第4章14話 恐怖のプレデター 6. 炎獄
* * * * *
冥獣テスカトリポカ――果たしてこいつは一体どのようなモンスターなのか?
モンスター図鑑の説明によれば、そもそも『冥獣』の定義とは『世界にとっての敵』『この世にありえざる生命』となっている。
私たちが冥獣と戦うのは、懐かしのアラクニド以来だ。他には冥獣と分類されているモンスターと戦ったことはないため、いまいちどのようなモンスターが冥獣に該当するのかがわかりにくい。
けれど、今回のテスカトリポカの出現によって何となくだけどわかってきたような気がする。
おそらく、この都市はテスカトリポカによって侵蝕され、(『ゲーム』内における設定上の話では)滅びたのだと思う。
世界を滅ぼすほどの侵蝕を行う――それこそが『世界の敵』とされる所以なのではないだろうか。
このテスカトリポカの特徴はこうだ。
まず、『植物』のように
テリトリーの範囲内に現れる『象』『ジャガー』『蝶』等のテスカトリポカは、おそらく『根』の途中から生えていた『赤い実』から生まれた分身……多分、感覚器とかもしくはテリトリー内の異物を排除するための番兵の役割、あるいはその両方を担っているのだろう。
だとすると、いくら私たちの遭遇したテスカトリポカを倒しても意味はない。『嵐の支配者』のように風竜を撃退し続けていれば本体の再生能力を多少は削れるかもしれない、という程度――まぁ気休めにしかならないと思う。
この手の超大型モンスター、かつ多数の手下を(おそらくは)際限なく呼び出してくる相手の場合は、とにかく大本を速攻で倒すべきだ。その考えは私も同意だ。
同意なんだけど……。
”え、と……本当にやるの?”
「おお、本気だとも。むしろ、やらない理由はないだろう?」
私の戸惑い混じりの問いかけに、アリスは当然と言わんばかりに頷く。
本体がどこにいるかわからない、かつこの都市全体をおそらくは覆っているであろうテスカトリポカを倒すためにアリスが提案し、実行しようとしている作戦は……何というか、非常に
……まぁ、確かにアリスの考え以上に有効な作戦を私が思いつけない以上、
「あんまりグズグズしてもいられないしな。こっちはさっさと片づけようぜ」
確かに、ヴィヴィアンに任せたとはいえジュリエッタのこともある。
この戦いは、アリスがいかに早くテスカトリポカを倒してヴィヴィアンと合流するか、あるいはジュリエッタがテスカトリポカが倒される前にヴィヴィアンを下してアリスの元へと追い付くか、時間との戦いでもある。
そして、どちらかというと私たちの方が時間に追われる立場でもあるのだ。グズグズしている余裕はない、か。
”……よし、やろう、アリス!”
「おう、行くぜ!!」
アリスの魔力を最大まで回復させつつ、私は改めてアリスの背中にしっかりとしがみつく。
ちなみに今私たちがいる場所は、最初に入り込んだショッピングモールの上空――ピラミッド型ビルがあった付近だ。
ここを選んだ理由は特にない。アリス曰く、どこで
「――sts『神装解放』!!」
……いや、理由はないことはないか。周囲に邪魔するもののない開けた場所であれば、アリスは全力で神装を使うことが出来る。
使う神装は――
「ext《
アリスの掲げた『杖』の先端が大きく『T』の字型へと変形――そこから巨大な炎の柱が吹き上がる。
『嵐の支配者』をも焼き尽くした、世界を焼き滅ぼす魔剣《レーヴァテイン》だ。
「おら、出てきやがれテスカトリポカ!!」
叫びながら眼下のピラミッド型ビル――正確にはその周辺の植物に擬態しているテスカトリポカへと向けて、炎が奔る!
《レーヴァテイン》――かつて実験で使った時は、モンスターはおろかその周辺の森全てを焼き払うくらいの威力があったが、どうも単純な炎属性の魔法、というわけではないようだ。
詳しい説明がわからない――ヴィヴィアンの魔法なら『全書』に詳細が載っているのでわかりやすいのだが、アリスの魔法にはそういったものはないのでこちらで判断するしかない――のでどこまで正確かは不明だが、おそらく『相手を焼き尽くすまで消えない炎』というような特性があると思われる。元ネタの神話からして、神々の世界を滅ぼしたとどめの一撃を担っていたわけだし、これはそう的外れな推測ではないと思う。
さて、それを
《レーヴァテイン》の炎がピラミッド型ビルへと着弾、次の瞬間……炎が次々と周囲の木々――に擬態したテスカトリポカへと燃え移っていき、わずか数秒で周辺が文字通りの火の海と化した。
”……うわ、気持ち悪い……”
炎の海の中で、うねうねと動き回る無数の枝――いや、これはもうテスカトリポカの触手か――が見える。普通の植物が燃えて縮んだりしているのとは全く異なり、生き物が苦悶にのたうつ様が見て取れる。
それが辺り一面……誇張抜きで、ビル全体で蠢いているのだ。気持ち悪いなんてものじゃない……。
こうしてみると、私たちは今まで本当にテスカトリポカの内部にいたのだということがわかる。
アリスの考えた作戦は単純明快。
どこにテスカトリポカの本体がいるのかはわからない。が、テスカトリポカはこのフィールド全体を覆うくらいの広大な範囲に存在している。
ならば、とにかくテスカトリポカをひたすら焼き払ってしまえばよい――本体が炙り出されるのであればそれで良し、そのまま全て燃やし尽くしてしまえるのであればそれはそれで構わない。
……という、まぁ、何というか……身も蓋もない作戦であった。作戦と呼べるかどうかすら怪しい……。
ただ、これ以上有効な手もないと言えばないのだ。無駄にうろうろして時間と魔力を浪費するより、余程有効だとは私も思う。
唯一の心配はというと、テスカトリポカが炎上することでヴィヴィアンがちょっと心配なことだ。
「よし、使い魔殿、反応は?」
”……小型が結構反応あるけど、本体らしきものはまだ見えない!”
「ふぅむ……よし、ならばもっとだ!!」
今炎上しているのは目の前のビルだけだ。
じわじわと炎は燃え広がり他のビル――ショッピングモールの奥にあったビルの方にまでいずれ延焼していくだろうが、それを悠長に待つほど時間はない。
テスカトリポカが体を途中で切り離す等して延焼を防ぐ可能性もある。
私たちは眼下の火の海を眺めつつ、更に奥……『ゲート』付近の方へと向かって移動しつつ、更に《レーヴァテイン》を何度も使ってあちこちに火を放っていく。
魔力はもったいないが、時間との勝負だ。ここでケチって負けました、じゃ話にならない。
どんどんキャンディで魔力を回復させつつ、ひたすら《レーヴァテイン》を振り回しあちこちを焼く。魔力がちょっと余ってもったいないところでは、《
そうやってテスカトリポカ本体を炙り出そうとする。
”……! 来た! このまま真っすぐ先に巨大なモンスター反応!”
「おう!
……って、アレか! ここからでも見えるぞ!」
時間にして数分も経っていないだろう。それでも目に見える範囲のフィールド全てが炎に包まれている。
そして私たちの期待通り、ついにテスカトリポカ本体と思しき巨大モンスターの反応が現れた。
スタート地点を挟んで、ピラミッド型ビルの反対側……おそらく、正式なルートを辿るとショッピングモール奥のビルを三つくらい抜けた先辺りだろう、そこにレーダーを見ないでもわかるくらい、はっきりと巨大モンスターが現れた。
”あれが、テスカトリポカ本体か……”
「ふん、分身と同じく、気持ち悪いヤツだぜ」
炎の中で揺らめくのは、『巨大な花』だった。
八つの花弁は赤黒く、そして今まで現れたテスカトリポカ同様、ぽつぽつと黒いまだら模様となっている。
花弁の中心――普通の花であれば雄しべと雌しべがあるであろう場所からは、象型と同じ『鼻』が無数に生えている――その大きさは象型の時とは比較にならない。
その『鼻』の中心にはまるで人間のような顔――頭髪や眉毛等は何もなく、しわしわの老人のような顔のように見えるものが付いている。ただし、目に当たる部分は眼球ではなく、『口』となっており睫毛の代わりに鋭い牙が生えそろっており、眼球の代わりに赤黒い『舌』が伸びている。
醜悪極まりない人面花――それがテスカトリポカ本体であった。
人面花から伸びる枝、あるいは根のようなものがどくどくと脈打ち、太く、大きく盛り上がってくる。それらにも《レーヴァテイン》の炎は燃え移っているが、意にも介さず動き出そうとしている。
「さて――時間もないことだ。速攻で決めさせてもらうぞ!」
不気味な容姿にひるむことなく、アリスはさっさとテスカトリポカを倒そうとする。
……そうだね、ここで躊躇っている余裕なんて私たちにはないよね。
”よし、それじゃ魔力を回復するよ! 全力で行こう!”
「おうとも!」
――多分、この『ゲーム』の運営的には、このテスカトリポカ……想定ではビルの中を小型テスカトリポカを倒しつつ抜けていって、その先に待つ本体と戦うというものだったのだろう。
アリスのやったことは裏技に近い。裏技というか力技というか……ともかく、想定外の攻略法だったと思う。
でも、それをしなければ私たちは多分ジュリエッタの妨害を切り抜けることは出来なかっただろう。
だから、これでいいのだ。そう私は自分に言い聞かせる――運営がこういう裏技を塞いでくる可能性は今後あるかもしれないけど、そんなの気にしている場合じゃない。
「cl《赤・巨神壊星群》!!」
オブジェクト破壊不可というルールも、この広い空間ならば関係ない。
『嵐の支配者』の時のように、回復もギリギリというわけでもない。
そして相手はどこを撃っても攻撃が当たるような大型モンスター。
――つまりは、アリスにとって最も得意とする相手である。
テスカトリポカの抵抗虚しく、魔力消費を顧みないアリスの猛攻の前に、ものの数十秒で沈むのであった……。
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