第3章32話 神への挑戦
お風呂から上がって、再度私たちは桃香の部屋へ。
あやめはお風呂場で言っていた通りに、着替え終わると髪を乾かすのもそこそこに家中の戸締りの再確認を行っている。
「んー、ラビさん、髪やってー」
”んもー、しょうがないなー”
洗面台はちょっと狭かったので、体を拭いて寝間着に着替えた後は桃香の部屋でやる。
桃香の髪は肩までなので然程でもないが、ありすの髪はかなり長い。まだ一人では上手くやれないのだ。
仕方なく、と言った体ではあるけれど、ありすの数少ない――いや、もしかしたら唯一と言えるかもしれない女の子らしい特徴だ。本人にやらせたら雑に乾かして終わらせるだけなので、本人に自覚が芽生えるまでは私がやってあげている。年齢的にはそろそろ一人でやれるようになってもらわないと困るんだけどさ。
……ただ、髪型を弄ろうとすると嫌がるんだよなぁ。もうちょっとこう髪型に凝ってみたいとか思わないものだろうか。
ちなみに私は例によって全身が幾ら濡れても少し待てば一瞬で乾く。面倒がなくて結構だけど、これはこれで味気ない。
「うふ、うふふふふ……」
……桃香が何やら不気味な笑い方をしている。
”……ねぇ、桃香。そういえば、ありすはどこで寝るの?”
桜邸にはちゃんとした客室も用意はされているが、今回のお泊り会ではありすは桃香の部屋で寝ることとなっている。
が、室内には布団のようなものは見当たらない。
私の問いかけに、満面の笑みで桃香は答える。
「もちろん、わたくしと同じベッドですわ!」
”……そっかー……”
愚問であったか。
確かに桃香の部屋にあるベッドは大きい。大人が二人で……となると流石に狭いだろうけど、子供二人でなら十分な広さだ。普段桃香一人で寝ているとしたら大きすぎるくらいだ。
「今日のために新調しましたわ!」
言われて見ると、前に来た時とはちょっと違うような。
そこまでするか。
「ん、わかった」
ありすも特に異存はないらしい。もうちょっと、敏感になろう?
ちなみにあやめは自室で寝る。桃香のベッドでも三人で寝るのは無理だ。
「桃香、ちょっといい?」
そこで戸締り確認をしていたあやめが桃香の部屋へとやってくる。
寝る前の挨拶――にしては少し様子がおかしい。表情はいつも通りのクールなものであるが、どこか焦っているようにも見える。
「あやめお姉ちゃん?」
桃香もあやめの様子が少しおかしいことに気付く。
……何だろう、少し嫌な予感がする。
「……寝る前に、きちんと窓を閉じておいて。念のために雨戸も」
「は、はい」
「それと……」
言うべきかどうか少し逡巡するように言い淀むが、やがてきっぱりと言う。
「思ったよりも雨風の勢いが強い……もしかしたら、周辺の避難があるかも」
桜――いや七燿桃園の敷地は広く、またいざという時に避難してきた人を匿うことが出来る。体育館のような建物なんてまさにそれだ。
地震、それに台風で川が増水したりした時等、避難勧告が出された場合の避難場所となっているのだ。この付近では各学校のほかに、七燿桃園が避難場所として指定されている。
「あぁ、ありす様のご家族のことはご安心ください。避難が必要になった場合、こちらで責任を持って避難させていただきますので」
「……ん」
ありすの家の最寄りの避難場所は桃園台南小だ。が、ありすはこちらにいるので七燿桃園の方で預かるということか。
まぁ恋墨家は地形的には高台の方にあるし近くに川もない。余程のことがない限りは避難するようなことにはならないだろう。むしろ、下手に外に出る方が危ない。
この周辺で危険なのは、美鈴の通う実畑中のある地域だろう。あちらは坂も多く起伏に富んでいるし、小さいながらも川もある。台風の大雨で川が増水したり道路が冠水したりといったことも起こりえるだろう。
「私も――両親もこれから手伝いでバタバタするかもしれません。お二人は決して家から出ないよう」
「わかってますわ」
「ん」
あやめたちは兵隊さんというわけではないのだが、桃香のご両親の方での手伝いとかがあるのか。それとも私たちに話していないだけで、彼らも何かしらの役割を持っているのか……そこまではわからないが、あやめもこれから何かをする必要があるということか。
「……とはいえ、呼び出されるまでは私もこの家にいます。何かあれば私に申しつけください」
そう言い残しあやめは去って行った。
「……」
しばし沈黙。
”……さ、あやめに迷惑もかけられないし、私たちは寝よう”
『ゲーム』の中でならともかく、現実世界ではありすも桃香も、そしてもちろん私も出来ることなんてない。やれることと言えば、あやめや大人に迷惑をかけないようにおとなしくしていることくらいだ。
つまり、おとなしく寝るだけである。
”ほら、あやめも言ってたし、雨戸も閉めて寝よう。おしゃべりしたいならベッドに入ってからね”
「……そうですわね」
不安は残るが私がそれを表に出すわけにもいかない。
桃香を促してしっかりと戸締り。後はベッドインだ。ちょっとくらいならベッドの中でお話していてもいいだろう。
私に促されて桃香が雨戸を閉めようとする――窓を開ける必要もなく、部屋の中からレバーを操作すればオーケーな作りになっている。強風で窓ガラスが割れました、なんて危ないことが起きないように念のためだ。
「……外、大分風が強い……」
雨戸を閉める前にありすがカーテンの隙間から外の様子を見る。
”雨もかなり強いね……”
少し前に来た台風の時はそこまででもなかったのだが、今回のはそれよりもかなり強い――台風よりも強い急な大雨って凄いな、ほんと。今、外を出歩くのはかなり危険だろう。
――この時、窓の外を覗いて見ようと思ったことに深い意味はない。けれど、まるでそれは『運命』だったかのように……。
「……え?」
外を見ていたありすが驚いたような声を上げる。
「トーカ、待って!」
「はい?」
雨戸を閉めるレバーを操作しようとしていた桃香をありすが止める。
”どうしたの?”
「……あれ」
ありすが指さした先に――そいつはいた。
「……ひっ!?」
桃香も窓の外を見て――それを見つけ、小さく悲鳴を上げる。
”あれは……風竜!?”
桜邸を取り囲む木々――今にして思えば防風林みたいなものだろう、それを乗り越えようとしている半透明の白い影があった。
ここ最近ですっかり見慣れたモンスター……鮫型の風竜だ。
更に上の方を見ると、まるで嵐の中を泳ぐかのように無数の風竜の姿が見える。
「ラビさん、クエスト」
”あ、ああ”
現実世界にモンスターが現れる現象、これ自体は初めてではない。今までで計三回あった。
そのいずれの時も同時にクエストが発生していた。今回もきっとそうなのだろう。
……となると、この突然の大雨もモンスターの仕業ということになる……のだろうか。
”……え? 何だこれ……”
ありすに言われるままクエスト欄を確認してみると、そこには今までにない表示がされていた。
『緊急クエスト:”嵐の支配者”討伐
報酬:1,500,000ジェム
特記事項:乱入対戦不可。討伐対象以外のモンスターを倒すとジェムを獲得可能。レベル9』
何だ、これ……?
まず目を引くのは『
それに報酬だ。今までと桁が違いすぎる。150万ジェムもある。
後は特記事項だ。ここには今までも何かしらが書かれていることはあったけど、『乱入対戦不可』という表記は初めてだ。意味はわかるけど……。
討伐対象以外の~は微妙に文意が読み取り辛いけど、多分討伐対象、すなわち『嵐の支配者』以外のモンスターを倒したら、その分ジェムが手に入るということなのだろう。『追加報酬』という文言が以前のクエストではあったが今回はない。ということは多分だけど、クリアできずとも倒した分のジェムがもらえるということではないかと思う。
で、残る一つの特記事項である『レベル9』……これは一体何を意味しているんだ? クエストの難易度、とかだろうか……だとしても、今までそんな表記はされなかったし……。
とにかくわからないことだらけだ。
「! トーカ、雨戸閉めて!」
「は、はい!」
その時、珍しく焦ったようなありすの声。
見ると防風林で足止めを食らっていた風竜がこちらを真っすぐに見つめて大きな口を開いている。
――アラクニドの時、子蜘蛛をありすが触れることが出来たという。ならばその逆に、向こうからもこちらを認識することも出来る、ということか!?
言われるまま雨戸を閉じ、その次の瞬間。雨戸が何かに弾かれたように大きな音を立てる。
「っ!」
「きゃあっ!?」
ガン、ガン、とまるで殴りつけるように雨戸が鳴る。
……流石に雨戸を壊してくるほどの力ではないようだけど、これは明らかにさっきの風竜の仕業……なのだろう。
「……ラビさん、トーカ」
少しびっくりはしたようだが、ありすの目には既に怯えなどない。
「い、今のが……ラビ様が仰ってた……? わたくしにも見えましたわ……」
そういえばアラクニドの時には桃香は子蜘蛛は見えていなかったんだっけ。となると、やはり私かありすが原因で見えるようになった……? でも、何で……?
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
ありすは頷く。
「多分、クエストをクリアすれば……外の雨が収まると思う」
そんなバカな、とは思わない。以前に戦った雷精竜ヴォルガノフの時もそうだった。
にわかには信じがたいが、この突然の大雨――『爆弾低気圧』とこれからは呼ぼう――はモンスターが巻き起こしたものなのだろう。そうであれば、まるで台風のような勢いの雨風にも納得できる……ような気はする。
原因となったモンスター……クエストの表記に従えば『嵐の支配者』だろう、それを倒せばこの爆弾低気圧が消える。ないしは勢いがずっと弱くなると考えて間違いはないと思う。
……このまま家に閉じこもってやりすごすというのも一つの手なんだけど……。
「……お母さんや、すず姉、ミドーたちを助ける……!」
このまま爆弾低気圧が勢いを弱めなければ、この場にいない人たちに被害が及ぶかもしれない。避難すればそれで済むかもしれないが、今以上の勢いに爆弾低気圧が成長したら――どうなるかわからない。
ありすの目は決意の光を湛えていた。
「……そうですわね。出来ることがあるのであれば、やりましょう」
一度ごくり、と唾を呑み込み、それでも桃香も覚悟を決めた。
二人の視線が私へと集まる。
――何だろう、ものすごく嫌な予感がする。するんだけど……。
”……わかった。行こう”
このまま放置しておけば更に状況は悪化するのは目に見えている。
でもクエストに行くのも嫌な予感がする。
いざとなればクエストをリタイアすることも視野に入れつつ、私たちは緊急クエストへと挑むこととする。
”あ、でもクエストに行く前にトイレは済ませておいて。後、あやめにも言っておこう”
最悪、桜邸からも避難しなければならないという可能性だってある。
ありすも桃香もクエストに挑んでいる間は動くことが出来ない。あやめにフォローしてもらう必要がある。
私の言葉に二人は頷き、準備を始める。
――そして、私たちと『ゲーム』との戦い……いや、『神』への挑戦が始まる。
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