第4.5章4話 ミオとアビゲイル

 時は少し遡る。

 アリス達が『嵐の支配者』を下した後、ジュリエッタと戦うよりも前の出来事――とある使い魔ユーザー魔法少女ユニットに起きた『悲劇』の話である。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「……っはー……危ないところだったわ……」

「う、うん……」


 神社の境内を模したマイルームにて――ちなみに鳥居がクエストへの入り口となっている――二人の魔法少女ユニットとその使い魔ユーザーが重苦しい雰囲気で集まっている。


「ごめんね、アビー……あたしのせいで……」


 目を伏せて謝罪する少女。

 魔法少女には比較的多い10代前半頃の小柄な少女である。長い黒髪を後ろで一本に縛っており、白衣びゃくえに緋袴といういわゆる『巫女装束』を纏っている。だが、その手に持つ霊装は見た目に反してなぜか西洋風の細剣レイピアであった。


「ミオのせいじゃないって! 私がもっとちゃんとミオのこと守ってやれれば、ミオを怖い目なんかに遭わせることもなかったのに……!」


 謝罪する巫女――ミオに対して、悔しそうに唇を噛む女性。

 こちらは10代後半か、あるいはもしかしたら20代になろうかという大人の女性だ。緩くウェーブのかかった金色の髪、エメラルドグリーンの瞳の美女である。身長も高く、ミオと並んで立つと頭一つ分彼女の方が大きい。

 その見た目はミオに負け時劣らず『魔法少女』と呼ぶにはやや抵抗のある姿である。ラビが目にしたら『西部劇コメディに出てくるセクシーな女ガンマンかな?』とでも言うだろう、露出の激しい衣装を身に纏っていた。頭にはカウボーイハットを被り、豊かな胸をなぜか星条旗柄のブラで覆い、丈の短いノースリーブのジャケットを羽織っている。下半身はほぼ太ももが露出するくらいの丈のショートパンツだ。服の代わりにとでも言わんばかりの太いガンベルトを腰に巻いている。

 彼女の名前はアビゲイル――略称はアビー――という。


「ごめんね。怖かったでしょ?」


 心の底から申し訳なさそうに、そして同じく彼女を労わるように軽く頬を撫でる。

 アビーには特に深い意図があったわけではない。これはいつもの行動なのだ。


「う、ううん、アビーがすぐ助けに来てくれるって思ってたから、大丈夫……」


 アビーに触れられ、顔を赤くしてミオは答えた。

 ミオの様子にはアビーは気づいていないようだ。


”……はいはい。イチャイチャするのはそこまでー”


 と、二人だけの世界に割り込んでくる声。


「イチャイチャなんてしてないし。

 つーか、バトー……あのクエストおかしくない? 聞いてた難易度と釣り合ってないように思えたんだけど?」


 ミオの頬から手を離し、声の主へと向き直るアビー。非難めいた口調ではあるが、本気で糾弾するつもりはない。

 一方でミオはアビーの手が離れると少しだけ残念そうな表情をするものの、すぐに元通りの表情へと――巫女らしく、静かな、感情の伺いにくい厳かな雰囲気へと戻る。


”んー、そうねー。確かにあのクエスト、ちょっと変だったわね”


 アビーの言葉に応える声――使い魔のバトーも首を傾げる。

 女性のような言葉遣いではあるが、その声は明らかに男性のものであった。

 バトーの姿は青白い色をした『馬』であり、額からはなぜか小さな角が生えている。大きさや姿は他の使い魔同様デフォルメされており、傍目には『一角馬ユニコーンのぬいぐるみ』だとしか思われないだろう。

 彼(彼女?)らは、つい先ほど挑戦していたとあるクエストから『撤退』してきたばかりなのだ。

 アビーとバトーが揃って『変』と言っている理由は、そのクエストの難易度が異様に高かったことにある。


「最初に出てきた、あの蜘蛛はそんなでもなかったけど、その後に出てきたやつら……アレ、おかしくない? レベル5なんかよりもよっぽど強かったと思うけど」

”そうねぇ……今のあたしたちの戦力で、レベル5以上のクエストなんて出てこないと思うんだけど……”


 アビーとミオの今の実力では、適正なのはレベル4~5と言ったところだ。

 具体的には、二人掛かりで全力を出せばテュランスネイルや雷精竜ヴォルガノフ一匹を討伐することは可能。だが、同レベルのモンスターを複数相手にしたり、相性によっては勝てない、と言ったところである。それ以上の強さのモンスターには基本的には歯が立たない。

 三人目のユニットを参加させればもっと楽に相手に勝てるかもしれないが、それは今のところしない。ユニットが増えれば戦力は増すが、その分成長に使えるジェムが分散してしまうためステータスの強化が遅くなり結果として長期間停滞してしまう恐れがあるためだ。ジェムを気にせずユニットを増やしても大丈夫なくらいジェムを稼いでいるのは、ラビくらいのものだろう。

 ……尤も、アビーの知るところではないが、バトーに対して『ユニットを増やしたくない』とミオが主張している、という事情もあるのだが……。


”まぁ、考えたって仕方ないわ。

 リスポーンせずに無事に撤退できたことだし、切り替えていきましょ。ね?”


 バトーとて『ゲーム』の全てを知っているわけではない。

 当然出現するモンスターについても知らないものの方が多いし、クエストがどんな基準で現れているのかもわからない――基本的には適正レベルのものが出てくる、とははいたが――のだ。

 また、この『ゲーム』がということも知っている。

 ならば調整ミスや何かしらのバグが原因だとも考えられるだろう。実際、対戦機能については過去にバグ修正がされたことがあった。


「まぁ、しょうがないか。

 ……ミオ、大丈夫? クエスト行く?」


 先程のクエストのおいて、ミオはモンスターに捕らえられてしまっていた。

 なぜか捕らえられるだけで体力も減らされることなく、その後無事にアビーによって助け出されたのだが……。

 ショックを受けていないか気遣うアビーであったが、ミオは小さく頷く。


「うん、私なら大丈夫よ。まだ時間もあるし、アビーさえ良ければ行きましょう」


 モンスターの行動は不可解ではあったが、何を考えているのかなどわかるわけがない。

 気遣いは嬉しく思うものの、それよりももっとアビーと一緒にいたい――ミオはその想いから別のクエストへと向かうことを承諾する。


「そっか。無理はしないでね、ミオ」

「うん。ありがとう、アビー」


 そしてお互いに微笑みながら見つめ合う。


”……はいはい。それじゃ、行きましょうか、二人とも”


 そんな二人に対して苦笑混じりにバトーは宣言した――




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 バトーたち一行が赴いたのは荒野ステージを舞台としたクエストであった。

 前回のクエストがステージだったことを警戒して、よく見知ったステージのクエストを選んだのだ。

 この荒野ステージ、実に頻度が高い。全モンスター中で最も弱いと思われるメガリスのクエストや序盤の『壁』とも言える火龍レッドドラゴン、少し難易度が高くなるがレベル5のテュランスネイル等……出現するモンスターも多彩だ。

 時折高低差が激しい崖状のステージになることはあるものの、基本的には見晴らしが良く戦いやすい地形であることから、とりあえずクエストを消化するのであれば荒野ステージなら外れはない、という認識が出来上がりつつある。


「よし! まず一匹撃破!」


 断末魔の咆哮を上げ地に倒れる巨大な竜を確認し、アビーが喜びの声を上げる。

 今回のクエストの討伐対象は火龍レッドドラゴンの亜種――『熱竜』と言う。火龍のように火炎を吐きつつ、周囲の『温度』を上昇させることで体力を削り続けるという厭らしい攻撃方法を持つモンスターである。

 熱竜の持つ『熱バリア』が厄介で、近接戦を挑もうとすると強制的に体力が削られてしまう。また時間が経過するごとに熱量が上がっていき、遠距離攻撃でも威力が低いものはバリアの圏内に入った途端に炎上させられ防がれるという効果もある。

 攻防一致した難敵ではあるが、アビーとミオはそれぞれの持つ魔法、およびギフトの効果によってこれを難なく退けていた。

 ――この二人、本人たちは自覚していないし他のプレイヤーとも対戦をしていないため知られていないが、戦闘能力という点では間違いなく全ユニット中でも上位に入る程の実力であろう。


「バトー、後何匹いるんだっけ?」

”えーっと、全部で三匹だから……後二匹ね。どっちも結構離れた位置にいるみたいよ。連携されないのは幸いと言っていいのかしらねぇ”

「ふーん。ま、このくらいだったら三匹同時でも何とかなりそうだし、いちいち探しに行く方が面倒ね」


 事も無げに言ってのけるアビー。実際、三匹が同時にかかってきたところでこの二人なら問題なく倒すことは可能である、とバトーも思うのだが熱竜は互いのテリトリーには近づかない性質なのか、自ら外へと出て襲ってくることはない。面倒でもこちらから接近しなければならないのだ。


”それじゃ、残りを片づけに行きましょうか”

「ええ!

 ……ミオ?」


 レーダーの反応を頼りに二匹目の熱竜の元へと移動――彼女たちは飛行系の魔法がないため徒歩だが――しようとした時、ミオがその場から動かないことに気付いた。

 ミオの顔色は真っ青になり、辛うじて立ってはいるものの小刻みに体が震えている。


「……ミオ!? どうしたの!?」

”毒……とかじゃないわよね? ミオ?”


 ステータスには特に異常は見えない。そもそも熱竜には毒等の状態異常を付与する攻撃はなかったはずだ。

 だというのに、ミオの状態は明らかにおかしい。

 やがて、ついに立つことすらできなくなったミオは地面に膝をつく。


「う、ぐぅ……うぅ……」


 苦しそうに呻き、両手で腹部を押さえる。


 ――何、これ……!?


 その時ミオは異常な痛みを感じていた。

 まるで内臓が暴れ回っているかのような異様な痛み――の方で月に一度、嫌でも味わわされる痛みとも、昔味わった虫垂炎の痛みとも似てるようで異なる、異常としか言えない痛みだ。

 痛みだけではない。眩暈や吐き気も催す。ユニットとしての肉体にはそもそも内蔵もないし、今まで一度も眩暈等は起こさなかったのだが……。


「ミオ!!」


 原因はわからないが明らかにおかしい。

 慌てて駆け寄るアビーであったが――


「ぐ、げ……うげぇっ!?」


 アビーが近寄ろうとした瞬間、ミオが悲鳴を上げて体を仰け反る。


「み、ミオ……?」


 そのまま仰向けに倒れ、なおも体の痙攣は止まらずミオはのたうつ。

 ――いや、それだけではない。ミオの体が痙攣するのと合わせて、彼女の腹部だけがまるで別の生き物のように蠢いているのが服の上からでもわかった。


「バトー! 何が起きてるのよ!?」

”わ、わからないわよ! ……え? 体力ゲージが減って行ってる!?”


 このような現象は見たことがない。バトーにも原因は全くわからない。

 それでも現実にミオは苦しみ、そして体力が減らされて行っている。

 このまま体力がゼロになればリスポーンになってしまう。原因は不明だがミオが自分で回復できるような状態でもない、バトーがグミで回復させようとするが、それよりも早く『異変』は起こった。


「うぎ、ぎぎぎぐえええええええええっ!!!」


 奇怪な悲鳴を上げ、ミオの両手足がピンと伸び体が硬直する。

 次の瞬間、


「――え……?」


 近寄ったアビーの全身を、生暖かいが濡らす。

 が何なのか、最初は理解できなかったアビーだったが、すぐに理解する。

 ……は、ミオの体から噴き出た血液――のようなもの――だった。


「み、お……?」


 ミオの腹部が大きく裂け、そこから血と肉――どちらもユニットの肉体がそれらしく作っただけのものだったが――が撒き散らされている。

 そして裂けたミオの腹部からは、悍ましい姿の『蟲』が這い出そうとしていた。


”な、なに、これ……”


 それは、『芋虫』のようなあるいは『ミミズ』のような――奇妙な姿をした蟲であった。

 大きさはそれほどでもないが、もちろん人間の腹部に収まるようなものではない。

 その蟲が一匹、二匹、三匹――次々とミオの腹部を食い破って現れる。


「ミオッ……ミオォォォォォォッ!!」


 叫ぶアビーの声にもはやミオは応えることも出来ない。

 辛うじて体力ゲージはまだ残っているためリスポーン待ちにはなっていないものの、動くことも出来ず虚ろな表情で宙を見ているだけだ。


”どうして……どうしてがこっちにも出てくるの……!?”

「こ、この蟲が!!」


 ミオの内部から這い上がってきた蟲が、アビーたちの方へと寄ってくる。

 怒りをあらわに自らの霊装――リボルバー式の、彼女の手には少し大きいサイズの拳銃――を抜き蟲へと向ける。

 彼女にとってなぜ、退がミオの腹から現れたのか、そんなことはどうでもいい。

 今はとにかくこの蟲を退治し、ミオを助けなければならない……その想いだけで引き金を引く――




 ――これが、魔法少女アビゲイルの、蟲に奪われた大切な人を取り戻すための長い戦いの始まりとなることを、今はまだ本人たちは知らなかった。

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