第3章34話 ラグナレク 1. 嵐の中の戦い
緊急クエストへと挑む前にマイルーム内にて最終チェック。
アイテム、良し。
アリスとヴィヴィアンのアイテムホルダーの補充、良し。
うん、大丈夫。
二人とも既に変身は終えており、出発を今か今かと待ちわびているようだ。
気持ちはわかるけど焦ってはいけない。
”じゃあ、クエストに行く前に最終確認ね”
アイテム以外にどうしても事前に確認しておくことがある。
”まず、ヴィヴィアン”
「はい」
”《エクスカリバー》は使っちゃダメだ。もうどうにもならない、といった時には……仕方ないけど”
「……かしこまりました」
《エクスカリバー》の威力は強大だ。一度召喚したら、魔力消費なしに周辺一帯を薙ぎ払う攻撃を連射出来る。
あまりに強力な反面、使用時にはヴィヴィアンのステータスそのものが減少してしまう。この代償はちょっと大きすぎる。文字通りの『最終手段』として考えていた方がいい。それこそ私が死にそうな時――くらいだろうか。まぁそんな状態になるということは、こちらはほぼ全滅した状態なんだけど。
”次にアリス”
「おう」
”……《
「……ああ」
禁止事項ばかりだけど仕方ない。
キング・アーサーの時に使った《滅界・無慈悲なる終焉》だが、この魔法はまだまだわからないことが多い。
効果としては『破格』の一言に尽きる。最初はよくわからなかったのだが、どうもこの魔法は『魔法の効果を強化する』というものらしい。消費自体が少ない割に、異常とも言える威力強化を施す魔法だ。《エクスカリバー》と組み合わせて使った場合、おそらく私たちの使える魔法の中では最大級の威力を発揮するだろう。
その反面、副作用もある。今のところは使うとアリスの具合が悪くなる程度なのだが……体力が減るわけでもないし、ヴィヴィアンのようにステータスが減少するわけでもない。だというのに明確にアリスは体調を崩してしまう。すぐに回復するとは言っても不気味である。
なので、こちらも基本的には封印だ。ただ、《エクスカリバー》と違ってデメリットがよくわからないため、全面禁止は言いづらい。禁止するにしてもアリスを納得させられない。
妥協案として、『出来れば使わない』にとどめることとなった。アリスも使った時にかなり気分が悪くなるようで、積極的には使おうとは思わないらしいのが幸いだ。
……でもいざとなったら躊躇なく使うであろうことは想像に難くない。そういう娘だ。
”あとは……基本的にはいつも通りのフォーメーションで。何があるかわからないから、アリスとヴィヴィアンは余り遠くに離れないように。
それとアリスは神装を使うタイミングは気を付けて。アイテムホルダーで回復出来るけど、なるべく私の方で回復しておきたい”
「そうだな。アイテムホルダーのキャンディが切れたらどうしようもなくなるしな」
使い魔からユニットへとアイテムを使うには距離の制限がある。
色々と試してみたところ、大体10メートルくらいなら離れていてもアイテムを使えることがわかった。結構微妙な距離である。
アリスの魔法は神装を筆頭に消費が大きいものが多い。魔力量が大分伸びたおかげで神装を使わなければそれなりに余裕はあるようになってきてはいるが、今回に限ってはおそらく神装を使わずに……とはいかないだろう。
『嵐の支配者』――どのような姿形なのかはわからないが、名前からして台風とか『風』に纏わる災害の『化身』であろう。すなわち、モンスター図鑑において『神獣』と分類される相手だ。小型の風竜程度なら大したことはないんだけど、わざわざ『緊急クエスト』として登場するくらいだ。その戦闘力は比較にならないはず。かつて戦ったヴォルガノフと同等か、それ以上の相手と見て間違いない。神装を使わずに勝つのは難しい相手だろう。
「わたしくが《ペガサス》で追随しつつ援護いたします。姫様はわたくしに構わず動いて結構です」
「うむ。初手で《
”よし、じゃあそれでいこう”
事前確認はこれで終わりだ。
後は実際に戦いながら臨機応変に対応していくしかない。
”それじゃ、クエストを開始するよ!”
そう私は宣言し、マイルームの扉から出発する――
* * * * *
クエストの舞台となるのは風竜と戦うことの多かった草原フィールドだ。大人の腰くらいまである少し背の高い草が生い茂る広々とした空間である。
ただいつもと違うのは、空は真っ黒な分厚い雲に覆われ強風が吹き荒れているということだ。外の天気は反映されないのか、それとも『ゲーム』の邪魔になるからか、大雨や大風はここではないようだ。ただ、移動を阻害する程ではないが風は絶えず吹いている。
「ext《
「サモン《ペガサス》」
クエスト開始直後に宣言通りの魔法を使う。アリスには私からキャンディを。
敵は――探すまでもない!
”これは……”
レーダーの反応が異常だ。周囲一帯は敵の反応しかない――敵の海のど真ん中に私たちが投げ込まれたようなものである。
周囲の空から、風竜が姿を現す。やはり風の『神獣』なのだろう、風のあるところから急に出現するようだ。
「よし、行くぞ!」
敵の数は膨大だ。それでも怯むことなくアリスは『杖』を構える。
”気を付けて、風竜の反応しかいまのところないみたいだ!”
「おう、じゃあ雑魚を片づけないとボスが出てこないパターンだな!」
今までもそういう傾向のクエストはあった。
多分、今回も風竜を倒さないと『嵐の支配者』が出てこないパターンなんじゃないかなとは思う。
ただ……風竜の数が多すぎる。これを全滅させるとなると相当骨が折れそうだ。無限湧きの可能性もあるし、早めに『嵐の支配者』を引きずり出せればいいのだが……。
「md《
『杖』を炎の槍へと変化させる。風竜には炎が効くというのは今までの経験からわかっている。たとえ大雨の中だろうと、アリスの魔法の炎は消えることはない。
ヴィヴィアンは《ペガサス》の他に《ハルピュイア》を召喚し、アリスの援護をさせる。《グリフォン》でもいいのだが、ちょっと大きさが足りないためこの暴風雨の中では上手く飛べないのだろう。
「さぁて――じゃあまずは目に見えている範囲をぶっ飛ばすか!」
炎の槍を作ったとて、馬鹿正直に接近戦を挑む必要はない。
こちらに気付き四方八方から襲い掛かろうとする風竜をまとめて吹き飛ばす。
「cl《
「はい、姫様」
私たちを中心に爆裂する岩弾を降らせ、周辺を薙ぎ払う。
と同時に巻き起こる爆風に乗って、アリスとヴィヴィアンが上空へと舞い上がる。
《赤・巨神壊星群》に巻き込まれて私たちに接近していた風竜は全滅。だが、まだまだ多数の反応が上空の方にある。更に遠方からも。
……これは本当に厳しい。今までで数で押してくる相手というのは少ない。アラクニドくらいだろうか。ああ、ヴォルガノフもそうと言えばそうか。
アラクニドの時は偶然もあって分断することが出来た。それに、子蜘蛛の戦闘力はかなり低かったと思う。ヴォルガノフの場合だと引き連れていたモンスターはヴォルガノフの配下というわけではなかったし、強さもピンキリだ。
だが今回はそれらとは全く異なる。配下のモンスターは風竜――おそらくは『嵐の支配者』の眷属だろう。その戦闘力もまちまちではあるが、中型以上の風竜の強さはサイクロップスよりもはるかに上だ。火龍の大群と言っても差し支えない。質も量も最大級だ。風竜も今まで私たちが見たものとは異なる、新種も現れるかもしれない。そちらの実力は未知数だ。
それに加えて未だに姿を見せない『嵐の支配者』本体も気になる。ヴォルガノフ以上の強敵と見ておいた方がよいだろう。
厳しい戦いになる……始まったばかりだが、そう思わずにはいられない。
「cl《
「《ハルピュイア》!」
正面から向かってくる一団に向けてアリスが魔法を放つ。
威力だけなら《
アリスの目論見通り、向かってきた風竜たちは炎に焼かれ墜落していく――が全滅はしていない。
後を追うように《ハルピュイア》が飛翔し、炎から逃れた風竜を爪で切り裂いていく。
「……少し攻撃力が足りないようです」
「うむ、《ハルピュイア》を一度こちらへ!」
アリスの指示に従い《ハルピュイア》を寄せる。
そして、アリスが《
”くっ、それにしても数が多い……! まだまだ全方向から来る!”
キャンディには余裕があるとはいえ、敵の数は全く減る様子がない。
「ふん、なら全て薙ぎ払うまでよ!」
「姫様の仰る通りです」
頼もしい限りだけど……ヴィヴィアン、君は何かちょっと太鼓持ちっぽくなっちゃってるね。
まぁアリスの言うことも間違いではない。なにせ彼女のギフト【
あまり希望的観測に乗っかりすぎるのも考え物だが、正直今のところ上手い策は思い浮かばない。魔力の残量とキャンディの在庫に気を配りつつ、ひたすら敵を倒していくしかないだろう。
”……そうだね、今はとにかく風竜を減らすことを考えよう”
今も私の頭の片隅には『いざとなればクエストリタイア』という選択肢はある。現実世界の災害を止められるのであればそれに越したことはないが、向こうにだって備えはある。アリスたちの身の安全だって重要だ。
『嵐の支配者』を倒せなくても、風竜を倒していけばちょっとは現実世界の方の雨風も弱くなるのではないか……そんな思いもある。削れるだけ削って、ダメそうなら撤退だ。もちろん、『嵐の支配者』を倒せればそれに越したことはない。
「よし、使い魔殿、キャンディの補充を頼む! 連発で行くぞ!」
空中から四方八方へと向けて《赤・巨神壊星群》を放ち続ける。風竜はこちらに近づくことさえできずに次々と撃墜されていく。
たまに爆風から逃れて接近してこようとするものがいるが、私のレーダーはそれを逃さず、またそちらには強化された《ハルピュイア》が向かい迎撃する。
今のところは順調だ。いざとなれば《ペガサス》で相手を引きつぶすことも考えられるがその必要はない。
……行ける、かな?
行けるに越したことはない。勝てれば全て丸く収まる。
が、そう甘くはなかった。
「!? 何だ!?」
何発目かの《赤・巨神壊星群》が
正体はすぐにわかった。こちらへと接近してくる風竜の中に、今まで見たことのない巨体があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます