第4章17話 恐怖のプレデター 9. 災厄の足音

*  *  *  *  *




 私の勝利が告げられる。

 ……どうやら、ヴィヴィアンがジュリエッタにとどめを刺したようだ。

 最後、何が起こったのか――まぁそう複雑なことではないのだろう。

 まず、ヴィヴィアンは《ペガサス》を召喚し、そして私たちが辿ったのと同じルートで外へと出す。

 ぐるっと大回りしてきた《ペガサス》が私たちと対峙するジュリエッタを発見すると同時に、超高速での体当たりを繰り出す――これで倒せればそれでOKではあったが、逃げられる可能性は充分にあった。事実、ジュリエッタはメタモルでスライム化して逃げたわけだ。

 一方でヴィヴィアン本人はどうしてたかというと……《ペガサス》とは別に、ビル内を抜けてジュリエッタを追いかけていたのだろう。アリスが言った通り、『地の果てまでジュリエッタを追いかける』という執念を見せたのだ。

 そして、《ペガサス》の攻撃をかわすためにジュリエッタが枝の隙間から落ちていったのに合わせて、とどめ――ということだ。


”お疲れ様、ヴィヴィアン。今こっちに呼び戻すよ”


 ヴィヴィアンの体格でも枝の隙間を通ってくることはできない。

 私はユニットの強制移動を使い、すぐ側へとヴィヴィアンを呼び戻す。

 現れた彼女は、ジュリエッタが化けていた時同様、あちこちに傷を負っている。どれだけ激しい戦いを繰り広げたのか、見ただけでわかる。


「……申し訳ありませんでした」


 開口一番、ヴィヴィアンは深々と頭を下げて謝罪する。

 謝ることなんて何もない。むしろ、彼女は役割を果たしたのだから褒めるべきだろう。


「ふふん、まぁ、貴様にしては上出来だったぞ」


 にやりと笑いつつアリスはそう言う。

 ……褒めてる、んだろうけど、言い方には気を付けよう。


「な、使い魔殿、オレの言った通りだったろ?」

”……あー、うん。まぁ確かにね……”


 ジュリエッタをずっと追いかけ続け、そしてついには仕留めたのだ。

 うん、アリスの言う通りだ。私も、ジュリエッタも、ヴィヴィアンのことをやはりどこかで見くびっていたのかもしれない。

 だから、私がヴィヴィアンにかける言葉はこれしかない。


”ヴィヴィアン、頑張ったね。君のおかげで、テスカトリポカもジュリエッタも倒せたんだ”

「……はい」


 謝罪は無意味だろう。

 ただ、彼女の頑張りを褒めてあげたい。


「さて、それじゃ戻るとするか」

”そうだね。

 ……そういえば、ジュリエッタはどうなったの?”


 こちらからは見えない位置でジュリエッタの体力が尽きたので、彼女がどういう状態なのかはわからない。

 もしかしたら、ジュリエッタの正体もわかるかもと期待したのだが……。

 ヴィヴィアンは首を横に振る。


「魔力は尽きなかったようで、姿までは確認できませんでした。

 そのまま消えてしまったので、おそらくクラウザー様が対戦終了と共にクエストを放棄したのでしょう」


 私の思っていたことを、ヴィヴィアンも思っていたようだ。

 まぁ、ジュリエッタの正体がわかったところで……彼女は自分から望んでクラウザーと共にいるようだし、ヴィヴィアンの時のようにはいかないんだろうけど……。


「ま、あいつに関してはどうしようもない。向かってくるなら、また叩きのめすだけさ」


 アリスは簡単に言ってのけるが……果たして次に彼女と戦った時、同じように勝てるかどうかは正直わからない。

 今までに出会った中では、間違いなく最も戦闘力が高く、そして好戦的な魔法少女だ。

 ……これから先のジュリエッタとの戦いを思うと、ちょっとげんなりとしてくる。


「……」


 一方で、ヴィヴィアンは少し思案顔だ。

 何か気になることがあるのだろうか?


”ヴィヴィアン?”

「あ、いえ……わたくしの思い過ごしなら良いのですが……」

「何だ? 気になることがあるなら言え」


 実際にジュリエッタと一番長く戦っていたのはヴィヴィアンなのだ。私やアリスでは気付かないことにも気づいている可能性はある。

 ……それに、桃香ヴィヴィアンの性癖とかはともかく、細かいところに気付く感性とかは実に頼りになると思っている。


「それでは、僭越ながら述べさせていただきます――ことが気になっております」

”……そうなの?”


 ジュリエッタの体力ゲージはこちらからは見えないので全くわからなかったけど……。

 私の疑問に一つ頷き、ヴィヴィアンは続ける。


「はい。彼女との対戦中、ずっと様子を窺っていたのですが……まともに攻撃が当たったのは、最後の一撃くらいだったはずです。

 《フェニックス》の炎は確かに強力ですが、それ一撃でユニットを倒せるかと言われると……少々難しいと思います」

「むぅ……確かにな」


 何度か攻撃を当てている場面はあったけど、そう言われると確かにジュリエッタは直前でメタモルで回避したりしていたっけ。

 《ペガサス》の体当たりもギリギリでかわしてたっぽいし、とどめとなった《フェニックス》しかクリーンヒットらしきものはないわけか。

 ……確かに、《フェニックス》の炎は強力だけど、それ一撃でユニットを倒せるか? と言われると……。


”……ここで考えていても仕方ない。とにかく一度戻ろう。ジュリエッタはもう来ないだろうけど、他にモンスターがいないとも限らないしね”


 気になる点は残るが、ここに留まる理由ももうない。

 私たちは若干の疑問を残しつつも、密林遺跡のクエストから脱出するのであった……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 暗い、鉄で覆われた『廃工場』――を模したマイルーム。

 他のマイルームであればソファや机が並んでいるであろうが、このマイルーム内にはそのようなものはない。

 あるのは錆びたドラム缶や乱雑に積み上げられた鋼材、何の部品かもわからない正体不明の謎のオブジェ……そのような、寛ぎや安らぎとは無縁の空間だ。


「……」


 そんなマイルームへと、ジュリエッタは現れた。

 ラビたちの推測通り、対戦が終了した時点でクラウザーはクエストを放棄。それによってジュリエッタは強制的にマイルームへと戻されたのだ。


「……っ!!」


 自分が負けたことは自覚しているのだろう。

 マイルームへと戻ったことに気付くと、表情は変えずとも苛立たし気にジュリエッタは傍にあったドラム缶のオブジェを蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされたドラム缶はそのまま部屋の隅へと転がるだけで、破壊はされない――マイルームのオブジェには当然とも言うべきか攻撃の当たり判定がないため、ドラム缶は転がっただけでへこんでもいない。

 それがより一層ジュリエッタを苛立たせる。


”ふん、負けたか”


 マイルームの隅からジュリエッタへと声をかける存在があった。

 黒地に白の縞模様の巨体――使い魔ユーザークラウザーである。

 彼の声にジュリエッタは視線を向ける。

 無表情のままではあるが、視線には今にもクラウザーに飛びつきそうな程の殺気が込められていた。

 そんな視線を受け流し、クラウザーは続ける。


「……次は、負けない」


 ここで何を言っても言い訳になる――負けたことは事実なのだ、ジュリエッタはそう思いなおし、それだけを口にする。

 くくっ、とクラウザーは低く笑う。

 ――ラビたちにジュリエッタが語った通り、二人の関係はヴィヴィアンの時とはまるで異なる。

 気安い友人とはとてもいいがたいが、少なくとも一方的に虐げられたり無理に服従させたりといった関係ではない。共に『ゲーム』に挑む対等の関係であるとは見える。

 尤も、それが友好や信頼であるとはわからないが。


”まぁいいさ。やつらの実力の程は、わかったろう?”

「……うん」


 今度は素直にジュリエッタは頷く。

 一人ずつを相手にした場合、決して負けるとは思わないが、二人同時に戦った場合にはそうではないことはわかった。それでもやりようはまだあったとは思うし、反省点の多い対戦であったとジュリエッタは思う。

 もちろん、だからこそ得るものもあったと思うのだが。


「クラウザー、次」

”あ? ……ふん、いいだろう”


 一度対戦で負けたくらいではジュリエッタの闘志は揺るがない。

 すぐさま次の対戦――同日ではラビたちとは戦うことは出来ないため別の使い魔ユーザーとの戦いになるが――をジュリエッタは望む。

 ヴィヴィアンとはまるで異なる、そしてアリスともまた微妙に異なる好戦的なユニット……それがジュリエッタだ。


”お前がクエストに行っている間に、リュウセイの野郎からちょうどいい『獲物』がいることを教えてもらったぜ。

 ……そいつらを狩りにいくとするか”


 言いながら、クラウザーが立ち上がる。


「……クラウザーも行くの?」

”ああ。あのバカ共と違って、まともに乱入対戦を受け入れる相手じゃないからな”


 クラウザーが『対戦特化』であり、かつ対戦で他のプレイヤーを倒していくことを狙っているという話はある程度広まっていると思ってよいだろう。

 だから、ラビたちのように普通に対戦依頼を仕掛けても、相手は応じてはくれまい。

 結局のところ、以前にトンコツがラビに語ったように、『対戦での勝利はゲームの勝利条件ではない』からだ。

 ではどうするか――


「……ああ、乱入対戦、無理矢理やらせるんだ」


 ジュリエッタはクラウザーのやろうとしていることを把握し、納得する。

 普通ならば乱入対戦に限らず対戦は挑まれた側が拒否すればそれで終わりだ。

 だが、もし、その制限を無視できる手段があるとすれば……? そして、その手段をクラウザーが取れるとすれば……。


”くくっ……じゃ、行くぜ、ジュリエッタ”

「うん」

”今度の獲物は――『EJ団』とか言ってたな。プレイヤー3人ひと塊になっているやつらだ。

 ――いけるな?”


 クラウザーの問いかけに、ほんの少しだけ唇の端を持ち上げ、ジュリエッタは薄く笑って応えた――




 魔獣少女ジュリエッタ猛獣クラウザー――恐るべき災厄が迫ろうとしていることを、まだ他のプレイヤーは知らない。

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