第3章36話 ラグナレク 3. 嵐の支配者
* * * * *
ジェーンの姿を見つけた私たちは風竜を蹴散らしながら彼女と合流、そのまま一旦風竜たちから逃げることにした。
……アリスの『勘』も気になるが、先にジェーンのことだ。
「た、助かった……」
彼女は《ペガサス》に同乗している。
風竜の群れに散々追い回されたのだろう、ぶるぶると震えている。
”ジェーンも来たの? トンコツは? というか、君、今日風邪ひいてるんじゃなかったっけ?”
ジェーンの正体である美々香は今日は風邪で寝ているはず。だから、お泊り会にも参加していなかったのだ。
それに、彼女がいるということはトンコツ、あとはシャルロットもいるのではないのか?
「あー、師匠はいないよ。アタシだけ。
後、風邪ひいているのは本当よ。こっちだと風邪ひいてても問題ないみたいね」
「ほらー」
ジェーンの言葉にアリスが口を尖らせる。
”よそはよそ! うちはうち!”
「ちぇー」
トンコツの方針に口を出す気はないが、だからといって風邪っぴきをクエストに連れていくことは私はしたくない。
それにしても、ジェーンだけってどういうことだろう?
……あ、そういえばこの間そんな機能が実装されていたっけ。
”うーん、正直風邪ひいてる子一人クエストに放り込むのは……”
向こうにも考えがあるんだろうけど、ちょっと褒められたものではない。口出ししないとは思うものの、一言くらいは言っておきたくなる。
私の言葉にジェーンがちょっとだけ不満そうに言い返す。おや?
「いや、師匠からラビさんたちにどうしても言っておかないといけないことがあるっていうからさ。
桃香の家に電話したけど、あやめ姉さんからはクエストに行っちゃったって聞いたし……だから仕方なくよ」
”トンコツから?”
何か用事だろうか。桃香の家に電話をかけて繋がらないからクエストにまで来るなんて……よっぽどの緊急事態なんだろうか。
でも伝言のためだけに病人をクエストに放り込むとは……まぁ、シャルロットの方が来たとしても、この風竜の群れ相手じゃどれだけ持つかわかったものではないか。
「うん。……っても、大分手遅れっぽいけどさ」
”手遅れ……かな?”
「まぁ、本当はクエストに行くなって言おうとしてたみたいだし」
クエストに行くなって、この緊急クエストのことだろうか。いや、状況からしてそうなんだろう。
いや、聞いてみないとわからないか。
”どういうこと?”
「えっと……師匠が言うには、このクエストは今のアタシたち――ラビさんたちも含めて、他の全プレイヤーの誰であっても
敵が『レベル9』って表示あったでしょ?」
”あったね。意味が分からなかったんだけど”
何となく難易度的なものなのかなぁとは思っていたが、今までのクエストでは表示されていなかったしいまいち確証がもてなかったのだ。
私の言葉にジェーンはため息を吐く。
「やっぱりね……師匠が心配した通りだったわ。
あのさー、あの風竜のレベルって幾つか知ってる? いや、知らないんだよね」
うん、知らない。
「あの風竜で……中くらいの鮫っぽいので、レベル3。大きめのクジラで多分4くらいかな?
スフィンクスとかレッドドラゴンとか……あの辺りもレベル3ね」
何となく納得できる。風竜との混成クエストもあったことだし、実際に戦ってみた感じもどっこいどっこいだと思う。
そうなると……。
”テュランスネイルとか、雷精竜ヴォルガノフって知ってる?”
「あー、師匠から名前聞いてきた。確かレベル5だったかな?」
二段階くらいは強めのモンスターなのか。体感だともっと格上な感じではあったんだけど、まぁそこは『ゲーム』内での分類だ、私たちが言っても仕方ない。
ジェーンは怪訝そうな顔をする。
「……何で知ってるの? 師匠も事前情報で名前を聞いたくらいだって言ってたけど……」
”何でも何も……実際戦ったしね”
「はぁ!? 嘘でしょ!?」
心底驚いた表情をしている。
そういえばクラウザーもかなり驚いていた記憶があるけど、そんなすごいことなのだろうか?
「……だって、レベル5のモンスターって、師匠が言うにはかなりの強敵で、まだ出てこないはずだって……」
”そう言われても……実際に戦ったし”
「アタシらなんて、最近ようやくレッドドラゴンと戦うようになったくらいよ!?」
「レッドドラゴン――ああ、火龍か。あいつ、そういえばいつくらいに戦ったっけ?」
”えーっと……『ゲーム』初めて一週間目くらいじゃなかった?”
はっきりとは覚えてないけど、割とすぐに戦ってたような記憶がある。初めの一回はちょっと苦戦はしたものの、二回目からは大して苦戦もしなかったような。
ジェーンは愕然としているようだ。ヴィヴィアンも少しだけ表情が変わっている。驚いているのかな?
「……マジか。あんたたち、何か『ゲーム』の進み早すぎじゃない?」
そう……なのかな?
別にこっちから何かしたわけでもないんだけど……。
ジェーンの、トンコツの言葉を信じるのであれば、私たちはどうも他のプレイヤーよりもかなり強い敵と戦っていたようだ。他が火龍クラスと一生懸命戦っている頃、既に私たちはそれ以上のモンスターと戦っていたことになる。そりゃあ、クラウザーも驚くわけだ。
”まぁそれはともかくとして、今回のクエストのボス――『嵐の支配者』はレベル9ってことは……”
「風竜の三倍は強いってことか」
「んなわけないでしょ! もっと強いよ!」
ごもっとも。テュランスネイルとかが火龍の二倍程度の強さとは到底思えないし。
……そっか、どのくらいの強さかは想像もつかないけど、あのテュランスネイルやヴォルガノフよりも圧倒的に強いことは間違いないのか。トンコツが心配してくれるのもわかる。
「で、師匠はラビさんたち見つけたらさっさと撤退しろって言ってたんだけど……する気、ないよね?」
「当然」
「もちろんでございます」
”まぁ、そうだね”
全員即答である。
危険は承知だが、ここで『嵐の支配者』を退治しなければ被害がどこまで広がるかわからない。まぁアリスたちはともかく、私としてはどうしようもなくなれば撤退も視野に入れてはいるが、戦ってもいないうちから退こうとは思っていない。
そんな私たちを見てジェーンは再度ため息を吐く。
「……まぁ、そんなことだろうとは思ってたけどさ。
うーん……」
ジェーンとしてはトンコツからの忠告を私たちに告げた時点で役割は終わりだ。これ以上クエストに留まる必要はない。
本体の方は風邪を引いているし、家の方でもし避難とかしなければならないことになった時に動けないのでは困るだろう。
ここは一旦彼女をゲートまで送り届けて、それから戦うというのがいいだろうか。ここからゲートに辿り着くまでに結構な数の風竜を相手にすることにはなるけど……。
「……わかった。アタシも戦う!」
”いいのかい?”
一緒に戦ってくれるのは正直ありがたい。何しろ相手の数が圧倒的すぎて『嵐の支配者』を引きずり出す前にこちらがガス欠になる可能性もあった。
トンコツがいない以上、ジェーンの魔力の限界はすぐに来るだろうけど、戦力が増えればそれだけ戦いやすくなる。
「うん、師匠は何にも言わなかったけど――この『嵐の支配者』ってやつがあの天気の原因なんでしょ、多分」
”そうだね……確証はないけど”
彼女たちは現実世界に現れていた風竜の姿をおそらく見ていない。トンコツが何も言わないのは……『嵐の支配者』が爆弾低気圧の原因だとわかれば、きっと戦おうとするからじゃないだろうか。
ジェーンは一つ頷くと、笑顔で宣言する。
「じゃ、決まりね!
あ、ただ師匠がいないから、アタシ、体力ゼロになったらその場で終わりだから」
”リスポーン出来ないってことね。ゲームオーバーには?”
「ならないって。ただ、リスポーン代自体は取られちゃうみたい。あー、後、ユニットだけでクエストに挑んで失敗した場合、もう一度同じクエスト受けることは出来ないんだって」
「なるほど、じゃあジェーンが途中でリタイアしたら、次に援軍は来ない……ってことか」
そういうことになる。同じクエストにユニットだけで何度も挑めないようにしているのは、まぁわからないでもない。リスポーン代だけ払って何度も挑戦というのも変な話だし。
でも、そうか――下手にユニットだけ送って、というのは出来る限りしない方がいいかもしれないな。回復やレーダーに制限があるのだから厳しい戦いになりやすいし、今回みたいに出来る限り『勝ちたい』相手がいる場合に負けたりしたら再挑戦も出来なくなってしまう。
ジェーン――美々香の本体の方も気になるけど……。
”……わかった。よろしくお願いするよ、ジェーン。でも、君はトンコツもいないし、本体の方で……その、避難とかもあるかもしれないから、無理はしないで”
「うん! 大丈夫。いざとなったら兄ちゃんに担いでいってもらうから」
避難する状況でも目覚めない娘とか、ご両親驚くんじゃないだろうか……? その辺はシャルロットの方が何とか誤魔化してくれることを祈るしかない。
というよりも、そもそも負けなければいいのだ。
敵は未だかつてない強大な『嵐の支配者』だが――トンコツが言うように絶対に勝てない相手ではない、と思う。私たちの知り合いではないが、もしかしたら他にも参加しているユニットもいるかもしれない。連携は出来ないかもだけど……。
「よし、話は決まったな!
ジェーン、貴様飛べるか?」
「う、ちょっと飛ぶのは苦手なんだけど、一応……」
風竜たちと地上戦はちょっと辛い。飛行能力があるのであれば、その方が戦いやすいだろう。なんだか自信なさげだけど……。
まぁあんまり空中戦が得意ではないようならば《ペガサス》に同乗しつつ戦ってもらえばいいか。
”ジェーン、無理しないで《ペガサス》に乗ってていいよ。行けるところで飛んで戦ってくれればいいし”
「う、うん。わかった。それまではブーメラン投げてるわ」
ああ、そうか。彼女の霊装はブーメラン型だったか。遠距離攻撃が出来るのであればそれでもいい。
”よし、じゃあ反転! 『嵐の支配者』を探そう!”
手数が増えたとはいっても風竜全部を相手にはしていられない。
早めに『嵐の支配者』を探し出して撃破しなければ。
が、私の言葉に不思議そうにジェーンが首を傾げる。
「え? 探すの? さっきからいるじゃん」
”……はい?”
レーダーにはそれらしき反応は映ってないけど……。
私の疑問に答えるようにジェーンが空を見上げる。
釣られて私も見上げる。
そこにあるのは真っ黒な空――渦巻く黒雲に覆われた空だけど……え? いや、まさか……?
「……あ」
同じく空を見上げたアリスも、ヴィヴィアンも気づく。
渦巻く黒雲の中心――そこに、『何か』がいる。巨大な『目』のようなものが渦の中心にある。
”……そういうことか……”
レーダーに反応がなかったわけではない。
あまりにも巨大な反応過ぎてわからなかった。無数の風竜の反応に紛れてわからなかっただけではない、レーダー全部を覆うくらいの巨大な反応だったのだ。
「あれが……『嵐の支配者』……」
渦の中心にある巨大な『目』――他の風竜と同じ、無機質な感情の見えない魚のような目が私たちの視線と交わる。
ちょっとだけ恐れたかのようにヴィヴィアンが私をきつく抱きしめる。
ジェーンも同じく、だが、耳と尻尾がピンと立ち臨戦態勢に入った。
そしてアリスはというと――
「ふん、上等だ」
いつものように不敵な笑みを浮かべるのであった。
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