第3章30話 親しき仲にも礼儀あり -ありす編-

*  *  *  *  *




 爆弾低気圧――と言えばいいのか、唐突にまるで台風のように天気が荒れ、激しい雷雨に見舞われる現象……。

 それが今この辺り一帯に発生しているらしいという話を、私たちは桜邸に帰った後に聞かされた。

 朝の天気予報では今日一日は晴天と言っていたと思うのだが、実際に今外は大雨が降り出しているのだから仕方ない。前世の日本でも、2010年以降くらいから度々そういうことがあった覚えがある。

 で、お泊り会をどうするかという話にはなったのだが、既に時刻も夕方。今からありすを家に帰すのも逆に危険だろうということで、このまま続行ということになった。

 美奈子さんには桃香ママから連絡、ありすももちろん電話越しに話をして許可は得ている。

 不安がないと言えば嘘になるが、確かに桃香ママたちが言う通り今から帰るよりはこのまま泊まって、明日天気が回復した後に帰る方が安全といえば安全だろう。

 ……美奈子さんの、


『桃園のお宅なら安心ね。ラビちゃんもいることだし』


 という信頼が重い……。微妙に拗ねているようにも聞こえたのは気のせいではないだろう。

 まぁ親御さんの許可が下りたのならば私からは言うことはない。ありすにしろ桃香にしろ、安全に荒天をやり過ごせるのであればそれが一番だ。

 今日はもう外へは出ないこととして、桜邸内でお泊り会続行である。


「ごはん、美味しかった」


 夕方に戻ってきてから二人でやいのやいのしながら宿題を片づけ、夕ご飯をごちそうになる。

 ちなみに桜家の家事は、あやめの両親が基本的に行っているという。桃香ママも今日は家にいるものの、普段は仕事で色々と大変なのだとか。

 残念ながら桃香パパと兄は急な仕事――パパの方はわからないが、兄の方は大荒れの天気によって電車が止まったりしているのではないか――で家に戻ってこられず、夕ご飯は一緒には取らなかった。桃香ママもこの後、桃香パパのところに行くという。彼女の仕事もこの駐屯地に関わるものらしい……意外とと言ったら失礼だが、夫婦揃って偉い立場のようだ。

 私たちはというと、子供は特に気にせずのんびりとしてなさいというありがたいお言葉に甘えて、今は桃香の部屋でのんびりとしているところだ。

 ……のんびりと言いつつ、ありすと桃香の手には携帯ゲーム機が握られているが。時刻は19:30ちょっと過ぎ。この後少ししたらお風呂に入って21:00頃には就寝だ。お泊り会だからと言って夜更かしは厳禁である。


「ラビ様もこれをどうぞ」

”え? 私に?”


 桃香が私にも携帯ゲーム機を渡す。

 彼女が持っているのとは別のゲーム機だ。セットされているソフトは当然のようにドラハンだ。


「折角ですので、皆で遊びたいと思いまして」

”いやいや、こんな高いの貰えないよ!”


 それに、そもそも桃香のお金じゃないし……。

 私の抵抗に、やはり同じ部屋にて控えているあやめも無表情でゲーム機を取り出す。


”……あやめまで?”

「当然ですわ!」


 う、うーん……いいのだろうか……? 流石にプレゼントにしては高価すぎる。

 躊躇う私にあやめがこそっと言う。


「ご心配なく。若様が『桃香と一緒に遊ぶ友達のためならば!』と積極的に購入されたものなので。

 ……中古品ですけど」


 お、おう……。

 桃香の兄の甘やかしっぷりはちょっとどうかと思うけど……ここであまりに固辞するのもそれはそれで失礼に当たるかな。


”……わかった。ありがとう、桃香。お兄さんにも”

「はい!」


 今の私に返せるものなんてほとんどないけど、桃香にはいずれ全力でお返しをしてあげたい。とりあえずは『ゲーム』に関することかな。

 ……後は、非常に不本意ではあるけど、ぬいぐるみ役として……か。


「ん。じゃあ、今日はラビさんを鍛える」

”えー”


 ドラハンにしろ、元の世界であまりゲームをやってなかったし、足を引っ張ってしまいそうだけど。

 というか、そもそも携帯ゲーム機をこの体で操作できるのだろうか……?




 ……やってみたら、意外とちゃんと操作できた。自分の体ながら、ほんとどういう構造してるんだろう……? まぁ、PCのキーボード叩いたりしていたから今更か。




 ドラハンをやっていたのは30分か40分くらいだろうか。ほんの触りの部分をやってたくらいだ。


「……これは鍛え甲斐がある」


 にやり、とありすが笑うのを見て背筋が震える。スパルタだ……絶対スパルタ教育されるんだ……恐ろしい。

 一方で桃香の方はというと、意外にも普通にプレイ出来ていた。この一週間、クエストに行かない時はひたすらドラハンをやっていたらしい。


「わたくしはどうですの?」

「ん……トーカは、ミドーより筋がいい」


 美々香も話を聞く限りは下手ではないようだが、桃香は彼女よりも随分と『上手い』らしい。

 モンスターとの戦いにおけるセンスというのだろうか。勘所は美々香よりも掴めているとのことだ。まぁ実戦経験は召喚獣頼りとは言っても、『ゲーム』に参加している期間は美々香よりも大分長いしね。確かありすよりも早い時期にユニットになったんじゃなかったっけか。

 召喚獣を呼び出してモンスターとの戦いを横で見ているだけかと思っていたが、その『見る』という行為にも意味はある。

 ありす曰く、美々香とは逆で『ゲーム』で見ているからドラハンでも同じようなことが出来る、とのことだ。

 なるほど。ありすの言うことには一理ありそうだ。ドラハンでの経験が全て『ゲーム』に適用できるとは限らないが、基本的な動作なんかは意外と適用できるところが多いのかもしれない。サポート役としてだが、私にも使えることは多いだろう。


「桃香、ありす様。そろそろお風呂の時間です」


 と、そこでしばらく席を外していたあやめが戻ってくる。

 そうだね、いい時間だ。もうお風呂に入って寝る時間だね。


「ん。じゃあ、行こ」


 ありすがむんずと私の耳を捕まえる。ノーモーションだ、見切れない域に達している。


”いや、ほら……よそのお風呂だし……”

「あら? 気にしませんよ?」

「今日は旦那様も奥様も泊まりになるそうです。この屋敷の風呂は私たち以外使いません」


 あやめの両親もいるのだが、彼らは自宅――といっても桜邸とは通路でつながっている別宅だ――の方の風呂を使うらしい。あやめはこちらに部屋があるため、普段は自宅の風呂は使わないのだとか。

 つまり、桜邸の風呂に今日入るのは私たち四人だけということになる。

 私がお風呂に入っても抜け毛とかでお湯が汚れたりはないんだけど……。


”いやぁ……だって、桃香もいるし……”


 私が異世界の人間だということは既に知っている。私の以前の性別はともかくとして、流石に嫌がるんじゃないだろうか。


「え? 気になりませんわよ?」


 何を不思議なことを言っているんだろうとばかりに桃香は返す。

 ……ありすと言い桃香と言い、何で気にしないんだろう……。


”ほら、だって私が男かもしれないじゃないか”


 敢えて明言はしていないが、この際私の元の性別ははっきりさせた方がいいんじゃないかと思った。

 ……言ったところで効果ないんだろーなーきっと!


「ん……ラビさんが前に男でも女でも関係ない」


 私は私だ、と良いことを言うのかと思いきや――

 ありすは私の体を抱き上げると、そのまま両足を抱え込んで――まるで赤ちゃんにおしっこをさせるかのような体勢を取らせる。

 まぁつまり、大股開きにさせられた。


「ん、今のラビさんは……男でも女でもない。だから、へーき……」

”ひああああああっ!?”


 突然のことに思わず悲鳴を上げてしまった。

 いや、確かに今の私は男でも女でもないから見られたって恥ずかしいものは何もないんだけど……。

 ないんだけどさぁ!


”あ、ありす!!”


 流石にこれはちょっと怒る。

 激しく身をよじってありすの腕から脱出。そのまま耳を伸ばしてありすの頭をぺしぺしと叩く。


”もー! もぉぉぉぉっ! 何でそういうことするの!?”


 見られて恥ずかしいものはないんだけど、人前で大股開きにさせられるなんて気持ちとしては恥ずかしい。

 ……あ、何かちょっと泣けてきた。

 涙目になってぺしぺしと叩く私に、ありすもオロオロと戸惑っている。珍しい表情だ――ああ、いやだからと言って許すわけじゃないけど。


「ご、ごめんね、ラビさん……」


 しょんぼりとしたありす。反省はしているようだ。

 ……うん、このところ私とありすの距離は大分縮まってきているのは感じている。お互いに遠慮は無くなってきていると思うし、なんというか気安い『友達』くらいの距離感ではないかと思う。

 ただ、それが故にちょっと『調子に乗っている』感もある。ありすだけでなく私もだ。これはちょっといけない。親しき仲にも礼儀あり、だ。

 まぁ恥ずかしかったのは事実だし、これに懲りてくれればいいのだけど。反省してくれるのなら私としてもそこまで深刻なこととは捉えない。


「ごめんね……わたしもお股広げるね……」


 と何を勘違いしたか今度はしょんぼりしながらズボンに手をかける。


”せんでいいせんでいい”


 そしたらお相子だけど、別にそんなことしなくてもいいわい。


「で、でしたらわたくしも……」

”やらんでいいつーに”


 顔を赤らめながらスカートを捲り上げようとする桃香を止める。視線はありすの方に釘付けだ。相変わらず脳みそが濁ったピンクで染まっているらしい。

 いかん、収拾がつかなくなりそうだ。


”とにかく、私はお風呂入らないからね!”


 とどさくさに紛れて宣言するが……・。


「それとこれとは」

「話が別ですわ♡」


 抜群のコンビネーションでありすと桃香がそれぞれ私の耳を捕まえる。くそっ! ごまかせないのか!?


「……はぁ。お二人とも、ラビ様が困ってますよ」


 救いの神来た!

 ため息をつきつつあやめが二人の手から私を解放し、やさしく抱き上げて助け出してくれる。

 あやめなら……あやめなら何とかしてくれる……!


「お風呂はお二人で入ってください。

 私がラビ様と入りますので」


 あやめ……おまえもか!

 彼女の言葉にありすと桃香が不満げに頬を膨らませ――


「それでは、やはり皆で入ることにいたしましょう!」


 桃香の言葉により、結局この場にいる全員で風呂へと入ることとなった……。くそぁっ!

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