第3章31話 親しき仲にも礼儀あり -桃香+ありす編-

 桜邸の風呂は広い。

 漫画とかで見るような大理石の何か凄い風呂ではないけど、一般的な日本家屋の風呂としてはかなり広いものだろう。恋墨家の風呂の倍はある。

 湯舟も広く、大人が2~3人は入れるくらいはある。

 ……そして、期待した脱出口はない。窓は大きく開かないし、入り口となる扉は硬く閉ざされている。


「……ん。それでは、ラビさんとお風呂に入る時の作法を教えます」


 すっぽんぽんで素っ頓狂なことを言い出すありす。

 私は既に諦めの境地に達している。無だ。心を無にするのだ。


「はい!」


 桃香もすっぽんぽんで畏まってありすの話を聞く。

 ……その目線の先は……いや、言うまい。


「まず、ラビさんにボディソープをたっぷりとつけて泡立てます」


 ぬるりとした感触。ありすのちっちゃな手がわしわしと私の体を撫でまわし、よーく泡立てる。

 最初のころはありすも力加減がわからずちょっとだけ痛い思いをしたものだが、今は心得たもの。マッサージされているみたいで気持ちいいと言えないこともない。


「よく泡立ったところで、体を洗います」

”待て待て待てい!”


 私の耳を掴んで体を洗うタオルのように自分の体に擦り付けようとするありす。

 ないから。そんな体の洗い方ないから!


「な、なるほど……」


 顔をちょっと赤らめつつももう片方の耳を掴む桃香。


”桃香も! というか、私の体はタオルじゃないからね!”


 そりゃ、背中洗ったりくらいはしてあげたけど、そんな全身を洗うなんてことしたことないし、この先もするつもりない。

 ……私の体をタオルにして洗うって、腕とか背中ならともかく……。


「んー……でも、ラビさんの体が一番気持ちいいのに……」


 不満そうに口を尖らせつつも、耳を握ったまま離さない。

 名残惜しそうに胸に擦り付けてくる。


「うぅ、確かにこれは気持ちいいかも……」


 流石に桃香の方はまだ恥じらいがあるのか、遠慮がちではあるが……。いや、結局こっちも名残惜しそうに体を擦り付けてくる。

 両耳を二人に掴まれて持ち上げられている体勢なので、結構辛いんだけど……。


”はいはい、二人とも遊んでないでちゃんと体洗いなさい!”

「「はーい……」」


 意外と素直に言うことを聞き、私を離して自分で体を洗い始める。

 全く……傾向は違うが、ありすも桃香も若干脳みその色がおかしい。

 ありすによって全身泡まみれになったままの私だが、まぁ後で流してもらえばいいか……。何でかわからないけど、石鹸やらの泡は放っておいても消えないんだよね……『汚れ』と認識されていないせいかなと思ってるけど。

 それにしても――と、今風呂場にいる三人の少女を見て思う。いや、変な意味でなしに。

 当たり前の話だけど、三人とも全く体つきが違う。

 ありすはまぁ見慣れているから今更だけど。相変わらず細い。あばらがちょっと浮いてるくらいだ。決して食が細いというわけでもないんだけど、あまりお肉がつかないようだ。もう後10年もしたらそれはそれで羨ましいことなんだけど、まだこれから成長期を迎えるのだからもうちょっと肉がついてもいいと思うんだけど……。

 対して桃香の方はというと、普段の服装がふんわりとしたドレスだったので気づかなかったけど、ありすよりもちょっと全体的に丸い。もちろん太っているというわけではなくぽっちゃりと言う程でもない、女の子らしい丸みを帯びているというくらいだ。胸もありすよりちょっと大きく、はっきりと女の子だとわかる。ちなみに身長もほとんど誤差の範囲だけど、桃香の方が少しだけ高い。

 桃香の誕生日はいつだったっけ……? 前に春生まれとか聞いた覚えはあるけど。まぁこの年齢での発育の差なんてそこまで気にするほどもないだろう。

 ――あやめに関してはもはや言うことはない。年齢的にも既に第二次性徴を終えている、もはや『女の子』というより完全に『女性』の体付きだ。流石に目のやり場に困る。


「あやめお姉ちゃーん、頭洗ってー」

「はいはい」

「ん。ラビさん、わたしも」

”はいはい”


 風呂場は広いがシャワーヘッドは一つしかない。

 泡泡になった二人と、更に私を一列に並べて一気に洗い流す。

 実に楽しそうで何よりだ。




 で、湯船には全員で浸かる。

 実質大人が一人と子供が二人、後ついでに私が一匹。普通の家の風呂ならぎゅうぎゅうになりそうなものだけど、流石に桜邸の湯舟は余裕がある。

 私は今日はありすではなくあやめに抱きかかえてもらっている。


”ふぅー……”


 ありすとお風呂に入るのは(不本意ではあるが)慣れたとはいえ、よそのお嬢さん方と一緒に入るのはやはり緊張する。

 だがそれはそれとして、やはり湯船にゆったりと浸かれるというのはいいものだ。


「桃香、今は楽しいですか?」


 湯舟に浸かってのんびりとしている中、唐突にあやめが尋ねる。


「はい、毎日が楽しいですわ!」


 即答だ。

 それを聞いて安心したようにあやめは微笑む。


「それは良かった。

 ……きっと、ありす様とラビ様のおかげでしょうね。お二人には感謝を」

「ん……わたしも、トーカと遊ぶの楽しい」


 ありすの言葉も本心だろう。

 先週はキング・アーサーとかいう訳の分からないやつを相手にしていて結局ロクにクエストに挑めなかったが、今週はそうではない。特に目立った強敵がいたわけでもないし、誰かに対戦を挑まれるということもなく実に平穏なクエストだった――モンスターとの戦いに平穏もへったくれもないとは思うけど。

 ホーリー・ベルと一緒にクエストに挑んでいた時と同じだ。やはり、複数人でわいわいと挑むクエストは楽しい。ありすはその楽しさを既に知っているし、桃香にも知ってもらえて、そして楽しんでもらえているのであれば幸いだ。

 まぁ、置いてきぼりになっているあやめについては悪いとは思うけど……彼女に関してもいつか何とかしてあげたいなぁとは思う。とにかく、彼女の使い魔ユーザーであるマサ何とかと接触しないことにはどうにもならないんだけど……。


「っ、きゃあっ!?」


 とその時、風呂場に大きな音が響き、桃香が悲鳴を上げる。

 ありすとあやめもちょっとびっくりしたようだが、こちらは声を上げず、風呂場の窓の方を見る。

 覗き――とかではない。窓の外で大きな音がしたのだ。


”大分、風が強くなってきたみたいだね……”


 音の正体はうなりを上げる風と、それによって大きく木々が揺れたことだろう。

 家の周りをちょっと高めの壁と木々が取り囲んでいるため直接風に晒されているわけではないが、それでもわずかに浴室の窓ががたがたと音を立てている。


「……雨だけではなく風も強くなっているよう、ですね」


 私たちがのんきに遊んでいる間にもあやめは残っていた家事をしたり、外の情報に気を配っている。

 急な大雨は少し待てば止むとばかり思っていたけど、どうも全然収まる気配がない。誇張抜きで『台風』と言っても差し支えないくらい、外は荒れた天気となっているようだ。

 まぁ、家の中にいればとりあえずは大丈夫だとは思うけど……。


「ふむ、お風呂から上がったら念のため戸締りの確認をした方が良さそうですね」


 そんなことをあやめは言っていた。

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