第3章57話 ラグナレク 24. 最後の死闘
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
嵐の支配者を巡る最後の戦いは、それまでの戦いに比べて非常に『地味』な戦いになったと言っていい。
アリスはほぼ魔力を使い果たしており、神装を一度使うだけで魔力切れを起こすほどに消耗している。得意とする広範囲の魔法攻撃も、ラビの分析通り相手が小型モンスターよりも小さな――言ってしまえばユニットとの対戦に近いものになっているため、やや使いづらい。当然、《巨星》系の魔法のように大規模な魔法は消耗も激しく、回復の望めない状態では迂闊には使えない。
対するオーディンもまた大きく消耗しているのは目に見えている。グラーズヘイムとの関連は未だ不明のままだが、ダメージを共有している節がある。全身の火傷などその証左であろう。また、こちらも眷属となる風竜の大半を失い、これ以上の回復は望めない上、アリスたちに対して撃った不意打ちも不発に終わり無駄に消耗してしまっている。
よって、二人とも戦い方は必然的に似ることとなった。
アリスは『杖』を《槍》へと変え、更に《炎》の属性を付与。ステータス自体はほぼカンストしているが、それでも魔法による上乗せは可能だと思い、《
対してオーディンは巨大な杭上の槍に風を纏わせて立ち向かう。こちらも元々の強さが並みのモンスターではない。ギフトの効果と魔法による強化を施したアリスとほぼ互角の力となっている。
互いに『槍』型の武器を手に、接近戦を仕掛ける。
……その戦いは、洗練された槍術などなく、ただひたすらに力任せに相手に対して叩きつけるだけの、原始的な戦いであった。
注意すべきは穂先のみ。そこにだけ気を付ければ、後は多少殴られたところでどうということはない。
互いにそう思っているのか、『突き』にのみ意識を払い、また自分の『突き』を相手に入れることのみを考えた動きである。
ただ、この戦い――このままではオーディンの方にまだ分がある。
彼女の方はアリスと違い、魔力切れで変身が解けるということはないのだろう。少し距離を取れば再度必殺の投げ槍――『グングニル』を放つことが出来る。もし撃たれた場合、アリスにはそれを相殺することは出来ない。合わせて《グングニル》を放てば、その時点でゲームオーバーである。
だからアリスはオーディンから離れない。向こうが離れようとすればすぐに接近出来るように《跳脚甲》を使っているのだ。
オーディンも離れようとしても中々距離が取れないこと、アリスが『グングニル』を警戒していることは理解しているのだろう。やがて離れることを諦め、積極的に前に出るようになる。近距離での殴り合いで勝てば済む話なのだ。
故に、二人は槍で刺すことのみを狙い、また警戒し、ひたすら槍を振り回して相手に当てる、という戦い方をする羽目になっている。
「くそっ……」
もう何度目となったか、辛うじて突きだけはかわしたものの、腹部を殴られアリスが苦しそうに息を吐く。
相手にも槍を叩きつけてはいるものの、多少の打撃を与えているだけで一向に倒せる気配はない。
このまま続けていても、先にアリスの体力が尽きるのは明白である。
時間を稼いでヴィヴィアンが復帰するのを待つ、というのは考えない。元よりアリスの魔法は防御には向いていない。時間を稼ぐために守りに入ってしまえば、そのまま相手に押し切られる可能性が高い。
狙うは短期での決着のみだ。
強力な切り札を使えず、体力が先に枯渇する恐れがあるが、それしか取れる手段がない。
「折角ここまで来たんだ……このままで終われるかよ」
脇腹を殴られたお返しとばかりに、アリスも横薙ぎに槍を振るう。
オーディンはそれを槍で受け止めて反撃しようとするが、
「md《
アリスは早々に槍を手放すと同時に自らの両腕に魔法を使い、それでオーディンへと
指先に鋭い爪を生やした手甲――《邪竜鎧甲》の腕部分だけを作ったような魔法だ。
アリスの右拳がオーディンの顔面へと叩きこまれる。
《ゴダ……!!》
得物を捨てての意表を突いた攻撃をかわせず、まともに拳を食らい顔を歪めるオーディン。
更に追撃とばかりにアリスは左手を振るう。
今度の狙いはパンチではなく――
《ギャアアアアアアアアッ!?》
拳を握ってではなく、指を真っすぐに伸ばし――オーディンの右目へと指を突き入れる。
「はっ! 貴様のような化物でも、やっぱり痛いもんなんだな!」
狂相を浮かべつつ、そのまま左手を指で目玉を抉る。
距離が近すぎてお互いの槍では相手へと攻撃することが出来ない。そのまま頭蓋ごと抉ろうとアリスは力を強める。
が、オーディンも手を伸ばし、アリスの首へと手をかける。
「ぐっ……」
両手で首を絞め上げ、窒息――いやそのまま首をへし折ろうとするオーディンに対し、苦しそうに顔を歪めるもののアリスも手を止めることはない。
更に空いた右手でオーディンを殴りつけて反撃する。殴り、また爪を腹部へと突き立て、絶え間なく攻撃を続ける。
《メラノウラ・ガ、アドラ……!?》
こちらも苦しそうに顔を歪めながらも、手を緩めずにいたオーディンだが、一向に退かないアリスに対してわずかながら恐れたように怯む。
その隙を逃さず、アリスは右手で首を絞めるオーディンの左腕、その肘関節を真下からアッパーカットの要領で思い切り突き上げる。
一瞬だけ、首を絞める手の力が緩む。そのまま押し切ろうと、アリスは更に左腕に力を籠めるが――突如その体が宙を舞う。
――何だ、何が起こった!?
自分の身に何が起こったかをすぐには理解できず、アリスはそのまま宙を舞い、背中から地面に倒れる。
ほんの数瞬だけの混乱だったが、その数瞬で形勢は再び逆転した。押し倒したアリスの胴にオーディンが乗るように跨る。
いわゆる、『マウントポジション』だ。
――そうか、『尻尾』か!
なぜ自分がいきなり投げ飛ばされたのか、アリスは理解する。
オーディンの尻尾がアリスの足を掴み、投げ飛ばしたのだ。オーディンは右目と左腕を犠牲にはしたものの、完全に有利な体勢へと持ち込むことに成功したのだ。
格闘技にさほど知識のないアリスだが、それでも今の姿勢が自分にとって非常に不利であることは直感でわかった。
《ガアアアアアッ!!》
右目から血の涙を流しつつ、オーディンが咆哮し眼下のアリスへと拳をひたすら振るう。
この距離で槍を使う意味はもうほとんどない。武器を振るうよりも殴りつける方が早く、そして確実だ。
「がっ……」
必死に抵抗しようとするアリスだったが、相手にマウントを取られている状況からの返し技がない。拳をかわそうとするのが精いっぱいだ。
しかし、その拳も上手くかわすことが出来ず、一方的に顔面を殴られるのみとなっている。
ここから反撃をするのはほぼ無理である――これが格闘技なら、だが。
「……cl《
無数の剣がアリスとオーディンを取り囲むように出現、
自分毎攻撃するかのようなアリスの魔法に、オーディンはすぐさま対応できなかった。背中へと剣が突き刺さる。
《メラノウラ……!》
剣が突き刺さった瞬間、相手の拘束がわずかに緩む。アリスは身をよじりマウントポジションから脱出することに成功した。
それで安心して追撃の手を緩めることなどない。すぐさま立ち上がると同時に、ハンマーのように腕を振り下ろしてオーディンを殴りつける。
「――ext《
ここが勝負の決め所――そう判断したアリスは、温存していた魔力を解き放つ。
使ったのは巨星系魔法の一種である《黒色巨星》。その効果は、名前にある通りの『ブラックホール』――つまり相手を捕らえて押しつぶす重力の塊ではなく、《赤色巨星》等の他の巨星魔法から『属性を抜いた』、純粋な巨大な弾丸を発射するものだ。
ただひたすらに破壊力のみを追求した、神装を除けばアリスの使える魔法の中では最大の
《ジンギ――グングニル!!》
オーディンもまた、ここが勝負の分かれ目だと判断。
アリスが《黒色巨星》を放つのとほぼ同時に、落ちていた槍を尻尾で拾い上げると共に『グングニル』を放つ。
立ち塞がるもの全てを押しつぶす黒い魔法と、立ち塞がるもの全てを薙ぎ払う神槍が激突し――
神槍が《黒色巨星》を貫いた!
――これで、私の勝ちだ!
オーディンはそう思ったことだろう。
だが……。
「ext……《
声は頭上からした。
《黒色巨星》を放つと同時に《跳脚甲》の力を使って大きく上へと跳んでいたのだろう。アリスは
眼下のオーディンへと飛び掛かると共に、最後の魔力で《ラグナレク》を使う。対象は現在両腕に纏っている《魔拳甲》だ。
「――ext《
《ラグナレク》の魔法強化を受け、《魔拳甲》が禍々しい変化を遂げる。
爪は更に鋭く、長く伸び、手甲全体が黒い炎を噴き上げる。
《ノウラ……アラ・ナシュ・ガ……アストラエア……》
自らに向かってくる『死』を目前に、オーディンはどこか諦めたような、静かな表情で何事かを呟く。
そして、ほんのわずか、安堵したように微笑んだ。
「くたばりやがれぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
上空から飛び掛かったアリスの爪がオーディンの頭部へと突き刺さり、勢いそのままに地面へと押し倒し、叩きつける。
《頭蓋抉爪》――その名に恥じず、爪が頭骨を突き破り、顔面を引き裂き――
「ext《
確実にとどめを刺さんと、爪を抉りこんだ頭部へと密着した状態でアリスは最後の一撃を放った――
地面に押し倒した状態で、密着した距離から放たれた《赤色巨星》は、周辺の地面ごとオーディンの頭部を跡形もなく吹き飛ばしていた。
もちろん、同様に至近距離で《赤色巨星》を放ったアリスも無事では済まない。
オーディンの頭へと突き刺していた右腕は《赤色巨星》に巻き込まれ、千切れ飛んでいる。
衝撃でアリス自身も吹き飛び、地面へと叩きつけられる。
「ぐぅっ……あいつは……!?」
ギリギリで魔力は残っている。まだ変身は解けていない。
これで倒せなければ、魔力切れ覚悟で神装を使ってとどめを刺すつもりだったが……。
”……終わったよ。君の勝ちだ、アリス”
近づいてきたラビがそう言う。
ラビが指し示す方を見ると、地面に倒れていたオーディンの体が風竜たちと同様に光の粒子となって大気中に飛んでいくのが見える。
ここから再生する可能性はゼロではなかったが……。
「……風が止みましたね」
《フェニックス》の再生能力で立ち上がれる程度にまでダメージを回復したヴィヴィアンもアリスの傍へと寄り、上空を見上げ言う。まだ辛そうではあるが。
彼女の言葉通りフィールドに絶え間なく吹き荒れていた風がピタリと止まった。上空にて渦を巻いていた黒雲も、ゆっくりとだが霧散していく。
オーディン――嵐の支配者が斃れたことにより、風が止んだのだろう。この状態から復活してくるとは流石に考えにくい。
「そう、か……」
ラビたちの言葉を聞き、安堵したように息を吐くと、
”!? アリス!?”
「姫様!」
アリスはそのまま意識を失い、地面に頽れた。
――かくして、嵐の支配者を巡る長い死闘は、『
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