第5章7話 復讐戦 2. ヨームからの依頼

 ともあれ、ジュリエッタvsアンジェリカ・凛風の対戦が始まった。

 この対戦のルールは先の述べた通り、制限時間内にジュリエッタの体力が尽きるか、それともアンジェリカたちの体力が尽きるかした時点で終了となる。

 ちなみに制限時間内に体力が削り切れなかった場合については特に考えていないが……まぁジュリエッタの方はともかくとしてアンジェリカたちは勝った気にはなれないだろう。流石に制限時間耐えきったからジュリエッタに『ゲーム』を降りろとまでは言わないと思う。


「ご主人様、もう少し下がります」

”あ、うん”


 流れ弾が当たらないとも限らない。

 私を抱きかかえたヴィヴィアンがコロシアムの端の方まで下がろうとする。

 アリスも私たちの前に立ったまま下がる――もしもの時はアリスが攻撃を防ぐ役割だ。


「さーて、どうなるかな」


 完全に他人事モードのアリスは、対戦を楽しそうに観戦している。

 ……若干自分も戦いたそうにそわそわしているように見えるのは気のせいではないだろう。全く、バーサーカーめ。

 さて……ジュリエッタからは手助けも助言も無用、と事前に言われてはいるものの、だからと言って相手について何も知らないままでいるわけにもいくまい。

 私はスカウターの能力を使ってアンジェリカ、凛風の持っているスキルやギフトを一応調べておこう。遠隔通話でジュリエッタに伝えることは本人に怒られるのでしないけど、アリスたちくらいになら共有しておいても構わないだろう。

 ――……う、うーん? アンジェリカはともかく、凛風は……これは……何と言ったらいいのか……。


「ご主人様?」


 私が微妙に唸ってしまったのを聞きとがめたか、心配そうにヴィヴィアンが私の顔を覗き込む。


”あ、ごめん。ちょっと相手の能力を見てみたんだけど……何とも言えない感じでちょっと、ね……”

「左様でございますか……」


 二人の能力については、対戦中にもいずれわかるだろう。その時にでも改めてということで。

 ジュリエッタは一度『EJ団』との戦いで二人とも戦っているだろうけど、全ての能力を見たわけではないだろう――クラウザーがスカウターを使ってそれを教えていた可能性もないわけではないけど、それにしたって全部の能力を見れるわけではない――反対にジュリエッタ自身の能力は全て判明している状態だ。

 そう考えると能力が割れているという点ではジュリエッタはかなり不利と言える。ただ、ジュリエッタの場合は能力の特性上、正体が割れていたところでそこまでハンディにはならないとも言えるんだけど。

 対してアンジェリカ・凛風の能力はジュリエッタからは不明な点がかなり多いはず。能力がわからないということは、それだけで結構なアドバンテージとなるはずだ。

 ――特に、私が見た限りでは凛風はともかくアンジェリカのギフトに関しては、使い方次第ではあるんだけどかなりの『初見殺し』だと思う。これをまともに食らえば、ジュリエッタは危ういだろう。


「今のところはさほど動きもない感じか」

”動きがないって……あれで?”


 すっかり観戦者気取りで言うアリスだったが……『動きがない』……?

 私の目には、ジュリエッタに対して果敢に攻め立てるアンジェリカと、炎を纏った大鎌をいなし続けるジュリエッタの姿が見えているんだけど……アリスの『動きがない』の定義がおかしい。

 凛風はというと少し離れた位置で動いていない。様子見をしているのか、それとも大技を使う隙を窺っているのかはわからない。


”やぁ、お邪魔するよ”

「うおっ!?」


 と、そこへいつの間にこちらへと移動して来たのか、フォルテと彼女に抱きかかえられたヨームが現れる。

 フォルテは宣言通り対戦には参加しないのだろう。いざとなったら……ということも考えていたのだが、ヨームを抱きかかえてこちらまで来たということは、いざという時でも戦闘には参加しないということなんだろう。

 ぺこり、とフォルテが一礼しヴィヴィアンと並んで立つ。

 最初は驚いたアリスだったが、特に敵対するわけでもなくジュリエッタ達の観戦へと戻る――間近に『敵』の接近を許したのはともかくその後放置するということは……敵対するものではないと判断したのか、それともいざ戦うとなっても何とでも出来るという自信の表れか……。

 ヴィヴィアンも、アリスと私が特に何も言わないことを見て特に危険視する必要はないと判断、フォルテへと返礼する。


”ふむ……ラビ氏。どうかね、うちのユニットたちは”


 どうかねって言われてもな……まぁ、私がスカウターで能力を見てどう思ったかを尋ねたいんだろう。

 スカウターを使うかどうかは事前に特に取り決めには含めていなかったし、こっちがのぞき見することは織り込み済みか。ま、それは私の方も同じなんだけど。

 ふぅむ、さてどうかと聞かれるとなぁ……。


”う、うーん……ユニークな能力だと思うよ?”


 とりあえず差しさわりない程度に答えておこう……。

 もし彼女たちが私のユニットだとした場合、どういう運用になるのか――そう考えるとすぐには答えは出てこない。そのくらい、何というか『難しい』能力なのだ。能力そのものが難解、というか扱いづらいというわけではないんだけど……。


”ふむ……”


 私の答えに対して思うところがあるのか、特に付け加えたりはせずにヨームは何やら考え込む。

 ……この人、表情が読めないというのを差し引いても何考えているのかわからないんだよなぁ……物腰や口調は凄い落ち着いた年上の男性――ぶっちゃけちゃうとおじさんというかもっと年上の、初老の男性というか――なのでクラウザーのような危なさは感じないんだけど、そのせいで胡散臭さというか怪しさが増しているというか……。

 うーん、流石にトンコツのフレンドでもあるし、『悪人』というわけではないとは思うんだけど。雰囲気が怪しいだけで。


”ラビ氏”

”は、はい?”


 丁度失礼なことを考えていたため、声が上擦ってしまった。

 フォルテに抱かれたヨームが、何を考えているのかわからないハニワのような表情のまま私の方を見つめている。

 ……何だろう、この……見透かされているような何とも言えない感覚……どこかで覚えがあるような……?


”一つ、君にお願いしたいことがあるのだが、いいかね?”

”え? えぇ……はい……?”


 あ、思わず頷いちゃった。まぁ無茶苦茶な内容だったら断ればいいだけだけど。

 私の内心の懸念を見透かしたようにヨームは表情一つ変えずに続けた。


”そこまで無茶なことではないよ。

 まずはこの対戦が終わった後、少し時間を貰えないだろうか――”


 余り遅くまでってわけにはいかないけど、まぁ少しくらいなら……。

 続けてヨームは私に何を『お願い』したいのかを説明してくれたんだけど……うーん、そうきたかぁ……。


”……どうしよう?”


 確かに別にそんなに難しいことではないんだけど、何とも判断に困る『お願い』だった。

 思わず私を抱きかかえるヴィヴィアンを見上げて尋ねてしまう。


「……よろしいのではないでしょうか」


 意外にもヴィヴィアンは賛成のようだ。


”……アリスは?”

「あ? 聞いてなかったわ。まぁ使い魔殿の好きにすればいいんじゃねーの?

 それより、そろそろ戦況が動くぞ」


 ……んもー、アリスはアリスで対戦の方ばっかり見ていて話聞いてないし……いや、まぁその点を責めるのはちょっと筋違いなんだけどさ。

 …………うーん……。


”……わかった。でも、一回だけね”

”ふむ。ありがとう、ラビ氏”


 結局私はヨームの『お願い』を受けることにした。

 デメリットと言えるデメリットは特にはない――はず。敢えて言うなら帰る時間が少し遅くなってしまうので、嫌でもあやめの車に乗る羽目になる、というくらいか。自分で言ってて酷いこと言ってる自覚はあるけど。


”さて、アリス君の言う通り、そろそろアンジェリカたちが動くようだ。

 彼女たちの決着をまずは見届けよう”

”……そう、だね”


 何はともあれ、まずはジュリエッタたちの戦いの結末がどうなるか、だ。

 意識を戦場の方へと向けると――確かにアリスの言う通り、動きがあった。

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