第4章13話 恐怖のプレデター 5. 魔獣vs怪物
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ラビとアリスが離れていった後、戦場に残ったヴィヴィアンとジュリエッタはお互い動かずににらみ合っていた。
ヴィヴィアンはジュリエッタが二人を追って行かないように警戒をしていたのだが、ジュリエッタの方はそうではない。
「……おまえじゃ、ジュリエッタに勝てない」
純粋に彼女は戸惑っていただけなのだ。
ヴィヴィアンではジュリエッタには勝てない。ここで足止めをしようという作戦は分からないでもないが、果たしてテスカトリポカ本体を倒すまでヴィヴィアンが足止めを出来るかというと――ジュリエッタはそれは不可能だと判断した。
それがアリスたちにはわからないだけなのかもしれないが、もしここでジュリエッタがヴィヴィアンを倒したとすれば、たとえテスカトリポカを倒せたとしてもその後アリスとジュリエッタの一騎打ちとなる。
モンスターの乱入がなければ負けることはない、とアリスたちが考えているのかどうかはわからない。
わからないが、彼女たちが選んだのがより分の悪い賭けにしかジュリエッタには思えなかった。だから戸惑っているのだ。
「さぁ、どうでしょうか」
涼しい声でヴィヴィアンはジュリエッタに返す。
余裕があるというわけではない。だが気負いも見えない。至って自然な、いつも通りの――ジュリエッタは普段のヴィヴィアンを知らないが――静かな表情のヴィヴィアン。
ヴィヴィアンの能力について、ジュリエッタはクラウザーから聞いて知っている。あくまで彼がヴィヴィアンの
サモン、リコレクト、インストール、アンインストール――その4つの魔法についての内容も知っている。オーバーライドについては聞いていなかったが、効果からして召喚した魔法を上書きするものだとはわかる。
そのいずれも、ジュリエッタにとっては何ら脅威とならない。そうジュリエッタは判断している。
彼女たちの狙いがわからない。いや、わからないわけではないのだが、極めて分の悪い賭けにしか思えない。
「一つ、確認させてくださいませ」
「……?」
と、ヴィヴィアンがジュリエッタに話しかけてくる。まだ攻撃を仕掛けてくる様子はない。
会話をすることで時間を稼ぐつもりかと思うが、それで稼げるのはほんの数十秒……長くても数分といったところだ。その程度の時間ならば、ヴィヴィアンを倒してアリスに追い付くのもジュリエッタの魔法ならば不可能ではない。
「貴女は――クラウザー様に無理矢理戦わされているのですか?」
最初に対戦依頼を仕掛けてきた時、アリスが問いかけたのと同じことを尋ねる。
ジュリエッタはやはり同じように首を横に振る。
「ジュリエッタ、好きで戦ってる」
「つまり……貴女は積極的にクラウザー様に協力している、と?」
「……そう」
少しだけ考えるが、ジュリエッタは肯定する。クラウザーに『協力』と言えるかはどうかは微妙なところなためだ。
クラウザーは強力なユニットを擁して『ゲーム』に挑み、そして対戦で敵プレイヤーを蹴落としていきたい。
ジュリエッタは――彼女の動機は不明だが、最初に言ったように『強くなるため戦いたい』という言葉が真だとすれば、クラウザーとの利害関係は一致する。
少なくとも、ヴィヴィアンの時のように戦いたくないのに脅されている、という関係ではないことは明らかだ。
「――わかりました」
ジュリエッタの回答を改めて聞き、ヴィヴィアンは頷く。
そして、決意の籠った視線でジュリエッタを睨みつける。
「であるならば、容赦は致しません。
ここで――貴女を倒します」
「……だから、おまえじゃ、無理」
くだらない会話に付き合ってしまった、と言わんばかりにジュリエッタは嘆息し、首を横に振る。
やはり時間稼ぎ以上のものにはならなかった。さっさとヴィヴィアンを倒し、アリスへと追い付く――それがジュリエッタの出した結論だ。
「一つ、貴女は勘違いをしていると思われますので、ここで訂正させていただきます」
「……?」
「わたくしは、ここで貴女を足止め――時間稼ぎをするために残ったのではありません。
貴女を
「……」
無理だ、とジュリエッタは今度は言わなかった。
相変わらず思ってはいるものの、ヴィヴィアンから並々ならぬ『覚悟』を感じる。言葉通り、本当にヴィヴィアンはジュリエッタをここで倒すつもりでいるのだとわかる。
「それと……ご主人様と姫様を先に行かせたのも、二人を
ヴィヴィアンの言葉の真意を量りかね、ジュリエッタは眉を顰める。
二人を巻き込まないためとはどういうことか。無差別攻撃をするというのであれば、クラウザーからはコントロール不能の《アングルボザ》というものがあるとは聞いていたが、それでジュリエッタは到底止めることは出来ない。
《アングルボザ》はインストール専用、かつコントロール不能だが強大な攻撃力と生命力を誇る。ただし、所詮はただのモンスターと同じだ。『対戦』という枠組みに縛られていると思えば、モンスターよりも御しやすい。
その他のインストールではジュリエッタに敵うようなものはおそらくないし、サモンで複数召喚獣を呼び出すとしてもそうなると今度はヴィヴィアンを直接倒せばよいだけになる。
どう考えてもヴィヴィアンが自信満々になる理由はないのだが……。
「わたくしも、早くご主人様たちの元へと駆けつけたいので、そろそろ始めるとしましょう」
急いでラビたちへと追い付きたいのはジュリエッタもヴィヴィアンも同じだ。その意味は異なるが。
時間稼ぎをするつもりは元よりヴィヴィアンにはない。
「参ります――オーバーライド……《メデューサ》!!」
宣言と共に、ヴィヴィアンがその身に宿した《フェニックス》を解除――新たな召喚獣《メデューサ》で上書きする。
瞬間、ヴィヴィアンの肉体に大きな変化が現れる。
身に纏っていた
銀色の髪は漆黒に染まり、三つ編みの先端に蛇の頭が現れジュリエッタに向けて牙をむく。
そして淡いエメラルドの瞳は深い紫へと変わり――
「……っ!?」
その視線に射抜かれたジュリエッタが身震いし、動きを止める。
「……これ、は……」
「《メデューサ》の石化の魔眼――その身で味わいなさい!」
――神話にある、見るものを石とする
それをインストールしたということは、すなわち、今のヴィヴィアンは彼女が見たもの全てを石化する魔眼を持っているということになる。
流石にすぐさま相手を石にすることは出来ないようだが、確実にジュリエッタの動きは鈍ってきている。
魔眼に巻き込まれた蝶型テスカトリポカはすぐさま石化し、地面へと落下。モンスターに紛れて襲い掛かるという戦法ももう使えないだろう。
他にもジャガー型のテスカトリポカも現れだすが、すぐさまヴィヴィアンはそちらへと視線を向けて手早く石化させつけ入る隙を与えない。
「……」
ジャガー型へとヴィヴィアンが視線を向けた瞬間、石化の魔力が途切れる。
その隙を逃さずすぐさまジュリエッタはヴィヴィアンの視線の反対側――横へと回り込む。
(……それでも、身体の動きが鈍い……でも)
素早く動くことを優先し
《メデューサ》の石化の魔眼は視界から逃れたらそれで解除されるようなものではなく、『毒』のように蓄積していくものらしい。
時間がかかればかかるほど『毒』は蓄積し、いずれジュリエッタも完全に石化してしまうことになるだろう。
(――問題ない。やっぱり、ジュリエッタの方が、強い)
にも関わらず、ジュリエッタは未だ己の勝利を確信していた。
「ライズ――《アクセラレーション》、《ストレングス》、メタモル――!!」
ヴィヴィアンが振り返るよりも早く魔法によって肉体を強化、更に両腕を巨大な猛獣の腕へと変え接近。
もう一度魔眼を食らおうともすぐに石化で戦闘不能になることはないという判断から、速攻で打撃を与えて倒せばよい――ジュリエッタはそう考える。
だが、
「……ぐっ!?」
接近しようとしたジュリエッタの
(くっ……尻尾……!? いや、尻尾で石化したモンスターを振り回して攻撃してきた……!?)
ジュリエッタに不意打ちを仕掛けてきたものの正体は、ヴィヴィアンが石化したモンスターを尻尾で掴み、それをまるで
メタモルで肉体を変化させたジュリエッタも同じことは出来るだろう。なのに、ヴィヴィアンが同じことをしてくるとは予想していなかった。これはジュリエッタの油断である。
「はっ!!」
尻尾を叩きつけると同時にヴィヴィアンは完全にジュリエッタへと向き直り魔眼で拘束、更に鋭く踏み込み掌打を叩き込む。
動きを封じられたジュリエッタの腹部へとヴィヴィアンの掌打はめり込み、その小柄な体を後方へ大きく吹き飛ばす。
「……!」
吹き飛ばされはしたものの、空中で体勢を整えたジュリエッタは地面へと着地することに成功はする。
だが、ヴィヴィアンと距離が開いたことで再び石化の魔眼に捕らわれ、動きを封じられてしまう。
「ふむ……《メデューサ》を使うのは初めてですが……存外、悪くありませんね」
ジュリエッタから視線を逸らすことなく、ヴィヴィアンはそう呟く。
召喚獣がどのような性能を持っているのかは『全書』を見ればわかるが、初めて使う召喚獣は最初にヴィヴィアンが思い描いた通りとなる。
とはいえ、カタログスペック通りだけでは実際の使用感はわからない。今回は初めて使った上にサモンではなくインストールという点で猶更わからないことは多かったのだが、概ねヴィヴィアンの想定通りの動きが出来るようだ。
「それでは、このまま倒させていただきます」
「……やれるものなら、やってみろ……」
油断せず、確実にとどめを刺すべく魔眼の力でジュリエッタを拘束するヴィヴィアン。
対して、やはり焦ることはなく――己の勝利を確信するかのように不敵な態度を崩さないジュリエッタ。
――二人の戦いは、アリスがテスカトリポカ本体を倒すよりも早く決着が着くのだった……。
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