第4.5章9話 続・”黒”の襲来(後編)

「そういえば貴女たち、『幽霊団地』の噂、知ってる?」


 亜理紗ちゃんについての話が終わった後、思い出したように凛子が尋ねてきた。


「幽霊団地……?」

「な、何ですの、それ……やっぱり凛子お姉さま、わたくしを怖がらせようと……!?」


 怪談にしては季節がズレているが、やっぱりその手の話なのだろうか。


「……桃園台にある、今は誰も住んでいない団地のことですね。

 一応、七燿桃園の管理地となっていて、今は放置されているようですが」


 凛子の言う『幽霊団地』について、あやめが知っていたらしい。

 あれかな、昔――こっちの世界にあったかどうかは定かではないけど――高度成長時代とかに団地を作ってそこに住んでいた人がいっぱいいたものの、建物の老朽化とか他に皆引っ越してしまったとか、あるいは例えばある企業の『工場』のようなものがありそこに勤める人が住んでいたけどその『工場』が無くなったとか……そんな感じで誰も住まなくなったという話だろうか。

 で、今は七燿桃園が管理してはいるものの、特に建物が取り壊されることなく放置状態になっている、と。

 元の世界でもそう言った所が存在しているのは知っている。

 廃墟と言えば廃墟になるのかな。好きな人は好きそうだ。


「……その幽霊団地が……?」


 どうも話が見えない。

 怪談話でもしたいのだろうか。そうは見えないけど。

 凛子はにやっと笑うと、両手をまるで幽霊のように上げて言う。


「……『出る』らしいわよ」

「な、なにがですの……?」

「そりゃあ、もちろん、『幽霊』よ」


 ここまで振っておいて別のものが出てくるとかいう話だったら、それはそれで驚きだ。

 でも、うーん、やっぱりただの季節外れの怪談でもしたかったのかな。そんなことのためにわざわざやって来たとは思えないが……ありすのことを聞きに来たのが本題とは言っても。


「リンコ、詳しく」


 おっと、なぜかありすが食いついた。

 ホラーとか案外好きなのかな? 家で特撮以外のテレビ番組とかあんまり見ている記憶はないけど。


「私も最近になって噂で聞いたくらいなんだけど……。

 誰もいないはずの団地の中に、『女の影』が見えることがあるとか。見える場所が都度変わるんだけど、気味の悪い女が気が付いたらじっとこちらを見つめているんですって」

「……気味の悪い女……」


 何ともぼんやりした、けれども至って普通の怪談っぽいなー。

 どうせその女の幽霊は、昔団地に住んでいた人なんだけど病死とか自殺とかで亡くなった人……とかそんな話じゃないだろうか。

 そう思っていたが、凛子の続く言葉にちょっと戸惑う。


「それでね、その女って言うのが――長い黒髪に青白い顔……って、まぁ普通の幽霊っぽいように思う? 私もそう思うけど。

 ちょっと変わっているのが、白い服に赤い袴を履いているっていうのよね」

「……巫女さん?」

「そうね、巫女ね」


 うん、巫女だね。こちらの世界でも、日本的なこの国の神社に仕える巫女さんと言えば、白衣びゃくえに緋袴というのがスタンダードな姿らしい。

 ……団地に巫女の幽霊? 絶対にありえないというわけではないけど、何だかミスマッチな感じだなぁ……そもそも、巫女さんが化けて出てくるというのもなんだかしっくりこない。

 同じようなことをありすたちも考えたらしく、『怖い』というよりは『不思議』と言った感じで首をひねる。


「ね? ちょっと不思議な話でしょう?」


 こちらの反応を面白がるように笑い、凛子は言う。

 なるほど、この不思議な話をしたかったわけか。


「んー……昔、神社があった、とか……?」

「いえ、あの団地の一帯は昔は畑だったそうです」


 あやめは既にこの噂を知っていて予め調べていたのだろう。ありすの意見を否定する。

 ちなみにこの近辺に神社は二つある。片方はかなり大きな神社、もう片方は物凄く小さな神社だ。どちらも幽霊団地の場所|(私は正確な位置はわかってないけど)とは離れた位置にある。

 まぁ普通に考えたらありすの意見になるんだけどなぁ……。それか、どちらかの神社の巫女さんが幽霊団地の場所で亡くなった、とか……。

 ……って、私、普通に幽霊がいる前提で物を考えてるなぁ。常識的に考えれば見間違いか、あるいは誰かがこっそりと幽霊団地に忍び込んでいたところを目撃した、とかなんじゃないかと思うけど。『巫女さん』っていうのも、単に白い上着に赤いロングスカートを見間違えただけ、という方がありえそうだ。

 話はこれで終わりではなかった。少し声を潜め、凛子は少し真面目な表情で続ける。


「……でね、ここからが本題なんだけど……。

 巫女の幽霊の真偽はともかくとして、実際に幽霊団地で人が倒れたりしているらしいのよね。死んだ人とかはいないみたいなんだけど……」

「その話は私も把握しております」

「え!? わたくし、知りませんわよ!?」


 子供の耳に入れる話ではないからね。あやめが知っているということは、桃香のご両親やお兄さんも知っていることなんだろう。

 今の桜家の本業は、七燿桃園にある駐屯地における責任者――この国の軍の階級とかは全くわからないけど、かなり偉い立場だとは思う――ではあるけど、それとは別に本家に近い七燿族として土地の管理もしている。その管理地で人が倒れたなんて話、耳に入らないわけがない。


「浮浪者や少しガラの悪い若者などが入り込むことは以前から度々あったのですが、最近になって凛子様が仰るように倒れる方も出てきているようです。

 なので、今、幽霊団地の周囲は柵で囲んで出入りできないようになっています。流石に四六時中監視するわけにもいきませんので……」


 聞くところによると、今までも金網で囲んでいて簡単には出入り出来ないようにはしていたらしいが、倒れる人が出てきてしまったので更に厳重に囲ったということだ。

 その工事費も馬鹿にならないだろうに……かといって放置しておくわけにもいかないのだとか。偉い人の大変なところだけど、仕方ない。

 監視カメラなりで監視するという方法もないわけではないが、結局のところ『監視する』ための人員が必要となってしまい、またお金がかかってしまう。なので、とりあえずは現状維持しかやれることがないというわけだ。

 勝手に入り込む方が悪いのはわかってはいるが、かといって人がその中で倒れたとあっては管理者としては無視できない。

 ……ほんと、桜の家にとっては迷惑な話以外の何物でもないな……。


「あの、凛子お姉さま……そんな話をなぜわたくしたちに?」


 桃香の疑問は尤もだ。

 桜の家の娘とは言っても、桃香自身には別に何の力も権限もない、ただの10歳の小学生だ。

 まさか幽霊団地の調査をしろなんて言う話じゃないだろうな……? 流石にそれは無茶ぶりどころの話ではない。

 私たちが疑問に思うことは想定していたのだろう、何食わぬ顔で凛子は続ける。


「もちろん、貴女たちに幽霊団地のことを調べろだなんて無茶は言わないわよ。

 ただ、こういう噂話って、大人よりも子供の方が詳しいことが多いからね。桃園台南小の方でも何か噂話がないか、ちょっと調べてみてほしいのよ」

「はぁ……」


 うーん、まぁ確かに子供の方が変な噂を知っていたりするしね。

 大人の話を聞いていたりもするし。実際に大人に聞き込みしようとしてもなかなか口を開いてはくれないかもしれないけど、同じ内容を子供から噂話として聞くことは出来るかもしれない。

 でも――


「……ん、リンコ、何で?」


 何で凛子がそんなに幽霊団地のことを気にするのだろう?

 正直、子供が首を突っ込むような話ではないと思うが……。

 ありすの言葉に凛子はわずかに表情を曇らせる。


「ん……私の友達の兄弟が、ね。どうも幽霊団地で『何か』を見たみたいなのよ……。倒れたりはしていないらしいんだけど、それ以来ちょっと引きこもりがちになってしまって……」

「なるほど……やはり凛子お姉さま、何か拾った食べ物痛い痛い痛いですわ!?」


 両拳をこめかみに当ててぐりぐりとされている桃香の悲鳴を無視しつつ――

 凛子自身の知り合いの家族が、幽霊団地が原因でちょっとおかしくなってしまったということか。それで、その知り合い本人も落ち込んでいるというところかな。

 それでどうにか出来ないかと凛子自身も幽霊団地について調べようとしているけど、桃園台南小の方の学区に桃香以外の知り合いがいないので噂話を集めるために協力を依頼しに来たというわけか。


「ん、わかった」


 正直、あまりありすたちを関わらせたくないなぁという私の思いに反して、ありすはあっさりと頷いてしまう。

 ……くっ、ぬいぐるみのフリをしていなければ反対意見も言えたのに……!


「――わかりました。ただし、桃香、ありす様。幽霊団地へ行く際には、必ず私と一緒に行動してください。いいですね?」


 突っ込めない私に代わり、あやめが思っていたことを言ってくれた。

 流石に噂話を集めるくらいならば危険はないだろうが、実際に現地に行くのは子供だけでは危険だろう。私が付き添うにしても、この身体じゃいざという時――それこそ幽霊の正体が人間だった時とか――に何の助けにもならないし……。


「ん」

「え、えぇ……というよりも、そんな恐ろしい場所、わたくしは行きたくはないのですが……」


 まぁ立ち入り禁止の場所だし、中にまで入り込まなければそうそう危険はないとは思うけど、なるべくならそもそも危険に近づけたくないと思うのが親心だ。私もあやめも親じゃないけどさ。

 ありすたちが了承してくれたのを見て、凛子はほっとしたように表情を緩ませる。


「感謝するわ。ありす、ついでに桃香。

 でも、あやめお姉さまも仰っているように、貴女たちだけで幽霊団地に近づいてはダメよ。周りは住宅街だから外から見る分には危険はないでしょうけど……」


 それでも念のためだ。




 その後、しばらくの間凛子も交えておしゃべりをしていたのだが、凛子は塾があるということで帰って行ってしまった。


”さ、ありす。私たちも帰るよ”

「ん」

「では、お送りいたします」


 あやめが私たちを送ろうとしてくれたが、


「んー……今日は大丈夫」

”そうだね。歩いている途中で暗くなっちゃうかもだけど、送ってもらうほどでもないよ”


 毎回送ってもらうのも悪いしね。何より、暗くなったらあやめ自身が今度は危なくなるかもしれないし。……高校生相手にちょっと過保護かな?

 でも桜の家から恋墨家まで往復で結構距離があるし毎回歩かせるというのも本当に悪い。


「ご心配には及びません。何を隠そう、私、実は――」

「そ、そうですわね! あやめお姉ちゃんもそろそろ夕飯の準備とかありますしね!!」


 何やら言いかけたあやめの言葉を遮り、焦ったように桃香が言う。

 ……うん? 何だろう?

 あやめは少し不満そうだったが、桃香の言葉に逆らう気もないし私たちの言うことも尤もだと思ったのだろう。


「かしこまりました。それでは、せめて正門まではお送りいたします」


 まぁそのくらいならいいか。

 なぜかほっとしたような桃香の様子が気になるが……。




 こうして私たちは凛子の頼みにより『幽霊団地』について調べることとなったのだが……。

 この一件が、私たちだけではなく他のプレイヤーも巻き込むとんでもない事態に発展することを、この時はまだ予想だにしていなかったのだ……。

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