第4.5章8話 続・”黒”の襲来(前編)

「桃香ー!! いる!? いるわね!!」

「ぎゃー!?」


 ある日の放課後。

 学校が終わってから、私とありすは桃香の部屋へとお邪魔していた。

 そこで軽く『ゲーム』をしたり、適当におしゃべりしていたりしていたところに、突如乱入してくる子がいた。

 紺色のブレザーの制服を着た……中学生くらいだろうか。まるで漫画のお姫様みたいな……正式な名前は良く知らないけど、くるくるとカールしたドリルヘアーが特徴的な、ちょっと気の強そうな女の子だ。

 彼女が部屋へと飛び込んでくるなり、桃香は悲鳴を上げてありすの後ろへと隠れる。


「い、いませんいません! 桃香なんて子はここにはいませんっ!!」


 そ、それは流石に無理があるような……。

 ちなみに私は彼女が乱入してきた時点でぬいぐるみのフリをすることにしている。突っ込みを入れるに入れられない……。


「……玖宝くほう凛子様をお連れ致しました」

「遅いですわ!?」


 ごもっとも。

 お連れするも何も、あやめがやってくるよりも先に来ちゃってるし。

 ……それにしてもタイミングが良かった。もし私たちが『ゲーム』に挑んでいる最中だとしたら、少々面倒なことになっていただろう。


「あら? 恋墨ありすじゃない! 丁度良かったわ」

「ん……リンコ。久しぶり」


 ああ、彼女がこの間亜理紗ちゃんと話していた時に名前の出てきた「リンコ」か。結構年が離れているんだな……亜理紗ちゃんも「凛子姉さま」って言ってたから多少年上だろうとは思っていたが。

 はて、「丁度良かった」とはどういうことだろう。


「桃香に貴女の家がどこにあるのか聞こうと思ってたのよ!」

「ん……?」

「あ、ありすさんに何をする気ですか!? この鬼畜!! ケダモノ!!」


 酷い言われようだ。

 まぁ、ありすの後ろに隠れて言っている時点で説得力はゼロなんだけど。

 言われた方の少女――凛子は呆れたような顔で隠れる桃香に向かって言う。


「……桃香。貴女ねぇ……私を何だと思っているのかしら?」

「え。血も涙もない鬼畜のサディストで、毎日朝晩女の子の悲鳴を聞かないと調子が出ない変た――痛い痛い痛いですわ!?」


 言っている途中で凛子が桃香の頬を摘まんでギリギリと絞り上げる。

 うん、まぁそりゃ怒るわな。


「……凛子様、そのあたりで」

「そうね。命拾いしたわね、桃香。あやめお姉さまに感謝なさい」


 命掛かる程なのか……。

 ともあれ、ようやく落ち着いた凛子と桃香を交え、テーブルを囲んで座る。

 あやめが素早く人数分の飲み物を準備してくれた――私の事情を汲んでくれて、私の分は外しておいて。


「……わたしに何か用?」


 仕切りなおして話を元に戻す。

 どうも凛子がここに来た理由は、ありすの家を聞くことだったみたいだし、何かありすに用事があるんだろうか。

 亜理紗ちゃんとの話を聞く限りでは、一回会っただけの関係のようだし……。


「そうそう、貴女に話があったのよ!」


 凛子がありすの方に向き直る。

 ちなみに桃香は既にありすの後ろに隠れるのを止めている。まるで借りてきた猫のように大人しくなっているけど。相当凛子のことが苦手のようだ。


「亜理紗から聞いたわよ! 貴女、黒堂の一員なんですってね!」

「ん……」

「あら、そうなんですの?」


 この間の亜理紗ちゃんとその母親の志桜里さんが来た時に、ありすも初めて知った事実であった。

 まぁだからと言ってありすの何が変わるわけでもないんだけどね。

 あの後結局美奈子さんからは特に話がなかったので、あんまり細かい事情はわからないんだけど……色々と想像できることはあるけど、想像で物を語っていても仕方ない。


「ん、お母さんの実家が『七燿黒堂』……だって」


 もし志桜里さんが嫁入りした先が七燿黒堂なのだとしたら、関係ない話ではあるんだけど、多分そういうことではないだろう。


「ええ。志桜里おばさまの親戚だってね」

「志桜里おばさまというと……玖墨の方ですわね。なるほど……」


 桃香も志桜里さんのことは知っているらしい。何やら納得している。

 二人の反応からすると、やっぱり美奈子さんの実家が七燿黒堂の分家かなにかなようだ。『玖墨』が七燿黒堂の分家だとすると……もしかしたら志桜里さんは婿を取ったのかもしれない。

 ……うーん、あの二人の事情も気になると言えば気になる。話してくれるまで詮索するわけにもいかないが。


「んー……でも、別に何も変わらない、よ……?」


 そうだね。流石に桃香の家くらいになると話は別だけど、他の七燿族も別に変わった生活をしているわけでもないようだし。

 ありすの言葉に真っ先に賛同したのは桃香だ。


「ええ、もちろんですわ。ありすさんが七燿黒堂だろうとそうでなかろうと、わたくしとの仲が変わることなどありえませんわ!」


 これがアニメや特撮なら、実はありすの正体が――となった時に「それでも仲間なのは変わらない!」という熱い展開になるんだろうなぁ、なんてことを思う。

 凛子も桃香の言葉に頷く。


「ええ。誤解しないで欲しいんだけど、私、貴女が七燿黒堂の一員だからどうこうって話をしたかったんじゃないのよ?

 そりゃ、今まで知らなかった親戚が増えるというので少し驚いたけどね」


 見た目はキツそうな割に――実際桃香への当たりを見るとキツいんだろうけど――ありすに向けて優しそうな笑みを浮かべる凛子。

 それを見て今度は桃香が驚いた表情を見せる。


「……凛子お姉さま……何か拾い食いでもなされたのですか!?」

「……桃香……貴女も懲りないわねぇ……」


 言いながら再度桃香の頬を抓る。

 いや、本当、少しは凝りようよ、桃香……。

 部屋の隅で控えているあやめに目線でヘルプを訴えかける桃香だったが、わざとらしくあやめは自分の携帯を弄ってそれを華麗にスルーする。

 まぁ、この子はもう放っておこう。流石に次は懲りると思いたい。


「話を戻すけど、貴女が親戚だってわかったから、ちょっと挨拶くらいしておこうかな、って思ってね」

「ん……わかった。よろしく、リンコ」

「ええ。よろしくね、恋墨ありす」


 桃香の頬を抓ったままありすへと微笑みかける凛子と、軽くぺこりと頭を下げるありす。

 ……うーん、でもちょっと引っかかるな……。

 前に一度会った子が親戚だとわかったから挨拶に来ようとした、というのはわからないんでもないんだけど、本当にそれだけなのだろうか? 大体、挨拶に来るのであればどちらかと言えば親の方じゃないかと思う。

 それに、凛子は亜理紗ちゃんと知り合いみたいだし、そちらからありすの家を聞いて来ればいいだけなんじゃないだろうか。わざわざ桃香に聞きに来るまでもないだろう――凛子と桃香の仲も良くわからないけど。


「ま、さっきも言ったけど親戚だからどうこうって言う気は全くないわ。

 そもそも、私、もう中学生だし、前みたいに一緒に遊ぶっていうのも中々出来ないしね」


 すみません、すぐ近くに小学生と一緒になってゲーム遊んでいる女子中学生がいるのを知っているんです……いや、それが別に悪いことだとは言わないけど。

 でも猶更わからない。本当に挨拶をしようと思っただけなのだろうか?


「……んー……でも、リンコ……アリサに聞けばよかったんじゃない……?」


 ありすも同じことを疑問に思ったようだった。

 言われて凛子の表情が少し曇る。

 おや……?


「ん、うーん……まぁ、そうだったんだけどね……」


 何やら歯切れ悪く言い淀む。

 ここでようやく桃香の頬から手を離し、姿勢を正してありすの方へと再度向き直る凛子。


「……ねぇ、恋墨ありす――面倒ね、ありすでいい? いいわよね?」

「ん、別にいい」

「……わたくしも呼び捨てになんて恐れ多くて出来ないのに……」


 桃香の小さな呟きは一同無視した。


「その……亜理紗のこと、どう思った?」


 至極真面目な、そしてどこか思いつめたような表情で凛子は尋ねてきた。


「んー……何か、苦手」

「苦手? どうして?」

「……上手く言えないけど……何か、怖い感じがする」

「怖い、か……」


 その感想は美奈子さんにも伝えていた。

 どこがどう、とはちょっと言いにくいのは確かなのだが、彼女に対する印象はそうとしか言えない。

 言動はちょっと大人びているかなとは思うけど特に異常な発言をしたわけでもない――というかそもそもありすと亜理紗ちゃんはほとんど会話らしい会話をしていない――けど、よくわからない『何か』を感じるのだ。


「亜理紗さんですか……」


 さっさと立ち直った桃香も若干渋い顔をしている。

 彼女とも知り合いなのだろう。


「桃香も何か『変』だって思ってる? ああ、遠慮しないでいいわよ。別にいじわるがしたくて聞いているわけじゃないから」

「し、信用していいんですよね!?」


 ……一体どんな関係なんだ、この二人……。


「……その、確かに以前と比べて印象が大分変わられたとは思ってました……」


 大分控えめな表現ではあるが、桃香も亜理紗ちゃんに対して何かしら思うところがあったらしい。

 ふむ、桃香の言葉によれば、以前――何歳くらいかはわからないけど――と印象が異なるようだ。まぁ十歳前後の子供なんて、成長していくにつれて印象がどんどん変わっていくこと自体はおかしくないとは思うけど……。


「リンコ?」


 彼女の質問の意図が読めない。

 ただ、どうもありすに会おうとしていた理由は、亜理紗ちゃんのことについてだというのはわかった。

 ……その亜理紗ちゃんに、凛子も『何か』を感じていたのだろう。だから亜理紗ちゃんと会って話すのを避けていた……そんなところだろうか。


「う、ん……。ありすは前に一度会っただけだから知らないかもしれないけど……前はあんな子じゃなかったのよ……。

 もっと、こう……何て言うか、甘えん坊で私のことを『お姉ちゃんお姉ちゃん』って呼んで後を着いてきて……」


 ……この間会った時の姿からは全く想像できないや。


「それがある時、急に人が変わったようになって……私も戸惑っているのよ」

「んー……?」


 なるほど。亜理紗ちゃんとほとんど接触したことのないありすに、どういう印象を抱いたのかを聞きたかった、といったところか。

 これを聞くということは、凛子はどうも今の亜理紗ちゃんが『おかしい』と思っているのか……。で、ありす(とついでに桃香)にも印象を聞いてみたという感じかな。

 ……ますます以てこの間会った時に亜理紗ちゃんが『ゲーム』関係者かどうかを見なかったことが悔やまれる。『ゲーム』のユニットとなることで本人に危険はないという話だったけど、絶対に影響がないとは言い切れないのはジュリエッタの件でわかったことだし。

 まぁ、全然別の影響で性格がガラッと変わっただけ、ということも十分ありえるけど。

 おっと、それで思いついた。念のため、凛子がユニットかどうかも確認しておいた方がいいかな? 彼女もこれから関わりが増えるかもしれないんだし。




 ――ユニットだった。

 うーん……誰のユニットかまではわからないけど、凛子もそうなのか……。

 そうなると、ますます亜理紗ちゃんがどうだったのか気になるなぁ……。

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