第4章16話 恐怖のプレデター 8. 決着
もう後は『ゲート』に飛び込めばそれで終わり――たとえ乱入対戦中であっても、優先されるのはクエストの方なので、決着をつけなくても私たちは逃げ切ることが出来る。
ちなみにその場合、乱入対戦自体の決着はつかないので勝敗はつかない。お互いに特に何を損するわけでもない。
……けど、その選択肢がないのは何度も述べた通りだ。これで対戦相手がクラウザー以外であれば、クエストをさっさと終わらせてしまうというのもありえたのだが……。
”……どうしよう、ヴィヴィアンを強制転移で呼び出そうか?”
彼女の安否が気になる。
ジュリエッタに聞かれないように遠隔通話でアリスへと問いかけるが、
『いや、余計なことはしないでいいだろう』
とアリスはヴィヴィアンの呼び出しを拒否する。
確かにヴィヴィアンは今体力がほぼ尽きている状態だし、身動きも取れない状態かもしれない。
体力やケガを回復させてあげたいという気持ちはあるけど、下手に動けないままこちらに呼び寄せてしまうと、ジュリエッタに人質として取られる可能性もあるか。
ヴィヴィアンのことは心配だが、ここはアリスの言う通り余計なことはせずに目の前のジュリエッタへと集中すべきだろう。
「さて……」
アリスは『杖』を構え、油断なくジュリエッタへと視線を向ける。
テスカトリポカ本体を倒したことにより、周囲には小型モンスターの気配もなくなっている。これでディスガイズを利用しての不意打ちは無くなったと思っていいだろう。
ただ、それでも真正面からの格闘戦となると全く油断できない。
ディスガイズによる不意打ちが初見殺しではあるが、ライズ、メタモルの2つの魔法については『わかったところで対策しようのない』魔法のためだ。この辺りはアリスの魔法と条件は同じか。
その上、ステータスは高いとは言っても、アリスの魔法は基本的には射撃系の魔法が多い。《
アリスも状況は分かっているはずだが……あれ? 特に焦ったりしている様子はない? まぁ、アリスがこの手のことで焦ること自体あんまりない気はするけど。
「やっぱり、あれだなー」
……と、不意にアリスがジュリエッタを見つめたまま、薄く笑って言う。
「……?」
油断を誘う演技、というにはちょっと話し方がおかしい気もする。
アリスの意図が読めずにジュリエッタもわずかに眉を顰めるが、構わずにアリスは続けた。
「――二対一じゃ、話にならなかったな」
「……!?」
アリスの言葉の真意は私にもわからない。
だが、言うと同時にアリスはすぐさま行動に移る。
「ext《
『杖』の先端のマジックマテリアルを神装へと変化させ、相手の動きを完全に封じる黄金の鎖を生み出す。
伸びた黄金の鎖はジュリエッタへと絡みつき、動きを完全に封じる。
「くっ……」
ただの鎖ではない、捕らえた相手の動きを完全に拘束するという性質を持った神装だ。よっぽどの力でもない限り引きちぎることは不可能だし、相手の動きを封じるという性質からスライムになって抜け出す、というような抜け道も封じているらしい。
ジュリエッタは鎖から抜け出そうともがくが、抜け出すことが出来ない。
そして――
「ほらな、オレの言った通りだろ?」
言いながらアリスはジュリエッタの頭上――斜め後ろの方向へと視線を向ける。
私も、ジュリエッタも――彼女は動くことが出来ないのでアリスが無理やり鎖で振り回して見せた――その方向を見た瞬間、
”……あれは……!”
上空に煌めくエメラルドグリーンの光――私たちにとってはもうおなじみとなったアレは……。
「……っ!!」
ジュリエッタもその光の正体に気付いたのだろう、更に必死にもがいて鎖から抜け出そうとする。
エメラルドグリーンの光は一瞬、より強く瞬くと――猛烈な速度でこちらへと向けて一直線に
――その光の正体は、ヴィヴィアンの召喚獣。その中でも最もスピードに優れた天翔ける馬……《ペガサス》であった。
「rl!」
上空から一直線にジュリエッタへと向けて駆け降りてくる《ペガサス》。
《ペガサス》が衝突する寸前にアリスは《天魔禁鎖》を解除――そのままだと鎖がクッションとなってダメージが通らないからだ――ようやく動けるようになったジュリエッタだったが、その時にはもう《ペガサス》の鼻先が彼女の胴体へと突き刺さろうとしていた!
――悲鳴を上げることも出来ず、ジュリエッタは《ペガサス》に叩き潰されてしまう……。
……と思ったのだが、
”……逃げた!?”
「ふん、ギリギリでスライム化したか」
足場となっていた木の枝はテスカトリポカを倒したことで大分減って隙間が出来ている。
アリスとかがくぐるには流石にちょっと狭いが、全身をスライム状にすることの出来るジュリエッタならば自由自在に通り抜けることが出来るだろう。
《ペガサス》が衝突する瞬間、ダメージを受けるのを恐れずにギリギリまで粘ったジュリエッタは《天魔禁鎖》が解けると同時にメタモルを使って脱出したのだ。
……敵ながら天晴れ、と言うべきか。体力ゲージが尽きるまで粘って脱出のチャンスを窺っていた――そして、彼女の思惑通りに脱出することが出来たというわけか。
枝へと『着弾』した《ペガサス》だったが、オブジェクト破壊不可のルールに引っかかるため弾かれてしまったものの、空中で体勢を立て直している。
”……あれ?”
そこで私はようやく気が付いた。
……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ラビの予想通り、《ペガサス》が着弾する寸前にメタモルで全身をスライム化させたジュリエッタは木の枝の隙間から逃げていた。
オブジェクト破壊不可のルールがある以上、一度枝の隙間を通ってしまえばアリスたちは追いかけることは出来ない。ヴィヴィアンの小型召喚獣でも不可能ではないが、どこかで枝にぶつかってそのまま嵌る可能性の方が高いだろう。
――失敗した。
枝をすり抜け、密林遺跡内部へと戻ったジュリエッタは心の中でそう思い、自らの失態に舌打ちする。
ヴィヴィアンに化けての不意打ちが失敗したのはともかく、その後は完全にジュリエッタ自身のミスだ。
不意打ちをするためにあえてヴィヴィアンにとどめを刺さずにおいたのが裏目に出た。彼女が復帰するまでもう少し時間がかかると思っていたのだが、その見込みは甘かったと言えよう。
「まだ終わってない」
枝を抜けた先はビルとビルの隙間――空中に放り出された形となるが、ジュリエッタには特に問題にならない。
メタモルでもディスガイズでも、どちらでも対応可能だ。
アリスたちがこのままジュリエッタを放置してクエストから脱出するのであれば仕方ないが、事前にクラウザーから聞いた話から予想して、おそらくジュリエッタとの決着をつけるまではクエストを終了させることはないだろう、と思う。
であれば、再度枝の隙間から不意打ちを仕掛けるなりすればよい。ジュリエッタはそう考え一人呟く。
「――いいえ、もうここで終わりです」
ジュリエッタの独り言に応える声があった。
「……ヴィヴィアン……!」
気づいた時にはもう手遅れであった。
ビルの隙間から落下するジュリエッタと向かうように、地上から駆け上ってくる炎の柱――翼を最大まで広げ、逃げ場のないくらいに炎をまき散らしながら、《フェニックス》が現れ……。
「がっ、ぎゃあああああああああっ!?」
容赦なくジュリエッタの全身を炎が焼き尽くしていった――
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