第4章19話 凶獣の咆哮 2. EJ団vsクラウザー

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ジェーンと凛風がジュリエッタと向かい合っていたのと同じ時、残りのメンバーはもう一人の敵と向かい合っていた。


”……くそっ、こいつ、本当に『チート』使いなのかよ……!?”


 シャルロットに抱かれたトンコツが吐き捨てる。

 彼らの目の前にいたのは――黒地に白の縞模様の巨大なトラ……使い魔ユーザークラウザーであった。




 事の経緯はそう複雑なものではない。

 トンコツ、ヨーム、プリンの『EJ団』の三人と各々のユニットは、『森林地帯のモンスター討伐』というクエストの攻略最中であった。

 そこへ突如現れたのがクラウザーとジュリエッタである。

 クラウザーが活動を再開していたのは、しばらく前にあった『全プレイヤーが複数のユニットを所有した』という通知で察してはいた。想定以上に早かったのは否めないが、それでも対戦を避けていけば問題ないと思っていた。

 トンコツたちの誤算は二つ。

 一つは、クラウザーが『乱入対戦』を行ってきたということ。

 そしてもう一つは、クラウザーがラビと対戦した時よりも、より露骨かつ悪質な『チート』を隠すことなく使ってきたことである。


”……いやいや、参ったねぇ……まさか、とはねぇ”


 この事態に至ってもマイペースを崩さず、まるで焦っていないかのようにのんびりとヨームが言う。

 ――そう、クラウザーの使った『チート』は、乱入対戦を強制的に開始するというものであった。

 対戦を受けなければ問題ない、そう思っていたトンコツたちにとっては予想外の事態を招いた原因である。


”それだけじゃないわ。『降参リザイン』すら封じてくるなんてね……”


 こちらはいつもの陽気さも流石になく、緊張したように言うプリン。

 クラウザーの『チート』の更に悪質な点は、対戦を『負け』にする代わりに強制的に終了させる『降参』すらも封じているというところだ。

 どのような手段でそんな『チート』を可能としているのかまではわからないが、トンコツたちにとって致命的な事態であることに変わりはない。

 突如現れたクラウザーとジュリエッタの襲撃を受け、『EJ団』は混乱に陥った。

 そのうち、最も脅威となるジュリエッタをジェーンと凛風が引き付け、その間に残りのメンバーで逃げる――使い魔さえ逃げ切れば、モンスターによるリスポーン待ちにならない限りは問題ない――という方針が自然と出来上がったのだが、逃げようとするメンバーの前に立ち塞がったのがクラウザーだ。


(”拙いぞ……確かこいつ、ラビの話によればユニットと同等の力を持っているはず……”)


 以前、ラビが戦った時にはアリスとほぼ互角の戦闘力を発揮したとトンコツは聞いている。

 結局のところはアリスには及ばないとも聞いてはいたものの、ジェーン・凛風含め、ここにいるメンバーの戦闘力はアリスの足元にも及ばない。全員で立ち向かえば……とも思うが、そうなると今度はジュリエッタに襲われてしまう。

 唯一の希望は――


「……しばし時間を。私がルートを導き出します」


 クラウザーに聞こえないように小声で囁く美女――アラビア風の衣装に身を包み、顔をベールで隠した魔法少女・フォルテだ。

 彼女の持つ魔法には攻撃力は全くないものの、他の魔法とは一線を画す効果がある。

 とにかく時間を稼いでフォルテの魔法を使って、何とかこの場から脱出するしかない。それがトンコツたちの共通認識だ。


”ククク……何をしようとしているのか知らねぇが、逃がさねぇよ”


 立ち塞がるクラウザーは、三人とユニットたちに向けてそう宣言する。

 だが、自らが積極的に襲ってくるわけでもなく、ただ監視するかのようにその場にいるだけだ。

 ――これを隙と見る程、トンコツたちも甘くはない。


(”……ジュリエッタとか言ったか、あのユニットに戦わせるつもりか……!”)


 ジュリエッタの戦闘力はかなり高い。今もジェーンと凛風が必死に足止めをしているが、既に遠隔通話にてそう長くはもたない、と聞いている。

 クラウザーの本当の狙いはわからないが、ジュリエッタがこちらに合流するのを待っているのは間違いない、とトンコツは思う。

 実際、ジュリエッタが来てしまったら、その時点でトンコツたちは為す術もないだろう。

 だからそうなる前に、この場から逃げ出す算段をつけねばならない。そのためには、フォルテの魔法が不可欠――そして、フォルテの魔法が効力を発揮するまでの時間を稼がなければならない。


”……何が狙いだ、クラウザー?”


 時間稼ぎ、と言ってもやれることはほとんどない。

 トンコツは必死に言葉を紡ぎ出す。


”狙い? ……ハン”


 トンコツたちの意図がわかっているのかいないのか、変わらず動かず、クラウザーは鼻で笑いながら返す。


”これはだ。まだまだジュリエッタも甘いからな――お前ら雑魚共で経験値を稼いで、本命を潰す……そのためのな”


 『雑魚』と言われても否定は出来ない。

 他のプレイヤーの進捗度合いは全てわかるわけではないが、ラビたちとという桁外れの実力を持つものが身近にいるトンコツは、自分……そして同程度の実力であるヨームもプリンも含め、どの程度のものかは理解している。

 その桁外れの実力の持ち主であるラビと戦おうとするクラウザーが、決して口先だけではないということも理解している。

 故に、自分たちがクラウザーから見れば『雑魚』と映るのも仕方ない、そう彼らは思った。

 そして『本命』とは――言うまでもなくラビたちのことだろう。


(”くっ……ラビたち以外にも矛先が向く可能性は考えてたが、まさか俺たちのところに来るとは……”)


 以前のラビとクラウザーとの戦いの後、クラウザーが再始動する際にラビ以外を狙う可能性は確かに考えていた。

 それが自分たちになるとは思いもしなかったが……。


”さて――ジュリエッタがこちらに来る前に逃げられても詰まらんしな。

 こっちも始めるか”


 クラウザーが自ら動き出そうとする。

 ユニット同様の魔法を使えることは既にわかっている。魔法の内容もわかっているが、ここにいるメンバーだけで対処は難しい。


「わ、私が……!」


 赤ずきんを被り、大鎌を携えた魔法少女アンジェリカが、他のメンバーを庇うように前に出る。

 ジェーン、凛風に続いて戦闘力が高いのがアンジェリカとなるのだ。クラウザーが襲い掛かってくるとしたら、アンジェリカが前に出て戦うしかない。


「――いえ、それには及びません」


 と、そこでフォルテが言葉を放つ。

 彼女の言う『時間』が満ちたのだ。


「オラクル……」


 フォルテが静かに魔法の名を紡ぐ――これもまたジュリエッタのメタモル同様、一語のみで発動する魔法だ。

 彼女の魔法が発動したのを確認すると同時に、シャルロットがトンコツを、ヒルダがフォルテに代わりヨームを抱きかかえる。


「……行きます!」

「アンジェリカ、貴様が殿じゃ!」


 まずフォルテが動き出し、それを追ってシャルロットとヒルダが続く。


「オーダー! 《脚力強化:アンジェリカ》!」


 ヒルダはその場を離れる前にアンジェリカに対して自らの魔法オーダーを掛ける。

 彼女の魔法は他者――ユニット限定で『命令オーダー』を行うものである。その強制力はかなり高く、特殊な魔法やギフトを持っていない限りは逆らうことは出来ない。

 本来ならば移動や行動を阻害するにとどまる魔法ではあるが、ヒルダは更に自らのギフト【賦活者アクティベーター】の力を使い、一時的な能力強化や本来はありえない強制転移等を実現している。

 クラウザーに追って来られては意味がない。アンジェリカが殿としてクラウザーを食い止めて使い魔たちが逃げる時間を稼ぐため、強化を施したのだ。


「うぅ~、いつもいつも私に押し付けるんだからぁ……!」


 涙目で不満を零しつつも、言われた通りにアンジェリカは大鎌をクラウザーへと向けて振るう。

 アンジェリカもここでクラウザーを止めなければ使い魔たちが逃げ切れないこと、そして使い魔が逃げ切れなければゲームオーバーとなってしまうことは理解しているのだ。


”ふん、てめぇ一人でオレの相手をする気か?”


 既にクラウザーは武装魔法イクイップメントで全身を鋼鉄の鎧で覆っている。

 アンジェリカもクラウザーの能力については聞いているので、これに加えて更に遠距離攻撃魔法と身体強化魔法を使ってくるのは理解している。

 ヒルダから強化バフは貰っているものの、脚力強化のみだ。ヒルダやシャルロットに比べれば戦闘力は高いものの、アンジェリカではクラウザーには勝てないだろう――その点も理解している。

 ここでクラウザーを倒すことが出来れば全て丸く収まるのだが……。


「や、やれるだけ、やってみます!」


 可能な限り時間を稼げばそれでよし、クラウザーを倒せれば尚良し。

 アンジェリカは逃げず、クラウザーへと立ち向かう。

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