第4.5章7話 サンタクロースっているんですか?

 それは12月に入った頃のこと、私が何の気なしにありすに言った言葉がきっかけであった。


”そういえば、こっちの世界のクリスマスってどういうものなの?”


 夕飯後、ありすの部屋でまったりとおしゃべりをしていた時のことだ。

 不意に思い立ち、私は尋ねてみた。

 ありすのクラスでクリスマス会をやる、ということはクリスマスは存在することは確実だ。

 私のいた世界とこちらの世界でどのような差異があるのか、ちょっと気になったから聞いてみたくらいで、そこに深い意味はない。


「んー。ケーキ食べる」

”うん”

「いい子にしてたら、夜にサンタさんが来る」

”うんうん”


 ふむふむ、大きな差はないみたいだ。

 クリスマスの成り立ちとか、宗教的な意味とか儀式とか、そういうのはあまり関係なく、日本と同じようなイベント感覚というわけか。

 前々から思っていたけど、この世界は私の住んでいた世界とところどころ違いはあるものの大枠では大体同じようなものだと思う。

 特に普段暮らす上では違和感のようなものはない。

 まぁ、『パラレルワールド』と言うにはちょっと差異は大きい気もするけど……。

 本当に今更ながら、この世界は何なのか何故私はここへとやって来たのか……『ゲーム』の謎を追うのも重要だが、そちらも気になると言えば気になる。いつも通り考えてもわからないことだけどさ。

 ……帰りたいかと聞かれると、正直どちらでもいいかな、と思う。向こうの私は死んでいることは確定していることだし。こっちの世界も不便はないし……使い魔の体で生きていくのはちょっと不便と言えば不便だけど、飢えやら寒さやらで死ぬことはないから安全と言えば安全だしね。


「ラビさんの世界のクリスマスは?」

”うん? 私の方も同じような感じだよ”

「そうなんだ……」


 大人になると色々あるんだけどね……ま、私はあまり季節のイベントに興味や関心がなかったので周りに合わせてただけだったけど。


”あとは……夜にケーキだけじゃなくて、チキン食べたりしたかな”


 外国だと七面鳥なんだっけ? 私、七面鳥は食べたことないんだよなぁ。あれ美味しいのかな?


「ん、チキンも食べる……後、シャンパン飲む」


 あ、こっちも同じなんだ。流石にありすが飲むのはノンアルコールのものだろうけど……美奈子さんは普通に飲みそうだな……。


”そっか。やっぱり私の元いた世界と同じだね。

 クリスマスかー……”


 私が元の姿で働いていたのであったら、日頃のお礼も兼ねてありすたちにクリスマスプレゼント――もちろん親御さんの許可をもらってだ――の一つでも上げたいところなんだけど。

 この身体でも出来ることって言うと……何だろう。

 ……何にもないなぁ……悲しいなぁ……。美奈子さんの晩酌に付き合うくらいか……って、これはどちらかというと私へのご褒美でもあるか。


「ん?」

”ああ、いや……私も大人なんだし、ありすに何かしてあげられればいいなぁ、って思ってさ”


 耳が比較的自由に動くので、頑張れば簡単な料理くらいは出来るかもしれないけど、材料切って鍋に放り込むくらいしか出来そうにないや。フライパンを持ち上げたりとかは無理ではないけど、落っことしたりしそうだし。

 うーん、これでも一応一通り料理は出来るし、ケーキもそこまで凝ったものでなければ作れるんだけどなぁ。

 私の言葉にありすは不思議そうに首を傾げる。……え、何でさ?


「ラビさんは……こっちの世界ではまだ赤ちゃんなのに……?」

”うぇぇ?”


 赤ちゃんって……そりゃ見た目は子猫くらいの大きさだけど。

 って、そうか。私がありすと出会ってから大体三か月くらいが経つけど、それはイコールこの世界に『転生』してからだ。

 つまり、私はこの世界での年齢はまだ生後三か月って解釈も出来るわけか。

 …………いやいや、私、こっちに来た当初から今の姿だったし、それは無理ないか?


”……えー? 私赤ちゃんなの?”

「ん、ラビさんは可愛い赤ちゃん。よしよし」


 そう言ってありすはにっこりと微笑むと、私をいつものように抱きかかえるのではなくまるで本当に赤ちゃんを抱くかのように持ち上げる。


”……んもー”


 まぁ実際にありすが私のことを赤ちゃんとして扱っているわけではない。これも冗談だろうというのはわかる。


「ラビさんは、お父さんとお母さんからプレゼント貰う方」


 ……おや?


”ありすはサンタさんがお父さんとお母さんって知ってるんだ”


 10歳くらいなら知っていてもおかしくはないけど、まだサンタさんの存在を信じていてもおかしくもない年齢だ。

 まぁ妙なところでやたら大人っぽいことを言う子だし、不思議はないけど。

 ……と、私の言葉を聞いてありすははっとしたような表情を見せると――


”え? ちょ……っ!?”


 私を抱きかかえたままベッドへと飛び込み、布団へと潜り込む。

 ……あれ? 何か、最近似たようなシチュエーションがあったようななかったような……うっ、頭が……!?

 布団の中にすっぽりと頭まで包まったありすが声を潜めて言う。


「……ラビさん、それは言っちゃダメ」

”……え? サンタさんの正体がお父さんとお母さ――むがっ!?”


 ありすの言葉に言い返そうとしたところで乱暴に口をふさがれる。

 何? 何なの?


「……サンタさんの正体は言ったらダメ」

”……言ったらどうなるの……?”

「――きっと、『組織』の連中に消される」


 この世界のサンタ怖いな!?

 でも、ありすがサンタは本当はいなくて、お父さん・お母さんがプレゼントを置いていってくれているということ自体は知っているようだ。

 ……それでこの反応っていうのがよくわからないけど。


「これは、秘密のお話……」

”う、うん?”

「前に、サンタさんを捕まえようとしたことがある……」


 お、おう……。

 まぁ子供なら一度や二度そんなことを考えることもあるだろう。

 ありすはそのままひそひそ声で続ける。


「捕まえたら、お父さんだった」


 まぁそうなるよね。

 あのお父さんならサンタのコスプレしても似合いそうだ。やたらとマッチョでかっこいいサンタになるけど。

 で、サンタを捕まえたありすは、サンタの正体が自分の親だということを知った、というわけかな?


「その時、お父さんに教えてもらった」


 うん?


「サンタさんは忙しいから、うちはお父さんとお母さんが代わりにサンタさんの仕事をしてるって」

”……う、うん?”

「お父さんはサンタさんの免許証持ってた。見せてもらったから間違いない」


 ……運転免許証かなんかかな? ありすのお父さんは外国の人だし、もしかしたら国際運転免許証とかかもしれない。私は実物を見たことはないからわからないけど。

 ありすは続ける。


「でも、子供に知られたら免許証が取られちゃうって言ってた。だから、これは秘密のお話……誰にも教えちゃいけない」

”……私にはいいの?”

「ん……ラビさんは特別、だから」


 そ、そっか……。

 おそらく、実態としてはありすに見つかってしまったお父さんが慌てて言いつくろったってところなんだろうな。

 サンタ業の許可証|(免許証)をもらって、忙しい(本物の)サンタの代わりに恋墨家のサンタの業務を委託請負している……とかなんとか、多分そんな感じだろう。ありすにはもうちょっと易しい言葉で伝わっているけど、私なりに解釈すると多分そんなところだと思う。

 で、子供にバレたら免許証が失効してしまう……と。『組織』っていうのが免許を管理しているところで、そこに取り上げられてしまうから『消される』か。物騒な物言いだけど、わからないでもない。

 ふーむ、「サンタさんは存在する」という子供の夢を壊さず、かつ「実はサンタは自分の親」という現実との折り合いを巧くつけさせていると思う。


「だから、ラビさんも言っちゃダメ……トーカにも、ミドーにも」

”う、うん、わかったよ……”


 わざわざ子供に向かって「サンタなんて本当はいないんだよ」なんて言って夢を壊すような真似なんて元よりしないし。

 実際、桃香や美々香はどうだろうなぁ……興味はあるけど、流石に聞くわけにもいないし。流石に千夏君や美鈴はもう信じてないだろうけど。

 私が納得してくれたのを見てありすはようやく布団から這い出る。


「……これに懲りたら、迂闊なことは言っちゃダメだよ、ラビさん」

”……最初に言ったのありすじゃなかったっけ?”


 「知らなーい」と言わんばかりにそっぽを向く。自分にとって都合の悪いことから目を反らすのやめなさいって。

 それはともかくとして――

 クリスマスかー。さっきも考えたけど、私にも何かしてあげられることないかなー。

 まぁまだ数週間の猶予はあるし、暇な時間はたっぷりあるし、じっくりと考えるとしましょうか。

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