第5章4話 (恐怖の)ドライブに行こう!

*  *  *  *  *




 平日の放課後――

 私とありすは恋墨家前で『迎え』を待っていた。

 自分で歩いていくから別にいいよ、と本人には言ったのだけれど、どうしてもという押しに負けてのことだ。


「ん……?」


 待つこと数分。

 住宅街のど真ん中を通る一車線の細い道を、何やらよたよたとした運転の車がやってくる。

 深い藍色の軽自動車……その運転席に座るのは――


「……お待たせいたしました」


 恋墨家前に車が止まり、運転席を開けてドライバーが現れる。

 何だかあぶなかっしい運転をいていたのは、誰あろう、あの鷹月あやめである。


”わざわざありがとう、あやめ”

「いえ。私としても、運転する機会があるのは嬉しいので……」


 私たちが待っていた『迎え』とは、あやめのことである。




 簡単に説明すると、あやめは先月の初めに18歳の誕生日を迎えた。そして、すぐに車の運転免許証を取得したというのだ。

 車があれば随分と便利になるのは間違いない。桃香のお世話係として例えば彼女をどこかに送ったり迎えに行ったりするのに、車があれば随分と便利だろう。そういう理由もあって、あやめはすぐに免許を取りに行ったのである――これは彼女の両親の意向ももちろんある。

 だが、彼女の想いに反して桃香はそこまで遠出をするわけでもなく――小学生なので普段は学校にいるし、習い事とかも桃園の敷地内でほぼ済ませているようだ――折角免許があるというのに中々運転する機会が訪れなかった。

 そこで今回、私とありすが出かけるにあたって車での送迎を願い出てきたというわけだ。

 ……まぁ正直なところ、多少歩くとは言っても徒歩圏内だし車で送ってもらう必要はそれほどない距離だ。そりゃ車の方が楽ちんだけど……。

 ただ今回の用事に関しては、出来ればあやめにも着いてきてもらいたいという事情もある。最初は固辞していたのだが、車で送迎させなければ一緒にいかない、と拗ねられてしまっては……ねぇ?

 尚、今日は桃香は家でお留守番だ。流石に桃香はこの辺一帯では有名だろうし、何よりも普段着からして目立つので控えてもらった。

 やけに素直に桃香が引き下がったのは気になると言えば気になるけど……。


「ラビさん、行こ」

”あ、そうだね。それじゃ、あやめ、よろしくお願いね”

「はい、お任せください。安心・安全・確実に目的地までお届けいたします」


 私らは荷物か。あ、私はほぼ荷物だった……。

 ともあれ、私たちはあやめの車へと乗りこみ目的地へと向かうこととしたのだった……。




*  *  *  *  *




 今日の目的は、前回トンコツから相談されたヨーム……というかアンジェリカからの対戦依頼に関係している。

 対戦するのはもちろんいいのだけど、問題があった。

 それは私とヨームが直接顔を合わせる、あるいは近い位置にいなければ基本的に望んだタイミングでの対戦が出来ないということである。

 いっそのことヨームとフレンドになってしまえば……という案もあることはあったが、フレンドになるにしても対戦と同じ事情がある。COOP可能なクエストで合流した後、メッセージを送って……という方法も一応あるのだが、それにしても結局ランダムであることには変わりないらしい(そう思うとジュジュとフレンドになれたのは本当に幸運だったんだろう)。

 なのでトンコツを挟んで色々と調整した結果、指定の場所で待ち合わせて会うことになったのだ。

 ただ、この方法にしても幾つか不安な点がある。


 ①私かヨームが単独でその場所に行った場合、相手に悪意がある場合人質として取られる恐れがある。

 ②ユニットの誰かと一緒に行っても事情は同じである。むしろ、ユニット本体の方に危害が加えられる方が怖い。

 ③対戦に挑むにあたってユニットは意識を失ってしまうので、他の人に見つからない、かつ身体を安全に置いておける場所が必要。後、この季節だと外だと風邪を引いてしまう。


 という大きく三点だ。

 ①と②に関しては少なくとも私はそんなことをするつもりはないし、トンコツ曰くヨームもそういうことはしない相手だと言ってはくれている。

 けれどもそれはあくまで口約束に過ぎない。間に入ってくれているトンコツには悪いけど、私とヨームの間には今のところ全く信頼関係はないのだ。迂闊な真似は出来ない――特に私はともかく、ありすたちに危害が加えられるのだけは避けなければならない。これはお互いに『安心して』対戦するためにはまず確認しておかなければならない点だ。むしろ、ここで気にしないような相手の方が信用出来ない。

 一番大きな問題は③……すなわち、『どこ』にするか、だ。

 ①②に絡んで誰かの家というのは除外。かといっていつものマックやどこかの喫茶店とかも厳しい。公園とかは風邪を引いてしまう――どころかこの季節だと命にかかわりかねないのでNGだ。私たち使い魔だけならば問題ないんだけど……。

 で、紆余曲折あってヨームが丁度いい場所がある、と提案して来た場所へと向かうこととなった。何でも、ある程度自由に出来てかつ人目にもつかず、邪魔も入らない場所なんだとか。

 その場所に向かうに当たって、後は私たち内部の問題を片づけるだけとなった。

 まず、私が一人で行くというのはありすたちの反対もあって没。

 まだヨーム、それにアンジェリカを始めとした彼のユニットがどういう人物なのかもわからないので、ありすたちの誰かと私だけというのも出来れば避けたい。

 ……というわけで白羽の矢が立ったのが、『ゲーム』の事情を知りつつも私・ヨームのどちらのユニットでもないあやめというわけだ。

 和芽ちゃん辺りに頼むという手もあったのだけど、トンコツがヨームのフレンドだしということで彼の方から辞退してきた。まぁ仕方ない。

 念のためヨームにもあやめの同行は伝えており、OKの返事を貰っている。ヨームとしては、むしろこちらが『復讐者』なのだから、私たちの方で警戒するのは当然だしむしろそれぐらいしてくれた方が安心して挑戦を受けてくれるだろう、という思いもあるようだった。




 とまぁ、このような事情で私はあやめに立ち会いをお願いし、あやめも自分の運転する車での送迎を受け入れてくれるなら、という条件で引き受けてくれたのだった。

 あやめが来てくれるならありすはついてくる必要はなくなったんだけど、どうしてもとありすにお願いされてしまい私が折れた。

 ……まぁお互い信頼関係は出来上がってないとは言え、ヨームもそこまで危険な人物というわけではないだろうし、あやめも傍についていてくれるなら……ということで、私、ありす、あやめの三人で待ち合わせ場所へと車で向かうのだった……。




 ……が……。


”ちょ、あやめ!? もうちょっとアクセル踏んで!!”

「いえ。これ以上速度を上げるのは危険ではないかと」

”いやいやいや!? 周りの速さに合わせない方が逆に危険だよ!?”


 何というか……あやめの運転は免許取りたてという点を除いても、『へたくそ』としか言いようがなかった。

 決して危険な運転をしているわけではない。むしろ、安全運転をしているだろう。

 ただ……免許を持っていない人にはいまいち伝わり辛いんだけど、逆に危なっかしいのだ。

 私も前世では免許は持っていたものの運転はほぼしないので偉そうなことを言える立場ではないのはわかっているけど……。

 恋墨家から指定の場所までは車では5分とかからない場所になる。

 ただ、そこに辿り着くまでには住宅街の中の細い道を通っていくのではなく、『月街道』という少し大きな道を通り、そこから神道へと入る必要がある。

 ……この道はさほど渋滞しているわけでもないが、他に車が通っていないわけでもなく……初心者ドライバーが走る上でもそこまで大変な道ではないはずなのに、ガッチガチに緊張していることが傍で見て良くわかるくらい、あやめは緊張していた。


”ふぎゃっ!?”

「うにゅっ!?」


 と、途中の信号機で停車――が、ノロノロ運転の割にはなぜか急ブレーキをかけた時と同じようにがくんと大きく車体が揺れる。

 ありすが助手席に、私はそのありすに抱えられた格好で座っていたのだが、ブレーキの衝撃で体が引っ張られる――当然シートベルトは(ありすは)着用しているから大丈夫だったけど……。


”な、何でこのスピードで急ブレーキになるのさ!?”

「……なぜでしょう……?」


 緊張した面持ちのまま、油断なく左右を確認しながらあやめは応える。

 ハンドルを握ると性格が変わる人ってのは確かにいるけど……どうやらあやめもその類のようだ。それも、普段以上に慎重になる方のようだ。まぁ危険運転するよりはよっぽどいいのかもしれないけど……さっきも言った通り、安全運転過ぎて逆に危なくなっていると思う。

 月街道は幸いそこまで車の量も多くなく、あやめの運転が原因で渋滞を巻き起こすということも今のところはないんだけど……。

 この先は神道に入る。神道は平日の夕方であっても交通量はかなり多い上に、桃園台付近では片側一車線しかない。その上追い越し禁止である。

 そんなところ、果たしてあやめが無事に運転できるのだろうか……? 私の頭の中にある地図と照らし合わせてみれば、神道を走る距離はほんのわずか――月街道からして神道に入った後、50メートル程前進したら今度はするだけだ。右折後は道なりに真っすぐに進めば目的地である。

 ……そう、右折、だ。

 …………右折……できるんだろうか……?

 しまったなぁ、こんなことならありすを助手席に座らせるんじゃなかった。後ろの座席の方が良かったかもしれない。

 ……ほら、何かあった時、助手席が一番危険って言うじゃない?


「……参ります」


 信号が青に変わりあやめの駆る軽自動車が急加速――って、危ない!? 前の車との距離が空いてたから良かったけど!?

 あああああ、もうどうすりゃいいの、これ? 私が代わりに運転することも出来ないし……。




 ……こうして私とありすは、あやめの恐怖のドライブに付き合わされることとなってしまったのだった。

 …………おかしい。車なら片道5分、徒歩でも15~20分くらいの距離だったはずなのに、なぜか車で30分もかかっている……。

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