第5章38話 ミオ 3. 小部屋の死闘

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 アビゲイルたちは完全に追い詰められてしまっていた。

 唯一の出口からは芋虫型モンスターが殺到しているだけでなく、部屋の中には小型とは言えどダイヤキャタピラと同種と思われるルビーキャタピラが。

 押し寄せる芋虫型の中にダイヤキャタピラがいないとも限らない。


「……チッ! やるしかないか!」


 絶望的な状況にも関わらずアビゲイルは絶望の表情を見せない。

 速攻で部屋に居座るルビーキャタピラを倒し、通路にひしめくモンスターを蹴散らして外へと脱出――通路も階段もそれほどの距離はない、彼女のを使って駆け抜ければ外まで逃げ切れる公算はある。

 問題は外へ出たところでモンスターの群れがいないとは限らないということと、ルビーキャタピラを速攻で片づけられるかというところだ。


「リローデッド《貫通弾ピアサー》!」


 装填魔法リローデッドで霊装に込められた弾丸を全て『貫通弾』へと変更すると同時に射撃。

 ルビーキャタピラは見た目の通り、宝石と同じような硬度の甲殻に包まれている。尤も、宝石であれば簡単に砕けるであろうが……。

 それがわかっているアビゲイルは硬い装甲を貫くための弾丸を作ったのだが、貫通弾はルビーキャタピラの装甲を掠るだけで貫通までは至らなかった。


「えぇい、厄介!」


 単純に硬いだけではない。芋虫の姿をしていることからもわかる通り、ルビーキャタピラの甲殻は丸みを帯びている。

 なので弾丸を撃ち込む角度によっては装甲表面を撫でるだけになってしまうのだ。

 ルビーキャタピラも撃たれるだけではない。身体を持ち上げアビゲイルに向かって口を開く。

 開かれた口の中から、濁った赤い色の液体が発射される。


「うわっ!?」


 汚い、気持ち悪い! という感情よりも先に触れたら何が起こるかわからないという恐怖の方が強い。

 飛び退り液体をかわすアビゲイル。

 外れた液体が床へと飛び散り――猛烈な悪臭を放つ赤い煙を上げながら床を溶かす。

 強酸、だろうか。ユニットが食らえばただではすむまい。


「くっ、仕方ない……!

 リローデッド《魔弾デアボリカ》、シューティングアーツ――」


 外からのモンスターが部屋まで雪崩れ込んでくるまでもう時間もない。

 アビゲイルは決断すると自身の切り札の一つ――三つ目の魔法を開放する。

 装填するのは『魔弾』。威力自体は普通の弾丸と同じだが、発射と同時にアビゲイルの狙った位置へと確実に着弾するという性質がある弾丸だ。

 両手で銃を構えルビーキャタピラへと狙いを定める。

 ルビーキャタピラも再度大きく口を開き大量の液体を吐き出そうとする。


「今! 《ラピッドファイア》!!」


 ルビーキャタピラの口が開かれた瞬間、アビゲイルは自身の三つ目の魔法『シューティングアーツ』を発動させる。

 引き金を一度引いたと同時に、六発の弾丸が発射される。

 発射された弾丸は直線に進まず空中で不自然な軌道を行い――アビゲイルの望んだ箇所、すなわちルビーキャタピラの口内へと全弾突き刺さる。

 ルビーキャタピラが弾丸を食らった衝撃で部屋の端まで吹き飛ばされ、びくびくと痙攣しているのを見てすぐさまアビゲイルは部屋の入口へと向かう。

 とどめは刺せていないが、これ以上ルビーキャタピラに時間はかけていられない。部屋の入口から入って来ようとするモンスターの迎撃をしなければならないからだ。


「! アビー! 後ろ!!」

「えっ!?」


 ルビーキャタピラへと背を向けて走り出そうとしたところでミオの警告。

 慌てて振り返ったアビゲイルは、倒れたルビーキャタピラが『変化』していることに気付いた。

 大きく痙攣したルビーキャタピラの甲殻が急速に色あせて輝きを失い、それと同時に背中側が大きく裂けてゆく。


「くっ……でも外からも来るし……」

「……こっちはあたしが防ぐから、アビー!」


 バトーから離れミオが一人入口のドアを背中で押さえる。

 今彼女は自身に【遮断者】を使っている状態だ。本来ならこの【遮断者】を対モンスターへと使うのであれば、部屋の外からいくらモンスターが来ようとも寄せ付けないことは出来る。

 しかし、今それは。なぜならばミオは今を遮断するために既に【遮断者】を使ってしまっているからだ。

 だからミオは身体一つでドアを押さえ、モンスターが入ってこないようにするしか出来ることがない。


「……わかった。速攻で片づける!」


 ここで躊躇っていたら全滅してしまう。

 アビゲイルに出来ることは速攻でルビーキャタピラにとどめを刺し、ミオをドアの前から移動させてモンスターを薙ぎ払うことだ。

 ルビーキャタピラの背中が裂け、その中から一匹の『蟲』が現れた。


「……蜂……いや、蜻蛉?」


 現れたのは細長い胴体に二対の翅を持つ蟲――蜻蛉だった。

 蛹の状態を経ずに芋虫から成虫になることについては疑問にも思わない――どうせモンスターなのだ、普通の生き物のようにまともな変態はしないだろうと切り捨てる。

 ルビーキャタピラの時と同じ、宝石のように紅く輝く蜻蛉……『紅玉蜻蛉ルビー・ドラゴンフライ』は大きく翅を広げ飛翔する。


「このっ!! くっ、速い!?」


 リローデッドで弾丸を装填し紅玉蜻蛉へと撃ち込むが、そのことごとくが回避されてしまう。

 元々蜻蛉は飛翔能力に優れた虫だ。それがモンスター化していることで、弾丸すらもかわす飛翔能力を得ているようだ。

 これではおそらく《魔弾》を使っても命中させることは難しい。《魔弾》は『必中』の効果はもっておらず、あくまでアビゲイルが狙った位置への着弾という効果なのだ。

 アビゲイルの様子を見ていたかのようにその場で滞空、弾丸をかわしていた紅玉蜻蛉だったが、その目――巨大な複眼が数度明滅する。

 そして、アビゲイルへと突進――ではなく、彼女を無視して部屋のドアを押さえるミオの方へと向かって行く。


「なっ……ミオ!!」


 眼前のアビゲイルではなく後ろにいるミオの方を狙うのは想定外であった。

 ミオを倒してドアを開ければモンスターが雪崩れ込んでくるというのを理解しているが故か、それとも――があるのか。蟲の考えていることなどアビゲイルにわかるはずもない。

 ともあれミオを狙われるのは拙い。彼女には今戦闘力はほぼないのだから、紅玉蜻蛉に狙われても成す術がないのだ。

 アビゲイルの弾丸よりも早く紅玉蜻蛉がミオへと突進、牙を突き立てようとする。


「……【遮断者シャッター】!」

「ミオ!?」


 だが牙が届くよりも早く、ミオは自らのギフト【遮断者】を使用する――

 ミオの周囲を取り囲むように薄っすらと青く輝く『膜』が現れる。

 この『膜』が【遮断者】だ。モンスターの攻撃など防げるようには見えない、頼りない青い光の膜ではあったが……。

 ガツン、と硬いものにぶつかる衝撃音と共に、紅玉蜻蛉が弾かれ地面へと転がる。

 見た目が幾ら頼りなくとも、ギフトの効果は絶対である。『紅玉蜻蛉からの攻撃を遮断する』という内容で発動させたのであれば、絶対にその攻撃を防ぐのが【遮断者】の力なのだ。

 ミオは一度は攻撃を防ぐことが出来た。ギフトをこのまま発動させていれば少なくとも紅玉蜻蛉からの攻撃を受ける心配はないだろう。

 だというのに、アビゲイルとバトーの表情には焦りが見える。


「この……ッ!!」


 すぐさまリローデッドで弾丸を装填、地面に落ちた紅玉蜻蛉へと集中砲火を浴びせる。

 数発受けた紅玉蜻蛉だが、芋虫の時と同じようにその皮膚は硬いらしくあまりダメージは与えられていない。すぐに浮かび上がり高速で飛翔、アビゲイルの視界からその姿が消える。

 狙いは――ミオには届かないのであれば、無防備なバトーの方か。


「逃がさない! コンセントレーション!」


 ミオのギフトではミオ自身しか守れない。バトーは今ドアから少し離れた位置にいるため【遮断者】の範囲外なのだ――ドアが破られたらすぐに襲われてしまうためミオが敢えて離して置いたのが裏目と出た。

 バトーがやられてしまえばそれだけでアビゲイルもミオもゲームオーバーだ。それだけは絶対に避けなければならない。

 アビゲイルは集中魔法コンセントレーションを使い自らの『集中力』を極限まで高める。

 今彼女の目には他のあらゆるものが『遅く』見えている。実際に動きそのものが遅くなっているわけではなく、極限まで高められた集中力によって遅く見えているだけ――いわば精神のみの加速魔法と言える。

 全てがスローモーションに見える中、アビゲイルは紅玉蜻蛉の動きを完全に捉えていた。

 意外なことに紅玉蜻蛉はバトーの方ではなくアビゲイルの方へと向かって来ている。使い魔を狙うほどの知能はないのか、それとも自身を害する可能性があるアビゲイルを先に始末する方が良いと考えているのか……。


 ――好都合!


 バトーが狙われたのであれば少々辛かったが、アビゲイルを狙ってくれるのであれば問題ない。今度こそ撃墜するだけの話だ。

 紅玉蜻蛉は今アビゲイルから向かって右側へと回り込み、首を狙って真っすぐに突進してきている。

 このままコンセントレーションの効果時間が切れると共に、向こうの狙い通りアビゲイルの首へと噛みついてくるだろう。

 だが、


「――《アクセラレーテッド・ワン》」


 立て続けにコンセントレーションの二語魔法を解き放つ。

 瞬間、アビゲイルの動きが加速する。

 コンセントレーション《アクセラレーテッド・ワン》――この魔法は絶対時間にして一秒間だけではあるが、精神だけではなく肉体までも加速させる魔法なのだ。

 一語でのコンセントレーションはあくまで精神のみを加速させるため敵の動きがわかっていても対処することは出来ない(先読みしてコンセントレーション解除と同時に攻撃などは可能だが)。

 対して二語で発動させた場合は肉体までもが加速させることが出来るようになる。


「リローデッド《炸裂弾バースト》! シューティングアーツ《ラピッドファイア》!」


 単純なスピードアップの魔法ではない。自分以外全てがスローモーションで動く世界の中、アビゲイルだけは自由に動くことが出来る。

 たとえジュリエッタのライズであっても、《アクセラレーテッド・ワン》を使っている間に限ってはほぼ意味をなさない。

 一直線にこちらへと向かって来ようとする紅玉蜻蛉に向かってアビゲイルは一斉射撃を行う。

 ……紅玉蜻蛉にこれをかわす術はなかった。

 着弾と同時に爆発し内部から対象を破壊する《炸裂弾》六発を顔面に浴びせかけられ、紅玉蜻蛉の頭部が爆発する。


「シルバリオン!」


 頭を潰しただけではまだ安心できない。

 事実、床に落ちた胴体はまだぴくぴくと動き、尾の先端――鋭い棘が無数に生えたこん棒のような――をアビゲイルへと向けようとしているのが見えた。

 油断せずにシルバリオンを召喚、白銀の馬が出現し、その巨大な蹄で紅玉蜻蛉の胴体を踏み潰す。

 ――そしてすぐに紅玉蜻蛉の動きは完全に停止した。


「よし! ミオ、早く【遮断者】を!」


 苦しそうな顔でドアを押さえつけていたミオに【遮断者】を使うよう促す。

 これ以上【遮断者】を対モンスターに使っていてはならない。そうしなければならない理由があるのだ。

 ミオに向かって叫ぶと同時に、アビゲイルがドアへと向かって銃を構える。


「一気に行くわよ……!

 リローデッド、シューティングアーツ――」


 アビゲイル第三の魔法『シューティングアーツ』――本人たちは知る由もないが、これは『技巧アーツ系統』と呼ばれるレアスキルの一種である。

 効果としてはジェーンのアクションが一番近い。魔法の使用者が『こうあれ』と望んだ通りの結果を出すものだ。

 アクションとの違いは、一つ一つの威力が桁外れであること。そして、『○○アーツ』という名前にある通り、ある特定の行動に対してのみ効果を発揮する点にある。

 アビゲイルのアーツは『射撃シューティング』……つまり彼女のシューティングアーツは、この世のあらゆる法則を無視した射撃を行うことが出来るものだ。

 先刻使用した《ラピッドファイア》であれば一度の射撃で装填してある弾丸を全て同時に発射したことに出来る。

 今この局面で使用する魔法は――


「ミオ、どいて!」


 アビゲイルがしようとすることが何かわかっているのだろう、再び【遮断者】を自分の体に使用したミオがドアの前から転がって避ける。

 同時にドアが外側から押し開かれ――いや破られようとしていたが……。


「《レイダーシューティング》……」


 両手で構えた拳銃がバチバチと火花を散らしながら発光する。

 光が銃口へと収束し、凄まじい光を放つ。


「いっけぇぇぇぇぇっ!!」


 轟、と拳銃の発砲音とは思えないほどの轟音が鳴り響くと同時に、銃口から光の弾丸――いや、が放たれる。

 一直線に突き進むレーザーがドアを、そしてその後ろにひしめいていたモンスターを次々と薙ぎ払っていく。

 ――《レイダーシューティング》……アビゲイルの切り札の一つ、そして単独で放つ魔法としては最大威力を誇る『レーザーキャノン』の魔法である。尚、バトーとミオは知らないが、かつて放送されていたマスカレイダーに登場する銃使いのレイダーの必殺技の名前が元ネタである。

 解き放たれたレーザー砲がモンスターを薙ぎ払い、道が出来上がる。勢い余ってそのまま地下通路に風穴を開けるほどの威力だ。


「よし、今! シルバリオン!!」


 どうせすぐに外からモンスターが湧いてくることはわかっている。

 全てを倒しつくすことは無理だと最初から思っていたアビゲイルは先程呼び出しておいたシルバリオンにすぐさま跨り、ミオとバトーも乗せて強引に地下室から飛び出そうとする。

 アビゲイルの予想通り、地下通路にいた分のモンスターは《レイダーシューティング》の一撃で一掃されてはいたが、地上から後続の芋虫たちが下りようとしていた。

 これが通路にひしめき合っているのであればいかにシルバリオンであっても脱出は難しかったろうが、数匹が入口にいるだけならば問題ない。


「蹴散らせ、シルバリオン!」


 自らも銃で相手を撃ちつつ、シルバリオンを全力疾走させ進路上にいる芋虫を蹴散らし、踏みつけて強引に突破する。


”やった! 脱出できたわ!”


 地上部分にもモンスターはいたが、構わずにそのままシルバリオンは突進、建物から脱出する。

 後はこのまま安全地帯――そんなものがこのクエストにあるかは不明だが――まで駆け抜けてしまえばよい。

 三人はそう思っていた。

 しかし――


”うそ……『XC-10』……!?”


 建物から抜け出した先に控えていたのは無数の芋虫型モンスターの群れ。

 そして、それらを従えるようにダイヤキャタピラとその仲間――宝石のような甲殻を持つ色とりどりの巨大芋虫であった。

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