第3章35話 ラグナレク 2. 雲霞のごとく
「……クジラ型、でしょうか?」
ヴィヴィアンの言葉通りだ。現れたのはクジラ型の巨大風竜――鮫型とは違い手足は生えていない、普通のクジラっぽい姿をしている。
その巨大なクジラが岩を呑み込んで爆発を抑えたのだ。
……体内で炸裂してクジラもすぐに息絶えたのだが、周囲の風竜は無事で済んでしまった。更にクジラ型は出現し続けている。
「チッ!」
範囲攻撃を封じられては拙い。それにあれを呑み込んで封じたということは、《赤色巨星》も通じない可能性が高い。
アリスの持つ神装以外での最大攻撃魔法が通じない――これは想定外だ。というか、同じような方法で他の魔法も防がれてしまう。
となると接近戦……と言いたいところだが、クジラの周囲にはその数倍の鮫型がいる。向かって行ってもこちらが囲まれてなぶり殺しにあうだけだ。
「神装……いや、まだだ!」
使える神装はあるが、まだ早い。温存しすぎて負けるでは話にならないが、今使ってもそこまで状況は良くならない。魔力を大幅に消費するだけで状況を悪化させるだけだろう。
「……であれば、わたくしが。
サモン《フェニックス》!」
様子見して召喚を温存していたヴィヴィアンが《フェニックス》を呼び出す。
「小物はわたくしが」
「おう! クジラはオレが叩く!」
《フェニックス》が縦横無尽に空を舞い、小物――鮫型以下の大きさの風竜を焼き落としていく。流石、ヴィヴィアンの使える中では高位の召喚獣だ、風竜に遅れなどとらない。多少のダメージを受けても『不死鳥』ゆえに再生能力まで持っているのだから気にもならない。はっきり言って反則もいいところな性能だ。
しかしそうは言っても敵の大群は全方位から向かってくる。《フェニックス》だけではそれらすべてを迎え撃つことは困難だ。
とにかくクジラを何とかしなければならない。そうすればアリスの広範囲攻撃魔法で薙ぎ払うことが出来る。
「……よし!」
何かを思いついたらしい。
アリスが周囲にマジックマテリアルをばら撒き――それらを『砲台』へと変化させる。
「mk《
砲台から先端が『碇』となった鞭が射出される。
周囲のクジラへと向かう碇。先端が突き刺さり、あるいは鞭部分が絡みつき動きを封じようとする。
だがまだ足りない。クジラは更に数を増してくる。
「md《鞭》!」
更に既にクジラへと巻き付いた碇から、新たに鞭を伸ばし周辺の風竜を見境なくからめとる。
そこから再びまた鞭を伸ばし――《フェニックス》が焼いている方向を除いた風竜を纏めて動きを封じる。
「ab《炎》――ext《
そして動きを封じた鞭をそのまま炎へと変換、一気に焼き尽くす。
「cl《赤・巨神壊星群》!!」
まだクジラは全滅していないが数は大分減った。すかさず《赤・巨神壊星群》を放ち倒せるだけ倒そうとする。
何発かはやはり無事だったクジラに飲み込まれたものの、一気に風竜を薙ぎ払う。
「よし!」
満足気にアリスは頷くと、再び《火龍絞鞭》を使い風竜たちの動きを拘束、焼く。その隙間を埋めるように《フェニックス》が飛び交い逃れた風竜を撃墜していく。
レーダーの反応は――くそっ、まだまだ敵の数が減らない!
”アリス、ヴィヴィアン! このまま真っすぐ進んで! 敵の包囲から一度逃れよう!”
レーダーによればこちらが一番攻撃を集中させている正面の壁が一番薄い。四方八方から襲われるよりは一度包囲から逃れた方が良さそうだ。
私の言葉に二人は頷き、《フェニックス》を先頭に正面へと突撃。
「どけ!」
《フェニックス》が焼き、アリスが槍を振るって風竜を散らす。好機と見れば《赤・巨神壊星群》を放って一気に殲滅する。
やがて私たちは風竜の包囲を突破することが出来た。
……相手は諦めてはくれない。すぐに追ってくるし、周囲からは新しい敵の反応がある。
「むぅ……きりがないな」
キャンディで魔力を回復させながらアリスがぼやく。
だいぶステータスは強化されたものの、一向に敵は減らない。むしろどんどん増えていっている。
そのくせ敵のボスである『嵐の支配者』は姿を現さない。
”もしかして、この群れのどこかに既に『嵐の支配者』がいるのかな?”
レーダーの反応は敵だらけで個別の判断がしづらい。それに紛れて敵のボスがおり、そいつを倒さない限り風竜が無限湧きする……という可能性はありそうだ。
アリスも思案顔で頷く。
「ありうるな……が、見分けが全くつかん」
「ですね……」
敵のボスっぽい個体がいればそれを攻撃すればいいのだが、問題は全く敵の区別がつかないということだ。鮫型、クジラ型、あるいはもっと小型の魚型といった区別は流石につけられるが、その中で……となると難しい。見ている余裕もあまりない。
結局、とにかく薙ぎ払っていくしかないのが現状だ。
”……一旦、逃げれるだけ逃げてみるのもありかな”
幾ら戦ってもきりがなさそうだ。様子見を兼ねて、敵の群れから離れてみるというのも一つの手だ。
が、これにはアリスは首を縦に振らない。
「うーむ……これはオレの勘だが、増え続ける風竜を放置しているとあまり良くない気がする」
”そっか……”
根拠があるわけではないのだから却下、というのもありなんだけど、ことモンスター戦に関してはアリスの方が一家言ある。
私の逃げてみるというのも特に根拠があるわけではないし、となるとアリスの『勘』を信じた方がよい気もする。
でもなぁ……戦い続けても打開策が見えてこないという現状はなぁ……。
何か状況を変えることが起きないものか。そして、願わくばこちらにとって都合のいいことが起きないものか。
「――ご主人様、何か妙なものが紛れ込んでいるようです」
その時ヴィヴィアンが何かに気付く。
彼女の視線は、迫りくる風竜の群れではなく下方。地上の方を向いていた。
レーダーには特に反応はないけど、そちらの方に目を向けると……。
「? あいつは……」
地上を走る何者かの影。そして、それを追う無数の風竜。
「ぎゃー!? そろそろこっちに気付いてー!?」
悲鳴を上げて風竜から逃げ惑うその影に、私たちは見覚えがあった。
”ジェーン!?”
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