第3章56話 ラグナレク 23. 傍観者たち

 私たちに向かって攻撃を仕掛けてきた神獣少女オーディンは、既に満身創痍であった。

 グラーズヘイムと無関係ではないのだろう。全身に火傷を負っているし、他にも無数の傷が見える。

 後一押し……なのは間違いない。

 とはいえ、こちらもそれは同様だ。

 ヴィヴィアンは最初の不意打ち、更にその後二度の落下ダメージを受けてもはや動くことは出来ない。リスポーンしていないのが不思議なくらいのダメージを受けている。

 そしてアリスはというと、《ラグナレク》の後遺症はまだ残っているのかはわからないが、度重なる戦闘による疲労が蓄積している。その上、彼女自身のアイテムホルダーにあった回復アイテムは使い切り、私自身の持つアイテムも残り数少ない――体力回復についてはヴィヴィアンを優先しないとかなり危険な状態だが、魔力に関してはアリスの方が危ない。


「……来るか……!?」


 遠距離からの攻撃でこちらを仕留められなかったのを見て、オーディンが地上へと降り立つ。

 その手にはいつの間にか『杭』のような槍が持たれていた。

 最初にクエストで出会った時、そして『異界』で遭遇した時と同じ――こちらへの敵意を持った視線を向けている。

 話し合う余地は……ないだろうな。


「ラビちゃん! アリス!」


 そこへ遠くから私たちの様子を見ていたジェーンも駆けつけてくる。

 思った程彼女はダメージを受けてはいないようだ。


「ジェーン、助かる。使い魔殿たちを守っててくれ!」


 こちらを振り返らず、オーディンから目線を切ることなくアリスがそう言う。

 ……一人でオーディンと戦うつもりなのだ。


”……アリス、これが最後の回復だ!”


 私はアリスと一緒にいた方が安全かもしれない。どちらにしろ、アリスが負けたら私たちは全滅なのだから。

 でも、それだとヴィヴィアンを助けてあげることが出来ない――《フェニックス》の再生力が無限ではないことはもう知っている。このまま放置していたら、ヴィヴィアンを長い時間苦しませることになってしまう。

 ……それで負けたら意味がない、という考えは確かにあるだろう。勝つためならば、心を鬼にして私はアリスと一緒にオーディンと戦うべきなのかもしれない。


「……ああ!」

”……任せたよ、アリス”


 けれども、ここでヴィヴィアンを見捨てることを私は出来ない。

 この『ゲーム』を共にクリアしようとする仲間を、戦略として切り捨てることが出来ないのだ。


「おう、任せろ!」


 アリスも同じ気持ちでいてくれていた。

 私の言葉に振り返らず、しかし力強く頷く。

 クエスト自体はクリアしている。後はゲートまで逃げ込めれば私たちの勝ちだ。きっと、外の台風もすぐには消えないものの勢いを弱めてはいることだろう。当初の目的は達成できるはずだ。

 なのになぜ戦うのか……? ゲートに辿り着くまでに妨害があるから、だけではない。


「貴様も、このままじゃ終われねぇよな?」

《……》


 アリスがオーディンへと話しかける。言葉が通じるのかどうかもわからないが、応えはない。

 ただ、オーディンから伝わる並々ならぬ敵意からして、アリスがかけた言葉通りなのだろうと思う。

 そして、それはアリスも同じなのだ。


「こっちも同じだ――貴様には散々やられたからな……ここで完全決着だ!」


 嵐の支配者討伐クエスト――その最終幕となる、アリスとオーディンの決闘はこうして始まった。




*  *  *  *  *




”ヴィヴィアン、今グミを!”


 アリスたちの激突はともかくとして、まずはヴィヴィアンの治療を私は優先する。

 ヴィヴィアンを早く楽にしてあげたいという思いもあるが、ここでヴィヴィアンが動けないままでいるというのはアリスの戦いにとっても都合が悪い。

 オーディンがこちらを狙ってくると、どうしても『守り』にならざるを得ない。守りながら戦うというのはちょっと分が悪いし、アリスの魔法には向いていない。それに、ヴィヴィアンが復活すれば、数の上でもこちらが優位に立てる。

 だからまずはヴィヴィアンの回復が先だ。


「……」


 ヴィヴィアンは意識を失っているのか、それとも動けないのか、反応が全くない。リスポーン待ちになっていないということは生きているということだが……生身の人間だったらきっと持たないくらいのダメージを受けているだろう。

 構わず私はヴィヴィアンに対して体力回復のグミを使う。

 都合がいいことに、グミにしろキャンディにしろ、この『ゲーム』の回復アイテムは絶対量ではなく割合での回復である。ヴィヴィアンが体力特化のステータスであったとしても、それほど個数を使わないでも大幅に体力を回復させることが出来るのだ。

 ただ、問題は――


「う……ご主人、様……?」


 体力が最大の4分の3程度まで回復するとヴィヴィアンが意識を取り戻す。

 だが、全身に負った『怪我』自体は治らない。これが『ゲーム』の面倒くさいところだ。

 とはいえ、今ヴィヴィアンは《フェニックス》をインストールした状態を保っている。しばらくまてば《フェニックス》の再生能力によって復活できるだろう。……それもどのくらいの時間がかかるかわからないが。


”良かった、ヴィヴィアン。今回復したから、もう少し待って”

「……姫様は……?」

”……今、戦ってる”


 アリスは一人でオーディンと戦っている。

 どちらもかなり消耗している状態での戦いだ。かつ、相手がいつものように大型モンスターとかではないし、アリスの魔力も残り少ないため《巨星》系の攻撃魔法ではなく、『杖』を《槍》に変えての接近戦が主体となっている。

 【殲滅者】の効果でアリスのステータスはほぼ上限まで上がっているにも関わらず、互角の勝負となっている。向こうの強さも、サイズが変わってはいるもののグラーズヘイムとやはり変わらないというのもあるし、アリス自身の疲労やダメージもあるのだろう。

 魔力に余裕があれば……と悔やむ。尤も、キャンディをケチっていたらここに辿り着くことは出来なかっただろうとは思うが。


「わ、わたくしも……」


 無理やり立ち上がろうとするヴィヴィアンだが、激痛が走るのか顔を歪めまた倒れ込んでしまう。

 ……無理だ。手足はまだ変な方向に曲がっているし、左腕も欠けたままだ――これ、《フェニックス》で治せるんだろうか?


”まだ体が治りきっていない、無理して動かないで……”


 アリス一人で何とかなるんだろうか。というよりも、またアリスに頑張ってもらわなければならないのが申し訳ない。

 とにかく今はヴィヴィアンが早く復帰できるように祈ることと、私たちがオーディンに狙われてアリスの邪魔にならないように気を付けることしかできないのだ。

 そういえばケイオス・ロアや他のユニットはいないのだろうか? いたとしたら、グラーズヘイム戦の時のように手伝ってくれたら……っていうのは甘い考えか。この際だから、最後に美味しいところだけかっさらっていこうという考えでも大歓迎なんだけど……。


「大丈夫かな……アリス」


 私たちを背に庇うように立ち、アリスとオーディンの戦いを見守るジェーンも不安そうだ。

 グラーズヘイムに飲み込まれている間、外でアリスが一人戦っていたのを彼女は目にしているはず。彼女がどれだけ無茶をしてきたかを知っているのだろう。


”……信じよう、アリスを”


 この戦いが無事に終わることを祈るばかりだ。

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