第3章33話 神への挑戦(その他の人々)

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




”ヤバい……マジか、これ……”


 美藤家、美々香の部屋にて、クエストの詳細を確認したトンコツが呆然と呟く。


「……師匠?」


 風邪を引いている妹の看病をしていた和芽が、彼女の『使い魔』の言葉に眉を顰める。

 外は台風のような荒天。和芽は『もしも』の時のために美々香の部屋で看病しつつ荷物を纏めている最中だ。妹が起きないように出来るだけ物音を立てずに。

 ラビたちが桜邸にいる間、外の状況はかなり悪化していた。実畑地区にある美藤家に対しては、既に警報が来ている。このままの勢いが続けば、七燿桃園の敷地へと避難することになりそうだ。

 他の家族もそれぞれ万一に備えて準備をしている。美々香だけは風邪で寝込んでいるため代わりに和芽が用意しているのだが……。


”……カナ、お前……あいつらの連絡先知ってるか?”

「あいつらって……ラビさんたちのこと?」


 トンコツと和芽の間で『あいつら』と呼べるような共通の知り合いは、ラビたち以外にない。トンコツは他にも知り合いがいるようだが、そちらと和芽は接触していない。

 連絡先を知っているかと言われると個人的には知らない。妹のクラスメートなので連絡網を探せば見つかるかもしれないが、どこにあるかは和芽はわからない。親ならば知っているはずだが。


「……何かあったの……?」

「あ、ごめんね、美々香ちゃん」


 のどが腫れているのだろう、少し苦しそうに横たわっている美々香が問いかける。


”あいつらを止められるか? いや、せめてラビは参加しないように出来れば……”

「……ん? どゆこと?」


 トンコツの表情は――牛のぬいぐるみなので表情はわかりづらいが――真剣だった。また、その表情には焦りも含まれている。

 先日実装された機能により、ユニットだけでクエストに挑めるようになっている。ユーザーがクエストに行かないのであれば、仮にユニットが全滅してもゲームオーバーだけは避けられるのだが……。

 ――あいつなら、きっと一緒にクエストに行くだろうな。

 そこまで多く直接顔を合わせたわけではないが、ラビならばユニットだけ送り込んで終わり、ということは余程のことがない限りしないだろう。あの機能が『こういう時』を想定して実装されたものだとは思いもしないだろうとも。

 別にラビがどうなろうとも構わないはずだ。あの集団は、おそらく将来的にはトンコツと彼のフレンド――『彼女』にとって最大の障害となりうる。

 ……だというのに見過ごすことも出来ない。トンコツは基本的にはお人よしの『善人』なのだ。


”拙いぞ……もしあいつらがクエストに挑んじまったら――あいつらは


 ――その言葉に、美々香は跳び起きた。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




”くははっ、なるほど、面白いじゃねぇか”


 クラウザーは『隠れ家』にて笑う。

 今彼のいる場所を襲う大嵐――これと緊急クエストが連動していないわけがない。何しろ『嵐の支配者』が相手だ。


”おい、行けるな?”


 彼の近くは誰もいない。遠隔通話にて彼のユニット――ヴィヴィアンのに見つけたユニットへと語り掛ける。


『……』


 クラウザーの呼びかけに、短く、小声で答える声。

 ふん、とクラウザーは鼻を鳴らす。


”流石に仕留めろとは言わねぇよ。てめぇの『本体』にも影響があるからな”


 如何にクラウザーと言えども、ユニットの本体をおざなりにすることの危険性はわかっている。

 この嵐は場合によっては本体へと危険を及ぼす可能性が高い――本体の住んでいる地域にもよるが、避難に遅れて……ということは充分起こりえると認識している。

 だから、目的は『クエストのクリア』、すなわち『嵐の支配者』を倒すことではない。元より、今の『ユニット』の力で勝てる相手ではないことはわかっている。


”そうだな……適当に大きな奴を二~三匹、こい。『嵐の支配者』を喰えれば理想だが、無理はするな”

『……』


 遠隔通話にて了解が返る。

 ――『無理はするな』。その言葉がクラウザーから発せられたことを知れば、ラビや桃香は驚愕しただろう。そのような気遣いをユニットに対してするような人格ではなかったはずだ。

 当然、クラウザー自身が変わったわけではない。今回に関しては話が別なだけだ。


”――ふん、『レベル9』だと……? どこのバカがそんなもんに馬鹿正直に戦いを挑むってんだ、クソ運営が”


 言いつつ、彼の脳裏に一人の少女の姿が思い浮かぶ。

 まるで闘志の塊のような、鮮やかな金色に燃える髪の少女――そして、何の力も持たず、生身のまま自分に歯向かってきた黒髪の小娘――


”……チッ”


 ――あいつらなら挑みそうだ。そして死ぬだろう。

 自らの手で復讐することは出来なくなるが……その時はその時だ。クラウザーはそう考え、雨風を凌ぐため『隠れ家』にて息を潜める。

 現実世界では基本的に不死身とはいえ、雨風に晒されるのは辛いのだ。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 草原と湖を模したマイルーム――プレイヤー名『ミトラ』のマイルームにて。


「……」


 クエストボードの前に一つの『影』があった。

 『人影』――ではない、文字通りの『影』……黒い『何か』としか形容できないものがそこにあった。

 『影』はクエストボードに現れた緊急クエストの内容をじっと見ている。


「……まさか、行く気じゃないよねー?」


 『影』に向かって声をかける人物がいた。

 マイルーム内に設置された湖。その中から上半身だけ出している人魚の少女だ。

 口調は軽いが、どこか諫めるような視線で『影』を見ている。


「……」


 『影』は答えず。

 その態度に苛立つかのように、人魚がぴしゃん、と足――ヒレで水面を叩く。

 水音に反応したのは『影』――ではなく、もう一人の人物だった。


「……」


 こちらも無言。だが、無言で人魚の少女の方へと視線を向ける。

 平原に設置された大きな岩のオブジェにもたれかかっていた人物は、人魚の少女、謎の影法師に比べれば、何とか魔法少女ユニットらしい姿とは言えるかもしれない。全身をくまなく漆黒の鎧兜で覆った――『黒騎士』としかいいようのない姿が、果たして『魔法少女』であると言えるかは難しいところだが。

 『黒騎士』は岩にもたれかかり、腕を組んで何事かを考えているようにも見えるが、実際のところはわからない。水音に反応はしたもののすぐに興味を失ったかのように視線を下げる。


「ご主人もいないし、ある程度は好きにしていいって言われてるけどさー。

 ……いやいや、流石に『レベル9』はないっしょ。『レベル6』の書き間違いって言われても――まぁそれはそれで充分厄介な相手なんだけどさぁ」

「――問題ない。あなたたちに迷惑はかけない」


 『影』が答えた。

 まだ幼い、少女の声だ。


「いやいや、『ケイ』ちゃん? ご主人抜きでクエスト行って、もし体力ゼロになってもジェムが減るだけで済むと言えばそうよ?

 でもさ、だからと言って無駄に減らすのもよくないと思うわけよ? だって、の戦いなんだからさ」


 人魚の少女によれば、クエストに使い魔抜きで挑んだ場合、リスポーンは出来ないがジェム自体は消費されるらしい。リスクと言えばリスクではある。


「……あいつは、『ある程度好きにしていい』と言った。なら、好きにさせてもらう」

「いやさ、でも――」

「あんたはあたしたちのリーダーじゃない。指図されるいわれはない」

「……っ!」


 淡々とした『影』の言葉に人魚の少女は一瞬怒りの形相を浮かべるが――


「……わかったわよ。行きたきゃ行けば! ふん!」


 と言う言葉を残してマイルームから退出してしまう。

 そんな少女の様子を見て、やれやれと言わんばかりに『黒騎士』が肩をすくめる。


「……『BP』、あなたは?」

「……」


 『影』の問いかけに『黒騎士』――『BP』は無言のまま首を横に振り、そのままマイルームから退出する。クエストには参加しない、ということだろう。

 『影』は一人となったが、それはそれでいいと思う。

 人魚の少女も『黒騎士』も不参加の理由はそれぞれだ。特に『黒騎士』の方はおそらくは本体の安全を確保したいという理由もあるだろう。

 『影』もそれは考える必要があるのだが……まだ猶予はあるはずだ。ギリギリまでクエストに行くことが出来るはずだ。


「……アリス」


 一言、そう呟き、『影』もまた緊急クエストへと臨む。

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