第3章29話 七耀桃園探訪

 桃香の部屋へと荷物を置き――ありすも今日は桃香の部屋で寝ることになる――いよいよ私たちは本日のメインイベントである七燿桃園の探索へと赴く。

 メンバーは桃香、あやめ、ありす、そして私だ。


”……改めてみると、ほんとすごいな……”


 桜邸から更に奥へと進むと、そこはかつて私が見た『街』が広がっていた。道路があり、信号があり、建物があり、中にはコンビニと思しき建物もある。

 完全にここで一つの街が出来上がっている。

 ただ、人通りはほとんどない。


「こちらは『居住区』となっています。昼間は確かに人気はあまりありませんね」


 私の疑問にあやめが答えてくれる。

 全く人がいないわけではないのだが、かなり少ない。『居住区』ということは寝泊まりする場所なので、昼間はみんな仕事に行っている、とかなのだろうか。

 そういえば、家を出る前に桃香ママが気になることを言っていたが……。


”ここに住んでいる人って、いったい何を仕事にしているの?”


 コンビニとか病院とかはまぁわかる。

 じゃあ、『居住区』に住んでいる大半の人は何をしているのかというとさっぱりわからない。


「あら? ラビ様は七燿桃園についてはご存じありませんか?」

”ちょっとだけ調べたことはあるけど、あまり詳しくは……”

「ん。そういえば言ってなかった、かも……」


 少なくともありすから何かを聞いた覚えはない。

 七燿桃園に限らず、七燿族については軽く調べはした。でも、じゃあ七燿桃園ここで何をしているのかと言われるとよくわからない。


「ここは、『軍隊の駐屯地』です」

”軍の駐屯地!?”


 意外過ぎる単語が出てきて驚いた。

 え、じゃあ七燿桃園って……もしかして軍のお偉いさんだったりするの!?

 それから簡単にだがこの国の歴史――そして七燿族が『軍』をつかさどることになった経緯を説明してもらった。

 元々この国は七燿族が裏から支配していたとは言っても、表向きにはあちこちに支配者がいた時代があったという。中央政府のようなものはあったが、昔のことだ、各地の支配はその土地の豪族が行っていたのだという。この辺りの歴史的な事情は私の住んでた日本とはそう変わりない。

 変化が起きたのは今から大体150年程前だという。海を隔てた他国からの干渉や様々な事情があり、時の政権が崩壊。新たにこの国の中枢が生まれたのだという。幕末とか明治維新とか……かな? 他国からの干渉やら、という辺りは黒船来航に当たる出来事っぽい。

 で、その時に七燿族も動いたと。新政府の中枢を支配したのだという。もちろん、七燿族以外にも色々といるので完全な支配というわけではないのだろうけど。この時に、この国の『軍』が再編された。今までは各地方の領主が独自に軍を持ち、有事の際にはそれを派遣するという形式だったのを、『国の軍』という形で統一したのだ。

 この『軍』についてまとめあげる役割だけではなく、訓練施設――駐屯地の場所を提供したりしているのが、七燿族というわけだ。

 何しろ七燿族は『土地』をいっぱい持っている。そして、軍隊というのは多数の人員を必要としている。人が増えれば増えるだけ、場所も物資も必要となってくる。国が強制的に土地を徴収するということも不可能ではないが、どうしても反発があるだろう。それに、一般市民が住んでいる横に駐屯地が出来るというのも不安に思う人もいるだろう。日本でだって似たような問題はあった記憶がある――私は当事者ではないので口を挟むことはしないが。

 なので、昔から広大な領地を持ち、かつ国の中枢にいる七燿族が土地を提供するのが一番話が早いということになったのだという。まぁ、おそらくはついでに七燿族が軍の実権を握るという思惑もあったのだろうけど、そこまでは流石にあやめたちもわからないだろう――彼女たちも歴史の授業で習ったことしか知らないのだ。

 ――とまぁ、そんな経緯があって、七燿桃園のこの敷地内は桃香たちの住む家や内部の施設の従業員を除いてはみんな『兵隊さん』ということになるのだ。


”なるほどねぇ……”


 この雰囲気、そういえば言われてみると前の世界で何度か足を運んだことのある自衛隊の駐屯地に似ているかもしれない。

 聞けばこの国――いや、世界の歴史は私の世界とは全く異なっている。一番大きな違いはと言うと、私の世界ではあった二度の世界大戦が起きていないことだ。正しくは一回だけあったようだが……まぁこの辺りは存在する国も異なるし、色々と事情が変わっているせいもある。というか、別にこの世界が私の世界のパラレルワールドというわけでもないのだから、同じ歴史をなぞっている方がおかしいわけだけど。

 世界大戦で負けなかったせいもあるだろう。この国の軍は、堂々と軍を名乗っているわけだ。


「じえいたい? へぇ……面白いですわね」

「国に軍隊がいないのに、どうやって国を守るのでしょうか……?」


 桃香とあやめも私が異世界の人間だということは既に知っている。

 七燿桃園を見回りながら私の国の自衛隊について語ると、不思議そうな顔をしていた。まぁ、この辺の感覚は日本人とその他で大分違うだろう。私も詳しくないのであまり語れることはないけど。

 そんなこんなで色々と話しながらあちこちを見て回る。

 よく見るとところどころの建物には迷彩服を着た兵隊さんが立っていて、人の出入りを監視しているようだ。

 意外というわけではないけど、流石に衛兵の立っている建物には桃香も入れないようだ。顔見知りではあるようで「お疲れ様です」という桃香の言葉にびしっと敬礼を返しはしてくれるものの、通してはくれない。桃香たちもわかっているのだろう、押し通るようなことはしない。

 桃香たちはあくまで土地を貸しているだけなのだ。軍の関係者ではあるが一員ではない。その辺の線引きはしっかりとしているのだろう。


「もし中が見たいようでしたら、お父様にお願いすれば見学できるところもありますわよ?」


 話を聞くと、桃香の父親はこの駐屯地の責任者であるらしい。見ていいところとダメなところはあるが、事前に許可を取れば見学は出来るようだ。

 年に一度の『夏祭り』の時や、地元の小中学校の遠足で敷地内へと入り見学することもあるという。


”うーん、まぁ流石にお仕事の邪魔しちゃ悪いしね。それはまたの機会に”

「ん」


 興味がないと言えば嘘になるが、言葉通り彼らは『仕事』をしているのだ。そこに身内特権で乱入するのも悪い。

 そういえば、私たちは立ち入り禁止の建物には入っていないものの、自由に敷地内を歩いているけどそれは問題ないのだろうか?


「はい、問題ありません。ここの『居住区』であれば、ですが」

”居住区ということは……実際に訓練とかしてる場所は別にある、ということ?”


 居住区だけでもかなりの広さだ。これで更に訓練場とかがあると言われると……一体どれだけの広さになるのだろうか。


「ええ、更に東の方に『演習場』がありますの。そこで兵隊さんたちは訓練なさってますわ」


 七燿桃園の敷地から東へと行くと、居住区ではなく演習場があるのだという。こちらもかなりの広さで、森や川まであるという。そこで実弾演習をしたりするのだとか。

 ただ、毎日というわけではなく、演習場も時には開放され、キャンプ場として利用されることもあるのだという。演習場を使うまでもない基礎訓練なんかは居住区の端にある施設を使ったりするのだ。ランニングなんて、この敷地内を一周するだけで十分なくらいだろう。


「七燿桃園で開催されている道場やクラブ活動でも、時折レクリエーションを行っています」

”あやめが通ってた道場でもやっぱり?”

「ええ。夏にキャンプを行っております。OBとして、私も参加しお手伝いをしております」


 なるほど。それは楽しそうだ。

 ……あやめの道場と言えば、この前の美鈴との遭遇のことも気にかかるけど……彼女たちの間の話だ、おいそれと口を挟むわけにもいくまい。

 ちなみに、この七燿桃園に駐留している部隊に限った話ではないが、国内での災害時にも派遣されるらしい。その辺は自衛隊と同じだ。また、この広大な敷地故に地震等の災害時の避難場所ともなるらしい。実際に避難場所として活用されたことはないそうだが、これからもそうであって欲しいと願う。


「……ん、何か、曇って来た……?」

”おや、本当だ”


 私たちが来た頃は快晴だったというのに、しばらく散歩しているうちに空模様が怪しくなってきた。

 天気予報では特に天気が悪くなるとは聞いた覚えはないけど……。お泊りセットの中に一応折り畳み傘も入れてはいるが。


「そうですね。すぐには降りそうにありませんが……念のため早めに引き上げましょう」


 あやめの言葉に賛成だ。


「でしたら、帰りは電車を使いませんこと? 折角なので乗っていきましょう!」


 きらきらと顔を輝かせて桃香が提案する。

 電車! そういえばレールが敷いてあるのを見た記憶がある。


「……その方がよいでしょう。桜邸最寄りの駅まで行けば、何とかなります」


 駅まで着けば、例え傘がなくても家から迎えに来てもらえばよい、とあやめは言う。

 しかし電車か……本当にスケールが大きすぎて感覚が狂うな、ここ。

 こうして私たちは七燿桃園巡りを切り上げ、桜邸へと戻ることにした。

 うん、興味本位で見せてもらったけど、本当に凄かった。見せてもらって本当に良かったと思う。

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