第5章5話 ヨームとの会談
* * * * *
”あやめ……君はもうちょっと運転の練習をしよう”
「……はぁ……」
何その気のない返事。
それはともかく、ようやく私たちは目的地へとたどり着くことが出来た。
「ん……ラビさん、着いた……?」
いつの間にか助手席で眠っていたありすも目を覚ます。
……あの運転の中眠れるとは、ありすの度胸も大概だ。もしかしたら、恐怖のあまり意識をシャットダウンしていただけかもしれないけど。
途中からありすの腕から力が抜けていったことに気付いた時には焦ったけど……急ブレーキ時に私がフロントガラスにダイブ、という事態だけは避けられたが。
まぁいいや。帰りは歩いて帰ろう……。
”えーっと、確かにここなんだけど……”
私も困惑しつつ目的地を見る。
トンコツが聞いた、ヨームから指定された場所なのだが……。
「『らぁめん屋』、ですね……」
「ん、『らぁめん屋』」
”だねぇ……”
そこには大きな『らぁめん屋』と書かれた看板とこじんまりした店舗があった。
いや、まぁ確かに事前に聞いてはいたんだけど……。
場所は『尚武台』という駅の近く。いつもいくマックの近くの『桃園台駅』の次の駅だ。
駅前の商店街通りとでも言うのだろうか、その外れの位置に『らぁめん屋』はあった。ちなみに店舗前には二台くらいしか停められないけど駐車場がある。あやめの車はそこに停めておいた。
店の入り口の扉を見ると、『準備中』の札がある。
更によく見ると、今日はどうも定休日らしい。
「……ここで合ってる?」
”うーん、トンコツからは尚武台駅の『らぁめん屋』って店だって聞いているけど……”
あやめが自分の携帯を操作して何やら調べものをしていたが、
「……尚武台近辺で該当する店はここだけのようです」
どうやら正しいらしい。こちらの世界でも検索エンジン先生は基本的に頼りになる。
もしかして、このお店の関係者がヨームのユニットだったりするのだろうか? だとしたら、定休日のお店の中であれば確かに人目にもつかないし、暖房とかも効いているだろうから安全だろう。
「おや、空いているようですね」
店の前でたむろっていても仕方ない、とばかりにあやめが扉を開けてみようと売るとあっさりと開く。
”……行ってみよう”
開いてるなら入っていいというわけではないけど、どうやら私の予想は当たっているようだ。
あやめを先頭に、私とありすがその後に続いて店の中へと入る。
「……ごめんください」
ないとは思うが、実はヨームと何の関係もない店で私たちが不法侵入で通報されるという恐れもある。
念のため声をかけてみると……。
「あーっと、ごめんねぇ、今日定休日なんだぁ」
私たちが扉を開けて入って来た気配を察知したのだろう、店の奥から女の人の声が聞こえてきた。
現れたのは、あやめと同い年くらいだろうか。頭に三角巾を巻いた黒髪の少女である。
「いえ、私たちは――」
ここで待ち合わせのはずなのですが、とあやめが言葉を続けようとしたのを遮り、
”――
ゆったりとした、落ち着いた口調の男性の声がどこからともなく聞こえてきた。
声と共に視界の端――隅っこのカウンター席の椅子でもぞもぞと蠢く何かが見える。
……白い毛玉? のような……何だろう、あれ……?
”お待ちしておりましたよ、ラビ氏。
私がヨームです”
”あ、はい。ラビです……”
白い毛玉と思ったものは、どうももこもこの『羊』だったようだ。小さな角が頭から生えているのがわかる。
……使い魔全般に言えることだけど、ぬいぐるみみたいでいまいち表情が読みづらいのだが、特にこのヨームは分かり辛い。敢えて言うなら『無表情』だろうか。まるでハニワみたいな顔をしていてピクリとも動かない。
「おっと、そうだったんだ。
何だよー、
そう嵐が呼びかける。
……と、ヨームのすぐ傍のカウンター席に座っていたと思われる女性がこちらへと向き直る。
…………動き出すまで全く存在を認識できなかったぞ……?
「…………」
どこかありすに似たような、ぼーっとした表情の、こちらも長い黒髪の少女だ。年齢は嵐よりも多分若い――中学生か高校生になり立てくらいと言ったところだろうか。
ぺこり、と少女が頭を下げる。
挨拶、なんだろうか。
「ごめんねぇ、未来ちゃん声小さいんだよね。あっはっは!」
え、さっき何かしゃべったの? 全然聞こえなかった……。
「おっと、あたしも自己紹介しとかないとね。
”……ありす、あやめ”
こちらも自己紹介をしないわけにはいくまい。
ヨームと未来の唐突な出現に戸惑う二人を促す。
「……恋墨ありす」
「わたくしは鷹月あやめと申します。本日はお招きいただきありがとうございます」
細かいプロフィールの自己紹介まではいいだろう。
「ま、立ち話も何だし、適当に座っちゃって。
今お冷持っていくから」
嵐に促され、私たちは四人掛けのテーブル席へと着く。未来とヨームももちろん一緒だ。
そして、嵐が宣言通り人数分のお冷――ちなみにこのお店は名前の通りのラーメン屋で、ソフトドリンクの類はほぼない――を持ってきて席に着く。
ありすとあやめ、それと向かい合うように嵐と未来が席に着き、私とヨームはそれぞれテーブルの上でお座りしている。
さて、色々と面食らう展開ではあったが、ここからが本番だ。
* * * * *
”さて――まずは、こちらの要望を受け入れてくれてありがとう”
話の口火はヨームから切った。
”いや、感謝されるようなことじゃ……こっちとしても、いずれ避けては通れないことだとはわかっていたしね”
ま、そりゃ仇だなんだで狙われることもなくお互い平和に生きられればそれに越したことはないけどさ。
アンジェリカももやもやを抱えたまま過ごすことは良くないし、千夏君だって全然気にしてないわけでもない。
これは言葉通り、いずれ必ず直面しなければならない事だったのだ。
……流石にこっちから声をかけるわけにもいかなかっただけで。元々こっちからヨームにコンタクトを取る方法なかったけど。
「でさぁ、どっちがジュリエッタなの?」
さぁこれから対戦の条件について話そうか、としたところで嵐が尋ねてくる。
あー、そっか。こっちから誰が行くとかは特に話してないんだっけ。
”ジュリエッタは今日ここには来ていないよ。あ、対戦にはもちろんジュリエッタが参加するから心配しないで”
流石に逃げたとは思われないだろうが念のため。
ふーん、と嵐は納得がいっていないような表情を見せるが、それ以上は特に何も言わない。
……まさか、心配してた通り人質に取ろうとか考えてたわけじゃない、よね……?
嵐は年齢が上というのもあるが、女性としては結構な高身長だし体格もいい。本気で襲い掛かって来たらかなり危ない。
”こら、嵐。ラビ氏たちに余計な心配をさせてはいけないよ”
私の内心の思いを読み取ったのだろう、ヨームが嵐をたしなめる。
”誤解のないように言っておきますが、我々にジュリエッタ本人を害そうという気はありません。嵐は単に興味本位で聞いているだけです”
「……」
ヨームに続いて、未来が何か言ったっぽい。相変わらずこちらに声は聞こえないけど。
でも嵐には何て言っているのかわかるのか、苦笑いを浮かべる。
「あはは、いや、ほんとごめん。一体どんなやつなんだろーって気になってたもんだからさ」
”はぁ……”
気になるという気持ちはわからないでもない。
深く追求するようなことでもないか。
それよりも話を先に進めよう。
”えーっと、ヨームさん。それじゃ、早速対戦の条件を決めよう”
”はい。
ではまず――”
ここからは私とヨームの間での話だ。気になることがなければ私に任せて欲しい、とありすには伝えてある。
二人で色々と話し合うこと10分くらい。対戦の条件は以下で決まった。
①対戦時間は「30分」
②フィールドは「コロシアム」
③ダイレクトアタックは「不可」
④こちら側からはアリスとヴィヴィアンも参加するが、実際に対戦をするのはジュリエッタ一人
⑤逆にヨーム側はアンジェリカ以外も参戦可とする
⑥私からヨームに対して対戦を挑む
この六点だ。
①については色々と揉めたが、60分では長すぎる。時刻はもう夕方のため下手に長引くと実生活の方に影響が出かねない。かといって15分では短い――以前にヴィヴィアンがアリスに対してやったのと同じように、逃げに徹してしまうと決着がつけられない可能性が高くなる。
なので、程よい対戦時間として30分を選択することとなった。
②は、これは実はトンコツからの要望だ。コロシアムには《アルゴス》が撒いてあるため、彼らも見ることが出来る。立ち合い人というわけではないが、この対戦の結果を見届けるつもりなのだろう。彼らが参加してしまうとバトルロイヤル対戦になってしまうためこのような形となった。
③については言うまでもない。
で、④と⑤なのだが……ここも少し揉めた。⑥とも関連するのだが、私から対戦を挑むという都合上、ヨームが今までに決まった条件を全て反故にしてくる可能性がある。
そうなった場合の私の護衛として、アリスとヴィヴィアンも参加すると主張したのだ……主にありすが。
ただ、そうなると今度は対戦フィールドにジュリエッタ以外もいることになるため、いざという時に手助けが出来てしまうという問題がある。その点で揉めたのだが、これはヨームが⑤の条件を付けることでとりあえずOKとなった。ヨーム的には私たちのことを信頼してくれているのか、最初から「いいよ」と言ってくれていたのだが、嵐が少し難色を示していたのだ。
ありすといい嵐といい、お互いに自分の使い魔の心配をしていてくれているのはわかるので、私からもヨームからも特に悪い印象はない……はず。
⑤についてはありすからも特に反論はなかった。むしろ、一対多であっても『復讐』なのだから仕方ない、といった感じだ。
肝心の勝敗についてだが、ジュリエッタが負けた時点で対戦は終了。そのまま時間切れまで待って私側の勝ちとすることとなった。時間切れの場合は残存ユニットの体力の割合で決まるので、アリスとヴィヴィアンが無傷ならばこちらの勝利となる。このため、私からヨームへと対戦を挑んむこととなったのだ――この対戦、どう足掻いてもヨーム側が負けとなるのだからBET額を設定するのは負け側の方が安心、というわけである。
”ふむ。条件はこれでいいかな?”
”そうだね……特に問題ないと思うよ”
私とヨーム間での合意は取れた。
後は実際に対戦をするだけだ。
”じゃあ、ジュリエッタに連絡するね”
”うむ。こちらもアンジェリカに連絡しよう。お互いに準備が整ったら、ラビ氏が対戦を挑んでくれたまえ”
千夏君には自室で待機しておくように言っておいたけど、結構時間がかかってしまった。
念のため遠隔通話で対戦を始めることを伝えておくと、「問題ないっす」と返って来た。
ヨームの方を見て頷くと、彼も頷き返す。どうやらアンジェリカの準備も大丈夫のようだ。
”それじゃ、ありす。対戦始めるよ”
「ん」
”あやめ、ありすたちの体の方、よろしく頼むよ”
「はい。お任せください」
『らぁめん屋』に入ってくる人はいないとは思うけど念のためだ。
あやめには対戦中のありす、それに嵐と未来の体を見ていてもらう必要がある。
”よし――じゃ、ヨーム。対戦依頼をするよ”
”はい。いつでもどうぞ”
クラウザーに対戦依頼を仕掛けた時の要領でヨームへと対戦依頼を掛ける。
すぐに承諾され、私たちは『ゲーム』――対戦フィールドへと移動した……。
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