第4.5章6話 ”黒”の襲来(後編)
* * * * *
さて、姉妹の話はどれくらいかかることやら。
時間的にはもう夕方だし、夜ご飯の準備なんかもある。あんまり長引いて欲しくはないんだけど……。
事情はわからないが美奈子さんの口ぶりだと10年以上会ってない姉妹の再会なんだし、ゆっくりと話しててもいいんだろうが、ちょっとそうもいかない事情が出来てしまった。
「……」
ありすの部屋へとやって来た亜理紗ちゃんは、一通りさっと部屋の中を見回した後、やはり私たちの方へと視線を向ける。
「んー……」
若干ありすも居心地が悪そうだ。彼女の視線が気になるというのもあるけど、どうもお互いに口数が多い方でもないのか、会話らしい会話が続かない。
この部屋に入って来てからも、『クッション、使って』『はい』というくらいしか話をしていない。
私がしゃべるわけにもいかないので、ひたすら気まずい沈黙が続いてしまう。美奈子さんたちの事情は気になるけど、正直これが何時間も続くのはキツイ。
「あの」
「ん……?」
向こうも沈黙が気まずかったのか、亜理紗ちゃんの方から初めて話しかけてくる。
「その子、可愛いですね」
「ん、ラビさんは可愛い」
私の話かい。
いや、まぁ会話のきっかけとしては丁度いい、かな……?
「……抱いてみてもよろしいですか?」
む……。
まぁ動かないでぬいぐるみのフリを続けていれば問題はないんだけど……。
「…………だめ」
おや?
珍しくありすは私を抱かせることを拒否した。初めて桃香と会った時とか、むしろ積極的に私を抱かせようとするんだけど珍しい。
断られたけれど亜理紗ちゃんは全く気にすることなく、
「あら、残念」
とだけ言ってそれ以上は食い下がらない。
うーん、この子もよくわからない子だ……。
何と言うか、ものすごく『子供らしくない』感じがする。大人びていると言えばそうなのかもしれないけど、単純にそう言い切れないような……何とも言えない『違和感』があるのだ。
「そういえば、今更ですけどお久しぶりですね、ありすさん」
「ん……?」
あれ、知り合いなのかな?
でもありすの態度からして知り合いとは思えないけど……。
亜理紗ちゃんはありすの様子から察したらしく、小さく笑って続ける。
「覚えてませんでしたか。まぁお会いしたのは一回だけ、でしたからね」
「んー……?」
「去年の夏休み、桃園台記念公園でドッヂボールで遊んだのですが……」
うーん、ありすが小学校三年の時の夏休みか。私というか大人だと一年前というとほんとつい最近って感じだけど、ありすたちくらいの年の子だと大分昔の話に感じられるだろう。
「……凛子?」
「はい。凛子姉さまと、桃園の――桃香様と一緒に遊びましたわ」
「あー……」
ありすも思い出したらしい。凛子というのは誰なのかはわからないけど、どうも夏休みにその凛子とやらと桃香、亜理紗ちゃんと共に遊んだことがあったようだ。
「まぁ、あの時はわたしは自己紹介もしてませんでしたし、覚えてなくても無理はありませんわ」
「ん、思い出した。審判してた子」
「そうそう。ドッヂボールの審判をしていました。参加していないのだから尚更記憶には残ってないでしょうね」
よくわからない状況だけど、まぁ顔見知りではあったらしい。
同じ学校ではないようだし、確か桃園台記念公園というのは神道を渡った先にある公園だったはず。あちら側は桃園台小の学区だし、亜理紗ちゃんの家は案外近いところにあるのかもしれない。
「……アリサは、桃園台小?」
「はい。ありすさんと同じ学年になります。
……ふふっ、同じ学校だったら、もしかしたら同じクラスになっていたかもしれませんね」
双子とかだと同じクラスにならないようにする、とか聞いたことがあったけど、従姉妹とかだとどうなんだろう。私が子供のころ、ハトコ同士が同じクラスになっていたことはあったっけな。
まぁどっちにしても同じ学校に通っているわけではないのだから無意味な仮定か。
「ん……」
と、何だかありすは少し困ったような、曖昧な笑顔で返す。
千夏君に対してもすぐに打ち解けた――と言えるのだろうか、あれは……――のに、彼よりも親しみやすいであろう同い年の女の子、そして従姉妹だというのにどこか引いているように思える。
……どうもありすも私と同じく、彼女に対して『何か』を感じているようだ。その正体が何なのか、彼女に対して抱いている感情が何なのかは私も掴めていないのだけど……。
私の考えすぎだろうか。単に今まで存在しなかった『親戚』が出てきたことで戸惑っているだけなのかもしれないし……。
「……」
「……」
その後、再び二人とも沈黙してしまう。
き、気まずい……。
「……ゲーム、する?」
やがて沈黙に耐えきれなくなったありすがそう提案する。
ゲームと言っても当然『ゲーム』の方ではない。普通の携帯ゲーム機の方だ。
私のゲーム機があるので、二人で遊ぼうと思えば遊べる。と言っても、私の方にはドラハンしか入っていないんだけど。
ありすの提案に、亜理紗ちゃんは、
「いえ、わたしにお気遣いなく。
大体こうなると見越してましたので」
そう答えると手にしていたポーチの中から文庫本を取り出す。
……なるほど、母親について来た時点で姉妹の話の間は放置されると見込んで暇つぶしの道具は持ってきていた、というわけか。
「ん……わかった」
お互いに暇つぶしが出来るのであればもういいか、とありすは頷くと自分のゲーム機で遊び始める――音量は流石に切っていたが。
亜理紗ちゃんも文庫本を開き読み始める。
ブックカバーがかけられているため何を読んでいるかまではわからないが……10歳で暇つぶしに文庫本ってのも、何だからしくないような、ただの偏見のような……うーむ。
その後、結局一時間程、二人はほぼ無言でそれぞれ暇つぶしをしていた。
途中かわした会話と言えば、『お茶、おかわりいる?』『いえ、結構です』とかくらいだ。
……ほんとに気まずい時間だった。特に私は身動きも取れないし、いっそスリープモードにでもなっておけば良かったかもしれない。
やがて、部屋に美奈子さんが現れ、志桜里さんが帰ると伝えに来てやっと私たちは重苦しい雰囲気から解放されたのだった。
「それじゃ、姉さん。また」
「……ええ。でも、今度からは事前に連絡してちょうだい」
「今日は仕方ないでしょ。電話番号もわからないし――それに、事前に連絡したら姉さん逃げそうだったし」
「…………次からは逃げないわよ」
目が泳いでいる。
まぁ流石に志桜里さんも次からは事前にアポを取ってくれるだろう。今日については本人も言っている通りの事情だろうし。
思ったよりは早く二人の会話は終わったようだ。込み入った話なんかは後日大人だけでやってもらいたい。
……また亜理紗ちゃんと部屋で無言で過ごすのはもう勘弁だ。
こうして、唐突に現れた志桜里さんたちは去って行ったのだった。
その日の夜ご飯の最中のことだ。
「……お母さん」
「何、ありす?」
美奈子さんのやさぐれモードも解除され、ようやくいつもの美奈子さんに戻って来た。
……もしかしたら、あっちのやさぐれモードの方が美奈子さんの素なのかもしれない、とちょっと思ったけど。
で、ありすはちょっと言い出しにくそうに口ごもっていたが……。
「……アリサと、仲良くしないと……だめ?」
と意外なことを口にした。
部屋にいる間のことは美奈子さんも知らないし、ありすの言った内容も以外だったのだろう。少し驚いたような顔を見せる。
「ダメ……ってことはないけど、何かあったの?」
まさか喧嘩したとかいじわるされたとかか、と心配する様子を見せる。
実際にはどちらでもなく、ひたすら気まずい時間を過ごしただけなんだけど……。
「ん……何か、あの子――
――『怖い』、か。
ありすの言葉で私は彼女に対して感じていた『違和感』に何となく納得した。
『不気味』とか『気持ち悪い』ではない。『怖い』なのだ。
なぜそんなことを感じたのかまではわからない。少なくとも表面上は彼女は穏やかに笑っていたし、もちろん粗暴な態度を取っていたわけでもない。
でも、『怖い』……何となくそう思ってしまうのだ。
「うーん……初めて会ったから、緊張していたのかしらねぇ……。
まぁ学校も違うし、別にしょっちゅう会って遊んだりするわけでもないでしょうし……たまに会う時に喧嘩したりしなければいいんじゃないかしら」
美奈子さんの言葉に、少しだけありすはほっとしたように息を吐く。
家も少し離れたところにあるようだし、何よりも学校が違うのでわざわざ待ち合わせて一緒に遊ぶ必要もないだろう。ありすにも、彼女にも、学校でのそれぞれの友達ももういることだし。
――まさか、『ゲーム』に関係しているのか? と今更ながら私は思った。
流石に志桜里さんがここにやって来たこと自体は無関係ではあるだろうけど、もしかしたら亜理紗ちゃんが誰かのユニットになっていて、ありすのことを知っていたのかもしれない――クラウザーのユニットという可能性だってある。
しまったなぁ、今更こんなことに気付くなんて……亜理紗ちゃんがいる時にユニットかどうか確認しておくべきだったか。
もちろん、『ゲーム』とは本当に無関係で、亜理紗ちゃんに何か不穏なものを感じ取ったありすがそう思っているだけかもしれない。
ありすと同じく私も彼女に対しては何かを感じてはいるのだけど、ただの気のせいという可能性だってある。
……結局、亜理紗ちゃんについては放置しておくしかないか。もし『ゲーム』の関係者だというのであれば、いずれ『ゲーム』内のどこかで遭遇するかもしれないし、無関係であれば――まぁそこまでちょくちょく会うわけでもないし。
放置しておくしかない問題がまた増えたことは頭が痛いが、仕方ない。
そう私は自分に言い聞かせるのであった。
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