第4章49話 眠れぬ夜に効くクスリ
『”協力しろ”』
チャット開始から開口一番、トンコツはそう言った。
……うん、彼も段々私に対して遠慮がなくなってきたな。変にお互い畏まった関係よりは付き合いやすくていいけど。
”……まぁいいけど、何をさ?”
手伝うのは吝かではないけど、内容による。
流石にクラウザー以外の私には縁のないプレイヤーを倒してくれとか言われても困るし。
『”この間のジュリエッタとの戦いで、シャロが魔法を使ったろ?”』
”うん、そういえばそうだね”
シャルロットの魔法――アクティベーション以外の魔法のことだ。
私が直接見たのは「コンビネーション」だけだけど、アリスと一緒に空中に飛び上がっている間にもう一つの魔法を使っていたらしいことは聞いている。
確か……「インキュベーション」だっけ。何か妙にらしくない態度を見せていたことは気になっていたけど。
『”あの魔法な、あちこちにバラ撒いておいた《アルゴス》が全部キャンセルされちまうんだ……”』
”ああ……そうなんだ”
少し詳しい話をトンコツがしてくれた。
インキュベーションは、全ての《アルゴス》をシャルロットの体に集めて、一時的に『
ヴィヴィアンのインストールと似ているけれど違うところは、『天眼巨人』は使い魔の言うことを聞くが独立した意思のようなものがあり、インキュベーションを使っている間はシャルロットの肉体の主導権は『天眼巨人』の方に委譲されるのだという。
まぁシャルロットの意識自体が無くなるわけでもないし、特に危険なことはないのだろうけど、使うのはちょっと躊躇う魔法ではある。
一番の問題点は、バラ撒いた《アルゴス》が無くなってしまうという点か。
”あー、つまり、もう一度 《アルゴス》をばら撒くのを手伝え、ってこと?”
『”そうだ。《アルゴス》であれこれ情報収集しておきたいしな”』
なるほど。
うーん……ぶっちゃけ、面倒くさい……けど、トンコツには助けられたしなぁ……最後に『天眼巨人』の魔法が無かったらジュリエッタを傷つけずに気絶させるというのも不可能だったと思うし。
仕方ないか。
”まぁしょうがないか。いいよ、手伝うよ”
『”ああ、ヨームにも手伝ってもらうつもりだが、対戦フィールドは数が多いからな……”』
任意で選択できるフィールドだけでなく、『ランダム』を選択した時だけに現れるフィールドもある。一体幾つあるのか、トンコツも把握してないんじゃないかな。
”……でもさぁ、ぶっちゃけ、対戦って皆やってるの?”
手伝うのはいいんだけど、他のプレイヤーってそんなにいっぱい対戦しているようには思えないんだよね。
だとすると《アルゴス》をあちこちにバラ撒いても無駄なんじゃないだろうかと思う。
『”……そうだな。まぁそこまで活発に対戦している気配はないな。
けど、クラウザーの監視をする意味でもやっておいて損はないだろ?”』
それは……確かに。
ジュリエッタの時は乱入対戦をメインに行っていたようだけど、これから先通常対戦を行わないとも限らない。他のプレイヤーからの介入を防ぐ、という意味では通常対戦の方が彼にとって都合がいい場面も多いだろう。
……ま、あくまで監視をするだけであって、監視網に引っかかった時点でこちらは後手に回っていることになっちゃうんだけどね。
”うーん、監視するよりもシャロちゃんの魔法を使えるようにした方が良くない? インキュベーション使えば、結構戦えると思うよ?”
これは面倒だからという理由ではなく、本心からそう思っての言葉だ。
あの『天眼巨人』の使った魔法、かなり強力な部類だと思う。ジュリエッタ戦で使ったのは『麻痺』と『昏睡』の効果だけだったが、他にも色々と使えると思った方が自然だろう。ゲーム的には、敵に状態異常のデバフをバラ撒くタイプ――
戦闘を主に行う
私の言葉にトンコツは少し悩む。
『”う、うーむ……確かにシャロが動けるようになれば大分楽になるんだが……”』
クラウザーの監視もしておきたいという気持ちもわかる。私としても、《アルゴス》の監視網にクラウザーが引っかかったらすぐに教えてくれるとありがたい。
でも、さっきも思った通り、結局後手に回ってしまうわけだし、もうそこまで重要じゃないんじゃないかなとも思うわけだ。
……これはあれかな。もしかして、私とヨーム以外の『もう一人のフレンド』絡みもある、かな? こっちについては何考えてるのかわからないし、トンコツも話してくれないしなぁ……。
『”……少し考えてみる。必要になったら声かけるから手伝ってくれ”』
”うん、わかった。いいよ”
インキュベーションを使うにしろ使わないにしろ、《アルゴス》で監視網を敷いているうちはシャルロットは自由に動きづらい。
それで『ゲーム』をゲームとして楽しめないのであれば、そもそもエンジョイ勢としても成り立たないだろう。
まぁやっぱり《アルゴス》の監視網が必要だと理由はどうあれトンコツが判断するのであれば、協力するのは構わない。もしかしたら、クラウザー以外の強力なプレイヤーのユニットの能力が事前にわかるかもしれない、という下心も無きにしも非ず。
さて――それじゃ、今度は私からの話だ。
”でさトンコツ。私からちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?”
『”ん、何だ? ……って、そういや、ジュリエッタの時も何かそんなこと言ってたな”』
そうそう。密林遺跡の時の次の日だっけ。あの時はプリンさんがやられた話を聞いたりでそれどころじゃなかったんだけど、今なら聞けると思うんだよね。
”あのさ――”
そして私はトンコツへと『眠る方法』がないかを聞いてみた――
* * * * *
結論から言うと、『眠る方法』は存在した。
というより、私が気づかなかった――トンコツに話聞くまでそんなアイコンは存在しなかったと思うんだけど――けど、メニュー画面の隅っこの方にパソコンの電源ボタンのようなマークのアイコンが存在し、それを押すと一時的に眠ったような状態になれるらしい。
どうもこの『ゲーム』に参加している他のプレイヤーは、この世界以外に本体がいそうな気配なんだけど、『ログアウト』のようなことは出来ないらしく時間を潰す時とかはこの電源アイコンで『スリープ状態』になるしかないようだ。
……私がこの方法を知らなかったことにトンコツは大変驚いていた。
『”お、お前……マジか? 今まで夜とかどうしてたんだよ……?”』
まるで化物を見るかのように驚かれるのは流石に傷つくので止めて欲しい……けど、気持ちはわかる。私がこの世界にやってきてからそろそろ丸三か月。その間、一度も眠らず……となったら驚くのは無理もない。前に何かで聞いた覚えがあるけど、長期間眠らないと普通の人間だったら大変なことになるらしいし。まぁこの使い魔の体だと別に発狂したりだとか具合が悪くなったりはしないんだけど……暇すぎて苦痛というのはあるけど。
ともかく、トンコツ先生の助言により、ついに私は眠る術を手に入れたのだ。
”……というわけで、ありす。ちょっと実験に付き合って”
「ん」
トンコツとのチャット後、ありすが帰宅するのを待ってから実験開始だ。流石にぶっつけ本番で長時間眠るのは怖いからね。
”えーっと、じゃあまずは10分間寝てみるね”
「ん、わかった」
電源アイコンを押すと、新しいメニュー画面が開く。
選べる項目は『スリープ』『ハイバネーション』『シャットダウン』の三種類だ。パソコンじゃないし、流石に『再起動』はないか。
まずは『スリープ』から。
スリープを選択すると今度は時計が表示される。この時計で『何時何分までスリープ』するかを選べるのだ。
ありすに予告した通り、今から10分後に時計の針を進めてみる。
”それじゃ、おやすみ”
さーて、どんな感じなのかな?
ちょっとわくわくしつつ、私は『スリープしますか?』の問い合わせに『はい』をクリックした――
……おや?
何かあまり寝たって実感はないけど……。
「ん、ラビさんおはよう」
私が寝る前とありすの位置が変わっている。
”……おはよう。私、眠ってた?”
「ぐっすり?」
何で疑問形なのさ?
部屋の壁かけ時計を見てみると、こちらもやはり10分進んでいる。
ふむ、10分程度だとあんまり『眠った』って感じはしないけど、確かに私の意識は10分間無くなっていたことは確実なようだ。
”じゃあ、次はまた10分間眠ってみるけど、ちょっと色々私のこと触ったりして起きないか試してみて”
「わかった」
トンコツ曰く、外部からの刺激によってスリープは途中で中断されることもあるらしい。縁起でもないけど、例えば家が火事に巻き込まれた時とかに眠り続けているのは不都合があるだろう――使い魔の体ならば多分平気だろうけど。
どの程度の刺激で目が覚めるかの実験だ。
……ちょっとだけ、ありすに自由に身体を弄っていいと言うのは怖い気もするけど、桃香(=本当に何をしでかすかわからない)や千夏君(=力加減を間違えると怖い)と比べれば……マシだろう。多分。
微妙に不安な気持ちを抱きつつも、私は再度スリープへ……。
……はて?
時計を見るとやっぱり10分間進んでいた。
”あれ? 私起きなかった?”
私を抱きかかえているありすへと聞いてみる。
……うん? 何で抱きかかえられてるんだ?
「ん……全然起きなかった……」
……何かありすの顔が微妙につやつやしているように見えるのは気のせいだろうか……?
んー、でもそっか。起きなかったか。
「ちょっとだけ、ぺちぺちってしてみたけど、起きなかった」
”そっかー。ちょっとやそっとじゃ起きないってことか”
これはあれだな。『休日のお父さん』状態だな。
まぁすぐに目が覚めちゃうよりはいいか。
これくらいわかれば十分かな。寝ている間に遠隔通話が来ると、すぐに目が覚めるらしいとは聞いているし。
ちなみに『ハイバネーション』と『シャットダウン』については検証しない。
『ハイバネーション』に関してはスリープとほぼ差はないらしい。違いは、ハイバネーション中は決して目が覚めないということらしい。まぁ特に使うことはないかな? いざという時目が覚めないというのはちょっと怖いし。
もう一つの『シャットダウン』については、トンコツからも言われているけど期限を決めないスリープのようなものらしく、一度シャットダウンしちゃうと外から起こす以外に復帰方法がないらしい。遠隔通話でもダメなので、よほどのことでもない限りは使わない方がいいと思う。
「ラビさん、クエストー」
”ああ、そうだね、ごめんよありす。桃香も誘ってクエスト行こうか”
私の実験に付き合わせてしまって時間を使ってしまったか。
今日は千夏君は塾の日だったはず――まぁ今はまだ部活中だと思うけど――なので、ありすと桃香の二人とクエストに行こう。
いやー、それにしても、これで眠れぬ夜とはおさらばかな。
流石に24時間起きっぱなしだと暇で暇で仕方ない。パソコンだって流石にずっと使っているわけにもいかないし、美奈子さんと呑むにしても毎日ってわけじゃないし。
『睡眠』……なんて素晴らしい機能なんだ。
さっきはたった10分間だけだったからわからなかったけど、もしかしたら夢とかも見れるのかしら?
……などとわくわくしながら、私はありすたちと共にクエストに赴くのだった……。
…………まさか、眠ってみたら
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