第5章1節 赤ずきんちゃんと魔獣少女

第5章3話 復讐者の呼び声

*  *  *  *  *




 12月ももう半ばになろうとしていた。

 私たちはいつも通りクエストに挑んだり、ドラハンをやったりといつもと変わり映えのない日常を過ごしていた。

 相変わらず『ゲーム』に関する謎は解けないままだし、クラウザーもまだ潜伏しているのか特に動きは見えない――まぁ私はトンコツからしか情報が入ってこないから、トンコツも知らないところでクラウザーが活動していたら気づけないのだけど。

 平和と言えば平和かな。もう『ゲーム』も私たちの日常に溶け込んでいるようなものだし、『嵐の支配者』の時のような現実世界に大きな影響を与えるようなモンスターも現れてこないし。

 何よりも、私にとって重要なのは『夜に眠れる』ということだ。このおかげで、特に何事も起こらない平和な日常を謳歌することが出来ていると言っても過言ではない。

 ……実際、眠れないで一人でずっと夜を過ごすのは暇すぎて暇すぎて苦痛だったのよ。美奈子さんの晩酌に付き合うにしても、朝までというわけではもちろんないし。

 ま、眠れるようになったとは言っても、実は今ちょっとやることがあるので前みたいにありすが眠った後こっそりと部屋から抜け出したりしているわけだが――詳細はちょっとまだ伏せておこう。ありすが微妙に怪しんでいる気配はあるけど、まだ秘密だ。


”……おや?”


 ありすはまだ学校に行っている時間、チャットのお誘いがやってくる。

 相手は当然私の唯一のフレンドであるトンコツだが……。

 彼とはフレンドになって以降、時々チャットをしている。

 とはいっても特に用事がない時に駄弁っているというわけではない。大体は何かしらの話したい用事がある時に限っている――まぁトンコツも別にそんなにおしゃべりが好きなわけではないみたいだし。使い魔の性別ってよくわからないけど、少なくとも口調や声からトンコツは男性だと思うし……男性ならそんなもんだろうと思う。

 それはともかくとして――別にチャットを拒む理由はない。今はありすは学校、美奈子さんはお仕事に行っていて私一人で留守番していて暇なのだ。急ぎでやらなきゃいけない家事も仕事もないし、チャットに応じるボタンをクリックし、マイルームへと赴く。


”もしもし、トンコツ?”


 相変わらず殺風景な我らがマイルーム――これでも少しは家具とか増やしてそれなりに普通の部屋っぽくはなったのだが――の壁に架けられたディスプレイに向かって問いかける。


『”おう、ラビ。今大丈夫か?”』


 ディスプレイの向こう側には当然と言えば当然だが、トンコツが映しだされる。

 彼の背後、すなわちトンコツのマイルームもちらっとだけ映っている。ちなみに、彼のマイルームはなぜかはわからないけど、ほんのりと薄暗い『バー』のような内装となっている。


”うん、大丈夫だよ”


 向こうもこっちが平日の日中は暇なのは知っているだろうが、一応ちゃんと最初に大丈夫かどうか尋ねてくる気遣いが嬉しい。

 口調はちょっと乱暴な時もあるけど、意外とトンコツは態度自体は礼儀正しいのだ。


『”そうか。早速で悪いが、相談があるんだが……”』

”うん”


 ……よくよく考えると、トンコツと連絡を取る時って結構な頻度で厄介事に巻き込まれているような気がする。その厄介事は大体私たちと無関係ではないので別にいいんだけど。

 さて、相談か。何だろうな……?


”もしかして前に言ってた《アルゴス》をまたあちこちに撒くっていう話かな?”


 私が睡眠について尋ねた時、トンコツが言っていたことを思い出した。

 あの時は一旦保留にしたのだったけど、やっぱり《アルゴス》を撒く方がいいと思いなおしたのだろうか。

 面倒くさいけど、協力すると言った手前断るわけにもいくまい――《アルゴス》であちこち監視してもらえれば、クラウザーの動きとかもいち早く知ることが出来るかもしれない、という思いもあるし。

 だが、私の予想に反してトンコツは首を横に振る。


『”いや、そっちに関してはしばらくはいい。やっぱり、シャロが自由に魔法を使える方が今後は重要になるだろうしな”』

”そっか。わかった”


 シャルロットの魔法は基本的には全て《アルゴス》――これも私は少し勘違いしていたんだけど、どうもシャルロットの魔法というよりは『霊装』に近いもののようだ――に関係している。

 コンビネーションにしろ、インキュベーションにしろ、使ってしまうとばら撒いた《アルゴス》を回収してしまうために監視をしようとするとどうしても魔法の使用を制限せざるをえなくなってしまう。

 完全にトンコツチームが他の使い魔のサポートに専念するのであれば監視に徹するのもありかもしれないけど、その場合トンコツたちは単独でクエストや対戦を勝ち抜くのは厳しくなってしまうだろう。COOP可能なクエストなら私たちが一緒に行くのも吝かではないけど、ソロオンリーのクエストだって沢山あるしそちらに全く行かないというわけにもいくまい。

 ならば、今後の難易度の上がっていくクエストに向けてシャルロットの魔法を解禁してしまった方が良いという判断か。私もそれがいいと思う。


『”まぁ、全く監視をしないというわけではないがな。対戦なりクエストなりで機会があれば《アルゴス》は配置はしておくつもりだ。

 シャロの魔法を使うのは躊躇わないようにする、といったところか”』

”なるほどね。でも、確かに今後はその方がいいと思うよ、私も。もう一人ユニットを増やすという手もあるだろうけど……”

『”……それも考えないでもないんだが、ただでさえジェムの稼ぎがあまり効率的ではないというのに、また一人増やすというのはな……”』

”だよねぇ”


 ジェーンも大分成長はしてきたし戦闘力という点ではかなり頼りになると思う。

 けど、それでも今まで私たちがクリアしてきたクエスト――例えばアラクニド戦やら天空遺跡やら――に放り込んで彼女一人で何とかなるかというと、流石にそれは厳しすぎる。天空遺跡に関してはアリス単独でもまだ辛いんじゃないかな……特に氷晶竜が。

 結局、ジェムを稼ぐには難易度の高い、つまりは強敵の出現するクエストを攻略していくしかない。COOP可能クエストの場合、報酬が提示されている額よりも減ってしまうため最高効率を求めるなら単独ソロでクリアする必要があるが、それが厳しいという状況なのだ。

 その状態でもう一人ユニットを増やしたとしたら、深刻なジェム不足に陥るだろう。新ユニットの成長にも大量のジェムは必要となるし、ある程度成長済みのジェーンたちの成長には更に大量のジェムが要求される。

 チームの平均値をとるか、最大値を取るか……これはプレイスタイルにもよるし、一概にはどちらが正しいとも言えないだろう。トンコツは後者の方を優先することにしたようだが。


『”それに、ジュリエッタの一件もある。シャロとジェーンは魔法の性質からしておそらく問題ないとは思うが、新しいユニットがどうなるかわからないからな……”』

”……そうだね”


 この『ゲーム』、基本的にはユニットの元となった人間に危害を加えることはないようなのだが、システムが割とポンコツなところもある。

 ジュリエッタの時、正にそのポンコツ具合を見せられた感じだ。

 下手をすると命を失う危険だってある――ジュリエッタについては霊装を破壊でもいない限りは多分大丈夫だとは思うけど、気を付けなければならないだろう。

 新しいユニットがどんな魔法を持っているのかもわからない。もしかしたら、ジュリエッタよりも更に危険な魔法だってあるかもしれない。

 トンコツはその点を警戒しているんだろう。やっぱり、彼は『いい人』なんだな、と嬉しく思う。


『”ま、俺のところは現状維持だ。どうしても……となった時に改めて考えるさ”』

”わかった。まぁ協力プレイできるところなら、私たちも手伝うよ”


 これは偽らざる本心だ。

 なんだかんだでやっぱりフレンドだし、ありすと桃香に至っては美々香が友達なのだ。困っているのであれば手伝ってあげたい。

 ……逆に私たちが彼らに助けられることだってある。ジュリエッタの時なんて、トンコツたちと一緒に戦わなければ千夏君の命が失われてしまっていただろう。


『”……っと、話が逸れちまったな”』

”あ、ごめんね。

 で、相談って?”


 《アルゴス》を撒く話ではないなら、一体何の相談だろう?


『”ああ。……その、ジュリエッタに関することなんだが”』


 ……そっち方面の話か。

 だとすると――


”もしかして、ヨームさんだっけ? そっちからの……?”

『”そうだ。ジュリエッタが倒したプリンのユニットの生き残り――アンジェリカは今ヨームのユニットとして残っている。

 それで、そのアンジェリカがジュリエッタとの対戦を希望している”』


 ついに来たか……いずれこういう日が来るとは予想してはいたけど。

 ジュリエッタが私のユニットとなってからもう半月が経つ。その間ヨーム――というかアンジェリカから何の接触もなかったけど、忘れたことなどない。

 もちろんジュリエッタ本人、千夏君だって忘れているわけはないだろう。アンジェリカにとってジュリエッタは仲間の『仇』なのだ。

 千夏君だって『復讐される覚悟はある』と言っていたことだし。


”そっか……わかった。

 じゃあ、千夏君の都合のいい時に合わせてもらう感じになるけど、いい?”


 ここだけは譲れない。

 アンジェリカにとって倒された仲間たちがどんな大切な人だったのかまではわからないけど、言葉は悪いが所詮『ゲームはゲーム』なのだ。千夏君は中学生だし学校の勉強や部活動だってある。そちらよりも『ゲーム』を優先するようなことはさせられないし、私としてもさせるわけにはいかない。

 トンコツも事情はわかっているのだろう、頷いてくれる。


『”ああ、もちろんだ。アンジェリカの方の都合だってあるしな、その辺は擦り合わせていく必要があるだろう。

 ……で、ちょっと問題が一個あってな……”』


 はて?


『”ヨームからお前に対して対戦依頼を出せないんだ”』

”……あー、そっか。私が対戦リストに出るかどうかわからないんだっけ”


 忘れていたわけではないけど、滅多に対戦依頼なんて飛んでこないからうっかりしていた。

 そもそも私が対戦リストに出てくること自体がかなり珍しいんだっけ。クラウザーの時は初日にいきなり対戦リストに現れたみたいだったからそういうものだとは知らなかったけど。

 いくらお互いのスケジュールを合わせたところで、対戦リストに出てこないのであればそもそも対戦することすら出来ない。

 ……となると……。


”んー、じゃあ、私とヨームさんがどこかで直接会わないとダメかな”

『”そうなるな。その仲介は俺がやるが……いいのか?”』


 うーん、まぁ不安なことはあるんだけど……。

 アンジェリカにとってだけではない。千夏君ジュリエッタにとっても、この戦いは避けては通れない道なんだと思う。

 だから私の答えは決まっていた。


”うん。構わないよ。

 面倒だろうけど、私とヨームさんとの調整はトンコツお願いね”


 肝心の千夏君自身の意見は聞けていないけど……まぁ彼も拒否はしまい。本人が既に吐いた言葉だ。

 私があっさりと承諾したことに、少しだけ呆れたようにトンコツは言う。


『”……お前、本当にお人よしだな……自分に敵対している相手と、リアルで直接会うって危険に思わないのか?”』

”……トンコツにお人よしって言われたくないなぁ”


 これには私も苦笑い。彼だって相当なお人よしに違いないのに。


”まぁ、流石に恋墨家で……というわけにはいかないけどね”


 アンジェリカの本体の方がどういう人間かはわからない。もしかしたら、千夏君のように男の子で、更にもっと年上の可能性だってある――私の知っているユニットの最年長はあやめだから、少なくとも高校生くらいまでならユニットの可能性があるのだ――迂闊にありすの家を教えるわけにはいかないだろう。これは信用しているしていないの話ではなくて、保護者(気取りだけど)として当然の判断だ。

 同様に千夏君の家もダメだ。

 だから会うならば、公園とかになるかな。ちょっと面倒な調整が必要になるけど、そこは我らがトンコツ先生が頑張ってくれるだろう。

 ……よく考えるとトンコツも微妙な立場だ。私とヨーム、どちらともフレンドになっているわけで、そのフレンド間の板挟み状態になっているのだから。


『”……むぅ、色々と面倒な調整になりそうだが、仕方ない。何とかするわ”』

”うん、よろしくね、トンコツ”


 いや、本当にお人よしにも程がある。

 ともあれ、こうして私たちはジュリエッタに残された因縁――アンジェリカとの対戦に望むことになったのだった。




 ――そしてこの対戦がきっかけとなり、壮絶な、そして長い戦いが始まるとは……この時はまだ誰も――私たちやトンコツ、そして当のアンジェリカ自身も気づくことはないのであった。

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