第3章27話 やっぱりすず姉といっしょ!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
美藤家からの帰り道。
ありすを家まで送り届ける、と美鈴は言いありすもそれを受けた。
美藤家からの距離的にはありすの家の方が近く、美鈴の家の方が遠い。
少しでも美鈴と一緒に長くいたいのか、ありすの方が美鈴を送ると最初は言っていたのだが、流石にそれは辞退した。美鈴の家に寄ってからでは、大幅に門限を超えてしまう。
じゃあ、と言わんばかりにありすは美鈴の腕に抱き着く。この体勢がすっかりと気に入ったらしい。
「なぁ、ありす」
「ん?」
特に会話をするでもなく歩いていた二人。
意を決したように美鈴が口火を切る。
「……手、繋ごっか?」
「……うん!」
言われるがまま組んでいた腕を離し、今度はお互いの手を握り合う。
子供みたいで嫌がられるかな、という美鈴の心配は杞憂だった。むしろ余計に嬉しそうにありすは笑う。
傍目にはどう見えるだろうか? 髪の色が違いすぎるから姉妹にも見えないかな……と何となく美鈴は思う。ありすは全く気にしない。
そのまま再び恋墨家へと向けて二人は無言で歩く。
特に会話はないが気まずい沈黙ではない。ゆったりとした時間だ。
「……あのね」
しばらくしたところで再び美鈴が口を開く。
「――あたし、本当はこの髪、あまり好きじゃなかったんだ」
「そうなの?」
「うん。ほら、初対面だと染めてるって思われるし、もっと小さい子供の時は、周りと違うから……ね」
深くは語らなかったが、何となくありすも察した。そのくらいのことはわかるのだ。
「……お姫様みたいで綺麗なのに」
何気ないありすの一言にはっとして顔を見てみる。
……が、不思議そうな顔をしているだけだ。「こんなに綺麗なのに何で?」としか思っていないように読み取れる。
――まぁ覚えてないのも仕方ないか。
美鈴はそう諦める。
二人は数年前は近所に住んでいた、いわゆる『幼馴染』である。
その事実をありすは思い出せていない。思い出す必要もない、と美鈴は思い直す。
昔のことは昔のこと。今は今だ。
「……今も?」
「え?」
唐突なありすの言葉に戸惑うが、すぐにさっきの話の続きだと気づく。
「うーん、今かぁ……」
問われて少し悩んだが、苦笑いして美鈴は答える。
「今は――うん、別に嫌じゃないよ」
はっきりと『好き』とはやはりまだ言い難い。過去のことはともかくとして、今もどうしても初対面の人間には偏見を持たれやすい。
偏見がなかったとしても、色々と問題はある。彼女はそれなりに異性に好意を抱かれやすい――自身もそれは自覚している――ので、同性からは嫉妬されることも多い。美鈴自身が誰を好きとかは関係なく。
……彼女自身は気づいてはいないが、仮に金色の髪ではなかったとしても状況はそこまで変わっていないであろうが。
それでも、『嫌い』ということではない。それだけは絶対にだ。
かつて、周囲になじめずに泣いてばかりだった彼女を『肯定』してくれた『年下の少女』のおかげだ。
あの『少女』がいなければ、きっと今も美鈴は周囲になじめず、また周囲になじもうとせず、一人で泣いているだけの子供であっただろう。美鈴はそう思う。
「ね、ありす」
「ん?」
「あたしも、ありすのこと好きだよ」
――あれ、何口走ってんだろ、あたし?
言っていること自体は本心であるが、妙なことを言っていると自覚はした。
『好き』は好きでも、友達としてとかそういう感情であることは間違いないのだが、果たして今言うべきことか? と。
「ん。わたしもすず姉大好き」
――良かった、ありすは深く受け止めてないみたいだ。
「すず姉なら……お嫁さんになっても、いいよ?」
――あ、ダメだった。
「あはは、それはパパさんに言ってあげなよ」
「んー……お父さんはあんまり好みじゃない……」
ありすの父親はどんな顔だったか……古い記憶を思い返してみると、かなりワイルドなイケメンだった覚えがあるが……。
ああ、思い出した。当時あの『少女』は美鈴のことを『お姫様』、母親のことを『お妃様』と言っていたんだっけ。じゃあ『少女』自身の両親についてはどう思っているのか聞いてみたことがあったのだが、その時の答えはお母さんは『お母さん』、お父さんは――『盗賊』だったか。酷いな。
あのイケメンおじさんが好みじゃないとか、意外とありすの好みは厳しいのかもしれない、と美鈴は思う。単に身内だから何とも思っていないだけかもしれないが。
さて、翻って自分はどうだ――と自身のことを思った時、『ある人物』の顔が思い浮かんでくるのだが……いや、今は自分のことはいいやと振り払う。
そんな感じで二人は恋墨家へと向かっていたのだが――
「……鷹月センパイ」
そこで、美鈴は己の『天敵』と再会してしまうのだった。
* * * * *
……何だろう、この緊張感。
あやめに連れられて帰る途中、ありすと美鈴と偶然ばったりと出会ってしまった。
いつもの調子でありすに声をかけようとしたところで、美鈴は今は『ゲーム』の記憶がないのだと思い出し人形のフリをする。
バレないように私が緊張しているだけではない。明らかに美鈴とあやめの間に何かがある――具体的にはバチバチと火花が散っている感じだ。
「お久しぶりです」
ぎこちない――快活な彼女らしくもない笑みを浮かべて美鈴が挨拶をする。
ありすの手前、我慢してますよーという気持ちがひしひしと伝わってくる。
「こちらこそ」
対するあやめは表情一つ変えない。まぁこちらはいつも大体そんな感じだと言えばそうなのだろうけど。
「ん、鷹月お姉さん、こんにちわ」
ありすはいつも通りのありすだ。なごむ。
果たしてこの空気に気付いているのかどうか……。
「……」
「……」
そのまま二人は沈黙。
「……すず姉?」
ありすの手を握る力がちょっと強くなったか、少しだけ不安そうにありすが美鈴の顔を見上げる。
美鈴もありすの方を見て、大丈夫だと言わんばかりに笑う。
「あー、その……」
そして『和やかな』会話をしようとするのだが、言葉が続かない。
……美鈴とあやめが知り合いだというのは、先程桜邸での会話で知っている。桃園の道場での知り合いだということだ。美鈴とあやめもそこそこ年が離れているので小学生の部での知り合いではないだろう、おそらく、OBとしてあやめが参加している時に会っている程度だと思う。
あやめの話からして、目立つ美鈴を一方的に知っているだけなのだと思っていたけど、この様子だと美鈴とはそれだけではないようだ。
具体的にどんな関係なのかはさっぱり見当もつかないけれど……少なくとも、美鈴とありすのような関係ではないというのは間違いないだろう。
「堀之内さん」
「は、はい!?」
薄く笑い――あやめ的には微笑んでいるつもりなんだろうけど――彼女が続ける。
「もしよろしければ、道場の方にも顔を出してください」
「……っす」
不承不承と言った感じで頷く。
まぁ美鈴は中学で部活もしているし、なかなか道場の方まで顔を出すのは難しいだろうけど。
「蛮堂さんもたまに顔を出しているようですし」
「…………っす」
一瞬だけ苦々し気に顔を歪めたものの、美鈴は頷いた。
「……それじゃ、センパイ。あたし、この子送っていくんで」
「ええ」
「ほら、ありす。その子受け取って帰ろう」
「ん、ん……」
美鈴に促されてあやめから私を受け取るありす。珍しく戸惑っているのがわかる。
私も初めて見る美鈴の態度に驚いてはいるが、彼女の『ゲーム』外のことについては知らないし、ましてや過去のことも知らない。私たちの知らない何かがあやめとの間にあった――いや、今もあるのだろう。
「じゃ、失礼します」
「……鷹月お姉さん、ばいばい」
「はい。お気を付けて」
そして、私たちはあやめと別れて帰路に着く……。
「あー、ごめんね、ありす」
あやめと別れて少ししてから美鈴は謝る。
さっきのあやめとのことだろう。
「ん……すず姉、鷹月お姉さんと、喧嘩しているの……?」
喧嘩とは少し違う気もするが、確かにそのように見えなくもない。
恥ずかしそうな表情で頬を掻きつつ美鈴は答える。
「う、うーん……喧嘩というかなんというか……。ちょっと苦手なんだよね、鷹月センパイ」
微妙に誤魔化しつつそういう。
何か理由はありそうだが、今の私は人形に徹している。突っ込んで聞くわけにもいくまい。それに、プライバシーに関することだし。
「ていうか、ありす、鷹月センパイのこと知ってるんだ」
「ん。同じクラスにトーカ……サクラがいるから」
「……あー、そういえばありすと同学年だったっけ、桜のお嬢様。そっか、同じクラスなんだ」
桃香のことは美鈴も知っているらしい。桃香の知り合いであれば、あやめのことも知っているだろうと納得したようだ。
ありすは道場に通っていないし、普通に考えたらあやめとの接点はないだろう。まぁそれを言ったら、ありすと美鈴も普通に考えたら接点ないんだけどさ。
「桜のお嬢様かー。遠目に見たことはあったけど、どんな子なの?」
「ん。トーカは変な子」
「あはは、何それ」
美鈴は巧みに話題を反らし、それにありすも誘導される。
あまりあやめについては触れられたくない話題……なのかな? 犬猿の仲というわけではなさそうだけど、和やかに談笑するほどの仲でもない。かといってただの『知り合い』レベルで疎遠な仲というわけでもなさそうだし……ますますわからん。
……というか、ありすの桃香への評価が的確すぎて何というか……。
その後、しばらく談笑しつつ歩き、恋墨家へと到着。美鈴とはそこで別れた。
”ありす”
「ん?」
部屋に戻ってから、私はありすに尋ねる。
”今日は……楽しかった?”
何と言おうか悩んだ挙句、結局それだけを尋ねる。
ありすはこくりと頷く。
「ん。すごい楽しかった」
”そっか”
「あのね、ミドーがね――」
余程楽しかったのだろう、その後もしばらくありすは私に今日あったことを珍しく興奮した様子であれこれと話して教えてくれる。
……ありすが楽しかったのであればそれでいいか。私は最後に気付いた『ある事実』を胸にしまっておくことにする。
――私はありすと美鈴に偶然会った時、ユニット捜索モードを切り替えることはしなかった。
使ってみれば、美鈴が今どのような状態なのかわかると思っていたが、あえてそれはしなかったのだ。
ホーリー・ベルとのことはもう終わったことだ。ありすの中でも気持ちの整理はついているだろう。だから、あくまで美鈴はありすにとってはドラハンを通じて知り合った年上の友人なのだ。
……けど、あの時美鈴は――あやめが抱いていたぬいぐるみ、つまり私が『ありすのもの』であることを
もしかしたらあやめにぬいぐるみを抱いて歩く趣味があるかもしれないのに――いや、まぁ普通に考えたらごく低確率なんだけど――それでも私がありすのものだと知っていたのだ。
『ほら、ありす。その子受け取って帰ろう』
このセリフは、私がありすのものであることを知らなければ決して出てこないだろう。もしかしたらあやめが誰かへのプレゼントとして
美鈴自身はあやめのことを知っている。けど、あやめとありすが知り合いだということは知らなかった。それは後の話からも確実だ。
なのに、私がありすのものだと知っていた……これは何を意味しているか?
……結論。
一体いつから? テュランスネイル戦の翌日、ありすと会った時には既に記憶が残っている状態だったのか? それとも、ジュジュは実はまだ生きていてホーリー・ベルも未だに『ゲーム』に参加している状態なのか?
あるいは――美鈴は他のプレイヤーのユニットとなり、『ゲーム』に関する記憶を思い出したのか? それとも『ゲーム』とは関係なく記憶を取り戻したのか?
一番可能性が高いのは、三番目のパターンか。誰かのユニットに改めて美鈴がなった、そのため『ゲーム』の記憶は取り戻しはしたものの、私たちとは協力関係にないため、あえて私のことを知らないふりをしようとした……が、あっけなくボロを出した。この可能性が一番高そうだ。腹芸とか苦手そうだしね、美鈴。
美鈴がありすに危害を加えるとは思えないけど、プレイヤーの方となると話は別だ。クラウザーのような敵対的なプレイヤーかもしれないし、この『ゲーム』の勝者となることに貪欲なプレイヤーかもしれない。
まぁ、一度涙の別れをしてしまったため、照れくさくて言い出せないという可能性だってあるけど……『ゲーム』絡みだとそういうことはないと考えた方がいい気がする。私の知っているプレイヤーはジュジュ、クラウザー、トンコツの三名だけだが、『ゲーム』の勝者となることを諦めた者はいないと思う。照れ臭いから、という理由で接触しないと考えるよりも、それが勝利のために必要だから不用意に接触させない、と考えた方が自然だと思う。
”……まだまだ荒れそうだなぁ……”
「んー?」
ありすに両耳を掴まれて風呂場に連行されながら、私はこの先に立ち込めているであろう暗雲について呟くのだった。
……とりあえず直近の暗雲は、逃れられない風呂場なんだけど。
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