第4.5章5話 ”黒”の襲来(前編)

 それはある土曜日の午後、突然起こった。


「……うげ」


 インターフォンが鳴り、内蔵されたカメラに映し出された人物を見て美奈子さんが心底嫌そうに顔を顰めている。

 何だろう? 新聞とか宗教の勧誘とかかな? でも、それだったらあそこまで露骨な顔は見せない気がする。


「……ラビちゃん、しばらくの間、静かにしててね?」

”はぁ……居留守ですか。何だったら、私が代わりに応対しますけど?”


 実は美奈子さんが手を離せない時とかには、私が代わりにインターフォンに出て相手を追い返す時もあるのだ。

 流石に顔を見せての応対は私には無理だけど。

 私の提案に美奈子さんは渋い顔をしながら首を横に振る。


「いや……その、ちょっといるとバレるのが拙いっていうか……」

”……まさか、借金取りとかじゃないでしょうね……?”


 それはないとは思いつつも、こんな態度を取って居留守を使おうとする相手が他に思い浮かばない。

 美奈子さんは慌ててそれは否定する。


「い、いやそんなわけないじゃない!

 ……う、うーん……説明が難しいんだけど……」


 口ごもる美奈子さん。インターフォンがまた鳴らされる。

 んー?

 ひょいっと適当な棚に乗ってカメラに写っている人物を確認してみると……そこにいたのは普通の女の人だ。

 年はよくわからないけど、20代から30代くらいだろうか。目つきは鋭い――というか何か怒っているようにも見える――が、上品そうな黒のスーツに身を包んだ、いかにも『キャリアウーマン』と言った感じの女性である。

 おや? よく見ると、女性の影に隠れているけど、ありすと同い年くらいの女の子もいるな……。

 前世では何かこんな親子連れの宗教の勧誘とか来たことあったけど……美奈子さんの雰囲気からしてそういうわけでもないっぽいし……。


”まぁ、いいですけど……”

「助かるわ! あ、後ありすに今帰ってこないように言っておかなくちゃ!」


 ありすは今家にいない。

 お昼ご飯を食べた後、年末――今はもう12月に入ったところだ――二学期の終業式後に、クラスで簡単なクリスマスパーティーをするということで、その相談のためクラスの誰かの家に集まっているようだ。

 クリスマスってこっちの世界でも普通にあるんだなーと思った。細かい由来とか内容はもしかしたら日本、というか前の世界とは違うのかもしれないけど。

 夕方前には帰ってくると言っていたので、確かに時間的にはそろそろ危ない。

 美奈子さんは自分の携帯を取り出し慌ててありすに電話をかけようとしているが――


”……あ”


 ――手遅れだった。

 カメラの向こうにありすの姿が見える。


「もしもし、ありす? 今どこ?」


 ……カメラの向こうのありすも電話を手にしている。

 あ、インターフォンを押してた女の人たちがありすに気付いたみたい。


「……え? うあぁ……間に合わなかったぁ……」


 電話を切り、がっくりと項垂れる美奈子さん。

 カメラの向こう側で首を傾げつつ電話を戻すありすと、ありすに話しかける女性。

 一言二言話をした後、女性は鬼の形相でインターフォンを連打し始める。


”……いやー、これはもう無理でしょ……”


 あ、ついに女性が門を開けて中に入って来た。

 後ろにいた女の子とありすが二人揃ってわずかに驚いたような顔をしたのが見えた瞬間、


『ちょっと! いるんでしょ!? 出てきなさい!』


 ドンドン、と激しくドアを叩く音に加えて女性の怒鳴り声が聞こえてくる。


”……諦めた方がよろしいのでは?”

「……うぅ~……なんでぇ……? 何でにいるのぉ……?」


 半泣きになる美奈子さんだったが、いい加減観念した方がいいのではないだろうか。

 どうも知り合いっぽいけど、ありすに危害が加えられないとも限らないし……いや、多分、流石にそれはない、とは思いたいけど……。


『早く出てきなさい! !!』


 ……んん??




*  *  *  *  *




 その後も無駄な足掻きを続ける美奈子さんをどうにか説き伏せ、ありすと共に謎の女性と女の子を招き入れる。

 ここから先は私はぬいぐるみのフリだ。喋っても違和感を持たれないとは言われているが、かといって積極的に会話に加わるつもりはない。

 ……だって、何だか家庭の事情の話っぽいし。本当なら聞くつもりもないんだけど、謎の女性がありすにも挨拶がしたいということで、ありすに抱かれたまま聞く羽目になってしまった。


「……で、何しに来たのよ?」


 リビングに集合し、さぁお話しましょうといったところで、早速美奈子さんがやさぐれておられる。

 ……くっ、『子供の前なんだからしっかりしなさい!』と突っ込みたい……っ!

 言われた女性の方は、インターフォンを連打してた時のような鬼の形相は鳴りを潜め、大きくため息を吐く。


「姉さん、子供の前でくらいしっかりしてよ……もう」


 どうもこの女性、美奈子さんの妹らしい。

 (見た目だけは)おっとりしている美奈子さんとは余り似ていない。言われて見れば、ちょっと目元が似てるかも? と思えるか。インターフォン越しに見てた時はちょっとキツそうなイメージだったが、あれは怒っていたせいなのだろう。今は落ち着いたのか――それとも呆れているのか――表情から険も取れている。

 それでも若干キツそうに見えるのは、しっかりと着込んだスーツのせいもあるし、ピシっとした姿勢のせいでもあるだろう。彼女の隣に座る女の子も、上品そうな――普段着としては滅多に見ない、それこそ桃香が来ているような――ふんわりとした黒のドレスに身を包んでおり、こちらも物凄く姿勢が良い。

 ……対してこちらはというと、普段着なのは仕方ないとしてやさぐれた表情でそっぽを向いている美奈子さんに、いつものぼーっとした感じのありす。

 …………何か、こう……差が激しいな……。


「ごめんなさいね、突然。びっくりしたでしょ?」


 自らの姉に見切りをつけた女性がありすへと微笑みかける。


「私は『七燿黒堂こくどう』の玖墨くずみ志桜里しおり。あなたのお母さんの妹……叔母さんね」


 『七燿黒堂』……七燿族!?

 ってことは、女性――志桜里さんの姉である美奈子さんも当然七燿族になる。その娘のありすも。

 ……以前桃香がありすが七燿族ではないかと疑問を呈していたが、本当にそうだったのか。


「志桜里、おばさん……?」


 ありすはというと七燿族がどうこうよりも、突然現れた親戚の方に意識を奪われているらしい。

 ……まぁ、七燿族だからどうだってのは多分ないしね。


「そうよ。ほら、挨拶なさい、亜理紗ありさ


 そして隣の女の子へと挨拶を促す。

 こくり、と女の子は頷くとこちらも一礼、にっこりと微笑み名乗る。


「玖墨亜理紗です。以後お見知りおきを」


 どことなく桃香のなんちゃってお嬢様言葉に近いものはあるが、何というか……こちらの方が本当のお嬢様っぽく見える。

 ……いや、まぁ、桃香は立場的にも文句のつけようのないくらいお嬢様なんだけど……あの子の実態がねぇ、ほら……? いい意味で庶民派と言えばそうなんだけど……。

 さらさらの長い黒髪はありすと同じだけど、あちらはバレッタを着けてたりしてこちらよりも全然オシャレだ。


『”ほら、ありすも挨拶しないと”』


 美奈子さんが相変わらずやさぐれモードなので仕方なく遠隔通話で私が突っ込む。


「ん……。恋墨、ありす……です」


 ぺこりと頭を下げる。

 向こうと比べるべくもないが、まぁ初対面とは言え親族だし、子供だからこんなもんだろう。

 ありすの名前を聞くと、志桜里さんはちょっと驚いたような顔をする。


「あら、うちの亜理紗と一文字違いなのね」


 そうなんだよね。さっき志桜里さんが『挨拶なさい』と言った時、一瞬え? と思っちゃったんだよね。


「ありすちゃんは何歳?」

「10歳……です」

「あらまぁ、亜理紗と同い年だわ」


 ほう、年齢まで同じとか。

 突然現れた叔母と従姉妹に戸惑っているのがわかる。

 ……そりゃ、今まで親戚付き合いとか全くしてこなかったんだしね。その点については美奈子さんの方にどうも事情がありそうだからありすには責任は全くないんだけど。


「……で、そこでいつまでもふてくされているのが、私の姉の美奈子。亜理紗の伯母さんね」

「……はぁ~」


 ついに観念したか、大きくため息をついて美奈子さんが姿勢を正す。


「それで? 志桜里、何で急に来たのよ?」


 自己紹介は済んだとばかりにいきなり切り出す。観念はしたが、やさぐれモードは絶賛継続中らしい。

 ……突っ込みたい。突っ込みたいけど我慢だ。


「何でも何も……ようやく姉さんを見つけたから会いに来ただけよ。

 ……妹が姉に会いに来ちゃいけないわけ?」

「いや、だってもう10年以上会ってないのにいきなりだったし……」


 声は荒げていないものの姉妹喧嘩っぽくなってしまっている。

 居心地悪いなぁ……ありすもどうしたらいいのかわからないで戸惑っちゃってるみたいだ。かといって、さっさと部屋に引っ込むのも感じ悪い気もするしで、仕方なくそのまま座って大人しくしている。

 ……と、ふと視線を感じてその主を探してみる――もちろんぬいぐるみのフリをしているので、目だけでだが。


「……」


 ――亜理紗ちゃん、か。

 なぜかはわからないが、彼女の視線は私――それとありすの方へと向いている。じっと見つめ続けているわけではないが、ふと気づくとこちらを見つめているようだ。

 初めて会う従姉妹に興味津々……という感じでもない。

 何だか値踏みされているような、何とも言えない『気持ち悪さ』を感じる。


「ありす、ちょっとおばさんと話してるから、亜理紗ちゃんとお外かお部屋で待っていてくれる?」

「ん、わかった」


 色々と美奈子さんの実家絡みの話でもするのだろう。

 顔合わせ自体はもう済んでいるし、ここからは子供に聞かせるような話でもない。まぁ話せることについては後で美奈子さんが話してくれるだろうし。


「外、寒いから……部屋に行く」


 私を抱きかかえたまま立ち上がり部屋へと向かおうとするありす。

 その後を亜理紗ちゃんが付いてくる。

 ちなみにありすは自分の部屋に誰かが来るのを全く嫌がらない。いつ誰が来ても困らないようにきちんとしているからではなく、単に無頓着なだけなんだけど。まぁ最近は脱ぎっぱなしの服やら散らかしたりしても私が片づけたりしているから、突然部屋に誰か来ても慌てる必要はない。

 適当に飲み物やお菓子を持って行っていい、と美奈子さんから許可をもらえたので部屋へと行く前にそれらを持っていくこととする。




 ……その間、亜理紗ちゃんは一言も口を開かず、じっとありすと私のことを見ていた……。

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