嫌いになったわけじゃ……とあたしが言い訳するよりも早く、揶揄うようにバトーが返す。


”ううん、違うわ。その子、照れてるだけなのよ”

「そうなの?」


 あたしに聞かれても……。

 照れてる……? 照れてる、のかな……段々あたしは自分で自分の今の気持ちがわからなくなってきた。

 少なくともわかっていることは――実に数年ぶりに、他人に『可愛い』って言われたっていうことくらい……。


「うぅ~……っ」


 あ、どうしよう……顔が何か熱くなってきちゃった……。

 きっと今あたしの顔は真っ赤になっていることだろう。見られたくなくてますます顔を背ける。


「あ! 赤くなってる! 可愛い~♡」

「う、うるさいですよ、馬鹿!」

”あらあらうふふ……仲良くやれそうね、あんたたち”




 これが、あたしとアビーの出会いだった。

 今から二か月以上前、まだまだ暑い季節のこと。

 この時には全然想像もしていなかった――あたしが、アビーのことを本気で好きになるだなんて……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 アビゲイルたちを取り囲む無数の芋虫型のモンスターたち。

 それを引き連れているのは、ダイヤモンドのような輝きの甲殻に包まれた巨大芋虫――XC-10。

 他にも先程現れたルビーキャタピラの色違いのような宝石芋虫が合計五匹。それぞれが配下と思しき芋虫を引き連れている。


「こいつら、一体どこから!?」

”まさか待ち伏せていたとでもいうの……?”


 果たしてモンスターとは言え芋虫にそのような知恵があるのかはわからない。

 だが、事実として見るならば、この芋虫たちはずっと姿を隠し続け、アビゲイルたちが建物に入ったところを見計らって現れたのだろうということは疑いようがない。

 おそらくは他の建物の残骸の中や地面の下に潜って隠れていたのであろう――その場合モンスターたちが使い魔のレーダーの性質を知っていた、ということになるのだが……。


「うっ、ぐ……!?」

「ミオ!?」


 芋虫たちはまだ襲い掛かってこない。

 どうするか、油断なく様子を窺っていた時、ミオが苦し気に呻く。


「くっ……【遮断者】を使っているはずなのに……どうして……!?」

”……まさか、XC-10本体が近づいたから……?”


 ミオの変調に心当たりがありそうなバトーであったが、それを考えているほどの余裕はない。


「ここで会ったが百年目――って言いたいところだけど……」

”そうね、ミオもこんな状態だし、今は撤退を優先しましょ!”

「ええ、わかってる!」


 彼女たちの元々の目的――その一つが『XC-10』の打倒であった。

 XC-10を探して何度もこのクエストへと挑んでいたのだから、目の前に現れたのは好都合と言えないこともない。

 しかし状況が悪い。

 敵の数が膨大過ぎる上に、囲まれている状態からの戦闘開始だ。地の利が全くない。

 加えてミオが戦えないだけではなく明らかに変調をきたしている。


 ――あいつと近づくこと自体がダメってことか……!


 なぜ、バトーたちがXC-10と再度戦う必要があるのか。

 なぜ、ミオが常に【遮断者】を使っていなければならないのか……そして

 全てはXC-10と、そしてこのクエスト自体に集約される。


「……シルバリオン!」


 ここでどれだけ粘ろうとも、XC-10に勝つことは難しいだろう。

 それどころかミオだけでなくバトーやアビゲイル自身も更なる危険に晒してしまう可能性が高い。

 悔しいがここは撤退するしかない、アビゲイルはそう判断した。

 シルバリオンが嘶くと共に大地を駆ける。


「バトー!」

”わかってるわ!”


 シルバリオンの機動力に任せて芋虫の大群から逃げる。それしかやれることはない。

 大量の魔力を消費することになる。バトーからの回復がなければ途中で魔力が尽きることは目に見えている。

 バトーも心得ている。すぐさまアビゲイルへとキャンディを与え、魔力を回復させる。


「くそっ!?」


 XC-10、およびその仲間と思われる宝石芋虫たちのいない方へとシルバリオンを駆けさせるが、芋虫たちは逃すまいと殺到してくる。

 銃で蹴散らしても、シルバリオンに踏み潰されようともお構いなしにひたすら数に任せて芋虫たちは押し寄せてくる。

 敵はシルバリオンの進路をふさぐように集まり始め、勢いで突破しようにも相手の数が多すぎるという状態だ。

 この蟲の『壁』を突破するのは困難である。不可能ではないのだが、無理矢理突破しようとしている間に他の芋虫が集まって来てしまうし、XC-10たちもやってくることは目に見えている。

 それでも今は突破をするしか手がない。


「リローデッド!」


 シルバリオンを走らせながらアビゲイルも自身の魔法を使い、銃弾を放って芋虫を倒し続ける。

 『拳銃』型の霊装ということもあり、また一度に装填できる弾丸の数も六発と少ないため、アビゲイルは対大群についてはそれほど得意というわけではない。

 寄ってくる芋虫を迎撃するのが精いっぱいであり、またシルバリオンのコントロールにも意識を割く必要があるため次第に追い詰められ始めていた。


”アビー、マズい!! 『糸』が来る!”


 そこへバトーの警告が発せられる――が、アビゲイルはそれにすぐに反応することが出来なかった。

 わかってはいるが、反応できない。

 なぜならば、いつのまにかアビゲイルたちの進路上へとやってきていたXC-10、および蚕型芋虫の大群が一斉に『糸』を放ってきたのだ。


 ――まるで『糸』の壁ね。


 一分の隙間もない『糸』が迫りくるのを見てアビゲイルはそう思う。

 この糸に掴まるのは拙い。それは一度経験しているからわかる――最初にXC-10に敗北したのもこの糸が原因なのだから。

 かといって正面から突破することは出来ない。シューティングアーツを使っても恐らく突破は無理だろう。


「避けて、シルバリオン!」


 だからやれることは回避のみだ。

 シルバリオンの進路を横へと変え、迫りくる糸の壁から逃れようとする。

 ……たとえそれが芋虫たちの計画通りだとしても、そうせざるをえない。

 迫る糸の壁から逃れた先には、二匹の宝石芋虫が待ち構えていた。

 鮮やかな青――サファイアキャタピラと、全身が鋭く尖った棘で覆われた漆黒の芋虫――オブシディアンキャタピラの二匹だ。

 どちらも初見の相手ではあるが、先程戦ったルビーキャタピラのことを考えればおのずと大体の戦闘力は推測できる。

 一匹ずつ相手にするのであればアビゲイル単独でも何とかすることは可能。ただし、二匹同時や他にも大量の芋虫がいるこの状況では相手にするべきではない。


「邪魔!!」


 相手に何かされる前に銃撃で牽制、そのままシルバリオンで駆け抜けて逃げる――それがアビゲイルの考えであった。


「リローデッド《暗黒弾ブラインド》、シューティングアーツ《スプレッドショット》!」


 今この場では攻撃力は必要ない。

 アビゲイルが装填したのは《暗黒弾》――着弾と同時にその場に『煙幕』を張る弾丸である。それもただの煙ではない、視覚だけでなくその他の探知能力も一時的に封じることの出来る魔法の弾丸だ。

 それをシューティングアーツで『拡散』させて放つ。

 光を通さない真っ黒な煙が二匹の宝石芋虫、更にその周辺を包み込む。


「今のうちに……!」


 煙幕は広範囲に広がっているが、その範囲外に出れば再び相手に見つかってしまう。それにそう長くは効果は続かない。

 他の小型の芋虫はともかく宝石芋虫が煙幕に包まれている間に包囲網を脱出しなければならない、と急ぎシルバリオンを走らせる。

 しかし――


「うぐっ!? 何……っ!?」

「……っ」


 突如衝撃を受け、三人はシルバリオンの背から放り出されてしまう。

 見ると、シルバリオンの胴体に何本もの黒い棘が突き刺さっている――オブシディアンキャタピラの棘が飛ばされてきたのだろう。

 当てずっぽうで棘を射出して命中させた、にしてはおかしい。シルバリオンに命中しているもの以外で的から外れたと思われる棘が見当たらないのだ。


”……あ、あいつよ!! あのビルの上にいる緑色の芋虫!”


 バトーがを発見する。

 少し離れたビルの屋上から地上を覗き込んでいる緑色の巨大芋虫――ドクター・フーの前に現れたのと同じXC-07、エメラルドキャタピラである。

 彼女の目の前に現れた時とは異なり、頭部前面に巨大な目玉のような模様が現れている。目玉と言ってもそのように見えるだけで、アビゲイルからはそれが『的』のように見えた。


「く、そっ……あいつがレーダー係ってわけか……!」


 同心円状に広がる『的』……見ようによっては確かに使い魔ユーザーがデフォルトで備えているレーダーと同じような形状にも見える。

 離れた位置からエメラルドキャタピラが観測し、いかなる手段を用いているかはわからないが他の宝石芋虫に指示を出す――だからオブシディアンキャタピラの攻撃が正確にシルバリオンへと命中したのだろう。

 だがわからないことがある。


 ――なんで私たちじゃなくてシルバリオンを狙った……!?


 エメラルドキャタピラが観測して攻撃してくるのであれば、シルバリオンに騎乗しているアビゲイル達を直接狙うこともできたはずだ。

 しかしそうはしなかった。オブシディアンキャタピラの攻撃は正確にシルバリオンに命中している。

 まるでアビゲイルたちの足を止めることが目的だったかのように。


「くそっ、戻れシルバリオン!」


 ともあれ考えている余裕はない。

 すぐにアビゲイルはシルバリオンを収納する――馬のように見えても実態は霊装なので破壊されたとしても修復は可能だが、大量の魔力を消費してしまう。どちらにしても傷ついたシルバリオンではすぐに走り出すことも出来ない、一度戻して再度呼びなおした方がよいという判断だ。オブシディアンキャタピラの追撃がないとも限らない。


”……マズいわ……完全に囲まれちゃった……”


 未だ晴れない煙幕の中にいる二匹の蟲もすぐに現れるだろうが――XC-10を始めとした大量の芋虫が、今度こそアビゲイル達を完全に包囲したのであった。

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