第5章 復讐少女 -Avengers / Revengers-

第5章1話 プロローグ ~絶望の惑星(ほし)

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 この星は神に見捨てられたのだ――




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 我々と、侵略者との戦いが始まってから既に数十年が経っている。

 結論は既に出ている。だ。

 宇宙から来た侵略者――悍ましき蟲の姿に似た、『妖蟲ヴァイス』と名付けられた異形の生命体により、世界中の国家は既に壊滅状態にある。

 一体この星に我々の仲間はどれだけ生き残っているのか。あるいは、もはや我々しか残っていないのかもしれない。

 外部との通信も断たれ、孤立無援となってから数か月……ここ、神智機関エルミナ支部もいよいよ終わりの時を迎えようとしていることを、私は感じ取っている。




 『妖蟲』――やつらの目的はわからない。

 数十年前、初めてやつらが出現したその時は、精々が『見たことのない害虫』程度の認識だったという。

 当時であれば我々の力でも十分に対抗することが可能であったらしい。そもそも、『見たことのない害虫』という認識通り、虫を潰す程度の感覚だったのだろう。当時の妖蟲の大きさも、普通の虫とさして変わらないものだったということだ。

 ところが、わずか数年で『見たことのない害虫』は『根絶しがたい害虫』へと変わり、そしてすぐに『世界の脅威』と化した。

 既存の生態系に全く当てはまらない――ただし似たような生物はが――異形の姿へと進化した妖蟲は瞬く間に全世界へと生息域を広めていき、この星の生物を次々と『捕食』していった。

 ……この『捕食』こそがやつらの異常な速度の進化に関係しているらしいことがわかっている。

 全く信じられないことだが、妖蟲は捕食した生物の情報を取り込むことが出来るようなのだ。通常、生物が他の生物を食物として取り込んでもそのようなことは起きないのだが、妖蟲は取り込めるらしい。

 次々とこの星の生物を取り込み、進化を続ける妖蟲に対して我々は為す術もなく蹂躙される一方であった。




 この星を喰いつくさんとする妖蟲へと対抗するため、神智機関は『最終兵器』を作り出した。

 神帝ガイム――かつて存在したと伝わる、神話の中に登場する王の名を冠した最終兵器。

 妖蟲へと対抗するために生み出されたガイムは、妖蟲とを持った生物兵器である。

 すなわち、対象を『捕食』しその性質を取り込むというものだ。

 この性質を我々は利用し、取り込んだ妖蟲の情報を解析し、より効果的な武器――端的に言えば殺剤を作り出すことに成功した。

 もちろん妖蟲はどんどんと進化していくため、以前は効果のあった殺蟲剤はすぐに効果が無くなってしまうのだが、ガイムが新たに妖蟲を取り込んでは解析し新たな殺蟲剤を開発し……と延々と繰り返すこととなってしまったが。

 ガイム自身による駆除と、新型殺蟲剤によって妖蟲による被害は一旦は収まりを見せ始めていた。

 未曾有の危機を我々は乗り越えたのだと、その時は思っていたのだ……。




 変化が起きたのは今から三年前。

 妖蟲の脅威が大分忘れ去られていた頃、突如としてそれは起こった。

 『大発生アウトブレイク』とでも言うのだろうか。まるでいなごの大量発生のように、ある時を境に無数の妖蟲が突如といて大発生をし始めたのだ。

 それも、この星の複数個所で、同時にだ。

 現れたのは初期に出現したいたような小さな蟲ではない。ガイムを以てしても苦戦は免れられない巨大な蟲の群れである。

 その中でも特に甚大な被害を齎したものは、誇張ではなく本当に文字通りに山に巻き付くほどの巨体を持つ蜈蚣むかで――あまりの脅威から神智機関が『黒死龍』と名付けた妖蟲を始めとした幾つかの特異体だ。

 先述の『黒死龍』、金剛石の如き甲殻に覆われた芋虫キャタピラー『金剛蟲』、そして我々の言葉を理解する高度な知能と残虐さを併せ持つ『死蜂』の姉妹たち、そして生物の『魂』というか精神そのものを啜る『蜘蛛』……。

 ガイムですらそれらの内一匹を抑え込むのがやっとの状態で、新型殺蟲剤も効果を持たず……我々の星は妖蟲によって制圧されてしまったのだ。

 ……この時点で我々の敗北は決まっていたと言ってもいいだろう。

 細々とした抵抗こそ続けてはいたものの、既に妖蟲によってほぼ全ての国家は壊滅させられ、各地の神智機関の支部も機能を停止――唯一の頼みの綱であるガイムは妖蟲との戦い後にメンテナンスを受けることも出来ず、そのうち行方知れずとなってしまう。




 そして現在へと至る。

 我々の同胞が一体後どれくらいの数が生き残っているのかもわからない。もしかしたら、このエルミナ支部のシェルター内に残っているのだけが、この世界における最後の生き残りなのかもしれない。

 なぜ我々の星が妖蟲に狙われたのか――そこに深い意味などないのかもしれない。

 これはもしかしたら『神』の課した試練か、あるいは下した裁きなのかもしれない。

 神智機関と自らを呼称したところで、結局我々に『神』の声を聞くことは出来なかった。

 ……何もわからないまま、我々は最期の時を迎えるのを恐怖しながら待つことしか出来ないのだ……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ――には使命がある。

 我が使命を果たすまで、機能を停止することは認められない。

 我が使命を果たすためには、をも辞さない。

 たとえそれが、造物主を滅ぼす結果になったとしても――




 我が造物主が『黒死龍』と名付けた妖蟲との戦いは、私の敗北に終わった。

 しかし、我が命は未だ尽きてはいない。

 不様な姿を晒そうとも、使命を果たすまで死ぬわけにはいかない。




 我が使命――すなわち、この星に巣くう妖蟲を滅ぼしつくすまで。

 そのために使使

 黒死龍から逃れ、傷を癒している間に私はこの星のものではない不可思議な『波長』を掴んでいた。

 私が造物主から与えられた『記録』と照らし合わせてみると、その波長は妖蟲の出現時と非常に似通っていることがわかる。

 妖蟲の援軍――というわけではない。は妖蟲を敵として戦っていた。




 『敵の敵は味方』――確かそのような言葉が私の『記録』にはある。

 ――利用できるものは何であっても使う。

 全ては妖蟲を滅ぼすために。

 全てはあの恐るべき『女王』……『冥界の支配者』を葬るために。

 損傷の修復を行う傍ら、私は不可思議な『波長』の解析を進めていた……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 神帝ガイムの造物主たちは一つ大きな間違いを犯していた。

 それは、神帝ガイムは妖蟲を滅ぼすことを最上位の目的として設定されており、決して造物主たちを守ることを目的としていない、ということだ。

 妖蟲がいなくなれば結果的に造物主たちの命を守ることは出来るだろう。

 だが、妖蟲を倒すために造物主たちが邪魔になると判断した場合――その牙は容易に造物主たち自身に向けられるということを理解していなかった。




 この星は、妖蟲だけではなく神帝ガイムまでもが敵へと回り、やがて全てが絶望と死に覆われていく。




 ……その救いのない星へと、最後の希望が舞い降りる。

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