第4章50話 眠れぬ夜に効くクスリ(ありす編)

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ラビがトンコツより『睡眠』の方法を聞き、その実験を行っていた時のことである。


「……ラビさん?」


 二回目の実験の時だ。

 眠っている間にある程度の刺激を与えれば目が覚めるということで、その確認をしようとしている。

 念のためラビに声をかけてみるが、反応はない。

 一回目の時もそうであったが、まるで死んでいるかのようにピクリとも動かない。


「……ラビさん、寝ちゃった?」


 本人が寝ると言っていたのだから寝たのは間違いないであろうが、念のためもう一度確認してみる。

 ラビからは当然返答はない。

 そっと体を触ってみると、ほんのりと温かいので死んではいないことはわかる――ただ心臓の鼓動は聞こえないので、ふんわりとしたぬいぐるみのようにしか思えないが。


「ん……よし」


 触ったくらいでは目を覚まさないことはわかった。

 では、次はどのくらいまでなら大丈夫なのかを確認する――ではない。


「んふっ」


 ラビが見たら「……何気持ち悪い笑い浮かべてるの?」と突っ込みを入れそうな笑顔を浮かべるありす。

 彼女の狙いは正直にラビに言われたことをするのではない。

 それはあくまでついでだ。


「……今が好機……」


 もちろん、ラビに言われた実験をすることは忘れない。

 忘れないが……日頃ありすがため込んでいた『願望』を解き放つには、絶好のチャンスが目の前に転がっているのだ。これを見逃す程、ありすは甘くない。


「まずは、耳……」


 横たわるラビを抱きかかえ直し、兎のような耳を手に取る。

 そしてそれを思う存分撫でまわし、頬に擦り付け、最後に軽く一噛み。


「……素晴らしい……っ!」


 まさに至高の肌触りだ。

 恍惚とした表情でありすは呟く。




 ――説明は必要だろうか。

 ありすの『願望』……それは、思う存分ラビの体を撫でまわすこと、それだけである。

 人前に出る時はぬいぐるみのフリをするとはいえ、だからと言ってラビは常に自分がぬいぐるみ扱いされることを良しとしない。

 当然、身体を余りまさぐられるのも嫌らしく、ありすは欲求不満をため込んでいたのだ。それが爆発するほどの不満ではないので、ラビも全く気づいていなかっただけで。

 ありすもそれなりに分別はつく――一回、桃香の家に泊まりに行った時に怒られて懲りたというのもあるが――ので無理矢理ラビの体を撫でまわしたりはしない。せいぜいがお風呂で身体を洗う時に手触りを楽しむくらいに留めている。

 だが、今は違う。

 ラビは眠っており多少の刺激では目覚めることはない。

 ならば、今こそが、日頃からため込んでいた欲望を開放する時――


「その欲望、開放しろ――!」


 まるで己を鼓舞するかのように呟くと、ありすの魔手が更にラビへと伸びる。


 ――次は、その柔らかそうなお腹だ……っ!


 膝の上で仰向けに寝かせたラビのお腹を見つめ、ゆっくりとありすは手を伸ばす。


「……ふぉっ」


 思わず変な声を漏らしてしまう。

 それも仕方ないことだ。お風呂以外で初めてじっくりと撫でまわすラビのお腹の手触りは、耳に勝るとも劣らない――否、圧倒的快感をありすへと与えたのだ。

 耳に比べて厚みも弾力もあるお腹は触れたありすの手を優しく包み込むように呑み込んでくれる。

 最高級羽毛布団をも超える逸材だ――とありすは思った。彼女が最高級羽毛布団を実際に触ったことなどないが。


「ん……トーカの部屋の枕と甲乙つけがたし……」


 お泊り会の時に触れた枕も柔らかく、それでいて弾力があった。

 ラビのお腹もそれと同じだ。押せばずぶずぶとわずかな抵抗はあるが沈んでいき、離せばすぐに元の形に戻る。


 ――使ってみよう。


 躊躇いなくありすはそう決断すると、一旦ラビを膝から降ろしてクッションの上に置く――流石に床に直置きするとラビが痛そうだ、と若干ズレた配慮の結果である。

 そして自らも横たわりラビのお腹へと頭を預ける。


「……おー……」


 思った通り、素晴らしい感触だ。このまま眠ってしまえば、さぞいい夢が見られるに違いない。


”……ふぎゅ……”


 ラビがわずかに呻くが、やはり起きる気配はない。

 流石に頭を載せたら苦しいのだろう。ラビの声を聞いてようやくありすは我に返る。


「ごめんね、ラビさん……」


 慌てて起き上がり先程まで頭を載せていたお腹を撫でる。

 ラビの要望通りのどこまで刺激を与えたら目が覚めるか、の実験としてはいいのかもしれないが、本物の猫や小動物にこんなことをしてはいけない、とありすは今更ながらに常識的なことを思う。もちろん、仮に猫を飼っていたとしてもありすはこのようなことはしないが。

 全部、ラビさんのお腹が悪い……そう、取りつかれたかのようにうっとりとした眼でお腹を撫でつつ思う。

 そのままお腹の感触を楽しむこと数分――


「……時間がない……」


 ラビが予告したのは10分間。もう後わずかしか自由時間は残されていない。

 まだ、『メインディッシュ』が残っているのだ。

 仰向けのまま寝かせていたラビを今度はうつ伏せにする。


「……」


 そしてごくりと唾を呑み込む。

 本日のメインディッシュは――『お尻』だ。

 人間であればそのほぼ全てが柔らかく触っていて気持ちいい部分――だとありすは思っている――なのだ。ラビのお尻であればそれはいかほどのものであろうか。耳やお腹でさえありすの精神を錯乱させるに足る威力を持っていたのだ、全く想像もつかない。

 ……実際のところ、人間と違って四足歩行の動物であれば臀部はそこまで魅力がある部位ではないわけだが。後ろ脚を動かすための筋肉と連動している部位程度だろう。

 尤も、ありすにとってそれは重要なところではない。

 お風呂であっても触られるのをちょっと嫌がるラビのお尻を、存分に触ることが出来るという事実こそが重要なのだ。

 まずは両手でお尻を包み込むようにして鷲掴み、そこからゆっくりと揉みしだく。


「……ふぉー……」


 意識せずにため息が漏れる。

 触り心地についてはもはや語るまでもないが、耳やお腹と違ってみっちりとお肉が詰まったお尻の弾力は比較にならない弾力とモチモチさを以てありすの手を楽しませる。

 『……私のお尻、別にありすを楽しませるためにあるんじゃないんだけど……』とラビがぼやきそうだが、もはやありすは止まらない。それほどの魔力と吸引力がある。


「おぉ……幸せだ……幸せがここにある……」


 安い幸せである。

 いつまでも揉んでいたい――だが時間は無情にも過ぎていく。


「……最後に」


 残り一分もない。

 名残惜しいがありすは最後に『したいこと』をしようとする。

 決して邪な気持ちでするわけではない。ラビにも『どのくらいの刺激だと目が覚めるのか』実験して欲しいと言われているので、問題は何もない――はずだ。

 ありすはラビのお尻から名残惜しそうに手を離し、再度身体を膝の上に載せる。

 ラビの頭を左側に、うつ伏せになるようにして。

 そして、右手を振りかぶり――


「えいっ」


 ぺちん

 ぷるん


「……ふぉっ!?」


 そこまで力を入れていないものの、ラビのお尻へと平手を打つ。

 ありすの手に叩かれたラビのお尻がぷるぷると震える。

 まだ自分の認識は甘かった。まさか、触って楽しむだけではなく、見ても楽しませてくれるとは――


 ――打てば響く、とはこういうことか。


 ありすは理解した。おそらく間違って。

 まるで弾力のあるゼリーがぷるぷると揺れるように、ラビのお尻がありすが平手を打つたびにぷるぷると揺れる。

 ……まだまだラビには『謎』が残されている。今、自分はその『謎』に触れているのだ、とわけのわからないことを考えつつも、ありすは残り時間一杯楽しむことにした。


 ぺちん

 ぷるん

 ぺちぺちん

 ぷるぷるん


「……ふぉー……」


 ラビが目覚める時間ギリギリまでありすはラビのお尻を叩き続けたのだった……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




”あれ? 私起きなかった?”

「ん……全然起きなかった……

 ちょっとだけ、ぺちぺちってしてみたけど、起きなかった」

”そっかー。ちょっとやそっとじゃ起きないってことか”


 ――嘘はついていない。

 ついてはいないのだが……ありすが何をしていたのか、おそらくラビは想像もしていないだろう。


「ね、ラビさん」

”んー? 何?”


 詮索される前にさっさとクエストに行ってしまおうと提案していたありすだったが、ふと思い立ち言った。


「……ラビさんは、素敵だね」

”……え? あ、ありがとう……?”


 なぜ褒められたかわからず困惑するラビであった。

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