第4章2節 テンペスト・オブ・ビースト

第4章18話 凶獣の咆哮 1. 凶報

*  *  *  *  *




 密林遺跡でのテスカトリポカとの戦い、そしてジュリエッタの対戦を行った翌日。

 今日は平日なのでありすたちは普通に学校へと通う。

 美奈子さんは仕事、そして私は一人で留守番だ。

 一通り私に出来る家事を終え、今は一息ついているところだ。

 ……ありすが帰ってくるまで暇だし、さて何をしてようか……。

 桃香(のお兄さん)からいただいた携帯ゲーム機でドラハンを一人で進めるもよし、ありすが録りためた過去のマスカレイダーを視聴するもよし。再度『ゲーム』のマニュアルを読み直すもよし――これについてはまぁ多分何の成果も得られないだろうけど。

 こういう時、昼寝が出来ない体というのは不便だ。『嵐の支配者』戦で一時気を失っていたような気もするんだけど、あれ以来、やっぱり眠れないままだし……。

 あー、そういえばこの間トンコツに会った時に聞いておけば良かったな……というか、折角フレンドになったんだしチャットしてみればいいのかな? 向こうの状況によってはダメかもしれないけど。

 私がそう思い立った時、視界の隅にマイクの形をしたアイコンが現れる。

 これも随分久しぶりに見る。ジュジュとの時以来か。トンコツからのチャットのお誘いだ。


”……もしもし、トンコツ?”


 アイコンを選択してマイルームへ。

 壁にかけられた大型プロジェクターにトンコツの姿が映しだされる。


『”……おう、ラビ。今大丈夫か?”』

”う、うん。こっちからチャットしようと思ってたくらいなんだけど……”


 別にいつも陽気な青年、というわけでもないけど、今のトンコツは何て言うか、すごく『陰気』だ。

 疲れているような感じもする。


『”そうか……何だ?”』


 う、うーん……。


”いや、私の方は大した用事じゃないから後でいいよ。

 それより、トンコツの方はどうしたの?”


 何か私の小さな悩みを相談するような雰囲気ではない気がする。

 とにかく、まずはトンコツの話を聞いた方がいいだろう。


『”ああ、かなり拙いことになった……”』

”拙いこと?”

『”……俺の仲間が、クラウザーにやられた……”』




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 時は遡り、ラビたちがジュリエッタと密林遺跡で戦ったしばらく後――

 『牛』のトンコツ、『羊』のヨーム、そして『兎』のプリン、および彼らのユニットたちは森林フィールドにて戦闘を繰り広げていた。


「うにゃにゃあぁぁぁぁぁっ!!」

「こんにゃろぉぉぉぉぉぉっ!!」


 気合の雄たけびと共に小柄な魔法少女――狐面を頭に載せた幼女の姿をした魔法少女・ジュリエッタへと飛び掛かる二人。

 一人はトンコツのユニット――灰色の狼少女・ジェーン。

 もう一人は長い黒髪を三つ編みにし、真紅のチャイナドレスに身を包んだ少女だ。

 彼女の名は凛風リンファ。ヨームのユニットの一人である。

 ジェーンは自らの霊装を本来の使い方であるブーメランではなく鈍器として振り回しながら、凛風は素手でジュリエッタへと殴り掛かっている。


「……」


 二人の魔法少女に同時に襲われているというのに、ジュリエッタは全く慌てるそぶりを見せない。

 魔法メタモルとライズを使うこともなく、向かって左側から飛び掛かって来たジェーンの霊装を片手でいなし、同時に右側から来た凛風へと蹴りを放つ。


「うぐっ!?」

「凛風ちゃん!?」


 あっさりと蹴り飛ばされる凛風。

 ジェーンの注意が一瞬そちらへと向いたのをジュリエッタは見逃さなかった。


「……ふぅっ!!」


 短く息を吐き出すと同時に力強く踏み込み。同時に掌打をジェーンの無防備な腹へと放つ。


「うぎゅっ!!」


 回避も出来ず、まともに食らってジェーンもまた吹き飛ばされてしまう。

 吹き飛んだ二人に対して追撃することもなく、その場にジュリエッタは静かに佇み、二人が立ち上がるのを待っている。


「うぐぐ……あいつ、一体何アルか!? 強すぎないアルか!?」

「あ、アタシにもわかんないよ……!」


 吹き飛ばされはしたものの、魔法による強化はされていなかったためダメージ自体はそこまで負っていない。

 二人は痛みを堪えながらも立ち上がる。

 ――実のところ、ジェーンはジュリエッタとは初対面ではない。

 しばらく前にあった『嵐の支配者』との戦いの際に、一時的に共闘していたことがある。もちろん、ジェーンもジュリエッタのことは覚えている。

 ただ、実際にジュリエッタが戦っているのをじっくりと見たわけではない。

 あの時、ケイオス・ロアの提案でジェーンとジュリエッタはそれぞれ雷精竜ヴォルガノフを相手に戦っていたのだが、ジェーンは自分の戦いに必死でジュリエッタの方がどうだったのかを見ていなかったのだ。

 そのこと自体は彼女を責めるべきではない。元々、ジェーンにとってヴォルガノフは荷が重い相手であったのだ。ケイオス・ロアの《ゴッドブレス》という強化魔法のおかげで何とか戦えていたにすぎない。


 ――……そういや、あの時ジュリエッタって《ゴッドブレス》は貰ってなかったような……?


 色々と唐突な展開だったためはっきりとは覚えていなかったが、確かに《ゴッドブレス》はジェーンにしか使っていなかったような記憶がある。

 であれば、ジュリエッタは《ゴッドブレス》の強化なしにヴォルガノフを倒したということになる。その時点で、ジェーンより強いことは明白だ。


「くっ、どうするアル!? ワタシたちだけで勝てるかアル!?」

「う、うーん……無理っぽい!」


 敵はジュリエッタだけではない。少し離れた位置では、残りのメンバーがそれぞれの使い魔ユーザーと共にもう一人の敵と戦っている。

 ――勝つため、ではない。ためだ。

 乱入対戦が始まってしまっているものの、ゲートに入ってしまえば逃げ切ることが出来る。ただし、まだクエストの討伐対象を倒していないためクエスト自体は失敗となってしまうが、ゲームオーバーと引き換えにするわけにもいかない。

 尚、乱入対戦の最中では『離脱アイテム』は使うことは出来ない。ゲートからの脱出が可能なのに、アイテムでの脱出が出来ない理由は不明だが、それを問いただす余裕もない。

 ジュリエッタともう一人の敵に逃走ルートを阻まれてしまっている状態だ。

 逃げ切るためにはどちらかを倒すか、あるいは別の方法でルートを切り開かなければならないという状態である。

 ジュリエッタについては、最も戦闘力の高いジェーンと凛風が引き受けているのだが……二人がかりであるにも関わらず、全く歯が立たないという有様なのだ。


(アンジェリカちゃんとヒルダさんがこっちに来れば……でも、そうすると師匠たちが危ないし……)


 そもそも、複数人で同時に戦ったところで戦力が増すかと言われればそういうわけでもない。

 使う魔法や戦闘スタイルによっては逆に戦いづらくなることもあるだろう。

 そうした面から考えても、今以上の戦力は望めない。もう一方から戦力を抜けば、使い魔たち自身が危うい――今でもギリギリと言ったところなのだ。


『”ジェーン、フォルテから指示が来た! 行くぞ!”』

『師匠!? 行くって言っても……うー、わかった!』


 ジュリエッタとの睨み合いの最中、トンコツから遠隔通話がやってくる。

 フォルテ、とはヨームのもう一人のユニットの名だ。

 ジュリエッタたちを倒して突破する以外のもう一つの方法……それが、フォルテの能力を使っての脱出である。

 凛風の方にもヨームから遠隔通話が来たのだろう、二人は視線をかわすと頷き合う。


「アクション《ハイスピード》!」

「シフト《3rdギア》!」


 ジェーンと凛風が同時に魔法を使う。

 そして、使うと同時に――すぐさまジュリエッタに背を向け、全速力でその場を離脱しようとする。


「……ライズ《アクセラレー……!?」


 慌てず騒がず、そして失望もせず、ジュリエッタは静かに自らに強化魔法をかけて二人を追いかけようとした時だった。

 森の奥から巨大なモンスターがジュリエッタに向かって一直線に迫ってくる。

 それはクマよりも更に大きい、『鹿』のモンスターだ。

 『森林の覇王』オルゴ・ガルバルディア――それがこのモンスターの名であり、クエストの討伐対象である。


「……邪魔」


 二人はこのモンスターが接近してくるのを察知していたのだろう――ジュリエッタは知る由もないが、ジェーンのギフト【狩猟者ハンター】の能力の一つだ――モンスターの突撃に合わせて、この場を離脱したのだ。

 オルゴ・ガルバルディアのモンスターレベルは4、まともに戦うとかなり苦戦するであろう難敵だ。

 それゆえ、『EJ団』は3チームでこのクエストに挑んでいたのだが……。

 巨大な鹿は、完全にジュリエッタを標的と定めているようだ。


「……まぁいいか。

 それなりに使はありそう」


 二人を追うのを一旦止め、ジュリエッタはオルゴ・ガルバルディアと向き合う。

 その表情はいつも通りの無表情ではあったが、レベル4のモンスターに対する恐れは微塵もなかった……。

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