第3.5章 七燿少女 -La Vie en rose-

第3.5章1話 成長――新たな力

 『嵐の支配者』との戦いの夜が明けた日。

 お泊り会の解散前に、私たちは報酬のジェムを使って早速『成長タイム』へと移った。

 ……そんな慌てなくてもジェムは逃げないし、また今度でもいいんじゃないかと思わないこともないが、逸る二人の気持ちもわかる。かくいう私だってワクワクが止まらない。

 なにせ180万ジェムだ。これだけあれば、色々なものを購入することが出来るし、ステータスをかなり強化することも出来る。

 今までが精々数万ジェム程度。例えていうなら、今までバイトで食いつないでいたところに、急に180万円がポンと渡されたようなものだ。

 ……あ、これちょっと気を付けないとまずいかもしれない。急に沢山のお金が手に入ったことで金銭感覚が崩れるのと同じ状況になるかも。

 まぁ、お金と違って最低限リスポーン代だけ残しておけばいいから、貯金にそこまでこだわることもないんだけど……二人の現実面での金銭感覚が崩れないようにしておかないと。桃香は既にちょっと怪しいけど。




 ――で、180万という潤沢な資金ジェムを使ってまずは二人のステータス強化をしようとしたのだが……。


「……むー……」


 若干ありすが不満げな表情だ。


”うーん……まさかこんな『落とし穴』があったなんてなぁ……”


 ありすの気持ちもわからないではない。

 不満な理由はというと、アリスのステータスを伸ばそうとした時に10万単位の物凄い額を要求されたことだ。

 以前は確かに万単位ではあったものの、そこまでの要求量ではなかったはずだった。私の記憶が確かならば、アリスの次のステータスアップに必要な額は5万ジェム程だったと思う。

 何で急に要求量が増えたか? 色々と考えた結果、一つの仮説が出てきた。


”【殲滅者アナイアレイター】でお手軽無限にステータスアップとは流石にいかないみたいだね”

「ん……まぁ、無限にステータス上げられたらバランス崩壊……」


 仮説とは、アリスのギフト【殲滅者】でステータスアップした分は、というものだ。

 以前に少し触れたと思うが、ステータスアップの項目はゲームでよくある『腕力』『魔力』とかに対してプラス1……という上げ方ではない。

 『体力強化』『魔力強化』『ステータス強化』『霊装強化』『スキル強化』というざっくりとした項目が選べ、それを選ぶことで全体的にステータスが伸びていく仕様となっている。体力と魔力がその他ステータスと別になっているのは、戦い方次第で工夫が可能なためじゃないかと思う。

 で、問題の『ステータス強化』だが、【殲滅者】の効果によって数段階分伸びたため、一気に選べる段階が飛んだのではないか、というのが仮説の内容だ。つまりは、【殲滅者】はステータスを上乗せするのではなく、強化分を『先取』しているだけだということだ。

 『ステータス強化』と【殲滅者】の効果で二重に強くなる、ということはどうやら出来ないらしい。

 まぁ『ステータス強化』に払うジェムが不要になる、という点では悪い話ではないんだけど……。


「んー、でも……微妙に伸びたステータスが無駄になる……」


 例えば、今のアリスのステータスが『10』であるとしよう。

 その上で『ステータス強化』を行うと、『15』になるとする。

 『ステータス強化』をする前に【殲滅者】によって『14』までステータスが伸びたとして、その状態で『ステータス強化』をしても『19』にはならず『15』にしかならない。つまり、【殲滅者】で上げた分が意味がなくなってしまうのだ。

 上げるならば【殲滅者】で『15』まで上げてしまわないと、ジェムの消費にかなりの無駄が出てしまう。

 これからはアリスの現在のステータスと、次の『ステータス強化』で上がる範囲をよく見極めてから強化しないといけないかな。今までは【殲滅者】の効果で大幅にステータスが伸びることはなかったから気にしてなかったんだけど……というより、今後もこんな風に大幅にステータスが伸びるような相手は出来れば勘弁願いたいところだけど。


「……トーカ、いいなぁ……」

「え、えぇ……?」


 ありすが不満げな理由はもう一つある。

 それは、桃香ヴィヴィアンの強化内容だ。

 ステータスに関しては、以前に触れた通りの相変わらずの体力特化型で数段階強化したにも関わらず、あまり伸びていない。アリスとの差は広がる一方だ。

 反面、ヴィヴィアンについてはアリスの時になかった強化項目が出現していたのだ。


「ラビさん、わたしも新しいスキル、欲しい」

”……私に言われてもなぁ……”


 運営に問い合わせるしかないだろう。問い合わせ先、全くわからないけど。

 ヴィヴィアンの新しい強化項目とは、『新スキルの習得』である。この『ゲーム』で言うスキルは、いわゆる『魔法』のことである。

 要するにサモン、リコレクト、インストール、アンインストールに加えて、更に新しいタイプの魔法をヴィヴィアンは使えるようになるのだ。

 求められるジェムは10万とかなり多かったが、二人とも相談の結果、満場一致で取得することとした。

 使える魔法が増えれば増える程、戦術の幅は広がる。

 戦闘力のほとんどを召喚獣に依存しているヴィヴィアンにとっては、選択肢が増えるのはいいことだと思う。また『嵐の支配者』戦の時のように、ヴィヴィアンが一人で戦う場面が出てきた時にも生き残れる確率が上がるだろう。


「なんだか申し訳ありませんわ、わたくしばかり……」


 本当にそう思っているのだろう、素直に自分の強化を喜べない桃香ではあった。


”まぁ別に桃香が悪いわけじゃないし。というか、多分だけどユニットの性質によって強化項目が違うんだろうね”


 アリスの場合は、初期から持っている魔法スキルが密接に絡みつつ纏まっていて、これ以上足したり引いたりする余地がないと思われる。

 対してヴィヴィアンの場合は、何度も言うように性能のほぼ全てが召喚獣に依存している。これは魔法の特性だけではなく、彼女の極端なステータスもそれを意図したものだと思う。

 なので、ヴィヴィアンについては召喚魔法の強化という形式の強化が出来るようになっているのだろう。アリスだとスキルはそのままで後は自身のステータスを上げていくだけで十分な強化となる。

 うーん……ジェーンやシャルロットだとどういう強化になるんだろう。気になると言えば気になる。


「……帰る前に、試しに行こう」

「はい! 是非」

”うーん、あんまり遅くなってもアレだから、一回だけだよ?”


 私の言葉に二人は「えー」と口をそろえて不満を述べるのであった。




 さて、今回ヴィヴィアンが取得したスキルは二つ。一つ目のスキルを取得したら、続けて二つ目が出てきたので、折角なので取得しておいたのだ。……一つ目のスキルが10万、二つ目で15万とかなり高額だったが……。

 それはともかく。

 取得したスキル――新魔法は、『オーバーライド』と『オーバーロード』だ。

 お泊り会解散前にこれらの効果を確認した結果……若干使い方に悩ましい点はあるものの、使いこなせばかなり便利かつ強力な魔法であることはわかった。

 これらの新魔法の詳細については、いずれ使う時に改めて語るとしよう。

 とりあえず内容は把握したので、実戦でどのように使うかとかは、ありす大先生が張り切って考えてくれるそうだ。こういうゲーム的なことについては、ありすに任せるのが一番いいだろう。




 その他のジェムの使い道としては、大分消費してしまった各種アイテムの補充、それと欲しい便利機能があればそれの購入となった。

 目新しい便利機能としては、ユニットが持つアイテムホルダーの拡張機能があったのでそれを取得。今までは10個までだったアイテムが15個まで持てるようになる。

 それと、二人ともかなり相談したのだが、『ユニット枠+1』を今回も取得しておくことにした。前回のクラウザー戦後にも取っているので、これで都合ユニット数+2、初期状態から見ると+3ということになるか。これで、私の現在のユニット枠は4ということになる。

 今は大人しくしているものの、クラウザーはまだ健在のはずだ。そうなると、また桃香の時のようなことが起こるかもしれない――という意見もあり、念のため取得しておくこととした。

 まぁ、クラウザーのことがなくても誰がユニットかわかるようになるという副産物がそれなりに使い道があるので、私としても取っておくことに異存はない。

 尚、この際だから枠を取れるだけ埋めてしまおうということで『ユニット枠+1』を更に複数買おうとしたのだが、今回は1つしか買うことは出来なかった。

 個数制限があるのか、それとも1ユーザーにつきユニットは最大4までなのか、どちらなのかはわからなかったが……。


 それともう一つ。クラウザーも使っていた『強制命令フォースコマンド』も取得した。

 ……正直これはなくてもいいんじゃないかなぁと思ったんだけど、アリスの《滅界・無慈悲なる終焉ラグナレク》やヴィヴィアンの《エクスカリバー》のように使わせるにはちょっとためらいのある魔法も増えてきたし、いざという時に備えて――例えばいざという時は私を捨てて二人で逃げてもらうとか――取得しておいた。

 ありすと桃香も、二人が気づかない危険が迫っている時とか、私の指示が間に合いそうにない場合とか遠慮なく使ってくれと言ってくれているが……『ゲーム』内における状況判断はむしろありすたちの方が的確だとは思うけど。私の指示が必ずしも正しいとは言えないし……。

 この機能を使う機会が来なければいいんだけどなぁ……私はそんなことを思うのであった。

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