第3章54話 ラグナレク 21. 神々の黄昏
* * * * *
《ペガサス》に乗り、私たちは再びグラーズヘイムの元へと向かう。
もはや風竜の抵抗もほとんどない。
念のため《ペガサス》の他に護衛として《ワイヴァーン》も呼び出しているが、前のようなとてつもない物量差はもはやない。
《ペガサス》のスピードで振り切り、振り切れないものは《ワイヴァーン》に任せて、ひたすら私たちは進み続ける。
――いよいよ、決着の時だ。
敵のほとんどはグラーズヘイムの修復のため取り込まれたようだ。次、ありすの神装で大打撃を与えることが出来れば、それで決着がつけられると思う。
……反対に神装でも倒せなかったら……その時は潔く負けを受け入れるしかない。
「グラーズヘイム、こちらに向かってきます!」
修復が終わったグラーズヘイムも動き出す。
憎しみの籠った視線が私たちに突き刺さる。
「ん……それじゃ、行くよ」
グラーズヘイムからのプレッシャーなど歯牙にもかけず、ありすは淡々と言う。
未だ《ラグナレク》の後遺症は完全に癒えてはいないが、その回復を待っている時間もない。
既に体力、魔力ともに完全回復の状態だ。
後は――やるしかない。
「エクストランス!!」
ありすがアリスへと変身。さっきグラーズヘイムに撃ち込んだままだった『
「それじゃ、ちょっと行ってくる」
まるでちょっと近所のコンビニに行ってくる、というような気楽さでアリスは言う。
彼女の言葉に、ヴィヴィアンが首を横に振る。
「いえ……わたくしも共に参ります」
”うん。また離れ離れになるのは……嫌だしね”
私もヴィヴィアンと同じ気持ちだ。
またアリスだけ一人でどこかに行ってしまうような事態は避けたい。
……勝つにせよ負けるにせよ、私たちは一蓮托生。共に戦うべきだろう。
私たちの言葉にアリスはちょっと驚いたような顔をし、すぐに笑顔を浮かべる。
「うむ。わかった!
ではヴィヴィアン、使い魔殿……行くぞ!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
グラーズヘイムへと一直線に向かってくる《ペガサス》――
なりふり構わないその突撃を真正面からグラーズヘイムは迎え撃つ。
先程受けた損傷は風竜を取り込むことでほぼ回復している。同等の攻撃であれば、後一撃を受けても耐えきることは出来るだろう。実際、《グングニル・ラグナレク》を受けてもグラーズヘイムは『損傷』はしたものの倒されることはなかったのだから。
だから、この最後の攻防を凌ぎきればグラーズヘイムは勝利し、挑戦者たちは敗北する。そのことはグラーズヘイムはもちろん、ラビたちも理解していた。
互いに死力を尽くし、持てる力の全てを出し尽くす決戦……。
「sts『神装解放』!!」
アリスが決着をつけるための神装を解放する。
《
「行きます! リコレクト《ワイヴァーン》――インストール《フェニックス》!」
アリスが神装を発動させるよりも前に、ヴィヴィアンが《ワイヴァーン》を
「――《ペガサス》、本当にありがとうございます」
ヴィヴィアンの小さな、そして申し訳なさそうな呟きに対して《ペガサス》が応えるように嘶くと、猛スピードで《ペガサス》がグラーズヘイムへと突貫する。
……その姿は流星の如く。
超高速でグラーズヘイムへと向かう《ペガサス》の動きに対応しきれず、人間であれば眉間に当たるであろう角の間に、勢いそのまま《ペガサス》が体当たりを敢行する。
ガアアアアアアアアアアッ!!
ヴィヴィアンの召喚獣は元となった生物に関係なく、超硬度を持っている。
凄まじく硬く、そして重い物体が、超高速で激突したのだ。いかにグラーズヘイムと言えども無事では済まない。
想定外の一撃を受けグラーズヘイムがよろめき、苦痛の悲鳴を上げる。
「焼き尽くせ――ext《
その隙を逃さず、ヴィヴィアンに抱かれたままアリスたちが飛翔。グラーズヘイムへと迫る。
アリスが神装を解放し、『杖』が赤い煌めきを放つ。
――現れたのは『剣』……と呼ぶのも馬鹿馬鹿しくなるほどの巨大な『炎の柱』だった。
「行け、ヴィヴィアン!!」
「はい、姫様!」
ヴィヴィアンがアリスを抱え、ひと塊の炎の矢となり怯んだグラーズヘイムへと向けて飛ぶ。
狙うは――
”そのまま口の中へ!”
いかに強力な神装を用いたとは言え、グラーズヘイムとの圧倒的体格差は如何ともしがたい。
神装も通じるとは言ってもグラーズヘイムを倒すまでにアリスの魔力が持つとは限らない。そして、ラビの持つキャンディの数も残り少なく、神装を使える機会ももうないだろう。
となれば取れる手段は限られてくる。
いくら不可解な、現実を超越した存在であろうとも――
大自然の力を自在に操る『神獣』だとしても――
肉を持ち、魂を持つものであれば、それは結局『生物』に過ぎない。
そして生き物であるのならば、体の内部から腹を裂かれ、焼かれれば無事では済まない。
仮に内部が先程ラビたちが見た異界であるのであれば、それごと焼き尽くすのみだ。
そのまま一直線に、炎の塊がグラーズヘイムの口から内部へと侵入する……。
――アリスの使う神装には、他の魔法にはない特殊な性質がある。
ラビたち自身も気づいているように、神装の『元』となった神話の武具、そしてそれに纏わる逸話を『特性』として再現ないしは敷衍した解釈を以て再現することが出来る。なお、ラビの住んでいた世界と今の世界は別の世界であるが、世界各地の神話などでは共通のものが多い。アリスの神装はいわゆる『北欧神話』が元ネタとなっているが、その内容はやはり共通している。
再現された特性は、アリスの魔法だけでは通常は実現できないようなものであることが多い。
例えば《
であれば当然、今アリスが使用している《レーヴァテイン》にも、固有の特性がある。
《レーヴァテイン》の特性について語るために、大元の神話にある『レーヴァテイン』について説明せねばなるまい。
北欧神話において神々の世界の終焉となる『ラグナレク』……神話の舞台となる世界は、炎の巨人スルトによって何もかも焼き尽くされて終わることになる。
このスルトの持つ『炎の剣』こそが『レーヴァテイン』――と思われているが、実のところそれは正確ではない。そもそも、スルトの持つ剣の名は神話では示されていない。
『レーヴァテイン』の名は、ラグナレク以前の話に出てくる、スルトの妻が管理している
ヴィゾーヴニルという怪物を唯一殺せる武器が『レーヴァテイン』であるのだが、スルトの妻より『レーヴァテイン』を借り受けるためにはその怪物の尾羽が必要となる――という、堂々巡りの『矛盾』した存在である。
これらの神話の内容を踏まえて、アリスの神装としての《レーヴァテイン》の持つ特性について述べよう。
一つは『炎の剣』。スルトの剣としての特性を備えている。これは《グングニル》が嵐の神オーディンの力を特性として備えているのと同じだ。
もう一つは『矛盾』――そして、その『矛盾』を
『レーヴァテイン』に纏わる後者の神話において、結局魔物は倒されたとある。ただし、如何なる方法を以て『レーヴァテイン』を手に入れることになったかは明らかにされていない。
そこから導き出された特性こそが、矛盾した事象を理屈や過程を全て無視して解消した状態にすることである。それも、アリスにとって都合のいい方向に、強引に解消するのだ。
この特性は、特に神獣――あるいは神話にあるような『どんな武器でも傷つかない肉体』や『どれだけ離れていても絶対に命中する』と言った、現実を超越した、正に『チート』能力に対して強力なカウンターとなる。逆に、テュランスネイルのようなただ頑丈で体力が有り余っているような、(通常の生命体とは言い難いものの)神懸かった『何か』ではないものに対しては通用しにくい。簡単に言えば、通常のモンスター戦ではそれほど効果が見込めないものなのだ。
しかし、今回の相手は神獣。風を支配し、風を取り込むことで無限に再生する超越者である。《レーヴァテイン》の力が十全に発揮される相手と言えよう。
結論を述べよう。
この特性とは『矛盾破却』、あるいは『超越対抗』――理屈や道理を無視した不死性等の『超越性』を無効化する能力である。
アリスたちの姿がグラーズヘイムの中へと消えて数秒が経過した。
突然、グラーズヘイムの巨体が揺らぐ。
空中で苦しそうにジタバタと大きくもがき、痙攣――その直後、グラーズヘイムの背中から巨大な炎の柱が突き出す。
それは、体内からグラーズヘイムを突き破った《レーヴァテイン》の刃であった。
炎の柱はそのまま背中から尻尾の方へと移動し、その巨体を両断しようとする。
更には炎がグラーズヘイムの全身へと燃え移り焼き尽くさんとばかりに燃え上がる。
――最後に、《レーヴァテイン》の持つ残りの、そして最も重要な特性について述べる。
一度《レーヴァテイン》の炎に焼かれたものは、
『矛盾解消』の特性もあり、例え炎に対して耐性があろうとも関係ない。最終的には必ず相手は『焼き殺される』という結末に至らされる。
唯一逃れる術は、焼き殺されるよりも早くアリスの魔力が尽きるまで耐える、のみだ。
……そして、アリスがラビと共にある以上、もはやグラーズヘイムの運命は定まっている。
オオオオ……オオオオオオオオオ……!
炎に包まれ、背中側から
これが、嵐の支配者の最期である。
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