第4章46話 恋するJCは切なくて以下略(後編)
ありすも美鈴が本気で怒っているわけでもないことを理解し、また自分が千夏君と関わることで美鈴を傷つけてしまったということでもない、と納得してくれたらしい。
美鈴がお詫びに、と奢ってくれたオレンジジュースを啜っている。
一方で渦中の千夏君はと言うと、こちらは自腹で追加したコーヒーを苦々し気に啜っている。
「……なつ兄、砂糖入れたら……?」
千夏君の表情を見てありすが言う。
その言葉に美鈴が「ぶふっ」と吹き出し、千夏君がまた嫌そうな顔をする。
「……いーんだよ。今日はブラックな気分なんだ」
「うくくっ……何かっこつけちゃってんの……?」
「うるせー」
察するに、どうも千夏君は普段コーヒーには砂糖を入れるようだ。
ありすと美鈴の手前かっこつけてるんだろうか。男の子だなー。まぁ本人が好きで飲んでるんならいいけど。
「――で、さっきの続きだけど。
ありす、あたしとちっかちゃ――」
「ちっかちゃん言うな」
「んもー、わかったわよ。えっと、あたしと千夏はね、家が近所で小学校からずっと同じクラスなの。中学校でもね」
おおう、それは中々すごい。千夏君が『腐れ縁』と言いたくなるのもわかる。
「で、小学校の頃から同じ道場……『剣心会』って知ってる? 桃園の敷地でやってる剣道道場なんだけど」
「ん、知ってる」
「そこにずっと通ってたのよね。で、中学校でも二人とも剣道部」
ああ、やっぱりそうなんだ。
……あれ? 何か引っかかるな……まぁ大したことじゃないんだろうけど。
「……ん、じゃあなつ兄も鷹月お姉さん知ってる……?」
「っ」
「鷹月お姉さん……ってあやめさん!?」
ありすがあやめの名前を出すと同時に、美鈴の顔は引きつり、千夏君が輝かんばかりの笑顔を浮かべる。
「何だ、ちびっ子知り合いなのか?」
「ん、トーカのお姉さん」
正しくは桃香の姉ではないのだけど、まぁ実質似たようなものか。
「トーカ……? ああ、桜のお嬢様か。そうかそうか、そういやそうだな」
実は千夏君を助けた日以降、千夏君と桃香はロクに会話をしていない。前述の通り千夏君は部活に塾にと忙しく、昨日の夕方に少しクエストに一緒に行ったくらいだ。
一応自己紹介くらいはお互いにしてはいるのだけど、その時に特にあやめについて触れなかったので千夏君は気づいていなかったみたいだ。
あれあれ? 何か、わかっちゃったかも。
千夏君は『剣心会』に通ってた。そこにはあやめもいたはずだ――彼女と年の差があるため一緒に小学生の部に通っていた期間は短いだろうけど、中学生以降でもあやめはOBとしてちょくちょく参加していたというし、顔を合わせる機会は多かっただろう。
で、あやめも結構な美人だ。美鈴とはタイプは違うけど、クールな『仕事の出来る女』的な魅力がある。
……小学校のころからそんな美人が間近にいて、憧れたとしても全く不思議はないだろう。ひょっとして、今も千夏君が道場にOBとして参加している理由って、あやめに会えるからとかじゃないだろうか。
つまりは、まぁ――千夏君はあやめのことが好きなのだ。あやめがそれを知っているかどうかはわからないが、美鈴は気づいているのだろう。
だから、あの時……美鈴はあやめと偶然会った時に凄い嫌そうな、というか何とも言えない複雑な心境だったのだろう。あやめがどう思っているかはともかく、美鈴にとってあやめは『恋敵』なのだから。
えーっと、何か妙な人間関係が出来上がってるのがわかってきたぞ。
美鈴は千夏君が好き。
千夏君はあやめが好き。
あやめは桃香が(どういう意味かはこの際問わず)好き。
桃香はありすが(そうであって欲しくない意味で)好き。
ありすは美鈴が好き。
…………何て壮大で無駄に複雑でどうでもいい人間関係なんだ!
この上更に、和芽ちゃんもちょっと怪しいんだよね……はっきりとは聞いていないけど、この間の態度がどうも『ただの道場の先輩』とは思えないというか……。
『”……千夏君”』
『……なんスか?』
こっそりと思ったことを遠隔通話で伝えてみる。
『”どうやら君は地雷っぽいよ?”』
『どういう意味っすか!?』
主に男女関係の地雷――というか爆心地にいる気がする。
美鈴もあやめも私のユニットではないし、和芽ちゃんについてはまだ疑惑どまりだけど……クローズドサークルでの男女関係はこじれると大変なことになるからなぁ。
まぁ地雷人間が一人いるけど、ありすと桃香が千夏君とどうにかなるということもないだろう。千夏君はあやめ一筋っぽいし。
――この時の私の楽観的かつ他人事だと思ってた愉快な予想は、後日、(非常に面白い意味で)裏切られることになるのだが、まぁそれはその時が来た時にでも語ろう。
* * * * *
その後しばらく話をしていると、
「……おしっこ」
と言ってありすが中座。
……お手洗いとまでは言わないけど、せめてトイレとぐらいは言って欲しい……美鈴も千夏君も物凄い困った顔してたし。
まぁそれはともかく。
――チャンス、かな?
”……えーっと、美鈴?”
「……」
あ、露骨に無視しやがった。
”……闇夜に響く混沌からの喚び声さん?”
「やめて」
聞こえてんじゃん。
流石に反応してしまってはごまかしきれないと悟ったか、ため息をつきつつ美鈴が私の方へと向き直る。ちなみに私はありすのリュックの中に入ったまんまだ。
”千夏君、ちょっとリュックの口を開けて私を見えるようにしてあげて”
「うっす」
一応外は少し見えるようにはなっていたけど、美鈴からは私は見えなかっただろう。
”久しぶり、美鈴”
「う、うん……久しぶり、ラビっち――ってこないだ会ったじゃん」
『嵐の支配者』戦の時か、あるいはその前にあやめと遭遇した時のことか。
まぁどちらにしても私が『美鈴と』ちゃんと会話するのは本当に久しぶりだ……あの時もテュランスネイルが現れるまで、このマックで話をしてたんだっけ。
「……なんだ? 知り合いなのか?」
私たちの関係を知らない千夏君が不思議そうに尋ねてくる。
さて、ありすが帰ってこないうちに、ざっくりと説明しておかないと。
”うん、前に一緒にクエストに行ったりしてたんだ”
「クエスト……ってことは」
”そうだね、美鈴も『ゲーム』の参加者だよ”
「マジか……」
そう言って美鈴の顔を眺める千夏君。
同様に、美鈴も千夏君の顔を眺める。
「……冷静に考えたらそうなんじゃないかなって思ったけど、やっぱりちっかちゃんも……?」
「ちっかちゃん言うな。
まぁ、そうだ。だから、今日あのちびっ子と会ったのは――」
「ん、わかってる。一度くらいはちゃんと顔合わせなきゃって感じだったんでしょ」
その通りでございます。
とにかく、これで美鈴がありすと千夏君の関係に疑惑を持つことは無くなってくれたかな。一応納得したように見えたものの、色恋関係はそう簡単に割り切れないものがあるのはわかってる。どうせ悶々と考え込んで眠れぬ夜を過ごしただろうし、疑惑が完全に解消できたのであれば何よりだ。これ以上は流石に私もフォローできない。
「そっか。だったら、わざわざ俺らに話させなくても、アニキが話してくれりゃ早かったんじゃないすか?」
アニキ言うなし……。なぜか千夏君は私のことを「アニキ」と呼ぶのだ。命を救ってくれた恩人に尊敬を込めて、とか言ってたけど……。
それはともかく、彼の言いたいことはわからないでもないんだけど……。
”……美鈴、ありすに知られたら……やっぱり困る?”
美鈴が『ゲーム』に復帰していることをありすはまだ知らない。
彼女の状況がはっきりするまでは余り伝えたくないのだ。いずれ敵対関係になるとか不穏な発言もあるし、何よりトンコツ曰く美鈴の復帰はシステム的にはありえないことらしいし。
私の言葉に美鈴は困ったような顔をする。
「う、ん……そうね……出来ればまだ黙っていてくれるとありがたいかな」
”事情は話せない感じかな? 何か力になれることがあれば協力は惜しまないよ?”
これは本心だ。
譬え敵対関係になるとしても、それはあくまで
「うーん……ごめん、あたしも全部の状況を把握してるわけでないし、今のところは話せることがないわ」
”そっか……”
少なくともクラウザーがヴィヴィアンにしていたように、新たな使い魔に虐げられているわけではないのだろう。
状況に納得がいっているかどうかは別として、『ゲーム』に復帰したこと自体に不満があるわけではないようだ。
”わかった。でも、さっきも言ったように、何かあれば協力するから相談してね。
ありす――にはまだ話せないけど、千夏君を通じて教えてくれればいいから”
「俺っすか……まぁいいっすけど」
「うん、ありがと、ラビっち」
さてそろそろありすが戻ってくるかな?
”あ、千夏君。美鈴が『ゲーム』に参加していること、ありすには秘密ね?”
会話の流れでわかっているとは思うが念押ししておく。
「っす。まぁ今日のところは面倒が避けられればそれでいいっす――学校で変な噂が広まったら困るし……」
「ちょっと、あたしが言いふらすとでも?」
「……おめー、今まで散々やらかしてんだろーが」
……一体何をやらかしたんだ、美鈴……。
あれか、女子トーク中に好きな人の話題でテンションが上がっちゃって、『
”……ま、ありすもそろそろ帰ってくるだろうし、私はもう引っ込んでるよ”
私そっちのけで互いの過去の暴露大会を開いている二人を放っておいて、私は再びぬいぐるみのフリへと戻る。
中々に面白い話をしてはいるものの、互いの傷口を広げ合っていることに気付いているのだろうか……? まぁ何だかんだで仲は良さそうで何よりだけど。
ありすもほどなく戻って来た。
以降の会話は特に大きな波風も立たず、和やかに行われていた。
……まぁ美鈴が千夏君の昔の話をして、報復に千夏君も美鈴の過去話をして……というのが和やかなのかどうかは意見の分かれるところだが。
急に機嫌が良くなった(ように見える)美鈴にありすは不思議そうな顔をしたものの、ありすの知らない美鈴の話には興味があったのか、楽しそうにしていたので何より。
……それにしても、美鈴の置かれている状況は一体何なんだろう。
気にはなるけど、現状私たちの助けが必要な程ではないようだし、かといってこのまま何事もなく終わるとも思えないし……。
『ゲーム』そのものについての謎もそうだが、クラウザーやマサ何とか、
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