第5章2話 エピローグ -Revengers- ~12月25日

◇  ◇  ◇  ◇  ◇




 12月25日――クリスマス。

 あたしにとっては今まで特に何の関係もない日だったし、きっとこれからもそうだろうと思う。

 ……ま、世間的にはどっちかというと前日の24日の方が重要なんだろうけど。別にどっちだって同じだ。

 それが強がりだっていうことはあたし自身が一番良くわかっているけどさ……。

 今年の春、高校生になったところで別に何も変わることはなかった。あたしが変わろうとしなかったっていうのが一番大きな理由なのはわかっている。

 そりゃ、まぁ多少オシャレに気を遣ってみようとかくらいは思ったけどね。流石に『高校デビュー』なんてこっぱずかしいことはあたしには出来なかった。

 その結果、一人でクリスマスに憂鬱になってやさぐれているんだから、自業自得としか言いようがない。

 高校から出来た友達も、中学の頃の友達も、全員ってわけじゃないけどさっさと彼氏を作ったりして楽しくやっているみたいだし……。

 ……嫉妬なんだろうか? 全く嫉妬していないわけではないとは思う。

 でも、あたしが彼氏が欲しいと思っているのかと言われると……どうなんだろう。興味は――正直あると言えばあるけど、何が何でも彼氏が欲しいってわけではないとも思う。

 それに――と目線を下げて自分の身体を見てみる。

 ……そんな男の人に好かれるような身体じゃないしね……。


「はぁ……」


 ここに鏡が無くて良かった。

 鏡を覗いて自分の顔を見てしまったら、更に憂鬱な気分が加速していたところだ。

 自分自身でもわかっている。流石にどうしようもないブスだなんてまでは思わないけど、少なくとも、まぁ異性にモテるような容姿ではない。

 背は低いし、その上やや――いや、太っているし……。

 身体に連動して顔も『おかめ』みたいって思うし……あ、これ自分で思って結構傷ついちゃった……。

 それでいて分厚い眼鏡もかけているんだから、なおさらだ。コンタクトにしようかとも思ったけど、ちょっとあたしの払えるお金とコストパフォーマンスを考えると釣り合いが取れないので保留中だ。


「おい、まだかよ?」

「んー、悩み中」


 ふと、あたしの前で会話している男女の声が耳に入る。

 あたしが今いるのは、葦原沼あしはらぬまというこの付近では一番大きな町にある、老舗デパートの4階――その隅っこのベンチだ。

 このベンチの前にある売り場は玩具売り場である。4階は玩具売り場の他に学用品、子供服、それと本屋が同居している。まぁ子供向け商品のフロアだ。

 すぐ近くの玩具売り場で話している男女……男の子の方は中学生くらいかな? 特徴というほどの特徴もない、敢えて言うなら男の子らしい男の子だと思う。

 一方で女の子の方はと言うと……こっちはぞろっと長い黒髪を垂れ流した地味な女の子だ。あたしに背を向けているため顔とかはよくわからないけど、背の高さとかから見て小学生か、それとも小柄な中学生くらいなのかもしれない。

 …………カップルだったりするんだろうか……。


「んー……なつ兄はどれがいいと思う?」

「あん? 何だっていいんじゃねぇか?」

「……なつ兄、てきとーすぎ……」

「んなこと言われてもな……アニキにプレゼントするっつっても、玩具貰って喜ぶとは思えないが……」


 か、カップルじゃないよね? きっと兄妹とかだよね……?

 さっきは彼氏が欲しいわけじゃないとか強がったけど、あんな小さな女の子にも彼氏がいるとか思うと、更に気分が沈んできてしまうし……。


「つーか、クリスマスプレゼントって……もうタイムアウトじゃね?」

「ん、今日中に渡せればセーフ……」


 どうやらクリスマスプレゼントを選んでいるらしい。

 男の子の言うように、クリスマスプレゼントを買うのであればもう遅すぎる時期だと思う。まぁ、確かに女の子の方が言う通り、今日中に渡せればいいといえばそうなんだけど。

 ……何だか二人に興味が湧いてきた。中学生・小学生の兄妹が『アニキ』って言ってるからもっと年上のお兄さんに何かプレゼントしようとしているのかな?

 『アニキ』の詳細がわからないけど、男の子の方がそう呼んでいるってことは少なくとも高校生以上なのは確実だと思う。流石にその年になって玩具渡されても微妙だろうなぁ――小学生の妹からプレゼント渡されたら、それがどんなものでも何か喜びそうな気もするけど。


「そーいや、アニキも『VVヴィーズ』好きなんだっけか。

 じゃあ、何かそれ関係の……そうだな、本とかはどうだ?」


 『VV』って、確かマスカレイダーだっけ? あたしはもちろん見ていないので最近のは全然詳しくないけど、名前はネットとかで見たことがある。

 前まで放送されていたやつだから、クリスマスシーズンの今となっては、新しい方のマスカレイダーの商品に入れ替わっているんじゃないだろうか。

 それなら、男の子の言う通り本とかの方がいいかもしれない。ムック本とかなら普通にまだ売っていると思うし。


「ん……本は大体揃っちゃってる……」

「むぅ……」


 ダメか。


「んー……やっぱり首輪にしようかな……」

「……それ絶対嫌がると思うぞ、アニキ……」


 く、首輪って……。ネックレスのことだと思いたい。

 一体『アニキ』なる人物がどんな人なのか、気になる……。


「そもそもの話、別にアニキにプレゼント渡さなくってもいいんじゃないか? そんな年じゃねーだろ、多分」


 多分って何だ、多分って。

 『アニキ』といいつつ、実は本当の兄のことではなくて、勝手にそう呼んでいるだけなのかな? 例えば、ネット上での付き合いだけで実は顔を見たことがないとか……そんな相手にクリスマスプレゼントをどうやって渡すんだって話になるけど。

 男の子の問いかけに女の子は何だか不満気に返す。


「ん、ダメ。■■■■はまだ赤ちゃんだから、プレゼント貰う権利がある」


 ……ん? 今多分『アニキ』の名前を呼んだんだと思うんだけど、ちょっとよく聞こえなかった。

 それはともかく、赤ちゃん……? 『アニキ』なのに……?

 謎はますます深まるばかりだ。


「それに……最近お母さんと隠れて何かこそこそやってる……。お母さんだけずるいんだ……」

「……それ、もしかして……」


 男の子の方は何かに気付いたようだけど、あえて口にしなかった。

 ……うん、『アニキ』の人物像が謎だらけだからよくわからないけど、多分、女の子のお母さんと一緒になってクリスマスプレゼントを用意してくれているんじゃないかな?

 そんなこととは思わず、女の子の方は『アニキ』が構ってくれなくて拗ねつつも、自分からプレゼントを送って気を惹こうとしているのかもしれない。


「……わたし、無免許だけど、お父さんとお母さんの代わりにプレゼントしたい……」

「む、無免許? その意味はわからんが……。

 まぁ、そうだな。『アニキ』に親いないわけだしな」

「んー、もうちょっと考えてみる」

「へいへい、付き合いますよ、御姫おひぃ様っと」


 一旦おもちゃ売り場から離れて別のものを見に行くのだろう。二人がその場から離れていくのを、あたしは見届けた。

 何だか変な兄妹だったな――あの年でカップルだと思うとあたしが更に憂鬱になりそうなので、あたしの中ではもう兄妹確定としておく――まぁ一番謎なのは件の『アニキ』の方だけど。


「ふぅ……」


 クリスマスプレゼント、かぁ……。

 二人がいなくなった後ため息をついて、あたしは自分の横に置いた鞄に目を向ける。

 ……実はこの中に、クリスマスプレゼントがあるのだ。もちろん、あたし自身に向けてのものではない。

 …………今日、なぜこんな場所――って言ったらデパート側に失礼だけど――にあたしがいるかというと、ここが『待ち合わせ場所』だからだ。

 妙なところを待ち合わせ場所に指定してくるなぁと思うものの、喫茶店とかだと知らない人に間違って声をかけてしまうかもしれないという恐れがあったためである。




 ――そう、あたしももお互いの顔を知らない。

 本当に知らない相手というわけではない。ただ、本当の顔をお互いに見ることなく今まで過ごしてきていたのだ。

 それで、今日はついにその相手と現実世界で会うということになり、あたしは待ち合わせ場所で一人寂しく時間を潰しているというわけ。

 鞄の中に入っているクリスマスプレゼントは、その相手に渡そうと思い立って用意したものだ。

 ……付き合い自体はそれなりに長いとは言え、実際に顔を合わせるのは初めてなわけだし、いきなりプレゼントを渡すなんてしたら引かれちゃうかな……?

 ……ううん、それ以前に、あたしの本当の姿を見て嫌われちゃわないかな……?

 本当は会うつもりなんて一生なかった。

 けど、が起きてから――向こうがどうしても会いたい、と言ってきたのだ。最初は断っていたけど、間に挟んでいた人が『会ってみるのもいいんじゃない?』と推してきたため……ついに顔を合わせることになったのだ。

 実際、顔を合わせることはに備える意味でもいいことだ、とその人は言っていたし……あたしも興味がないわけじゃなかったし……。

 …………もしかしたら、現実世界での素敵な出会いのチャンスなのかもしれない、という下心も……うん、まぁちょぴっとだけあったけど……。

 一体、どんな人なんだろう?

 あたしのことを見て幻滅したりしないかな……?

 期待と不安が交互にやってきて気持ちが全く落ち着かない。

 胸がドキドキする。

 ……あ、緊張で手に汗かいてきちゃった。ただでさえ汗っかきなのに……。




 ……でも、こんなにドキドキするってことは、やっぱり――

 あたしはあたし自身の想いを再確認する。




 ――あたしは、のことが、本当に好きなんだな、って……。

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