第4章47話 通過儀礼

 ありすと千夏君が直接顔を合わせ――そして美鈴とトラブったその日の夜。

 桃香も家の用事は終わったということでやっと三人そろって腰を落ち着けてクエストへと行けることとなった。

 そんなに焦ってクエストに行く必要は私たちにはもうないのだけど、ジュリエッタを含めたメンバーで今後戦っていくにあたってコンビネーションを考えておく必要はある。

 まぁジュリエッタの持っている能力については既に戦った時に知っていたし、改めて色々と実験をする必要はないので、実際にモンスターと何度か戦ってみて実戦で感覚をつかんでもらう感じとなった。その方がありすたちもやりやすいだろうし、大まかな作戦はともかくモンスターと殴り合うような場面では私から指示を出すこともない。




 というわけで、マイルームへと私たちは集合。

 ヴィヴィアンの時みたいに雑魚モンスターで色々と実験、という必要も今回はないため、それなりの難易度であろうクエストを選択する。

 選択したのは『砂漠地帯のモンスター討伐』というものだ。モンスター名が出ていないので、多分知らないモンスターが相手になるタイプだろう。未知のモンスターというのは少し怖いが、アリスたちにとっては新鮮な相手の方が楽しいだろうし、ジュリエッタの【捕食者プレデター】で吸収するならばもちろん見知らぬモンスターの方がいい。


「「エクストランス!!」」


 で、さぁクエストに出発というところでいつものようにありすと桃香が変身する。

 千夏君はというと、さっさとジュリエッタへと変身している。特に掛け声とかもなく、気が付いたら変身が終わっていた。


「……御姫おひぃ様、何してるの……?」


 アリスたちの行動の意味がわからず、不思議そうなジュリエッタ。

 ……あ、またこのパターンですか、そうですか。


「何って……変身ポーズに決まってるだろ?」


 至極当然、と言わんばかりのアリス。いや、実際に当然と思ってるんだろうけど。

 別に変身するのにポーズも掛け声も必要ない。現にジュリエッタは無言でさっさと変身したわけだし、意味が分からないとばかりにジュリエッタの顔にはてなマークが浮かんでいるのがわかる。

 うん、そうだよね……それがやっぱり普通の反応なんだよね……。


「……必要なの、それ……?」


 純粋に疑問に思っているのだろう。はい、必要ありません。

 だがアリスにとっては必要なことなのだ。


「必要だろ?」

「……何で?」


 再度のジュリエッタの疑問に、アリスは胸を張って堂々と答える。


「かっこいいからだ!」

「……」


 さようでございますか……。

 言っている言葉の意味は通じているのだろうが、何を言っているのかわからずジュリエッタの顔のはてなマークがどんどん増えていく。

 私も大分慣れた方だと思うが、やっぱりたまにアリスの言っていることがわからなくなる。彼女なりの美意識なんだろうけども。


「……殿様?」

”……私に聞かないでよ……”


 困惑するジュリエッタが私の方に話を振ってくるが、私にだって答えられないことはある。

 というか、ジュリエッタ時の私の呼び方は『殿様』なのか……それはまぁ別にいいけどさ。


「どうした? 貴様はやらんのか?」

「え……ジュリエッタもやるの……?」


 むしろ何でやらないんだと言いたげなアリス。

 むしろ何でやらなきゃいけないんだとジュリエッタ。

 ……まぁカッコよさの話はどうでもいいとして、仲間との『結束』というか一体感のためには変身ポーズを取った方がいいのかもしれない。でも、本人が嫌がっているのに無理矢理やらせるというのは違うと思う。これも一種のパワハラ……になるのだろうか。

 さてどうしたものか、私も結構困っていたが、そこでヴィヴィアンが動く。


「姫様。ジュリエッタは恥ずかしがっているのです」


 おっと、意外とまともな意見だった。

 そりゃあね、流石に中学生になってノリノリでマスカレイダーみたいに変身ポーズとか取るのは恥ずかしいよねぇ……こういうのはコスプレと同じでノリと割り切りと勢いでやっちゃえればいいんだけど、その辺は個人の性格によって違うからなぁ……。

 ヴィヴィアンの言葉で一旦はこの問題は収束かと思いきや――


「ジュリエッタは元々は男性――それが姫様よりも格好悪い変身姿を晒してしまうことを恐れているのです」


 さらっととんでもないことぬかしおる!?

 いや、きっとジュリエッタが恥ずかしがっているのはその通りなんだとしても、そんな理由じゃないと思うんだけど。

 と、いつも通りの無表情で淡々と話していたと思ったら、ちらりとジュリエッタへと視線を向けて一瞬だけ『ふっ』と鼻で笑うヴィヴィアン。

 あ、こいつ完全に煽っているな、これ……。

 ヴィヴィアンがジュリエッタを煽っているのに気付いているのか気付いていないのか、そっか、とアリスは頷く。


「ふーむ、まぁ気持ちはわからんでもない。では仕方な――」

「……変身解除」


 仕方ない、と納得しようとしたアリスだったが、それに被せるようにしてジュリエッタが変身を解き千夏君の姿へと戻る。

 ……あーあ、載せられちゃった……。


「ヴィヴィアン……後悔させてやるぜ……。

 男子にカッコよさで張り合おうなんざ、100年早ぇ!!」


 女子小学生の煽りにのってしまう男子のカッコよさとは一体……?


「行くぜ!」


 足を肩幅に開き、両手を引いて拳を腰に当てるように構える。良く知らないけど、空手のポーズっぽくも見える。

 そこから両腕を交差――右腕は円を描くように再度拳を腰へ、左腕はまっすぐにのばされる。私の知る仮面何某の変身前ポーズにちょっと似ているかも。

 そして、そこから今度は一気に右腕を真っすぐ天へと掲げ、左拳を腰まで引き――


「エクストランス!!」


 叫ぶと共に掲げた右腕を勢いよく振り下ろす。

 同時に彼の体が光に包まれ――ジュリエッタへの変身が完了だ。

 ……お、おう……なんだかんだでかっこいい……。やっぱりこういう変身ポーズとかは、男子の方が映えるなぁ……。


「……これで、どう?」


 今度はジュリエッタがヴィヴィアンの方を見て鼻で笑う。

 ……女子小学生を煽り返すな十四歳児。

 ヴィヴィアンはヴィヴィアンで、ほんのわずかに悔しそうに顔を顰める。まぁ、カッコよさという点では文句なかったしね……。


「ず、ずるいぞ貴様! それは『ノワール』の変身ポーズではないか!!」

「……別にずるくない。『ノワール』様のカッコよさは全世界の宝物……」


 ジュリエッタも何を言っているのかよくわからないが……。

 アリスとジュリエッタの言っている『ノワール』というのは、昔放送していたマスカレイダーシリーズのうちの一作、『マスカレイダー ノワール』のことだろう。確か『VVヴィーズ』の……三つか四つくらい前のシリーズじゃなかったかな? ありすは見ていたと思うけど、私はまだ見ていないのでよくわからないが。

 さっきの千夏君が取った変身ポーズは、そのノワールのものなのだろう。まぁアドリブでいきなり変身ポーズを考えるのは難しいしね。


”……はいはい。それじゃ変身したところでクエスト行くよー”


 このままここで変身ポーズについてあれやこれや行っていてもキリがない。

 さっさとクエストに行ってしまおう。


「むぅ……オレも何か考えてみるか……? いや、しかし……」


 ブツブツと何やら呟いているアリス。


「……あれ? もしかして、これ……毎回やらないと、ダメ……?」


 ようやく気付いたようで呆然と呟くジュリエッタ。

 そんなジュリエッタに対し、にっこりと微笑むヴィヴィアン。


「ジュリエッタ――わたくしと一緒に、地獄に堕ちましょう?」


 その目からハイライトが消えているように思えたのは気のせいだろうか……気のせいであって欲しい……。

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