第3章55話 ラグナレク 22. and then there was ...
* * * * *
アリスの放った《レーヴァティン》がグラーズヘイムを撃墜した。
……いや、知ってはいたけど、相変わらずとんでもない魔法だ。前に神装の実験をした時は、森林ステージだったんだけど、地平線の向こうまで広がる一面の森を、たった一撃で焼き払ったんだよなぁ……。
これを最初から使っていれば、と言いたいところだけどそうもいかない。消費については《グングニル》と同じでアリスのほぼ全魔力を使うことになる。これを使って倒せなければ一巻の終わりだ。
それにグラーズヘイムは周りの風竜を吸収することでダメージを回復してしまう。
今一撃で倒せたように見えるのも、ある程度グラーズヘイムと風竜を削っていたからだろう。キャンディが尽きるまで《レーヴァテイン》を放ち続けるというのは……流石にちょっと無理がある。いずれにしても、神装は強力な反面デメリットもある。特に、今回みたいに相手の数が膨大な場合だと、燃費が悪い。一撃が重くても、総合的には普通に戦うよりもダメージ効率は劣ってしまうのだ。
「……やりました! グラーズヘイムが落下していきます!」
グラーズヘイムの体内を《レーヴァテイン》で切り裂き、そこから脱出した私たち。
全身を燃え上がらせながらもしばらくはもがいていたグラーズヘイムだが、ついに力尽き地上へと落下していくのを私たちは見た。
ヴィヴィアンはまだ《フェニックス》をインストールしたまま、私とアリスを抱きかかえて飛んでいる。
アリスは肩で荒い息をしているものの、ダメージ自体はない。魔力もキャンディで回復しながらだったのでまだ残ってはいる。
残ってはいる……んだけど、もう数はほとんどない。これで再びグラーズヘイムが復活するようであれば、もはや撤退するしかないだろう。ここまで消耗することになるとは思わなかった……。
”……あ、本当にこれで終わりみたい。クエストクリアだ!”
そのまましばらく上空から落下し炎上するグラーズヘイムの様子を窺っていたが、私の視界の隅にクエストクリアを告げるポップアップが現れる。
長く苦しい戦いだった……いや、ほんとに。
「……ふぅ……」
流石のアリスも疲れたのか、深々とため息を吐く。
今回、ヴィヴィアンやジェーン達他のプレイヤーのユニットも頑張ってくれたけど、やはり一番の功労者はアリスだろう。
私たちがグラーズヘイムに飲み込まれていた間、相当な無茶をしていたようだし、何よりもあのグラーズヘイムを一度は倒しかけたのだ。とどめを刺したのもアリスだ。
彼女一人で勝ったわけではないが、彼女なくしてグラーズヘイムは倒せなかっただろう。
「それでは、このままゲートまでお連れ致します」
わざわざインストールを解除する必要もない。キャンディももったいないし、風竜の残党がいても《フェニックス》をインストールしたヴィヴィアンの敵ではない。
このまま出口となるゲートまで行ってしまうのが一番安全だろう。
「あ、いや。ちょっと待ってくれ。ジェーンがまだいるかもしれないから、拾っていこう。
……あいつには助けられたしな」
おっと、そうだった。何か忘れていると思ったらジェーンのことをすっかりと忘れていた。ごめんよ。
グラーズヘイムを倒したのはたった今だし、体力が尽きたのでなければまだフィールド内にいるはずだ。ちょっと上空から探してみよう。
それで見つからないようだったら……彼女には悪いけどゲートへと向かおう。クリアしたことに気づいたら勝手に帰ってくるかもしれないし。
”そうだね、ジェーンをちょっと探してみよう。ヴィヴィアン”
「はい。かしこまりました」
アリスの提案通り、私たちはそのまましばし空中を飛んでジェーンを探してから帰ることにした。
……これで本当に終わったのだろうか。
後は帰るだけだというのに妙に不安を感じているのは気のせいではない。
不安を感じる大きな理由は、グラーズヘイムの中へと飛び込んだ時のことだ。
《レーヴァテイン》で内部から焼き尽くそうとした私たちだったが、最初に強制的に飲み込まれた時とは違って、あの『異界』へとたどり着くことができなかったのだ。
まぁそれならそれでグラーズヘイムを倒すだけなのでいいんだけど……。
あの時『異界』の中で出会った半獣のような少女――仮称オーディン……彼女がどうなったのかがわからない。それが私の不安の原因である。
とりあえずクエストはクリアしたわけだし、ゲートから帰ってしまえば問題ないとは思うんだけど……。
「いました。ジェーン様です」
「お、やっぱりまだいたか」
そうこうしているうちに、ジェーンを発見できた。というよりも、向こうからこちらを見つけた感じだ。《フェニックス》だと目立つからね。
……うん、今のところレーダーに目立った反応なし。
私の杞憂だったか。
「はは、なんかめっちゃ手振ってる」
地上にいるジェーンとはまだかなり距離が離れていてよく見えないが、大きく手を振ったり飛び上がったりしているのはわかる。
喜びを全身で表現している――と思ったが、様子がおかしい。
「……?」
何か必死に叫んでいるような――
ジェーンのただならない様子に私たちが気付くと同時に、背後から『殺気』としか表現しようのない『何か』を感じ取る。
「くっ……!?」
ヴィヴィアンがすぐさま動く。
背後を確認することなくその場から旋回し、背後から迫る『何か』をかわそうとするが……少し遅かった。
「ぐっ、うあああああっ!?」
右方向へと旋回した直後、さっきまで私たちのいた箇所を猛烈な勢いで『何か』が通り過ぎる。
『何か』にわずかにヴィヴィアンの左腕が掠り……そして、左翼とヴィヴィアンの左腕が吹き飛んだ。
”ヴィヴィアン!”
《フェニックス》の力でダメージは回復するとは言え、無限に回復できるわけでもない。特に体の欠損については、この『ゲーム』はかなりいい加減だ。炎でできた翼はともかく、左腕までは修復してくれるか……?
片方の翼を失ったヴィヴィアンは、私たちを抱きかかえたまま錐もみしながら地上へと真っ逆さまに落下する。
アリスの魔法は――ダメだ、間に合わない!?
「……姫様、ご主人様……!」
落下までに翼の再生が間に合わないと悟ったか、ヴィヴィアンが片方の翼で姿勢を制御――自分の体を下になるようにする。
そして私たちは見た――私たちの背後から迫る白い少女の姿を……。
「ヴィヴィアン!!」
アリスが叫ぶと同時に――私たちの全身を激しい衝撃が貫いていった……。
* * * * *
激しい衝撃は落下によるものだ。
”……うぐ、ヴィヴィアン……!?”
私とアリスは、ヴィヴィアンがクッションとなってくれたおかげで直接地面に叩きつけられてはいない。それでもかなりの衝撃を受けた。
となると、地面に叩きつけられたヴィヴィアンがどうなったか……。
「……」
生きてはいる。まだリスポーンしていないのがその証拠だ。
ただ、本当に『リスポーンしていないだけ』という有様である。
左腕は先程の上空からの攻撃で根本から千切れ飛んでいるし、他もまだ辛うじて人型を保ってはいるものの手足はあり得ない角度で曲がっていて、表情も虚ろだ。呼吸はまだしてはいるが……まさに虫の息である。
”くっ……今、回復を……!”
リスポーンしていなければグミで回復できる。そして、体力ゲージさえ回復できれば、《フェニックス》をインストールしているヴィヴィアンであれば復活も可能なはずだ。
何より、回復さえできれば苦痛からも解放できる。早くヴィヴィアンを助けてあげなければ――
そう思った私だったが、直後、アリスに掴まれてしまう。
”アリス!?”
「すまん、ヴィヴィアン!」
私を掴んだアリスはそう叫ぶと同時に、その場から跳んで離れる。
直後、さっきまで私のいた地点に上空から一条の光が降り注ぎ――地面に着弾すると同時に竜巻となる。
”ヴィヴィアン!”
身動きの取れないヴィヴィアンは竜巻から逃げる術はなく……そのまま人形のように巻き上げられ、地面へと再び叩きつけられてしまった……。
すぐに動いたことによりアリスと私は回避することはできたが……。
「使い魔殿、言いたいことがあるのはわかるが、後にしてくれ!」
――アリスだって見捨てたくてヴィヴィアンを見捨てたわけではない、そんなことはわかっている。彼女が助けてくれなければ、私も竜巻に打ち上げられていた――そしてヴィヴィアンたちよりも頑丈ではない私は、それに耐えきれたかどうかあやしいところである。
アリスを責める気なんてない。私が思うのは、この状況を防ぐことができず、ヴィヴィアンを助けることが出来なかった私自身への憤りと後悔……そして。
”……クリア、じゃなかったのか……!?”
竜巻を発生させた元凶である謎の光、そしてそれを放った存在を私たちは見上げる。
――そこには予想通りの姿があった。
”――オーディン……!!”
全身に焼け焦げたような傷を負い、それでも眼光鋭く私たちを睨みつける白い少女。
グラーズヘイムの内部にあった異界にて私たちを追い詰めた存在……。
真の嵐の支配者、オーディンがここに降臨した。
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